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踏み出した一歩

孝志「……」


女学生「……」


ゆっくりと立ち上がる彼女…


正面を向いたその姿には

やはりどこかで見たような懐かしい面影があった。

……よく…思い出せない。

少なくとも、最近ではない…そう…まだ俺が、子供だった頃…か…?


しかしそれはありえないことだった。

俺が子供だった頃など

きっとこの娘は赤ん坊か、

もしくはまだこの世に存在さえもしていなかっただろうから…


それにこの場所は自分の故郷とはあまりにも遠く離れ過ぎている

知り合いなんかに合う確率は、皆無に近い…

やはり、単なる気のせい…デジャビュとかいうものか?


そう考えている間

彼女はいつのまにか俺との距離を縮め

はっきりと肉眼でその表情が読み取れるほどにまで近づいていた。


手には幾本かの花が握られ

口元はわずかに笑みを浮かべていた。


そして呆然と立ち尽くす俺に、更に歩み寄ってくる…

頭の上の猫が、少しうなり声をあげた。


と同時に俺の方の猫も尻尾を膨らませて警戒していた。


けれども彼女は、そんなのお構いなしに俺の懐まで入り込んできた。



しゃわしゃわしゃわしゃわしゃわ……



蒸しかえすような暑い夏、

一瞬、季節が変わったかのような清涼な…良い匂いの

さわやかな風が、俺の鼻先をくすぐった。


女学生「駄目ですよ~、人様に無断で撮影なんかしちゃ、

プライバシーの侵害です。 ぷんぷん!」


「心が海よりも広いわたしだから良かったようなものの、

変質者扱いされても知りませんからね~?」


孝志「ご、ごめん…」


言い訳は…何も無かった。

確かに、俺が同じ立場でも

あまり良い気分はしないだろう…


スナップ写真は、常にこういうトラブルと隣り合わせだ。

いちいち相手に了承を得てから撮影していたのでは

自然な風景が撮れない…という言い訳も

所詮は撮る側のみの都合でしかない。

撮られる側は、そんなことは知ったことではない。

撮られることが好きな人や何とも思わない人、

元々撮られるのが嫌いな人も居れば

ちゃんと事前了承さえ取ればOKな人も居るだろう…

だから、必ずしもトラブルが起こりうるわけではない…


しかし、スナップ写真は、一歩間違えれば

盗み撮りと大差なくなってしまう恐れもあるのだ。


だから…俺は、そんな人との汚い関わり合いを避ける為、

人以外の…風景や建物、動物などをテーマにして来た筈なのに…

俺はいったい…こんな所で、何をやってるんだ!?


孝志「……ご、ごめ」


女学生「ふふ…で、綺麗に撮れました?」



孝志「え…えっ?」


女学生「現像したら、わたしにもくれるんでしょう? わたし、モデルさん。」


孝志「あ……ああ、もちろん、良いけど…」


女学生「じゃあ、行きましょうか」


孝志「え、……ど、どこに?」


女学生「わたしのお家、知らないんじゃ渡しようがないでしょ?」


なんともあっけらかんとした娘である。

自分の写真を無断で撮ろうとした相手に対して

その写真を請求した上に、更には自分の所在も教えようとは……

あまりにも予想外の反応と展開に

俺は無様にうろたえ

簡単な言葉を返すこともままならないまま

彼女の後にふらふらとついて行った。


……何時の間にか

互いの猫達もおとなしくなっていた。

場の空気を読んだのだろうか


辿り着いた場所は、なんのことはない

元居た駅舎である。


孝志「……ここ、君のお家?」


女学生「……」


孝志「親が、駅員さんで、ずっとここに住んでるとか?」


女学生「……」


孝志「……いや、その」


女学生「……あのね、んなわけないでしょ!」


彼女は軽くツッコミのポーズを取った。


ぽいん、と自分の胸元に彼女の手が当たっただけなのに、どきっとした。


孝志「そ、そだよねえ、はは…」


女学生「……ぷっ!」


それが壷に入ってしまったのか、彼女が笑い出した。

これで幾分、俺は救われた。

今までの自己嫌悪の空気がだいぶ薄らいだ気がした。


女学生「あっ! もう着いてるわね…ごめん、ちょっと待ってて」


彼女は駅舎の中からホームを見上げてそう言った。

そして彼女は少し小走りで駆けて行った。


俺も彼女と同じ方向を見る…


孝志「……あ!」


そう、そこには先ほどは無かった筈の列車が

俺が乗って来た列車の反対側のホームに停車していた。


それほど鉄道に詳しくはないのだが、なんとなしにはわかる。

それは三両編成で…幾分かタイプの古そうなディーゼル列車みたいだ。

肌色と朱色のツートンに塗り分けられていて

子供の頃、乗ってた記憶がうっすらと蘇ってきた。


孝志「へえ…まだこういうの、現役だったんだなあ…」


感慨深く関心を示していたが

はたとあることに気がついた。


彼女はこれを見て、これに向かって走っていったのだ。


……その行動から導き出される答えは…ひとつ。


孝志「もしかして、これに、乗るのか? 

……俺も?」


そう、おそらくこれは先ほど乗務員さんが言っていた

「奥へ行く臨時便」なのであろう

それが、今到着したのだ。


先刻の乗務員さんがせわしなく荷物を運び込んでいる。

どうやらあの乗務員さんは臨時便に積み込む為の荷物を持って来ていて、

臨時便が到着するまでにホームに下ろして待っていたらしいというのが

ここからでもなんとなくだが見て取れた。


その脇で、例の彼女が親しげに話をしながら仕事を手伝っている


孝志「……」


俺も、手伝った方が、良いのだろうか?


……いや、まて! 


そんなことをすれば俺はたぶん間違いなく

あの列車に乗り込む事になるだろう…

俺の勘がそう教えてくれていた。


きっと流れに逆らえなくなる…


孝志「流れ…か」


それも、面白いかもしれないな…


今まで、ただ同じ所をぐるぐる巡って来ていただけの俺だ…

ドブ川の…脇の…水の流れの悪いところで

ぷかぷか浮いたまま、行ったり来たりしているゴミのように…

そのままただ朽ち果て、崩れていくだけの身だったのだ…


これが、新しい流れに乗れるチャンスなのかもしれないし

実は全然そんなもんじゃないのかもしれない…


ただ、一瞬だけ本流の様子を覗き見ただけで

また戻ってくるだけなのかも…


それでも、少なくともそれでも自ら動くことで

何かを探し当てられるかもしれない…


それがたとえ他人に引っ張られた結果だとしても

考え選んだその道は、自分自身であることには間違いないのだから…



そう考えたかみたか

俺の足は古びた汽車に向かってまっすぐ歩いていた。


そして


孝志「手伝うよ、俺も」


今、一歩を、踏み出せたのだろうか? 僕は…



あと一話です。


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