同僚は美人なお馬鹿さん
この話から一人称でいきます
「やっとついた。やっぱ歩きだときついな」
私立東高等学校。その校門を俺はすこし疲れながらもくぐった。記念すべき登校初日だ。
「職員室ってどこだろ」
「職員室ですか?それなら正面の校舎の1階ですよ。良かったら案内しましょうか?」
校門をくぐったのはいいが、どこに行けばいいか迷っていたところ後ろから声をかけられた。
「いえ、大丈夫で.......」
「どうかされましたか?」
振り向いて見ると驚いた。すごい美人だ。スーツを押し上げる豊かな胸部。腰まで伸びた艶やかな黒髪。そしてぱっちりとした二重まぶた。軍学校で女日照りの続いた俺には刺激が強い。
「いや、なんでもないです。その情報を頂けけただけでありがたいです」
「そうですか?でもどうせ私も職員室に行くので一緒に行きましょう!」
「あ、ちょっと!」
何とか返答した俺の戸惑う声も聞こえていないのか腕を引っ張ってどんどん進んで行く。清楚な見た目によらず(胸部除く)なかなか強引な人のようだ。
「じゃああなたが新任の佐々木先生だったんですね!」
「はい。えっと.......」
「あ、柏木加奈です。今年からは3年2組の担当です!」
俺たちは職員室に向かう道中、互いに自己紹介していた。どうやら柏木加奈さんというらしい。さすが名前も可愛らしい。
「でもまだお若いのにもう担任のクラス持ってるって信頼されてるんですね」
「え?あーそうですよね。確かに」
何か1人で納得されたけど気になる。何が確かになんだ?
「この学校、教師が少ないんですよ。だからみんなもれなく担任になります!確か佐々木先生は3年3組の担当だったはずです!」
「え!?担当のクラス持つのは慣れてきてからだから大丈夫ってここの校長に言われてたんですけど.......」
「まぁこの学校の校長結構適当なんで.......」
「校長がそんな適当でいいんですか?しかも3年って受験とか色々あるじゃないですか!」
「まぁまぁ落ちついて。私もなんかあったらお手伝いしますよ!こう見えてもう教師3年目ですから!」
3年目って.......。若いとは思っていたがやはりあまり歳は変わらないようだ。でもその申し出は素直にありがたい。それにせっかくなら担任を持った方がやりがいはあるはずだ。ここは無理矢理自分を納得させる。
「じゃあその時はお願いします」
「はい!任されました!」
そう言って敬礼する柏木さん、いや柏木先生。可愛い。
「あ、着きましたよ。ここが職員室です」
「あ、ほんとですね。ありがとうございました」
職員室と書かれたプレートが貼られた部屋の前に着いた。
「お疲れ様です!」
「お、お疲れ様です」
柏木先生がドアを開け挨拶したのでそれに倣って挨拶する。まだ朝で何も疲れてないのにお疲れ様ですは違和感がある。職場では全部お疲れ様ですっていう噂は本当だったんだ。
「あ、柏木先生お疲れ様。そっちの君は新任の佐々木先生かな?」
「はい。佐々木治郎です。本日からよろしくお願いします」
部屋に入ると初老の男性に話しかけられた。なかなかダンディーな雰囲気のおじさまだ。部屋はなかなか広く沢山の机があり10人ちょっとの人が各々の机の前で作業していた。その中でも話しかけてきた男性は1番真ん中に陣取っていた。
「うん、よろしく。私は河野健。ここの校長をしている。早速だが君には今日から3年3組の担当をしてもらう」
「はい。分かりました」
どうやら校長だったらしい。校長とは電話でのやり取りのみだったので会うのは初めてだ。いきなり担任にされたこととか、言われたことと違うとかは言わない。だって上司だし。給料下げられたら困るし。
「あれ?素直だね。てっきり言ってたことと違う!とか言われると思ったけど。すまないね、さすがに荷が重いかと思ったけど全く人が足りていない状況で.......」
「いえ、大丈夫です。むしろ光栄なことです」
軍において(正確には軍学校だが)上の人間には逆らないで生きることの重要性は何度も思い知らされた。この程度の建前すらすら出てくる。これで印象ばっちり!
「え?佐々木先生さっき.......」
「柏木先生もこれからお願いしますね!ええ!」
柏木先生が余計なことを言おうとしたので慌てて口を塞ぐ。手のひらにヌルッとした感触。照れてなどいない。いないったらいない。とりあえずそっと手をどける。
「はい、よろしくお願いします?さっきも同じ挨拶したような?」
「えーっと、そう!改めて校長先生の前で挨拶することで、同僚とも仲良くやっていきますっていうアピールですよ!」
「なるほど!じゃあお願いしますね!」
そう言って納得したのか柏木先生に握手されれぶんぶん上下に振られる。どうやら柏木先生はちょっとお馬鹿さんらしい。
「うむ。同僚で仲が良いのはいい事だ。それじゃあ席は柏木先生の隣でいいかな」
「はい。大丈夫です」
「直に生徒も登校してくる。新学年初日しっかり頼むよ」
「はい!」
キーンコーンカーン
与えられた席につき、物の配置などしてる内に久しぶりに聞くチャイムが鳴り響き、他の先生が席を立ち職員室を出ていくので俺も慌ててそれに続く。
「じゃあ佐々木先生。がんばりましょうね!困ったらいつでも隣のクラスにきてくださいね!」
「はい。ありがとうございます」
職員室の2つ上の3階にある3年生のクラスに向かう道すがら、柏木先生と言葉を交わし、柏木先生は3年2組と書かれたプレートの部屋に入っていく。そして俺の前には3年3組のプレート。俺はその扉を少し緊張しながら開けた。