セイバー・エンド 6
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「えぇ?」
我ながら間の抜けた声を上げたと思う。
帰る為に歩いて辿り着いた交通シャトルの駅が停電している。正しく云うと
無人の改札に学生証を翳して内蔵している電子チップにチャージしている通貨で
乗車の代金を支払って映画の脚本やらの構想をしながらプラットホームにエスカ
レーターで向かっていざシャトルを待つか! と構えて仁王立ちしたら停電した。
なにを言ってるのか言ってる本人がだいたい分かったので状況については単に
異状である。なんてこった。とんだハプニングだぜ。
「あー…。午後の番組見れないとか何なのよもー…」
まあ、いざとなったら立体モニターでテレビ番組を視ればいいんだけどもね。
テレビはやっぱり腰を据えてゆっくり観たいのが人情というもの。なんてこった。
瞼を閉じてふるふると頭を振る。不遇にふぐう…と唸りたくなるが堪えるしか
ない。雑念よ去れ。冷静ゆえに冷静なる我あり。落ち着くのだ。
辺りは静まり返っている。フルカラーの電光掲示板は沈黙して、夕方特有の
物悲しい雰囲気満載の帳が駅構内に設けられた幌状の屋根の隙間から見える。
四角く歪んだ空の断片だけが、この沈黙した駅の中で動いている様な気がした
ので、携帯でカメラでも撮って置こうとわくわくしながらカード型の学生証に
向けてデジタルカメラの機能を呼び出すために声を掛けた。
「カメラ起動」
いつもなら多機能電子チップの内蔵したこの学生証から立体モニターが起動
してカメラの撮影モードが始まり、私の創作意欲を増進させてくれるのだが。
「ん? カメラ起動」
しーん、という効果文字が宙に浮かんで消えて行った錯覚が脳内で展開した。
「なんで?」
全くもっておかしい。生まれてこの方無反応なんて体験した事なんてない。
電気がない時は「電力不足です」というメッセージが浮かび上がるし、電源オフ
なら「電源オフです」というメッセージが出る親切設計のはずなのに。
「あれ? なんで?」
珍しいこともあるもんである。足で踏んづけてメキッとやってしまった時だって
普通に起動した強者が沈黙している。これは何が起きてるのだろう。
「……いないわね」
辺りを見回す。異様な風体の生物だか何だか良く判らないようなクリーチャーは
今のところ出現していない。ガチでエネミーが現れても困るけど、念のため確認は
してしまう。ついでに変質者っぽいのもいなかった。駅のプラットホームには自分
独り。…私、天月 玲しかいなかった。普段、携帯端末のハードウェアにしている
PCアクセサリ…カード型の携帯機器を取り出して呼び掛けてみる。
「通話」
反応が無い。こっちもかい。
「やばい…ひょっとして助けを求める方法が無くない…?」
電子機器が謎の沈黙をしている。駅構内だけでなく私の私物関係もだ。これは
いけないのではなかろうか。…停電にしては、なんていうか…不気味な感じがする
のが否めない。というか、私物のカード型端末まで一斉に動作しないって…
「…高威力の電磁波攻撃でも受けたというの…?」
この火星の、日本区の洋上都市が、何者かの攻撃を受けている?
脳内で戦争物の映画のBGMが流れ始めている。…現実逃避もしたくなるわ。
「はぁー…もー…」
こんなにも雰囲気が出ているシチュエーションなのに記録媒体が使えないなんて
悲劇そのものじゃない…!
「アナログのカメラでも買っておけばよかったぁ…」
悲しくなってその場にしゃがみ込む。人生はいつもこんな風に手の込んだ悲劇に
踊らされることが起きるのだ。
「んもー…」
カード型端末を目の前に持ち上げて睨む。どうしちゃったんだよ相棒…? お?
『はじめまして。映画監督さん』
立体モニターが起動して蒼く暗転している画面に白い文字でメッセージが浮かび
上がった。
「…誰?」
思わず声で語り掛ける。私のカード型端末はこんな風に話しかけて来ない。育成
していた人工知能の男兄弟が話しかけてくる時はちゃんと名前を先に呼んでから
会話に入る。この仕様には例外はない…誰だこれ。
「カードの妖精さん?」
そんなわけはない。あるとしたらこれは…手の込んだクラッカーの悪戯、いや、
最悪のケースは…駅ごと私を嵌めるための悪戯。
内心怯えながら空元気を呼び起こすも、さすがに怖い。困惑、困惑。なんで
私なのよ? そもそもなんか意味があんのかね?
『私達は未来。この通知はメッセージで、会話は出来ません』
未来? 何かのやばい宗教ですか?
冷や汗をかく。やめてよ。もー…。
『あなたはこれから、記録できない不可思議な体験をするかもしれません』
お巡りさんこっちです。
『安心してください。あなたに危険は有り得ません』
犯罪者はみんなそう言うよね。最後で掌返しで危ないことするよね。
『私達「未来」は、火星で起きたプログラムハザードに対抗するレジスタンス
組織です』
…プログラム、ハザード?
人工知能の反乱とかいう、論理回路に不具合が起きた時の緊急措置の用語よね。
中二病か何かなの?
ちょっとだけ、面白い。
これだけ手の込んだことしておいてこれかい。…いや、いえ駄目よ。これは罠。
興味を持たせて行動させて犯罪行為に走らせる悪質な犯罪アプリの手法にすごく
似てるわ。この端末壊そうかしら。
『「この世界で一人きりでも、わたしは私であることをやめたりしない」』
――――――――、え?
なんで。なんでなんでなんで?
何で知ってるのよ?!
カード型端末の立体モニターに表示された白い文字のその一分に、私は目を
奪われてしまった。釘付けで瞬きも出来ない。
私が。わたしが映画監督になろうと思った、自費出版の本の中に出て来るセリフ
のフレーズ…。誰にも話したことなんてないのに、どうして。
『これから歴史が変わる。君はそれを観測することになる』
白い文字は浮かんで消える。
『どうか。見届けてほしい』
そのメッセージを最後に。
画面はブラックアウトした。
「なかなかやってくれるじゃない、クラッカーさん…」
クラッカーさんからの最後のメッセージに。…私は奮起する。
私は頬が笑みで動くのを堪えられないまま、謎のメッセンジャーに向かって
応えた。
「やってやろうじゃない!」
面白い。見届けてやる。
「映画監督舐めんなよ! うらぁ!」
中空に叫んで私は立ち上がる。
同時に、駅構内に通電が再開して電光掲示板のフルカラーモニターが息を吹き
返して、情報を吐き出し始めてスピーカーからは音楽が流れて手の中のカード型
端末は見慣れた待ち受け画面の猫の画像が表示される。電気が帰ってきた。
私に日常が帰ってきた。
クラッカーの寄越した時間はぞっと寒気を寄越してきた。
「操られたりはしないわよ」
私は帰宅の途中で紙製の手帳とシャープペンシルを買った。
これはいわば、セーブデータを記入するためのものだ。
「記録してやるわよ」
ふふん、と私は笑っていた。
今だけ私は。
映画みたいな世界の只中にいた。




