試験の結果
「っち!!」
気配の方へと振り向けば、混沌の虎の口は血に染まっており、俺の左腕は混沌の虎の胃に放り込まれた後だ。
圧倒的なレベル差、今の俺の力じゃどうやってもこいつには勝てない。
人間のランクも適当だな、DとCの間には相当な差があるな。
「こいつは勝てねえわ…でも逃げんのは性に合わないからな」
ジットに一度見せてもらったあの一撃。
あの剣技を何度も反復して練習した。まぁこの体じゃあの速度には到達できないが、そこは魔法による補助でなんとかしてみせる
「無系統魔法、身体能力強化」
それと同時に無詠唱で魔法を発動させる。この技術はかなり高度で国家直属の魔術師クラスにしかできない最早スキルといってもいい力。
詠唱した後の事象を脳の中で完全にイメージする。俺の場合であれば、頭の中にもう一人の自分を思い浮かべ、そいつが実際に声を発して詠唱をする。そして現実と寸分違わなぬ魔法を発動させる。それをあたかも自分が発動したかのように置き換え、イメージ力のみをもって精霊に伝えるといった感じだ。
普通以上に魔力を消費するし、精霊の解釈によっては望んでいない結果が生まれたりする。
だが、俺には6000年分の経験に見合った自信あった。
今の人間にはまだバレてはいけない技術だと思うから
『風の精霊よ
我が魔力を糧にして力を与えよ
火の精霊よ 』
『複合魔法”|電光石火《アズ オブ ライトニング》”』
ほんのわずかな時間。人間が感知できる時間と時間の間に俺はいた。
無限とも思える世界のなか、おそらくこの魔法は1秒ともたないとわかっていた。
再び突撃しようとした混沌の虎の巻き上げた砂ぼこりと、口からこぼれるよだれが空中に止まっている。その一つ一つがしっかりと見て取れた。
これだけの領域に達していても、魔王時代に比べれば1%にも届かず、この混沌の虎に対しても多く見積もって8割といったところだろう…
右手に持った剣をそっと腰に構える。柄と刃の間に軽く左手を添える
スローモーションに思えるこの一連の動きだが、周囲から見ていればもともとその状態であったかのような感じだと思う。
この場で動くことを許されているのは、俺とこの混沌の虎だ。
本来の思考速度よりも100倍は早いこの中でさえも、混沌の虎は走っていた。目で追えるだが、この一撃を外せば次はない
俺の雰囲気が変わったことはきっと気づいている。だがまだ弱者を見ている目には変わりはない。
引きつけて
ざっ
引きつけて…
ざっざ…
バゥアアアアア!!!!
「はぁああああ!!!」
0から100への瞬間的な力の放出。それによって生まれる神の領域とも言える速度、まさに光速の一撃
『神速の一閃』
それが混沌の虎の首を跳ね飛ばしたのと同時に、飛んできた頭にはまだ余力が残っていたのか、俺の首も噛みちぎられた。
相討ち…か
だが勝敗で言えば負けだろうな。
くそ…くやしいな
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「おい!起きろセシル!大丈夫か?」
俺のことを呼ぶジットの声に目を覚ます。
「と、父様…?あ、僕は試験の、たしかトラのような魔物に…」
「ああ、そうだランクCの混沌の虎と戦たんだ。すげぇよセシル!Cランクの魔物と相討ちって、まぁそれも俺の日々の鍛錬のお陰っていうか…っていうかあれ神速の一閃だよな?」
ハイテンションで迫ってくるジットにちょっと鬱陶しく思いながらも、いつも通りの調子に戻す。
唯一試験中の音を聞いていた、男の試験官が
え?なにこいつ
みたいな目で俺のことを見ていたが、目力で黙らせる。
「はい!父様と母様に教わったことをとにかく無我夢中で!」
「おお、そうか!だが俺には魔法知識が無いからな、さっきの全身に電気が走っていたやつ、あれはなんだ?見たことないぞ」
「んな!!」
くっそ!!このオヤジ、さすが落ちても勇者ってか、動きが見えてただけならまだしも、電気が見えるってそんな…いやまてまだ慌てる時間じゃねえ
「それは、僕の無系統魔法身体能力強化の副作用だと思います。人間の体というのは筋肉に電気信号を送って動かしていると本で読んだので、そのイメージで」
と真実ではあるのだが、実際とは違うことを伝えてごまかした。聞いてきたジットは魔法が使えないから、ふーんと言って納得したようだが、試験官の男はまだ疑っているみたいだ。だがそれから何も聞いてこないところを見ると、諦めたのだろうか
「ところで、僕はBランクの冒険者ということになるんでしょうか?」
話題を変えるべく、先ほどの試験結果を訪ねた。
「あ、いえ。それなんですが、混沌の虎は非常に生命力が高い魔物でして、首を落としただけでは絶命に至るまで数分かかります、その前にセシルくんの死亡が確認され、試験が強制的に終了させられましたので…」
「ということはCランクということですか」
「いや、君はB -ランクだ。実は、君の実力などを考慮して、本来出現させる魔物よりも少し強いものと戦わせていたんだ。痛みは実際のものと同等だから、辛い思いをさせてしまったな…」
「冒険者となるんです。大事に至らない空間で己の実力を試せたこと感謝いたします。」
そのあと、1時間くらいで俺の冒険者証明書が発行され、手のひらに収まるサイズのカードが手渡された。
俺の名前と住所…初めて知ったが公的には”ハテノ村”というらしい。そしてその下には倒した魔物の数や貢献度などが記されていたが、そこはまだ0と書かれているだけだった。そしてカードの中心にはB -と大きく記されていた。見間違いがないようにするためか、Bよりも-の方が大きい…
「しっかし、B -とは驚いた。」
「そうですか?出来ればあのトラも倒せればよかったのですが…」
「はっはっは!セシル、お前はまだ焦らなくてもいい、それに俺がお前の歳のときは冒険者見習いがギリギリだったんだ、今からそれならお前は俺のことなんてあっという間に追い抜くさ」
素直に褒められて嬉しかった。
「ところでこの後はどうするんですか?」
「んー昼も近いから飯にしようぜ、俺の仲間も待たせてるしな」
仲間?俺は、リリアを含むあの”ハテノ村”に住んでいる人以外ジットの知り合いを見たことがない。いったいどんな変人、奇人が出てくるのか…ちょっと怖い
ジットに案内されるがままについていくと、統率者が住んでいると言っていた城のすぐ近くにある酒場へと入った。
「おーっすジット!遅いじゃねえか」
「わりい、ちょっとセシルの登録に時間かかったからな」
入り口をくぐると、一気に視線が集まり、ジットに気がついたかなり軽装備で胸の谷間が常時見えている茶髪のショートヘアの女性が声をあげた。俺とジットはその女性がいる方へ進んでいくが、少し気になったことを呟いてみた
「父様…?」
「勘違いするな!確かにあの胸は素晴らしいが俺はリリア一筋だ!!!」
ジト目で見る俺に対して、ジットは焦った声をあげる。割と騒がしかった酒場が一瞬にして静まり返ったが、ジットの姿を見るとすぐに騒がしさが戻った。どうやら常連のようで騒ぐのも定番のようだ。
「声がでかいよジット。っと、君がセシルくんだね?初めまして。ティアナっていうんだけど、ティナって呼んでくれると嬉しいな」
とティアナと名乗った、常時胸出し女が握手を求めてくる。正直本当に目のやり場に困る。危険はあれど利点がないだろその服…まぁ目の保養にはなるな。
「よろしくお願いします!」
「ほう、ジットの息子だからもっとはっちゃけたやつかと思ったが、どうやらリリアの血を多く継いだのだな。おっと紹介が遅れた吾輩の名はコジロウと申す」
どうやらこの大柄な男は装備も持っている1メートルほどの槍からも、ヤマト国の人間だということがわかる。顔つきはここの人間の特徴はなく、平たんで目が黒い、髪の毛が黒いのも、俺以外では初めて見た。
「父様、この方々は一体…みなさん相当お強いですよね?」
「お!さすがだな、こいつらは、俺とリリアが作ったギルド”エクスカリバー”のメンバーだ。魔王討伐前までは10人規模のギルドだったんだがな、今じゃこいつらと、リリア、それとここにいないドラドンを含めた5人だけだ。」
「そうだね、でもこの人数でもこのギルドは最強よ、Cランクの私とA -のリリアとジット、Bランクのコジロウ、そして現時点では最強のAランクのドラドンだからな!」
「セシルも冒険者登録したのであろう?良ければカードを見せてもらえないか?」
大きい胸を反り返ってさらに強調し、自慢げにドヤ顔するティアナをスルーしてコジロウが俺に声を掛けてきた。
先ほど受け取ったばかりのカードをポケットから取り出してコジロウに渡す
「!!?ジット!どういうことだ!?まさか…何か裏取引でもしたのか!!?」
「なーにコジロウまで騒いでるのよう、ジットとリリアの息子よ、Fランクの冒険者ぐらいならよゆうううううううううう!!!?」
「父様?どうしてお二人はこんなに驚いているのですか?」
「それはお前のランクが高すぎるからだよ?」
優しく言われてしまった。さっき聞いたランクに嘘偽りがないのなら、俺のランクはちょうど二人の中間だ。こういった反応は想定済みといったところだ。
「ま!とりあえず飯にしよう!!そして明日の作戦会議だ!」
「おおー」
席に座るなり、店員を呼び、酒と飯を注文した。リリアの飯も相当うまいのだが、酒場というのは一品一品小さめの料理が出てきて、それぞれが今までに食べたことない味がして美味しかった!
「それで父様、明日の作戦とは一体なんでしょうか?」
3時間ほど経過してお腹が満たされると俺は思い出したようにジットに尋ねた。酒に相当強いジットは平然としていたが、そのジットと勝負を挑んでいたティアナは潰れており。コジロウは途中で水と間違えて飲んだ酒のせいでノックダウンしている。
酒弱すぎじゃないか?
「お!そうだったそうだった、こいつらにはもう話してるから問題ないが、お前には言ってなかったな。」
そういって話し始めたのは、さっきアゲハが声をかけていた、雨蜘蛛のクエストを受けるらしいのだ。
雨蜘蛛の討伐。俺が試験を受けている間にアゲハに聞いていたらしいが、再び雨蜘蛛が大量発生しており、さらに蜘蛛の王が複数体発見されたということだ。
なるほど、数年に一度生まれる蜘蛛の王が複数生まれたのか…それなら雨蜘蛛の大量発生も頷ける。だが雨蜘蛛だけ大量発生となると雨蜘蛛の王なのだろう。そうなればレベルは30で討伐ランクはD程度…多分俺でも倒せる気がするな
「さっきの戦闘見る限り、戦えるのはわかっているが、今回は見学に専念してくれ。俺たちにも長年の経験とチームプレイってのがある、そういうのを見て学んでくれ」
「わかりました!父様」
昼飯を食べるために入った酒場だが、気づけば夜になっていた。流石に飲み疲れたのか酔いが回ったのか知らないが、ジットも机に突っ伏して眠っていた。
俺はこっそりと抜け出し、街の中を散策することにした。