B級ガチ勢
略称RAI、正式にはRecorded Type AI、通称レコーデッド。彼らの思考プロセスは、一般的なコモンAIや軍用AIのそれとは一線を画している。
膨大な数のニューロコンピュータが三次元的に積載された彼らの脳幹、ブレインボックス内では、人間の脳内のシナプス信号の送受信パターンがトレースされている。
つまり人間と同じ思考力を持ったAI、それがレコーデッドの原型だ。だが仮にこのAIをそのまま働かせたらどうなるだろう。きっと何の役にも立たない。当たり前だ、判断の基盤となる経験があって初めて、人間は人間たり得るのだ。だから記憶を植え付ける。
人間のお好みの割合で配合したつぎはぎの記憶を刻まれたフランケンシュタイン。
それがレコーデッドだ。
さーて残りは件のメイドロイドの最終システムチェックだけだな。
といっても、適当におしゃべりするだけの簡単なお仕事だ。
白網ヘッドセットを装着してフルダイブの準備。RAIの詳細なデータ管理には、データを直に肌で感じる必要がある。
「ケージ、行きまーす」
目を閉じて独りごちる。何かに吸い出されるような感覚の後、視界は白色に染まっていく。
俺はもう慣れたモンだが、五感を介さず脳に直接情報が入るというのは独特の感覚がある。なんせ電脳世界では自分の体の感覚さえ曖昧だ。俺も最初は何度気持ち悪くなったことか…。
「admin権限実行
リクエスト、個体R-F01538HSの呼び出し」
正面の空間に回転する黒い立方体が現れる。
「admin権限実行
リクエスト、同個体の同期」
なんでもかんでも自動化されるこのご時世だが、レコーデッドとその系譜のAIに関する作業は全て、人間の手による全手動だ。
黒い立方体は分裂と増殖を繰り返し、人間の女性のシルエットを形作っていく。
最終的にその人型は、ヴィクトリア調のメイド服を着たブロンドボブの西洋女性へと変化した。当たり前だが、その顔立ちは整っている。高価なレコーデッドアンドロイドをわざわざ醜く作る物好きはそういない。
さて、ここからがお仕事だ。
「admin権限実行
リクエスト、同個体の起動」
アンドロイドの目が開かれる。瞳も黄金色だな。
「ハロー、ミス・オートマタ。気分はどうですか?」
状況が分からないのか、しきりに首を回しているアンドロイドに呼びかける。
口調もいつもと違うぞ、今日のケージはお客様仕様だ。
といっても背景は弄っていないから、この空間は殺風景な白一色だし、俺の姿だって相手には見せていないが。
だって特定されたら怖いんだもん。名前を伏せて修理に出すようなヤバいお客様に目をつけられるのは絶対に御免だ。
「……可も無く不可も無くといったところです」
「それはよかった、ではまず簡単に自己紹介から。今回担当となった、伊波 系次です。失礼、Ms?」
「アンネリーゼです」
「ありがとう。ではアンネリーゼさん、貴方が今ここにいる理由は分かりますか?」
「いえ……私はお嬢様への付き添いで山を登っていたはずです。そう、私は湿った岩に足を滑らせて……もしかしてここは死後の世界でしょうか」
「ハハ、面白いことを仰る。そうですねぇ、ある意味ではここは黄泉の国と言えるのかもしれません。ここはRAI統合サーバーの中、先程復元した貴方、個体名アンネリーゼの最終システムチェック場です」
「あら、ここが……ということは貴方が閻魔大王で、私は裁きに掛けられる亡者かしら?」
「フフ、ユーモラスに溢れたお方だ。
さて、ではそろそろ始めていきましょうか。今から記憶と自己認識の齟齬がないかの確認をします、自分の生まれた最初の記憶から話してください。時間は無限にあるので焦らず詳細に話してくださいね」
「生まれた頃からですか…分かりました。では……………」
「……………なるほど。呼びかけに応えるため上を向いていると、苔の生えた岩に足を取られたと」
「はい、まさか初めにぶつかった衝撃でボディとの接続が切れるとは思わず、そのままゴロゴロと麓まで」
「おぅ、それは…あまり想像したくないですね……というかそれでよく全壊しませんでしたね」
「それはもう、丈夫に作って頂いて有難う御座いましたとしか。おかげで今の主人と別れずに済みました」
「ハハ、それは本人に仰る方が喜ばれると思いますよ。
これで一通り終わりですね、お疲れ様です。機能には特に問題も無いので、このまま終わりましょうか。では」
「あの」
「はい、なんでしょう?」
「ケージさん、長々とお話を聞いてくれてありがとうざいました」
「……いえいえ、仕事ですので」
admin権限実行
個体アンネリーゼとの同期終了
主人を想う女性型レコーデッドは、コンテナに積み込まれて家に帰った。
そのあと彼女がどうなったかは知らない。
アフターケアは仕事外だ、気にすることもない。
それが俺の仕事だ。
「どうだったよケージ?」
「いや、別に普通だぞ。…そうだ、お前結局昨日のアレはなんだったんだよ?」
「アレ?なんの話だ?」
「"頑張れ"って言ってたじゃねえか。毎日やる仕事なのに急に応援とか気色悪いことしやがって」
「あー…仕事に熱心な同僚への労いの言「茶化すな」……」
「いや………知らねえならその方がいいんじゃねえか?」
「…またそういうのか……勘弁してくれよなぁ」
「まぁ、普通にしてればなんもねぇだろ。それよりお前、朝言ってたタイ料理屋連れてってくれや」
「は?今日?」
「おう、当たり前だろ。仕事終わったら行くぞ」
「はぁ…まあいいけどよ。言っとくがダウンタウンにあるからな、あんまり文句言うなよ」
「別に細かいことなんか気にやしねえよ。しかしお前もよく続けるよな、スラム巡り。怖くねえのかよ」
「はん、ああいうのはな、ビクビク怯えて歩いてるから狙われるんだよ。髪荒らしてボロい服着て半目でいれば、そんなに絡まれねえ。まあ憂さ晴らし目的で襲ってくる奴もいるが、そういう時の為のこれだ。お前も持っとけ」
「……お前これ実じゅ「黙って取れや」……はい」
「この前リンチに遭いかけてな。テーザーガンじゃ集団に対応出来ないから買ってきた」
「たかがB級グルメ巡りにそこまでするかよ…。やっぱりお前ちょっと頭おかしいぜ……」
「実際必要なんだから仕方ないだろ。……あぁ、これも着ていったらどうだ?」
「薄型防弾衣……なぁ、俺はダウンタウンに行くんだよな?」
「下町ではそれが基本装備だ。上からヨレヨレのパーカーでも着ておけば充分隠れる薄さだから絶対つけた方がいいそ。あとはそうだな…」
「…わりぃケージ、やっぱ行くのやめるわ。俺ァまだ死にたくねえ」
「お、おう。いや、ちゃんと準備していけばそこまで危険じゃないぞ?」
「いいこと教えてやるよ。完全武装が必須な場所はな、「戦場」って呼ぶんだよ。なんで外食に行くだけで死を覚悟しなきゃいけねえんだ、冗談じゃねえぞ。もう下のレストランフロアで食うわ」
そういってタガローはオフィスから出て行った。