同級生女子に召喚された!
左足首に脱ぎかけのスウェットをまとわりつかせ、右足を浮かせた不安定な姿勢の僕は、同級生の堅田みおりと見つめあっている。堅田は、クラスで二番目くらいに可愛い、ちょっと天然なとこが人気の女子だ。
しばし、2人とも硬直していたが、急に堅田が悲鳴を上げ始めた。
僕には、ここがどこで、何故、堅田が目の前にいるのか全く分からない。ただ、戸惑うばかり。とりあえず、上げていた右足をおろすと、堅田は、さらに悲鳴をあげた。
あれ?僕って、痴漢か何かと間違われてる?
僕は、一ノ瀬怜、平凡極まりない高校二年生。成績は中の中、顔は、悪くはないけどイケメンでもない。
家は、普通の一戸建て。狭小三階建てで庭はない。欲しい物は買って貰えるから貧乏ではない。まさしく、ザ・モブって感じ。
今日も普通の1日だった。天文部という特になにもしない部活動を終えて帰宅し、母親の手料理を食べ(そういえば、母親の手料理は、普通じゃないほどに美味しい。)、金曜日なので少し夜更かしをした。母親に、早く寝るように促され、しぶしぶ風呂に向かったのは1時になるくらいの時間だった。
スウェットを下げて、脱ごうとした時、急に光に包まれて眩しさに目を閉じた。そして、数秒後、目を開けると、堅田みおりが、目の前にいたのだ。
堅田みおりの背後のドアに激しいノックの音がした。堅田は、悲鳴を止めて、口元を手で押さえた。
「みおり!何て声出してるの!真夜中なのよ!静かにしなさい!」
堅田の母親だろうか?ここは、堅田の家なのか?
「…ごめんなさい。お母さん」
外で、フンッ!と鼻を鳴らす音がした。
「早く寝なさいよ。明日、休みだからって夜更かししないで」
「はい、お母さん…」
返事を待たず歩き去っていく足音が聞こえた。
「…これだけ悲鳴あげてるのに、大丈夫?とか聴かないものかね」
僕が、ぼそりと呟くと、きっと僕を睨みつけながら、堅田は、
「とりあえず、スウェットをちゃんとはいて!」
と、言った。僕は、スウェットを引き上げようと下を見た。何やら、図形が描かれていて、真ん中に自分がいることに気がついた。
「…何これ?魔法陣?みたいな?」
「いいから!早くスウェットを履きなさいよ!」
堅田が、イライラしだしたので慌ててスウェットを引き上げた。
「あーあ、なんでクラスのモブ男が出てくるのよ。失敗したってことよね」
モブ男というのは、僕のことなのだろうか。他人からもモブ扱いされていたのか。
「あの、ここ、堅田の部屋なのかな?なんで、僕、ここにいるの?」
「…悪魔を召喚しようとしてたの。魔法陣が光って、本当に悪魔が召喚されるんだ!って思ったのに…がっかり」
「いや、風呂に入ろうとしてるとこ勝手に呼び出されて、あからさまにがっかりされても。とりあえず、家に帰して」
「無理よ」
「えっ?」
「帰し方、分からないもん。自力で帰って」
「…堅田の家って、うちの家から結構遠かった気がする。歩いて帰れないよね?タクシー呼んでお金も出して」
「タクシーなんか呼んだら家族に変に思われる。お小遣いとかも、貰ってないからお金は出せないよ」
「じゃあ、自転車貸してよ」
「ないよ。私、電車通学だもん。必要な物しか買って貰えないんだもん」
なんとなく、悪魔を召喚したくなった理由に察しがついてしまった。
「じゃあ、電話貸して。親に迎えに来てもらう」
堅田がスマホを持っているところは見たことがある。
「…ないよ。家に帰ったら、取り上げられるんだよ。教育上の配慮ってことで」
堅田は、半泣きなのに強気を崩さない。歩いて派出所を探してお金と電話を借りるしかないのか。でも、11月半ばの深夜1時に部屋着で外を彷徨くわけにはいかない。
「分かったよ。歩いて帰る。でも、朝までは、ここにいるよ」
「何言ってるのよ!一晩家にいられたら家族に見られるかもしれないし、誰かクラスの子に見られて変な噂になるかもしれないじゃない!今すぐ帰ってよ!」
「はあ?勝手に呼びつけたのはそっちだよね?何勝手なこと言ってんの?」
「一ノ瀬を呼んだんじゃないもん!」
さすがに温厚な僕でも腹が立つよね。なんだ、この女?我が儘が過ぎるぞ?
「早く帰らないと、君が侵入してきたって、家族に言うよ?」
ついには、そんなことを言い出した。
僕は、怒りのあまり口もきけない。こんなクソを相手にするだけ無駄だ。
黙って堅田の部屋を出ようとする僕に、堅田は、少しだけ申し訳なさそうに
「家の前を右の方にまっすぐ行ったら大通りに出る。派出所もあるから」
と言った。
「…お前、必ず後悔させるからな」
僕は、思いがけず低い声で堅田に凄んでいた。怒りすぎて、やられて逃げるモブみたいな台詞が出たことが恥ずかしかった。
枕の上のスマホが、目覚まし機能で音楽を流し始めた。今日は学校休みなのに、とぼやきつつ伸びをする。
どうやら、堅田に召喚されたのは夢だったらしい。堅田の部屋を出ようとしたあたりで記憶がなくなってるし、自宅のベッドに寝てたんだから、夢に間違いない。
朝ご飯の後、ベッドに舞い戻り、ゴロゴロしながらスマホでゲームをしていた時、何か呼ばれた気がした。
ソラミミ?数分後、さらに強く呼ばれている感じがして、気がつくと、また、堅田の家にいた。
魔法陣の真ん中で、寝転んでスマホをいじる僕。堅田は、あからさまにガッカリしている。
「どうして、また一ノ瀬なの?」
「夢じゃなかったのか。堅田、なんで、僕を召喚するんだよ」
「あんたを召喚したんじゃない!悪魔を召喚したのに!」
今回、昨日と感覚が違ってたなぁ。なんてゆうか、昨日よりスムーズに来たというか。
「ちなみに、悪魔召喚して、何をしてもらうつもり?」
「お母さんに優しくなってもらいたいから、私の元彼を消してもらう」
「え?消す?」
さすが、悪魔に頼みたいだけあって、過激なお願いなんだな。
「お母さんが、優しくなくなったのは、元彼のせいなんだ」
堅田が話し始めた。元彼は、大学生のカテキョで、イケメンで優しかった。でも、勉強を教える傍ら、ほんの一月もするとイケナイことも教えるようになった。
堅田は、イケメン大学生に夢中になり、彼氏のアパートにも入り浸るようになった。彼氏は、写真や動画を撮りたがり、堅田は、嫌われたくない一心で、それに応じた。
僕は、その打ち明け話を聞きながら、妄想で苦しくなってきたが、必死で自分を抑え、続きを促した。
ある日、母親が堅田の部屋に鬼の形相で飛び込んできた。
母親は、彼氏のスマホを手に堅田に向かって叫んだ
「どういうことなの?こんな…こんな嫌らしいことを!高校生のあなたが!」
母親に見られた!堅田は、青ざめた。でも、何故、母親が彼氏のスマホを?
堅田の彼氏は、母親とも付き合っていた。母親は、彼氏に他の女がいることを察していたが、自分は、ただの火遊びで本気じゃないから平気だと思っていた。でも、いつの間にか嫉妬心が芽生え、盗み見て覚えたパスワードで彼氏のスマホをチェックしたのだった。
彼氏と娘の関係を知った母親は、娘に激しく嫉妬し、どうしても母親として接することができなくなった。彼氏は、逆ギレし、勝手にスマホを見た母親をさんざん罵り家庭教師を辞めた。
母親は、娘が彼氏と連絡を取るのではないかと怖れ、家ではスマホを取り上げ、極端に自由を制限するようになった。
「そ、そうなんだー。それは、わりとよくあることかもね!悪魔に依頼しなくてもいいんじゃないの?」
「私、彼氏のスマホから写真や動画が流出しないか心配で眠れなかった。で、大体、世の中って、悪い予想って当たるんだよ」
「流出、したの?リベンジポルノ的な?」
「元彼が、友達に見せてた。ニヤニヤしながら、見ず知らずの男が、君のこと知ってるよって…」
堅田は、小さく震えながら自分の身体を抱きしめている。
「悪魔と契約したら、魂を取られるんだよな?それでも悪魔に頼みたいの?」
「死ぬときのことは、どうでもいい。今のままだと生きていられないよ。私は、悪魔と契約したい」
その時、魔法陣が鈍く光った。僕は、突然、いろいろなことを理解した。
僕は、本当に悪魔なのだ。15年前、幼い孫と息子夫婦を事故で失った老夫婦の望みに気まぐれに答え、自分の使い魔とともに偽の家族を作った。老夫婦が死ぬまで、たかが数十年、人間として生活することにして、悪魔としての記憶を封印したのだ。
悪魔としての記憶が蘇るとともに、高校生男子が格上女子に抱く気持ちが消え去った。
「分かった。契約しよう」
僕の言葉に堅田は、え?と一言だけ答えた。怪訝な顔をしているが、僕は、無視して言葉を続けた。
「元彼を殺したとしても、お母さんは、優しくならないと思うから、元からいなかったことにする。存在自体抹消するから、何もかも元彼に関することは、お母さんの記憶から消える」
「…そんなこと、できるの?」
「悪魔だから、できるよ、それくらいのことは。それでいいよね?」
「…うん、そうだね、それでいい」
「じゃあ、決まりだね。もう、取り消しはできないよ。」
「いいって言ってるじゃん!」
「それから、僕にとって元彼がどんな奴で、どうして消さないといけないかとかは、意味がない。契約に基づいて始末するだけだよ」
「どういう意味?」
「だから、君が嘘をついて元彼を悪人みたいに言わなくても、悪魔には、どうでもいいってことだよ」
「嘘をついてるって…どうして」
「悪魔に嘘をつけると思うなんて、君はどうかしてるよね。それとも、まだ、僕のことを悪魔だと思ってないのかな?それにしても、女子の妄想ってすごいよね」
堅田は、返事をせず、じっと僕を見ている。
「まあ、とりあえず、契約の通り元彼は消すよ。君の記憶からも消えるし、元彼に関連することも全部なくなる。この契約の記憶もなくなるだろうね。でも、契約自体はなくならないから死んだら魂を貰うよ」
堅田が何か言う前に僕は、その場から姿を消した。
その後、堅田と堅田の母親から元彼の記憶を消し、元彼にまつわる痕跡も全て消した。存在を抹消することもできるけど、面倒くさかったので、最小限の労力で契約を完遂したのだ。
元彼は、堅田の母親の浮気相手だったけど、堅田に手出しはしていない。堅田の母親は、嘘つきな娘が嫌いなだけなので、元彼がいなくなっても優しくなりそうもなかったけど、仕方ないよね。僕も、我が儘で嘘つきな堅田のことは、好きじゃないしね。
僕は、また、大人しく男子高校生するだけだ。老夫婦との契約は、残ってるからね。