○ブドール修理班
「朝の点呼取るぞー、シオン=バーナード」
「はいっす!」
「ヤタドゥイ=マハマハ」
「うぃ」
「ナタリー=ウィンストン」
「はい」
「ナロウ=オリーシュ」
「やれやれ」
「ケイジ=イハ」
「へーい」
「タガロウ=タジロ」
「ほーい」
「うし、俺入れて七人ちょうど揃ってるな。今日もラインは溜まってるんだ、ドンドンやってくぞ!」
返事をした後、俺たちは各々を持ち場につく。
しばらくするとピッと音がして、ベルトからぐったりと脱力した人型が運ばれてくる。
あぁ、今日はそのままなのか。メンドくさ……
「今日の患者一号だ。製造番号R-F01538HS、メイドロイドだな。依頼人はオーバーホールをご所望だそうだ。登山しに行ってる時に岩に頭ぶつけて動かなくなったらしいから、記憶野にも欠損があるかもしれん。聞いた感じでは相当愛着持ってるらしいから慎重に行くぞ!」
「またメイドロボかよぉ。俺たちはダッチワイフの修理屋じゃねえんだぞ」
「大体メイドロイド連れて登山とかどういう状況なんだよ。本当に愛着持ってるのか?」
「ケージもタガローもそういう話はやめろよ」
「ジャップは口が悪いなあ」
特殊シリコンの外皮を剥がしていくと、鈍色の太い骨格と回路が剥き出しになる。
金属製のスケルトンを台座に乗せてスキャナーに通す。
「うわ、機関部付近が融解しかかってるじゃないですか。全部取り替えっすね」
「両脚部もフレームからイカれてるわ。これももう修理は無理ね」
交換する部品を選別して、分解した部品を洗浄した後は、機械が部品を整備して組み立てまで自動で行ってくれる。
「ケージ、ブレインボックスはどうだ?」
「今から始めるとこでさぁ」
白い網目状の金属で覆われたヘッドセットを付けて、真っ黒で小さなサッカーボール状の物体にコードを繋ぐ。
すると前にあるパソコンのモニターに様々な数字が映し出される。これは現在のAIの状態をおおよその概算値で割り出したもので、これが基本の基準値から外れていなければ、致命的なバグは存在しないとみていい、そんな数字だ。
「表層の解析終わりやした。オールクリアです。チーフ、視覚ログの閲覧は許可出てるんですか?」
「おう、大丈夫だ。そのまま進めとけ」
「へーい」
うし、ここから先は要求処理量が跳ね上がるから、意識を半分電脳にダイブさせての仕事だ。まずは有機ネットワークと同調、管理パスコード発行、etcetc……通れた。
次は視覚情報ファイルから映像データを抽出、破損部分の確認をして……うわぁ、ここ数日分がごっそりいかれてんなあ。リストアも無理っぽいぞこれ。
「チーフ、この四日間のメモリがまるまる壊れてますぜ。どうします、これ?」
「うーむ、記憶喪失はマズイなぁ。わざわざ俺たちのとこまでお鉢が回ってくるくらいの客だ。それの怒りを買うのはかなーりマズイ」
「そんなにヤバげな奴なんすかこれ?」
「ああ、なにせ顧客情報の一切が秘匿されてる。名前から何まで全部だ。情報を探ろうとしたらそれだけで始末されるって脅されたくらいだぞ」
「え、ちょっと待ってくださいよ。俺そんなアンタッチャブルなお方のメイドロボの視覚データ見てるんですか!?明らかに地雷やないですか!」
「墓場までお口にチャックしとく事やなぁ。依頼人が許可しとるんやから見るまでは大丈夫やと思うけどな、それ以上は知らん」
「け、消される………消されちゃう………」
「まあともあれその記憶はなんとかしねえといかんな。タガロー、ちょっと来てくれ!」
「あいよー。 なんですかいボス?」
「実はかくかくしかじかでよぉ、何とか出来ねえか?」
「はあ、まあとりあえず見てみますわ。どっこいしょっと」
横のイスに座り、俺と同じヘッドセットをつけてモニターを覗いてくるタガロー。
「んー、ちょっとこれはムリですわ。統括サーバーに介入して交信ログから複写データの追跡、くらいしてもいいんなら復元できそうですけど、やります?」
「でた、イリーガルタガロー」
「堂々と違法行為宣言するその姿勢、嫌いじゃないぜ」
「さっすが、自称ウィザードクラスハカー様は言う事が違いますなあ!」
「お前らホント覚えてろよ」
「自分、先輩の葬式には参加するっすよ!」
「シオン、タガローはまだ死んでないわよ」
「リップサービスっす!」
シオンも真っ黒に染まってきたなぁ。入った時はあんなに純粋だったのに……誰のせいだ全く。
「でも実際直さないとマズイんすよね?どうするんすかチーフ?」
「う〜む………痕跡は消せるのか、タガロー?」
「バッチリですぜ、たかが飛散データのサルベージくらいで犬共に嗅ぎ付けられることなんてありませんで。チャチャっとやってきまさア」
「分かった、そこまで言うなら任せよう。他の仕事もあるんだ、時間かけすぎるなよ」
「20分もあれば十分ですぜ。じゃ、イッテキマース」
死亡フラグっぽいんだよなぁ…
頭の位置にクッションを置いて、イスの背もたれに身を預けたまま動かなくなる。フルダイブしたのだろう、流石のタガローもハーフダイブのままでは難しいらしい。
「……お前ら、もしタガローがしょっ引かれても俺たちは何も知らない、何も聞いてない。いいな?」
眠るタガローを見つめながらチーフが言う。
チーフもたいがいクズいなぁ…
「マグ主任、やる事ないんでデスクワークやっててもいいですか?」
「あー、そうだな。うし、タガローが起きるまでは自由時間だぁ。各々でやる事やっとけ〜」
そう言ってチーフは部屋を出て行く。下に酒でも買いに行くんだろう。
で、大体20分後。オフィスに行って駄弁っていた俺達のところに、苦虫を噛み潰したような顔をしたしたタガローがやって来た。
「どうしたタガロー。出来なかったのか?」
「…いや、大丈夫だ。記憶は戻った。ワンコロ共に追われる事もねぇ、安心していい。
それよりケージ、最終チェックはお前だったな?…まあ頑張れよ」
「お、おう」
なんだこいつ、意味わからん。なんでいきなり応援?
その意味は分からないまま小休憩は終わり、仕事に戻った。