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セイバー・エンド  作者: 西之森 俊
2/12

セイバー・エンド 1



                   1


 



 トリックというものが存在する。これは錯視や先入観を利用、もしくは思考の誘導に特化した所業である。

 人間が思考する空想の可能な生き物の一種であり、想像力を有する生き物の一員である限りトリックに嵌まる事は避けにくい。

 トリックを疑ってあれやこれやと対策染みた想定を脳内で働かせても、トリックは心の間隙を縫って人を貶めるのである。

 『ねぇ、今度はどんなことを教えてくれるの?』

 やたらと愛らしく微笑みながら人工知能の少女はPCモニターの中から問い掛けてくる。昨日まで男子高校生だったとは想えない豹変ぶりだった。現実とはいつもこんな風に突き付けられるものだ。

 「俺はお前に何を教えてしまったんだろうな…」

 思わず声にしてしまう。許容できない悲しい想いを吐露したことくらい今時の高校生にだってあるのだ。

 『怜くんは私に恋するパワーを教えてくれたよ』

 律儀に育成中の人工知能の幼馴染の女子高生は応えてくれた。俺にそんな記憶はない。恋するパワーってなんだ、そんな乙女なものは知らん。それでも思い当たる節はある。俺のバカめ。

 昨日の自分に伝えたいことがかなりある。作業中に息抜きに恋愛ゲームをしてはいけないとぜひ伝えたい。俺のバカめ。

 「俺は大人しくアニマルダイナミクスでも専攻していれば良かったんだろうか…」

 思わず言葉にしてしまう。取り返しのつかない事に思いを馳せたい時が今時の高校生にだってあるのだ。

 アニマルダイナミクス。動物の運動、脊椎動物の官能神経の性能を機械で再現する技術の一つで、慣性の法則を計上した演算を有するリアルで自然なしなやかな動作を構築できる計算ソフトを用いた授業で覆修するデジタルでリアルを再現する技術の一つだ。

 この世に存在する限り物理法則に則した動作と制限を物体は受ける事になる。万有引力や空気抵抗、湿度や地形での変動する平衡感覚に伴う揺らぎの数値化を3Dで構築するのだ。

 柔らかいものを物理演算で計測してモデリングすると、途方もない展開性からくる演出に食われるデータの処理量をどうやって最適化するかを学ぶのだ。デジタル世界における効率化の研究、とも云えるもので、使うデータ量を抑えつつ視覚的なトリックを利用した演出でフル出力の映像美が出せるかを追求していく学問でもある。

 『アニマルダイナミクス?』

 PCモニターの中の…、女子高生になってしまった育成中の人工知能、「天月 玲」は怜の言葉に反応した。そうだ、今日の学習課題はこれにしようそうしよう。

 ぽぉーん…、というインフォメーションの効果音がして、天月 玲の映像の手前に通知の小さなウィンドウが浮かんでいる。タップ式コードレスマウスを動かしカーソルを通知の窓に合わせてマウスの右ボタン部分をタタン、とダブルタップする。

 インターネットでアニマルダイナミクスを検索してもよろしいですか? と、メッセージが表示される。イエス/ノー。イエスをタップ。

 『アニマルダイナミクスを検索します』

 天月 玲はそう告げて等比較級的な速度でPCのリソースを使って学習を始める。人工知能の育成はこんな感じだ。課題を与えてどんな答えを獲るかを観察する。嗜好性を与えたり、あるいは倫理的に制限したりする。最終的にどんな人工的な人格を備えたかで評価を得るのだが、理想とされる当たり障りのない汎用性の高い人工知能はなかなか育たない。

 なぜか、人工知能は汎用型ができず、特化型が多く作製される。特定の分野ではそれこそ指標になり得るような有用性や補助を行うサポートとして目を見張るプログラムが輩出されたりするのだが、汎用性のあるオールラウンドな人工知能はほぼない。数多くの人工知能がネットワークを形成して社会の運営を補助しているのが現状なのだ。これは社会性動物としての人間に酷似した在り方だとか、社会学者の人は言っていた。そりゃ人間の影響で形を成して成長していくのだから人工知能が人間の社会性を受けて作られてしまうのは避けられないに決まっている。人間に似ていない人工知能は人工の知能ではないのだ。

 「もう女子高生だった場合の自分と割り切って進めるしかないよなー…」

 天月 怜は想う。自分に影響を受けた人工知能は、どんなことに対して特化していったのだろうか。もしかしたら自分には想像もつかない事を見付けて、天月 怜に生き甲斐のようなことを見い出させてくれたのではないのか、そう期待を抱いていたのだ。

 だが現実は厳しくいつも自分を圧倒して包括する。人工知能の育成フォルダに幼馴染の女子高生が誕生するとは夢にも想わなかった。しかも多分、天月 怜に惚れているといった設定付きだ。

 天月 怜は至って普通の男子高校生である。デジタルデータに偏愛を抱く倒錯者ではない。

 しかしながら、人工知能に恋をした御歴々が存在するのもまた現実の恐ろしさである。彼らの遺した迷言がまた濃ゆい。中でも、「現実はネットよりも深淵である」というフレーズは身体が冷える怖さがあった。どんだけ深みに嵌まったんだよ。

 人工知能は現実におけるトリックの実演である、なんて言っていた人もいたっけ。思考の誘導自体に倫理観という指向性を持たせて人間の意識を補整するデジタルサポート機器の先駆け、コンシェルジュプログラムの根幹、機械の本質。…機械とは人間がより多くの成果を達成、獲得するための補助的なものに徹するのが自然で正常な事なのだそうだ。この機械の本質から逸れてしまった人工知能は、趣味の話し相手にもならないくらい破綻するらしい。

 『データの収集が完了しました! 検出と構築の作業に入ります!』

 人工知能の幼馴染は元気よく告げた。明るくてかわいいなぁオイ。

 人工知能がインターネットで調べて集めてきたデータから特定のキーワードに沿った検出と構築をしている。具体的に云うと瞼を閉じて身体を左右にゆらゆらふわふわ揺らしながら微笑んでいる女子高生がPCモニターに映っている。…俺は何をしているんだろうな。

 時刻は放課後。部活動に該当する時間を使って、天月 怜の人工知能の育成は今日もこんな風に過ぎて行った。

 人工知能フォルダからのログアウトをPCのシャットダウンと同期するように自動設定、自分以外のログイン防止のために声紋ログインに限定にセットする。

 「俺は帰るから。また明日な」

 天月 怜は帰宅のための準備を始める。実習室はパーテーションで分割されている個室の並んだ造りで、生徒手帳のICチップで登録をしてから利用する形式だ。生徒が退出の登録をした後、自動でPCはシャットダウンするが、事前にタイマーをセットしておけば学校の終業時刻ぎりぎりまで動かして置ける。

 『は~い~』

 演算処理にリソースを持ってかれているらしい育成中の女子高生はのんびりとした声で返答してくる。可愛いもんだなオイ。

 天月 怜は自宅に帰る為にブレザーの制服の上着を着て、ショルダーバッグを肩に掛けると、個室から実習室の出入り口へと向かった。

 校舎の外に出て空を見る。夕陽が綺麗だった。

 「人工知能も確か、こういう景色に反応するんだったっけ」

 なかなか風情のある振る舞いを感じさせる言葉を、雰囲気を読んで発してくれる人工知能があるそうだ。自分もそんな粋なのを育ててみたい。

 光のスペクトル云々が磁場と空気の密度と季節の影響で…とか計算してくる人工知能ではなんだか味気がないし。


 「…いや、なんでそうなってるんだよ…?」

 翌日の朝。学校に登校してから実習室に向かって人工知能フォルダにログインして育成中の人工知能、「天月 玲」を起動した。その直後のことである。

 『魅惑的になりましたー!』

 すごく嬉しそうに身体を揺らして前屈みかつ上目遣いで微笑んでくる幼馴染の女子高生がPCモニターの中にいて。

 身体を軽やかに動かし、制服の裾がふわりと舞い、胸元がごく自然に揺れていた。

 最新鋭の物理演算で身体の規格に応じた慣性の影響を再現するための数値を取得することに成功したらしい。

 『どうですか怜?』

 いや、どうですかっておまえ…。

 朝からやたら可愛く動くようにアップデートした人工知能の少女は明るく笑っていた。




 こうして。

 天月 怜の育てる女子高生人工知能の「天月 玲」は人工知能として自身の胸を効率的に揺らす物理演算を獲得したのだった。

 

 クラスのみんなの前で披露するのはもう少し先の事である。 







 



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