中年再生中
コンコン
「伊波さん、お荷物が届いてますよー」
「お、ベストタイミング。後で取るのでドア前の棚に置いといてくれる?」
「また変なことしないでくださいよー」
そうこぼして看護師のマナさんは出て行った。
ここにこう組み合わせて…よし、出来た。
肝心のブツもベストタイミングで届いたし、早速始めるか!
ぐにぐに、こねこね。手で伸ばした生地を、ベランダにある窯の内側に貼り付けていく。
窯の蓋を閉めて待つ間にブツの確認だ。部屋に持ち込んで箱を開けると、緩衝材に包まれたひと抱えはある密封容器がでてくる。
蓋を開けると芳醇なスパイスの薫り。くぅ、腹が鳴るでぇ。
容器の中身、バターカレーを鍋に移し替えて火を付け、折りたたみ椅子に座りながら風を肌に受ける。
平日の昼間っから屋外で一人カレーパーチー……あれ、目から汗が……
ん、なんだ?中がバタバタ騒がしいな…?
バタンッ!!
「系次さん何してるんですかー!?病院は火気厳禁だってはじめに教えましたよねーー!!」
「え?いや、だからちゃんと屋外でやってるぞ?」
「ベランダも病院の中に決まってるでしょー!周りの部屋から苦情が山のように来ているんですよー!ほら早く火を止める!」
「待って待ってマナちゃんナンが焼けるまでもう少しだからもちっと待……ってあー!ダメだって今止めたら!わいの本格カレーがぁ!」
病院生活は暇なのだ。
話は三ヶ月前に遡る。
あの爆発で重傷を負った俺は、ロサンゼルス内の病院に緊急搬送されていた。幸い一命は取り留めいたものの、後数分遅れていれば危なかったらしい。あな恐ろしや。
「両腕と左足の欠損、気道熱傷、全身のケロイド、一部内蔵の壊死。これが今の貴方のおよその損傷部位です。両腕に至っては、肘から先が粉々に千切れ飛んでいるので縫合は不可能。が、脳への損傷は皆無です。頭を守って正解でしたね、かなりの幸運ですよ貴方」
「今の状態を聞く限りとても幸運には思えないんですがそれは」
「何言ってるんですか。全身火傷なんて普通は即ショック死ですし、両腕吹き飛んで大量出血しているのに失血死もしていない。そもそも爆弾の威力からして消し炭になっていてもおかしくなかったんですよ?それがこうやってデジタルで意思疎通可能なのは、はっきり言って奇跡に近いんですよ」
「はあ、今まで気絶していたんであまり実感湧かないんですが…」
「すぐに気を失ったのも運が良かったですね。下手に意識が残っていたら、地獄のように苦しんで一生トラウマだったと思いますよ」
「Oh……めっちゃ追い詰めてくるやん………」
「まあ雑談は置いておいて、治療の話です。まず内臓の方は問題ありません。適切な投薬ですっぱり治るでしょう、入れ替える必要もないです。皮膚の方も既に培養しています。幹細胞の注入で徐々に治していきましょう。
…で、四肢の損傷なんですが二つ選択肢があります。
一つが損傷部位の義体化。今貴方に繋がれている医療用義体を専用のそれに変えます。義体の性能は値段によってピンキリなので生身より快適になる保証はできませんが、いずれも日常生活に支障をきたす程ではないのでご安心を。
そしてもう一つが腕部の再生。まあ大体は想像通りです。損傷部位を培養して接合します。培養に三ヶ月程の時間がかかるので、こちらもそれまでは義体を装着して生活して頂きます。つまりどちらにしても義体は必要ということですね、はい。
それで、どちらにします?」
「…再生でお願いします。義体はどうも肌に合わなくて」
「料金の違いなどありますが大丈夫ですか?バイオテックは高級品ですよ」
「あー、そうですね。念の為見せて下さい。あと保険は聞くんですかね?」
「値段は…これとこれです。明細もあるのでクリックして下さい。保険は適用内ではありますが、全額は支払ませんね」
「確かに全然違いますね…億越えか……まあ払えない範囲ではないのでこのままで」
「了承しました。……おそらく後で企業側が全額負担するのでいらぬ心配とは思いますが。詳しい話を術後にします。これ以上の接続は貴方の身体へ負荷が掛かるので今日はここで切りますね。目覚めたら会いましょう、では」
そういって俺の意識は電灯を切るように落ちた。
で、目が覚めたらベッドの上だった。
全身が包帯でグルグル巻き、口の中には直接チューブが入れられてシュコーシュコー鳴っている。手術は終わったらしい。自分が寝ている間に生死の境を彷徨っていたことに若干のもやもやを覚えつつ、少しだけ動く首を回して部屋を見渡してみる。
ベランダと小さなキッチンの付いた個室だ。窓からデカデカと見えるのは、ピラミッドを捻りながら引き伸ばしたような形をした珍妙な硝子の塔。アイウォールタワーが近くにあるということは、ここはロサンゼルスで間違いないのだろう。だがそのさんざ見慣れたビルには、見慣れない大穴が開いていた。ガラスの壁が罅割れ、中の基礎部まで剥き出しになっていて少々痛々しい。
「あれがテロリズムの爪痕ってやつだね。あんたあそこから生き延びたんだって?どこのハリウッド俳優だお前は、ってね」
個室の玄関から、いつの間にか白衣の医師が入ってきていた。
「あーストップストップ、無理に動かなくていいから。皮膚破けちゃうよ。じゃあ改めまして、初めまして伊波 系次さん。今回貴方の担当医になりましたポー=シャンリーです。どうぞよしなに〜」
「もごもご」
口動かねえじゃん
「あ、これは失礼。口塞いでたの忘れてたよ。マナちゃん、脳波出力機持ってきて」
「もごご」
おっさんのドジっ子とか誰得だよ。
「では届くまでは状況の説明をば。結論から言うと、あの爆発は危険組織《新人類協会》主導のテロ行為みたいだね、奴らが事件の10分前にネットにアップした声明と一致しているらしい」
危険組織《新人類協会》 聞いたことがあるな。今世界で最も危険なテロ組織だったか……大都市までおかまい無しかぁ…そっかあ……。
「新型の粘性液体爆弾を高高度の無人ドローンから都市内に無差別散布する計画だったみたいだね。ドローンのほとんどは事前に撃墜したみたいだけど、一体だけ残った撃ち漏らしがロサンゼルス最大の建造物の上空で爆弾ポッドを射出。後はお察しの通りって訳だ」
「もご」
「死者は2人、重軽傷16人だってさ、この規模の無差別テロの被害としては奇跡に近いよね。あぁ、伊波さんの怪我はちゃんと治るから安心してね。脳味噌さえ残っていればどうとでもなるのが現代の医療だからねー」
「もごぉ」
頼もしすぎるぜ、ドクター・ポー!
「おー届いた届いた。じゃあ首に取付けるから頭動かさないでね。カチッとな、はい付いた。使い方は分かる?こう、脳の前あたりをキュッてしながら…」
「ダイジョウブ、ワカリマス」
何を隠そう、同時に二人分喋られるって便利じゃね?と思いついて買ってみたことがあるのだ。しかしまあ当然ながら、人の二倍喋ることができるからなんだという話で。
結局あの時は高い金を払って一発芸を習得した位の気持ちだったが、世の中何が役に立つかわからないものだ。なのだが…
「アノ、ウマクシャベレナインデスカ……」
「ああ、これ旧型だから君のクラウドデータを共有できないんだよね。だから一から君の脳波と同調させて違和感を修正していくから、しばらくはカタコトなんじゃないかなぁ」
「エェ………」
まじか、この大昔のロボットボイスめいたダミ声で話さにゃならんのか?それはキツイ……ん?
「オレノヘヤノニモツハモッテキテモイイデスカネ?」
「そだねー。例のテロリストのことがあるから多少の検閲が入るだろうけど、それさえ許容できるなら全然オーケーだよ」
おお、よかったぁ。これで自前の出力機を持ってこれるぜ…ついでに色々持ってくるか。
「モチコムニモツノリストヲツクッテモイイデスカネ?」
「もちろんだとも」
そんなこんなで三ヶ月。千切られた両腕以外はあらかた元通りに治った俺は現在リハビリに勤しんでいた。声も内臓も折れた足もすっかり元通りだ。今装着している義手も既に体に馴染んでいる。
つまり俺にも退院が近付いているはずで、その手続きやあれこれについてポー先生に聞こうとしていた。
「あー…退院、ねぇ。悪いけど暫くここからは出られないよ」
「え、なんでですか?もう腕以外は治ったんですよね?てっきり腕の培養が済むまでは退院だと思っていたのですが」
「いや、本来ならそうなんだけどねぇ。……包み隠さずに言うと、少なくともあと半年間、君の退院は認められないんだ」
「は、半年!?どう考えてもおかしいでしょそれ!!」
「私も長過ぎるとは思っているのだけどねぇ…まぁいわゆる『高度な政治的判断』ってやつじゃないかなぁ。院長に厳命されちゃあしょうがないよね」
「いや、そこは患者の身を案じて抗議したり…」
「無理だね。そんなことしたら私の首が飛んでしまうよ。まあ治療が終わってないのに叩き出されるよりは百倍マシでしょ。臨時休暇とでも思って羽を伸ばしたらいいんじゃないかな。入院費もアイウォール社が出すみたいだよ」
「……ハァ、分かりました。じゃあ存分にくつろがさせて頂きますよ」
「ははは、ある程度の自由行動は許可されてるから。趣味道具とかも持ち込んでいいよ」
「………へぇ」
持ち込んでいいんだ。
言質は取ったぞ。
「で、病室でナンを焼いたことに対して何か申し開きは?」
「ナンを焼くのが趣味なもので」
「ははは、医者を煽るものじゃないよ?うっかり手元が狂うこともあるかも」
「すいませんでした」
自分の担当医を怒らせるのはヤバイ。
カレーにハマっているのは本当なんだけどなあ…
「他に趣味はないのかい?もっと、こう、人様に迷惑をかけないような」
「趣味……食べ歩きとか?」
「それは趣味じゃないねぇ。スポーツはどうだい?」
「リハビリでしてると思うんですが」
「それもそうだね……うーん、お手上げだねぇ」
「諦めるのはやっ」
頼りないぜ、ドクター・ポー!
とはいってもやる事などない。さてさて何をしようかと考えていると。
「系次さん、面会希望者です」
「…あぁ、あいつか。通してマナちゃん」
「はーい」
ガチャっとドアが開くと、三ヶ月ぶりに見る同僚の顔。
「よぉケージ、元気してる?」
「おかげさまでな。有り余ってるよ」
「へぇ、そいつぁ上々!…お前の包帯姿で笑ってやろうと思ってたんだが、ちと遅かったみたいだな」
「そうか、じゃあ用事も済んだろう。さっさと帰れ」
俺は今趣味探しで忙しいんだ。害悪野郎に構う暇はない。
「待て待ていきなり喧嘩売って悪かった。用事はそれだけじゃないんだ」
「なんだ、ものでもくれるってのか?」
「あぁ、それもとっておきだ。退屈な日常に一摘みの刺激を、ってな!ヘヘッ」
「……」
全然期待できねぇ……
「…まあいい、暇で仕方ないのは事実だからな。何をくれるってのさ」
「そんな顔すんなよ、別に変なもんじゃない、ただのVRゲームだ」