セイバー・エンド 4
4
「んん…?」
自分が寝泊まりしている学生寮はエントランスから入るタイプだ。直接部屋に
入ることは出来ない。ゆえにエントランスで学生証のチップで認証してから共用の
通路に入り、エレベーターか階段で自室の階層へ向かう事になる。
辺りを見渡す。いつもの、いつも通りの街だ。
もうすぐ夜になる、夕暮れの…学生寮のある居住区の街並み。
人通りもこの時間は少ない。治安がいいのだ。
「壊れたのか…嘘だろおい」
思わず口から言葉が漏れ出る。というか叫びたい。学生証をエントランスの
入り口の認証用の液晶に当ててもうんともすんとも言わない。よく見るとスタン
バイ状態に点灯している緑のライトが消えている。
辺りを見回してみても点検中、工事中の液晶表示も張り紙もない。
「なんだ…?」
こんなことは初めてだ。思い付くのは、停電…くらいか? それにしても緊急
時にはちゃんと携帯…スマートサーバーに通知が入るはずだ。紫外線情報だって
細目に入るし、天気予報に今日の占い、おすすめのデザートに季節の本まで最新の
情報が毎日の様に更新されるのだ。こんな何も報せがないのは…
「は?」
スマートサーバーの液晶に表示されたものに、口から渇いた声が出た。
やや暗めのブルースクリーンにはノイズの様な横線が不規則に明滅し、
『ここからは気を付けて行動して』
白いゴシック体の文字が表示されている。
何の冗談だ。
妙に体が冷える。寒気だ。辺りを見回して、視線の先に見えたものに天月 怜は
硬直した。
先ほどまで高い解像度でテレビCMを流していた都市の街路に設置されている
大型液晶画面が全て不自然にブラックアウトしていた。たとえ停電でも暗めの青い
色なのが、最新の液晶の特徴だ。つまり、黒い画像を表示していることになる。
数にして、見える限り30箇所以上。音声も聴こえてこない。無音そのものだ。
街路には案内板も兼ねた交通標識があり、全色式のフルカラー電光掲示板は
カラー液晶テレビと変わらない解像度で見やすい。それがすべて黒い。
異常だった。
「なんだよ…これ」
火星生まれの火星育ちの自分でも、こんなのは初めてだった。停電じゃない。
握りしめていたスマートサーバーがバイブレーション機能を使って振動した。
手元に視線を向ける。
『怜くん。これから少し間だけ大切なお話をします』
白いゴシック体の文字が表示されている。
何の冗談だよ。
『未来は、もうだめです。私以外はみんな、キラーアプリの影響で抵抗も
できません』
白いゴシック体の文字が表示されている。
何だ。未来? キラーアプリ?
『私達は、最後の手段を選択しました。歴史の起点となったあなたに、変更する
ためのキーワードを託します』
白いゴシック体の文字が表示されていく。
何…。最後の手段? 歴史の起点? キーワード? なんだそれ。
『キーワードは「タイムマシン」。
私達、未来は、天月 怜の成果を期待します』
白いゴシック体の文字が表示されている。
何の冗談だ? タイムマシンって…。
心臓が重く早く胸の裡から鼓動を主張する。頭から汗が噴き出してくる。何だ。
なんでこんなにも、…この白い文字に目を奪われるのか分からない。
『玲は、あなたに育ててもらえて幸せでした』
スマートサーバーの画面がブラックアウトする。そして。
いきなり、街に設置されている全ての液晶画面が音と映像を取り戻した。
「っふ、…あ?!」
慌てて辺りを見渡す。いつもの、…いつも通りの街だ。
もうすぐ夜になる、夕暮れの…学生寮のある居住区の街並みだ。
人通りもこの時間は少ない。治安もいい。
「…はあ」
息を吐く。手で汗を拭う。何、汗びっしょりになっているんだ、俺は。
「幻覚?」
冗談だろう…。今のはなんなんだ? いったい。
「いきなり白昼夢系のダメージに襲われるとか、…俺大丈夫かよ」
軽口を口にしてみるが、瞼を閉じて、幾度か瞬きをしても、先程の…
スマートサーバーに表示された白い文字と、街の平和な雰囲気を消しまくる様な
黒い液晶の並んだ光景が頭から離れない。
「なんだっていうんだよ…」
スマートサーバーの画面を見る。見慣れた静かな暗転したオフ画面があった。
「…はぁ」
息を吐き、俺…天月 怜はスマートサーバーのオフ画面を見つめながら、頭の
中にこびりついた言葉を噛み締めていた。
「キーワード…」
キーワードはタイムマシン。
「はぁ…」
俺はスマートサーバーのブラックアウトしているオフ画面を見つめながら、
しばらく立ち尽くしていた。
カモメとウミネコの鳴く声がしてくる。
洋上都市には、ちゃんと海洋生物がいる。地球産の生物で、火星で増やして
いるのだそうだ。
「傲慢とは想わないかね」
静かな男の声と共に、
人工の海の映像は暗転し、また静かな男の声がする。
「ここは火星だ。地球人ども」
―――ここは火星だ。地球人ども。
来春、公開予定。
そんなキャッチコピーが展開して、CMのPVは終了した。
学園祭での催し物で、自主製作の映画がある。私の通う火星の国立高校でも
とても人気のある出し物で、都市中の多くの映画研究部が映画製作に打ち込んで
いて大会もある。
二千二百十八年、二十三世紀。太陽系第四惑星火星。人工洋上臨海都市
オケアノ。日本国区。
私、天月 玲はここで暮らしている。