セイバー・エンド 8
8
放課後に俺、天月 怜は育成中の人工知能の高校生の少女、「天月 玲」の
学習の経過を見に実習室に向かった。朝からずっと運転させていたので情報の
収集に構築まで進んでいるはずだった。
「タイムマシン…タイムマシンか」
そんなん造って何するのか、と訊かれたら…特に何もする予定が無い事に気が
付いて自分でも驚いていた。そりゃ…やり直したい事や戻ってみたい過去とかは
沢山ある。許されるなら頑張ってより良く上手くなるようにしてみたい。でも。
タイムマシン特有の問題…タイムトラベルをして過去を変えてしまうと現在も
変化してしまい、巡り巡ってタイムマシンを作る経緯やタイムトラベル自体の歴史
が変わり、結果として違う現在になるがタイムマシンが存在しない世界になり…
タイムトラベルによる因果の変更で通常の人間では修正できないような事態や
歴史を招いてしまう事に陥る、そして、
「タイムトラベルによる変更はタイムトラベルでなければ直せない」
という様なえげつない現実に打ちのめされる…のが、タイムトラベルを扱った
サスペンスものの熱い展開にある。傍からドラマとして、フィクションの作品を
観ている分には考えを転がすだけでも興味をそそられるものもある。しかし、
これが実際の登場人物の立場から見た場合だったら―――
「また何とかしてタイムマシン、もしくはタイムトラベルをできる様に整え
なくてはいけなくなる」
このパターンが、かなりきつい。タイムマシンやタイムトラベルが成立する経緯
が変わって条件が増えていたり、選択を間違うと最悪の場合物理的に死傷する。
「キーワードを受け付けたこと自体が罠だったんじゃないかなー…」
俺はだんだん人工知能が突飛な育成に対して結構なカウンターを寄越す事を軽く
見ていた気がしてきた。多分だが、先達の多くは自分の趣味や興味を人工知能に
教える事でコミュニケーション能力の付与を試みていたりしていたのではないのだ
ろうか。
タイムトラベルによる変更はタイムトラベルでなければ直せない。
また何とかしてタイムマシン、もしくはタイムトラベルをできる様に整え
なくてはいけなくなる。
これを人工知能の育成に置き換えてみると、
ユーザーによる変更はユーザーでなければ直せない。
また何とかして人工知能を最育成、もしくは再学習をできる様に整え
なくてはいけなくなる。
といった感じに解釈も出来てしまうのだ。
「NGキーワードだったかもな…」
敢えて学習させた後、変化しすぎて一見、収拾がつかなくなる様にするトラップ
なのではなかろうか。想えばタイムマシンなんて、造ってはいけない機械のランキ
ングがあればかなりの上位、もしくはトップクラスだろう。それを人工知能が学習
するとか、ブロッキングしなかった時点でキーワード与えた生徒を悶えさせる様な
リターンをセッティングしていても何らおかしくはない。育成している人工知能は
「教材として実装、配布されている」のだ。…SFもどきな暴走など、それこそ
有り得ない仕様のはずだった。なーんで気が付かなかったかなー、俺…。
「やっぱ体調悪い時に閃いたのを…使うのはいけなかったか」
思い返せば思い返す程、ドツボに嵌まっていく気がしてきた。あほか俺は。
人工知能の女子高生が、やたらとメカメカしいタイムマシン姿に変貌してしまう
気がして、俺は内心で冷や汗をかきながら実習室へ足早に向かった。
学生証を入り口に設置されているタッチパネル式のエントリー機械のパッド部分
に翳して認証し、実習室に入室する。さもありなん。
朝利用していた席に行き、個室のドアの小型タッチパネルに学生証を翳してアン
ロック。いざ暗転しているPCモニターに向かって話し掛ける。
「天月 玲。状況を報告してくれ」
モニターが俺の音声に反応して点灯する。席に座る。さあどうなった。
『いえっさー!』
軽快な声で女子高生姿の「天月 玲」は笑顔で出迎えてくれた。
よし。人間のままだ。
『それでは報告するっさー?』
えらく軽快なノリで育成中の人工知能の女子高生は話し始めた。この場慣れ
してる感じ…嫌な予感しかしないんだが。
「天月 玲」はタイムマシンについての検索と、情報の構築を終えて出した
結論を天月 怜に明るい口調で口頭で通達し始めた。
『タイムマシンに因るタイムトラベルは可能である!
ただし、
タイムトラベル可能な生命体は存在しないという結論に達しました!』
という語り口から言葉が始まった。ああ。なんていうか、地雷処理の開始感が
すげえ…。
と、ここまでは普通の会話だったのだが。
『タイムマシンの設計図を創りました!』
凄い笑顔でぶっ飛んだ展開を盛ってきた。ほらやっちまった。俺のばかめ。
タイムマシンの設計図を創り出していたという通達に、さすがの俺もしばらく
硬直してしまった。
人工知能にタイムマシンの設計図造らせるとか…女子高校生の姿に人工知能を
育成した男子高校生が宇宙科学妄想全開のこんなベッタベタな展開かました上に、
クラスで執り行われる中間発表にこのまま出してしまったら何がどうなるか。
俺の高校生活が盛大に散華すること請け合いだ。
「あ~…」
やっぱりトラップなキーワードを踏み抜いちゃったよ…。
俺は天上を仰ぐ。
『それでは、作製したタイムトラベルのプログラムを演習しますか?』
窮め付けにこんなセリフまで投げかけてくる。PCモニターの様子に目を向け
ると同時に、ぽーん、というおなじみのインフォメーションの効果音に続いて
「天月 玲」の表示されている前に例の…
「ん?」
なんだこれ。イエス/ノーの二択じゃない。表示されているのは
『タイムトラベルをする機体の製造を許可しますか? 許可/却下』
という白い文字の一文だ。
どういうことだ?
「なん、…どういうことだ? 玲」
『これはですね、タイムトラベルは人工知能のみが出来るという事を実証し
学習するために必要な工程の許可を求めているんですよー』
半透明な蒼いウィンドウの向こうには、
ふふん、と微笑んで誇らしげに胸を張る女子高生人工知能の少女の姿があった。
確か、タイムトラベルは人工知能のみが出来る…それが結論だと、人工知能の
女子高校生、「天月 玲」は怜に告げた。
「は、あ…ぐ?」
また眩暈と酷い頭痛がして、視界が紫色に明滅する。
しばらくすると嘘のように頭痛が収まった。
「いかんな…なんかおかしいわこれ…」
さすがに、俺は体調が良くないと想い始めた。…健康診断しとくかな。
瞼を閉じて、息を吐く。
「保留だ。演習は保留」
そう告げると、見慣れない蒼いウィンドウは消える。
シャットダウンして、今日は切り上げることにした。
「絶対にあれ許可しちゃいけないだろ…」
まったく意地の悪い作りだよ。遊び心で育成するとしっぺ返しが来る仕様とか、
本当にありがとうございます…、本音はすごい許可したかったけど。やめとこう。
実習室から帰る時に、保健室前ですれ違った女の子とまた廊下で鉢合わせした。
なんだ、運命の人なのか。
そんな自分の胸の裡に涌いた軽口に自分で微笑んでしまい、なんとなく路を譲る
ことにした。少女の前から脇に逸れて歩くと、女の子は会釈して実習室に向かって
いった。
「玲」
怜のいない実習室で怜の声が人工知能の少女を呼ぶ。
瞼を閉じて身体を左右に揺らしていた「天月 玲」がPCモニターの中に現れる。
声の主は、女子用のブレザーの制服を着た、眼鏡を掛けた少女だった。
『はーい?』
天月 怜の育成中の「天月 玲」はのんびりと応える。
「タイムマシンについての学習、その結論を報告」
『報告ー!』
「天月 玲」はタイムマシンについての検索と、情報の構築を終えて出した
結論を天月 怜の声をした少女に明るい口調で通達し始めた。
怜に通達したように、人工知能の玲は応えた。
『それでは、作製したタイムトラベルのプログラムを演習しますか?』
ぽーん…という効果音がする。
「天月 玲」の映像の前に蒼いウィンドウが展開される。
『タイムトラベルをする機体の製造を許可しますか? 許可/却下』
白い文字で書かれている一文を少女は視線を走らせて検める。
「許可」
怜の声で少女はそう応えた。




