vs 賢猿 ①
目的のラマの実と思われるものと、ついでに余計な大猿を見つけた俺達は、大猿に見つかる前に咄嗟に木の裏に隠れた。
隠れた木の裏から顔を出し大猿を確認すると、先程目にしたときと変わらず大猿はラマの実を見ているので、おそらく気づかれてはいないだろう。
「ねぇシロ、どうする?多分あの猿が採ろうとしてるのがラマの実だよね…?」
「あぁ、今隠れる瞬間で鑑定したが、しっかりとラマの実って結果だった」
「えっ、よくあの一瞬で鑑定できたね。鑑定の照準が大猿に行ってたらどうするつもりだったのさ」
隠れる直前の一瞬でピンポイントで鑑定したという事実に、ユキが呆れ顔で苦言を返してくる。
強い魔物は鑑定をした場合それを察して激昂する場合があるので、そのことを言っているのだろう。
「まぁそん時はそん時だろ。それより今はあいつをどうするかだ」
「まったく…。でもそうだね、ラマの実もようやく見つけたことだし、手に入れたいところだけど…」
「あの大猿、かなり強そうだよな」
「うん。下手したらエリアボス並み?」
その言葉に俺は、少し前に掲示板で見かけた南エリアのボスの情報を思い出す。
「そう言えば南エリアのボスは神出鬼没な猿型の魔物。ってガスさんも言ってたな」
ガスさんはキリヤ、セナと同じくこのゲームのトッププレイヤーの一人で、主にこの南エリアの攻略をしている人だ。
ガスさんとは知り合いではあるが、個人的なやりとりはしていない。
しかし、攻略の情報をこまめに掲示板に貼ってくれる人で、そこに南エリアのボスのことも書かれていた。
ちなみに、東西南北で唯一姿が確認されているエリアボスでもある。
「え、猿型って…やっぱりあの猿がエリアボス?」
困惑した様子でユキが確認してくる。
先程口ではエリアボス級?と言っていたが、まさか本当にエリアボスとは思っていなかったのだろう
東西南北のエリアボスは、そいつらの討伐が俺たちIWプレイヤーの目下の目的であり、前線プレイヤー達がこぞって探している魔物だ。
それが今、メインクエストとは全く関係のないただの定期依頼のクエストを進めていた俺達の目の前にいると言うのは、正直俺にも意味がわからない。
何でこんな浅いとこ出てきてんだ、ボスならエリアの奥でドンと構えてろよ。
まぁだからこその神出鬼没なのだろうが。
「まぁまだ決まった訳じゃないけどな?」
「いや、ほぼ決まったようなものでしょ。それだけの情報があってこのプレッシャー。ボスじゃなかったらそれこそ意味わからないよ」
「だよなぁ…」
ずっと木の裏でこそこそと話している俺たちだが、肝心の大猿とラマの実はと言うと……。
ラマの実は既に大猿の手の中にあり、大猿はそれをジッと見つめていた。
もう大猿はいつ動きだしてもおかしくない。
そうなってはまた1から、あるかもわからないラマの実を探すことになるだろう。
「本当にどうする?私達は今レベルもそんなに上げてないし、無理にリスクを背負う必要も無いと思うけど」
まぁそうだろう。現在レベルキャップは100なのに対して、俺とユキは現在70後半でしかない。
本来十人以上の討伐隊を組んで戦うボスを相手に、比較的レベルの低い俺たち二人だけというのは流石に厳しいものがある。
それに死んでしまった場合、かなり痛いペナルティがあるので、出来るだけ危険を犯したくないのが本音だ。
なら今は見逃して、また別のラマの実を探すか?
確かに安全ではあるが、その場合の問題は時間だ。
今の時刻は21時を回ったところであり、この後またすぐに見つからなければ、このクエストは失敗ということになる。
さて、どうするか。
「最終判断はシロに任せるよ。指示をちょうだい?」
判断を決めあぐねていると、視界に捉え続けていた大猿がラマの実を持ったままのそのそと動きだし始めた。
横にいるユキをチラリと一瞥し、俺は対応を決めた。
「『換装』」
今まで麻布のザ村人といったなりをしていた俺の服が、白と青を基調とした高級感のある服に変わる。
そして今まで何も無かった腰には、無骨で装飾一つない鞘に収まった、何の変哲もない鉄の剣が現れた。
俺は剣を鞘に納めたまま柄をしっかりと握り、俺に背中を見せている大猿に向かって駆ける。
音を極限まで殺して駆けているので、近付いた今も大猿は俺に気づかず背中を見せている。
完全なる不意打ち。
折角のチャンスを最大限生かす為に、急所狙いで大猿の首めがけて飛び上がり、全力で剣を振り抜いた。
「なッ…!?」
しかし、その刃が大猿の首に届くことは無かった。
刃の届く直前で、急に大猿が振り向き、その鋭い爪で対応してきたのだ。
完全な予想外の出来事に、俺は空中に飛び上がっていたこともあり、先程まで隠れていた木の方へ大きく弾かれる。
「くッ…」
なんとか空中で体勢を整え、剣を鞘に収めつつ綺麗に着地する。
わざわざ剣を収めたのは、”抜刀後の一撃に限り攻撃力上昇”という効果を持つ『抜刀』のスキルの為だ。
着地した際に大猿を視界から外してしまったので急いで視線を戻すと、大猿は既に俺との距離を詰め、腕を振り上げているところだった。
チィッ…!瞬発力と速度が速過ぎる。
なんとか防ぐ為に収めたばかりの剣を抜こうとしたが、それよりも先に、後ろから土玉が豪速球で飛んできて大猿を飛び退かせる。
「シロ!大丈夫!?いきなり飛び出さないでよ、びっくりするじゃん」
「すまん、助かった」
今の土玉は恐らくユキの魔法だろう。すぐ後ろからユキが近寄ってくる。
ユキの格好は俺と同じく、白と青を基調にした服とスカートになっており、手にはこれまた俺と同様に、何の変哲もないただの木の杖が握られていた
俺とユキのこの服は、例の【X World】主催イベントの、ゲームとそのVR媒体に続く3つ目の優勝賞品だ。
この服はめちゃくちゃ動きやすくて性能も良いのだが、俺達二人だけのユニーク装備なのでいかんせん目立ってしまう。
更に、服のデザインが二人して同じなので、それを二人で着るというのは、それはつまりペアルックなわけで、流石に少し恥ずかしいので普段は麻の服を着ているというわけだ。
このために換装のスキルを他のどのスキルよりも真っ先に取ったのはまだ記憶に新しい。
「よし、ユキ鑑定するぞ」
「了解」
ちょうど大猿と距離を取る形になり、大猿もすぐに飛びかかってこないので、このタイミングで鑑定をすることにした。
「『鑑定』」
スキルの発動と同時に、大猿が絶叫を上げ突っ込んでくる。
やはり事前に予想した通り、鑑定を察して激昂状態になったようだ。
いくら大猿が速いとは言え、距離もあったので俺とユキは左右に別れて冷静に回避行動をとる。
激昂状態とはその名の通り、そうなった魔物は凶暴化しその間攻撃力が増す。
普通にここだけ聞くと、リスクを増やしてまで鑑定をする必要性は感じられないかもしれない。
しかし、それでもなお鑑定するのは、それによって得られる情報の中で俺たちにとって重要なものがある。
それがHPバーだ。
俺は続く大猿の突進と振り回される腕をギリギリで避けつつ、ゲーム設定で鑑定の結果をユキと共有した。
こうすることで鑑定の恩恵として、大猿の頭上に【賢猿 サゴルディ レベル87 『エリアボス南』】と言う表示と、更にその下にHPバーが俺とユキ二人の視界に出現する。
ちなみにこれは、戦闘終了まで消えることは無い。
ずっと大猿と呼称していたこいつは、正式には賢猿と言うらしい。
一応しっかりとウィンドウを開き、鑑定結果を見ればもっと詳しいステイタス等もわかるが、別に今は必要がないので見ない。
賢猿の攻撃の速さにも慣れてきたので、軽く避けつつ、激昂状態が終わるまで鑑定の結果について話をする。
「あっちゃ〜、やっぱりこのお猿さんがエリアボスか〜。どうする?今からでも逃げる?」
「冗談。この圧倒的に不利な戦いが楽しいんだろ?」
「いやシロ。それはバトルジャンキー過ぎるって」
「そんなこと言って、さっき隠れてる時ユキが戦いたくてうずうずしてたの知ってるからな」
戦うかを決める直前にチラッと見たユキの顔と言ったら、目はきらきらしてるしもう戦うのを楽しみにしているようにしか見えなかった。
「それを言ったらシロの方こそ、いろいろ考えてはいたみたいだけど結局戦うのなんて目に見えてたよ」
「うっ…いや、さすがに勝てる見込みが一切ないなら逃げてたぞ?」
「はいはい、どうせエリアボスを二人だけで倒せたら楽しい。とでも思ってたんでしょ?」
いやはや、良くわかっていらっしゃる。
流石幼なじみ。
「まぁ、それだけじゃないけどな…」
「え?そうなの?あとの理由は何?」
「おっと、それよりもそろそろ激昂も解ける頃だろ。脱線してた話し戻すぞ」
「…わかった」
露骨な話題転換にユキは怪訝な表情を浮かべたが、すぐに話を合わせてくれた。
「んじゃまず、問題点を上げよう」
「一、この猿すばしっこすぎ。二、22時越えそう。こんなところかな?」
ユキが現状の問題点を上げてくれたので、俺はそれに対する考えと作戦を伝える。
「あぁ、まず一つ目だが、これは俺たちも速さに目は慣れてきたしなんとかなるだろ。どうにかしてチャンス作ってその瞬間全力でHPを削るって作戦でいこう」
「相変わらず雑だなぁ」
「ユキ以外だったらこんな雑な作戦提案しねぇよ。俺らはお互いの動きにその場で合わせられるだろ」
何年一緒にゲームやってると思ってんだ。
「まぁね、今の私は後衛だしちゃんと援護するよ。二つ目は?」
「22時まであと45分か、流石にそんなに長引きはしないと思うが、もし越えるようならアレ使おう」
「まぁそこまで戦って諦めるのも嫌だもんね」
さっきから俺たちが22時をやたらと気にしているのは、このIWでは22時を越えると魔物が活発化、及びステータスの大幅増加がされる仕様だからだ。
仮にそうなってしまっても本気を出せば勝てないことはないだろうが、それよりも早く倒せるのならそれに越したことは無い。
「あ、激昂終わったみたいだね」
たった今まで散々暴れていた賢猿が急に俺たちから離れ、距離を取る。
ユキの言うようにおそらく激昂が終わり冷静になったのだろう。
距離を取ったということは、もしも賢猿の名の通り賢いのであれば、激昂状態でステータスが向上していたにも関わらず、俺たちに一度も攻撃が当たらなかったことに違和感を感じているのかもしれない。
まぁなんにせよ距離を取ってくれているのはありがたい。今のうちにこちらから攻めさせてもらおう。
「んじゃユキ、援護は任せた」
「おっけ〜、がんばっ」
ユキの緩いかけ声を背に、俺は賢猿に向かって走りだした。