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レクとヒア

 うちのトップにレクするものだった。

 トップは三代前のひとだったから、ゆうに20年はむかしになる。だから、それの専用室に向かう3人の中で、わたしは一番ペーペーの立ち位置のはずだ。

 なのに、専用室は思いのほか狭くぎっしりで、わたしたちの到着を随分前から待っていたような空気の中、空いている席はバラバラに三つしか残されてはいない。いまではNo2やNo3になっている当時のわたしの周りにいた連中の隣に、わたしだけが座らされる。

 レクというよりは、トップが真ん中の、この中の誰かの送別会でもするような囲みだったが、テーブルには酒膳(しゅぜん)はなく、各々(おのおの)に同じ資料が配られる。

 資料を配ったのは、3人の中で一番の上席者だと思ってた男だ。

 離れた場所に自分の席を確保すると、さっさと資料を配り終え、あとは議事録用のメモをとるのがわたしの役割と、わたしには一瞥(いちべつ)もしない。もうひとりの方は、先に待ってた連中に溶け込み、影すらない。名前も顔も忘れてくださいと言わんばかりだ。

 

 トップの前に座らされているのは、わたしだ。

 ペーペーだと思っていたのはわたしだけで、周りは皆んなトップにレクするわたしの開口を待っている。わたしの一言一句(いちごんいっく)とトップの一言一句を一言(ひとこと)も漏らさず共有するのが、いまの自分の責務(せきむ)と言わんばかりに聞き役に廻っている。

 なのに、わたしは一言も発せられない。

 下からは、何のレクをするかも聞かされす、何のヒアリングも受けないまま、こんな風に専用室まで連れられて、トップに話す言葉などひとつとして浮かぶはずがない。


 下からの何のヒアリングも経ずにするトップへのレクチャーなど、組織の継続性を旨とする宮使いでは考えられない。

 だから、これは罠なのだ。

 わたしを貶める罠なのだから、この熱い風呂からわたしが一番にあがるのだけはけっしてしまいと心に誓う。

 そんなわたしの小さな覚悟が見えたのか、トップが先に口にする。わたしは、どんなに腐ってもトップはトップなのだと思った。

「あんた、いつ見ても、・・・・・・きれいな顔しているね」 

 この熱くて硬くなった場を壊すだけなのだから、開いた口から零れるのは何でもいいのだ。午後のお天気のこととか昨日の株価の結果からポートフォリオに少し手を加えたとか、そんな時候でいいのだ。

 わたしは、意識をひるませた。


 それで、おしまいだった。

 気づくと、皆んな一斉に立ち上がり順々に部屋から抜け出ていくので、わたしも列を乱さないよう付いていく。トップの顔は、いつものレクとさほど何も変わらなかった顔で、わたしらの列の進行を妨げないように資料を(さら)ってる顔をしてる。

 あれから、気づくまでの間に、誰かほかのものたちがトップの口から零れたものを拭うように補足を繋げていったか、或いは、ただただトップの裁定が一言くだったか。ともかく皆んな熱い風呂から上がってサッパリの顔をしている。

 さっきのが、トップから申し付かったヒアでも、こちらからお願いするレクのどっちだろうと、ともかく、此処に至ったことの真ん中にいることに満足した顔で、徒党を組んで足早に専用室の本館から自分らの執務室のある別館に向かい行進する。 

 そこを繋げる50メートルをL字に切った渡り廊下を、わたしらは回廊と呼んでいる。アクリル樹脂をかまぼこ型に固めた天井は、レクを終えたサッパリ顔した輩の声高が響く。

 ともかく、この抜け感のいい回廊で、腹に詰まった硬いものを排便するようにすっきりしてから自分のデスクに座りたいのだ。

 中身がどうだろうと、結果がどう出ようと、ともかく、今日はもう専用室にいかなくていい。午前(ひるまえ)にレクは終わったのだ。そのことだけが、皆んなの同じ腹に入ってる。


 これからの今日一日は、気まぐれやワガママなんかが入ってこない、外れのない日常だ。

 






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