旅立ち先からの新たなる旅立ち
荷物を一通り積み込んだのち、俺らは例の自販機でのジュースを飲みながら
少し一服していた。
代金は、彼女のおごりだそうで、彼女もお札しか持っていなかったのだが…
すぐさま乗務員さんに両替してもらっていたのだった。
しまった! その手があったか…
乗務員「しかしまさか奥の方に行くとはねえ…お休み、大丈夫ですか?」
孝志「まあ、なんとかなるでしょう…
まだお盆休みは始まったばかりだし、有給休暇も殆ど使わず残ってますしね」
会社がそれを素直に使わせてくれるかどうかは、はなはだ疑問ではあるが…
女学生「……うん、大丈夫大丈夫。」
にこにこしながら勝手に決めつけてる彼女。 …初対面の貴様がなぜ言い切れる?
女学生「あ! 今ムッとしましたね? ちゃんとカルシウム取ってます~?」
孝志「……」
なぜ瞬時に人の感情を見抜く?
そんなに俺、表情に出てるのか?
女学生「帰省ラッシュ時には臨時便も出すと思うから、心配しないで」
孝志「……そ、そうなんですか?」
彼女にではなく、乗務員さんに向いて聞いてみる。
女学生「む…」
なんだかちと膨れているほっぺたがあるが、あえて無視する。
乗務員「え…えと、…さあ…ひなたちゃんが有ると言うんだから、
たぶん有るんじゃないですかね?」
……ひなた?
それって誰のことだ?
って、ここには他に一人しか人間らしき生き物はいないから
……やっぱこいつのことか
ひなた「うむ、そうそう。 わたしが言うんだから、きっとそうなのだよ~。」
孝志「乗務員さんも知らないんですか?」
乗務員「ここからの線路は、私鉄でしてね…管理してる会社が変わるんですよ」
孝志「あ、なるほど…」
乗務員「ま、会社と言っても、村が運営してるあれ一本きりの路線ですがね」
だから車両も違うのか…
まあ、ここまででも相当な赤字ローカル線っぽいが
更にこの奥となると、もう採算が取れないんだろうなあ…
でも村にとっては当然必要なパイプラインだから…
こうやって廃線にせずに買い取って細々と運営しているのか…
孝志「で、その村娘が言うことだから、まず間違いないと…?」
ひなた「むらむすめ…」
自分を指差し、なにやら途方に暮れている…
乗務員「まあ、そういうこってすわ」
乗務員「ひなたちゃん、お盆明けにはもう学校にもどるんか?」
ひなた「んーん、まだ決めてないけど…」
おいおい…じゃあちゃんと臨時列車は出るのかよ?
ひなた「…あ! 大丈夫、帰るよ」
孝志「……ほんとか?」
ひなた「……たぶん」
いきなり怪しくなってきた。
ひなた「あ、でもお盆明けにはいろいろ村にも荷物が来るから、
きっと臨時便、出す筈だから…」
……まあ、少々くらいなら、有給も有るし、何とかなるだろうが…
孝志「…わかった。 それじゃあ、あとひとつ確認」
ひなた「なに?」
孝志「宿泊施設は、あるのか?」
ひなた「無いよ」
即答だった。
孝志「……」
踵を返し、立ち去ろうとする俺
ひなた「わ、どこ行くの~?」
孝志「野宿の準備だ、ここで」
ひなた「え~? 一緒に行かないの?」
孝志「一日くらいなら野宿も可能だが、
さすがに連休期間中全部野宿できるほどのスキルは、俺には無い!」
何故か偉そうに言い切る俺。
ひなた「ふえ?」
不思議そうに首をかしげている…言ってる意味が通じてないのだろうか?
孝志「写真なら、郵送で送ってやるから、それで良いだろ?」
ひなた「え~~~? なんで~~~? 泊まってってよ~~~!」
孝志「いやだから宿泊施設が…」
……泊まってく? どこに?
……もしかして、こいつの家にか?
そういうつもりで話をしてるのか? こいつは?
孝志「…おまえんち、旅館でも経営してるのか?」
ひなた「んーん、してないよ」
孝志「…じゃあ俺は、いったいどこに泊まれと言うんだ?」
ひなた「……あ、ごめん。 言い忘れてたね」
忘れるなよ!
ひなた「もちろん、わたしんち…と言ってもわたしの物じゃないけどね~」
いや、そらそうでしょ、あんたの年齢で家持ってたらこっちがびっくりするわ!
孝志「家族だっているんだろ? こんな見知らぬ人間を、
誰でもそう簡単に泊めたりするのか?」
ひなた「誰でもってわけじゃないよ」
孝志「それじゃ、向こうへ行ってから断られたら、どうする?」
盆連休全部を野宿なんてごめんこうむる…台無しだ
ひなた「だから心配無いって」
孝志「どうして?」
ひなた「だって、わたしが連れて行くんだから」
意味わかんねえーーっっ!
ひなた「わたしが、選んで、連れて行くんだから…」
……? なんだ、その…意味深な台詞は?
乗務員「ほほ~? まるでお婿さんでも連れて行くような台詞だねえ、ひなたちゃん」
ひなた「あ! や! …ち、ちがいますよ~っ!」
そこで赤面すんな! ホントに違うかどうかわからなくなるだろうが!
ひなた「た、ただ単に、わたしの人を見る目には定評があるってこと!」
「そんなつもりで言ったんじゃ、ありませんよ~」
乗務員「ふむ…まあ冗談はこれくらいにして」
……ホントニジョーダンデシュカ?
乗務員「行くのなら切符を買っていってくれんかね?」
孝志「え…でも会社が違うんじゃ?」
乗務員「まあそうなんじゃが、この奥への客は、村民以外は滅多に行かないからねえ…」
まあそうでしょうね、いつ帰れるかホントわかんねーだろうし
乗務員「そこの無人販売コーナーがそうなんじゃが……
折角作ってみたのはいいが、直接運転手さんに運賃渡した方が早いってことでね、
だんれも使ってくれないんじゃわ……」
がっくりとうなだれる乗務員さん
気持ちはわからなくも無いが
まあ、確かに意味ないわな…
乗務員「折角の外からのお客さんじゃし、使って行ってくれんかね?」
孝志「まあ、そういうことでしたら…」
ひなた「村までは、500円だよ」
にっこりと言い渡されたその金額は
けっこう高かった。
孝志「……隣村だろ?」
ひなた「うん…でも、山あり谷あり海ありと、盛り沢山だよ」
孝志「……ほう、確かに盛り沢山そうだな」
……結構距離、あるのかな?
ひなた「なにより、お客さんが少ないから、これでも赤字なの」
てへへと笑いながら言う彼女。
やっぱそれが一番の原因か
ひなた「だから、燃料費以外は、車両の整備代金もままならないの」
孝志「……」
ひなた「もちろん、レールの整備も」
孝志「……おい」
ひなた「じゃあ、この箱にお金、入れて」
孝志「あ、ああ…」
さっき何度入れても使えなかった「選ばれし500円」を
乗務員さんが日曜大工(?)で作ったであろう
その木箱の中に放り込んだ。
ころん…
鈍い、コインの転がる音が木箱の中から聞こえた。
ひなた「はい、じゃあこれ!」
無人販売に置かれている切符置き場から
一枚、村行きの切符を抜き取る。
そして、すぐさま俺の手のひらに手渡された。
孝志「…お! これは…」
厚紙だ…形は、昔国鉄が使っていた物とほぼ同じではないか?
今の切符とは比べ物にならない高級感…崇高さみたいなものが感じられる。
僕らの年代にしてみれば「これぞ切符!」という一品だ。
乗務員「じゃあ、切符切りますね」
乗務員さんも久々でうれしいのか
旧式の切符切りを持ってきて
本当に、にこやかに切符を切ってくれた。
孝志「なんかいいな、こういうの」
ひなた「はやく~! あんまり遅いと日が暮れちゃうよ~!」
彼女は既に列車に乗り、窓から俺が来るのを促している。
孝志「ああ、わかったわかった。 まあそう慌てるなよ~」
こっちは空腹でしかも連日の仕事で疲れているのだ。
久々の連休、少しゆっくりさせてくれ
孝志「世話になりました。 それじゃあ、行って来ます。」
乗務員「……達者でな、くれぐれも気をつけて」
孝志「……? …はい」
乗務員さんの微妙に哀れむような表情がちと気になったが、もう今更あとにはひけない
列車に乗り込み、やっとこ腰を落ち着ける。
孝志「もうちっとの辛抱だからな、我慢しろよ」
「にゃあ」
さっき水はやったが飯はまだだ
もうこいつもかなりの空腹だろう…
この暑さと移動で消耗してなければいいが…
孝志「にしては、元気そうだなおまえ?」
「にゃあっ!」
まあ、この様子なら大丈夫そうではあるな…
ひなたと呼ばれる彼女が戻ってきた。
先ほどまで運転席でなにやら話し込んでいたようだ。
おそらく運転手も同じ村民で、知り合いなんだろう…
ひなた「おまたせ~、 それじゃあ、もうすぐ発進するからね~」
「にゃあ」
俺の猫の前足をニギニギしながらそう言った彼女、
……既にすっかり手なずけられている…?
席はいっぱい空いてるだろうに、
わざわざ俺のまん前の席に座った。
ひなた「……?」
いぶかしげにしていた俺を不思議がったのだろう…
ま、彼女にしてみれば村に引き込んだのは自分だから
当然のことなのかもしれないが…
こっちにしてみれば
ここまで見知らぬ女性と長く関わったのは
本当に久しぶりで…
もともと人づきあいも苦手なのに、
気が抜けなくて、少しの間だけでもそっとしておいてもらいたかったのだが…
そう言うわけにもいかないのだろう…
まあ、仕方が無い
たぶん、これからもっと気疲れする筈だから…
これにも慣れておかないといけない。
べつに嫌って訳じゃない。
ただ、どうして良いかわからず、戸惑っているだけなんだから…
ぷああんっ!
ガロロロロンッ
ディーゼル音がひときわ大きくなった。
ガタン…ゴトン…ガタン…ゴトン…
どんどん、加速していく…
今までに行ったことの無い、村へ…
いつ帰れるようになるかも、はっきりとわからない場所へ…
もう、止まらない、止められない…
僕は、変化を求めているのだろうか?
ずっと、誰かに連れ出して欲しかった世界…
それが、今、行くところにあるのだろうか?
彼女は…彼女が言った理由は、たぶん半分は嘘なんだろう
本当の…真意は、きっと別にあるような気がする
でも…それはたぶん、悪い意味じゃなくて…
僕の…願いを…かなえてくれようと、しているんじゃないか…?
そんな気がしてならない。
懐かしい、その面影は…悪いものじゃなかったから…
ならば、きっと…彼女も…そうだと信じたい
どのみち、もう、僕には、恐れるものは、そう無い筈だから…
ガタン…ゴトン…ガタン…ゴトン…
孝志「……」
ひなた「……」
ガタン…ゴトン…ガタン…ゴトン…
孝志「……」
ひなた「……」
きゅきいいいいいいいいいいいいい!
孝志「うわっ!」
ひなた「きゃっ」
ガタン…ゴトン…ガタン…ゴトン…
孝志「……」
ひなた「……」
ガタン…ゴトン…ガタン…ゴトン…
孝志「……」
ひなた「……」
きょわきいいいいいいいいいいいいいいいいい!
孝志「ぐむう!」
ひなた「ふむむむっ」
ガタタン…ゴトン…ガタタン…ゴトトン…
孝志「……」
……なんだ、この運転は?
カーブだろうが何だろうが減速もせず突っ込んだり
下り坂でアクセル開けたり途中で急ブレーキしたりで…
とても熟練の運転士の技とは思えんのだが…
私鉄とはいえ、ちゃんとこういうのって、国家試験とか、免許とか、あるよね? ね?
まさか、ただのいち村民が交代当番制で運転してるとかじゃ、ないよね?
ぶおおおおおおおおおおおおおおおおおおんっ!
孝志「おおおおお!?」
平地に入ったとたんアクセル全開だよ、今…いったい何キロ出てるんだ?
と思ったら画面がいきなり暗転した。
ごわっ!
孝志「おわ!」
ごーーーーーーーーーーーーーーーーー!
……トンネルか? びっくりした…
ひなた「……」
孝志「……なあ」
ひなた「な、なに?」
孝志「大丈夫か? この列車…」
ひなた「な、なにが?」
なにがって、おめえ…
孝志「……脱線、とか…」
きゅわいいいいいいいいいいいいいんん!
ひなた「……」
孝志「ちゃんとした運転士が乗ってるんだろう?」
ひなた「もも、もちろん! ……その筈、だけど…」
その筈、だとう!?
ひなた「これでも、今までは、無事故で来てる…筈…だよ?」
きゅきいいいいいいいいいいいいいいいいいいん
孝志「…そ、そうか」
なら、安心…なのか?
ひなた「わわ、わたしの、乗ったことあるときは…ですが」
孝志「……」
つまり、自分が乗ったとき以外のデータは…無いわけですね?
孝志「……ちょっと、運転席に行って来る」
きゃきいいいいいいいいいいいいいいい!
今、立ち上がろうとしたが、無理だった。
ひなた「なな、なんでっ!?」
孝志「せ、せめて、スピードだけでももう少し押さえてもらえるよう、頼んでくる」
きゅききききききいいいいいいいいいいいいいい!
……無事運転席まで辿り着ければ良いのだが…
まだ立つことすらできていないわけだが…
ひなた「やや、やめた方がいいと、思いますよ?」
孝志「なんでっ!?」
このまま、ただ指をくわえて事故るのを待ってろと言うのか? この娘は
ひなた「あの人、運転中に話し掛けられると…」
きょわああああああああああああああんん!
孝志「え、あんだって~っ!?」
ひなた「同時にふたつのこと、考えられない人だからっ!」
ひなた「話し掛けようとするもんなら、……確率がっ! うなぎ上りに~!」
孝志「……」
念のため聞きたいのですが、それっていったい何の確率なんでしょうか?
とは、とてもじゃないが、恐ろしくて聞けんかった。
……耐えるしかないのか?
きゃきいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいんんん
神様、今まで貴方のことを信じていなくてすみません。
「そんなもん、いるわけないだろ?」とか言っててすみません。
この願いがもし天に届きましたら、その海よりも広い心で許し、
どうか救いの手を差し伸べてはいただけないでしょうか……
そしたら私は一生あなたのしもべとなり、布教活動をし、
教えを広めていきたいと思います。
なのでどうか、救いの手をををををを~~!!
きゃきいんんっ!
孝志「~~~~っ!」
……やっぱ駄目か? 終わりか? ち! 心の狭い神め、一生呪ってやる~!
ごおっっ!!
孝志「おわっ!?」
辺りが急に真っ白な光に包まれ
一瞬なにも見えなくなった……
いよいよ、天国への扉が開いたのだろうか?
あまりにも眩しすぎて、目を開けているのが辛く、たまらず俺は
自ら暗黒の世界に立ち返った。
ガタタン…ゴトン…ガタタン…ゴトトン…
孝志「……」
ガタタン…ゴトトン…ガタタン…ゴトトン…
うっすらと…
ゆっくりと…
閉じた瞼を…
開けていくと…
そこには…
もう…
この列車と…
レール付近以外には…
人口物と言える物は…
何一つとして、存在していないように、見えた…
孝志「……」
天国とは、人の造った物のない世界なのだろうか?
海と…
山と…
川と…
谷と…
何を見ても人の手が入った様子の無い…世界…
ひなた「・・…い」
孝志「そうか、いよいよ俺にもお迎えが…」
ひなた「おーい」
孝志「仕方が無い、俺も男だ、ここまで来てじたばたしても、もうどうにもならん」
ひなた「おーいってば」
孝志「潔く、閻魔の裁きでもなんでも受けてたってやろうじゃないか!」
ひなた「……声が小さいのかな? じゃあ、もう一度…」
孝志「……ん?」
俺の耳が…のびのびた?
ひなた「おいっす~!」
きいいいいいいいいいいいいいいいいいん……
孝志「……」
鼓膜が、破れたかと思った。
孝志「……あ」
どうやら、なんとなく危機を脱出していたようだ。
何時の間にか険しい山道はほとんど無くなり
ゆるやかなカーブと直線が続く、見通しの良い場所に
出ていた。
未完!
はい、ごめんなさい!
こんな中途半端で投げ出しております。
今はこの設定を「ラフ&スムース」に引継いで執筆しております。
え? どの辺が? これ主人公の名前以外、まったく関係ないじゃん!
とお思いの方もおられるでしょう
でもこの後に色々お馴染みのキャラを出していく予定だったのです。
機会があったらこっちも書きたいなあとは思っています。
需要があればですが……
まあ、書くにしてもリメイクが必要でしょうね
今回は当時の原文ままで掲載させていただきましたから。
(よく見ると帰省ラッシュじゃねえな、Uターンラッシュだね!
それにパイプラインじゃねーよ! ライフラインだよ! ベンチャーズかよっ!(切れ気味))
期間限定の予定ですので、そのうち消すと思います。
お目汚し、失礼しました。