規制解除の朝
「あれ?どこかでかけるの」
青年はいそいそと荷物を背負って歩いている女性に尋ねる。
基本引きこもっての仕事である彼女たちがこんな風に歩いているのは珍しい光景だった。
「うん。ちょっと実家に・・・ね」
「実家?」
「ちょっと姉妹間の話し合いがあってね」
「話し合いってめずらしいね。最近はあんまり会ってもなかったみたいにみえたんだけど、なんかあったの?」
「あれ?もしかして忘れちゃってる?明日はいよいよ解禁日なんだよ?」
「解禁日・・・あ、そういえば」
「もう・・・私たちこの日を夢見て生きてきたのに・・・」
「そうよ」
「当事者のなのに・・・君にとって私達なんてただの仕事の関係なんだね・・・」
ジト目で睨まれる青年。
とても居心地がわるそうである。
この青年、名前を黒木樹という。
いわずと知れたあの事件〈スキャンダル〉においての被害者である。
あの事件〈スキャンダル)の後過剰なスキンシップから逃れてできた余白の時間をつかって友人となったオタク系の影響で二次元関係に興味を持ち高校卒業後専門学校を経てフィギュア造形師になる。
生来手先が器用だったらしくメキメキ頭角を現し、そのスピードと精巧さから一部フィギュア愛好家から神と崇められる存在となっている。
その作品は一体数十万を超えることもある。
現在は実家を離れ限界集落に近いアトリエ兼自宅を購入し生活している。
「そ、そんなことはないけど・・・。あ、そうだ。実家に行くんならお土産がいるかな?ついでに親たちにも渡しておいてほしいんだけど」
「それは構わないわけどそんな気を使うことはないわよ」
「そうよ今回のは実家がどうとか長姉からの招集だからというよりはこれからの自分たちの未来がかかる重大案件。お土産なんて、ねぇ」
「そうはいかないでしょ、はいこれ持ってって。それからこれは母ズに渡しといてね」
そういって渡されるのは村の農家の方々から頂いた野菜。
母親たちにと渡されたのは村の特産ウイスキー『美熟女』。
ウイスキーのほかにも日本酒とか焼酎とかも村で作られているけどプレゼントしたとき一番喜ばれたのがウイスキーなのでこれにしておく。
前日に母親たちが飲んでいたとも知らずの追加である。
若干行動が田舎のおじいちゃんおばあちゃんっぽい樹だが周りがそんな感じの人ばかりだからうつっても仕方がない。
「うん。わかったわ。渡しておく」
「それじゃまたね」
「ばいばーい」
そういって三人の女性は出発していった。
この三人はつい先ごろ樹の元に現れた。
理由はここにいると創作意欲が沸くかららしい。
「そっか。もう12年たったんだなぁ・・・」
感慨深さに浸りながら女性たちが歩いていくのを見送る。
「でも、ま、あの頃と違うし・・・今更なにか変わるもんでもないんじゃないかなぁ・・・」
母親譲りの呑気は健在。
さらにこの土地の村民性であるおおらかさをも身につけていた。
あの規制が出てからもある程度の交流があるので今更規制が解除されたところでなにもないと樹は考えていた。
しかし樹が考えるより今回の招集には意味があった。
この12年水面下で姉妹たちが何を考えていたのか。
それは樹の考えをはるかに超えているし斜めだしでとんでもない事なのだが知る由もない。
「それより仕事、しご・・・あ、そうだ。今日は老人会の準備があったっけ。急いでいかないとね」
そういって村のじいさんから譲ってもらった愛車・陸王に跨って集合場所である公民館に向かう。
樹は姉妹たちの重大な日も通常運転を始めるのだった。