試験の難易度
アゲハによって案内された場所は先ほどの金と受付カウンターの間にあった扉のさきにある、一番奥の部屋である練習場だった。床には何も加工されておらず、土が固められているだけだった。それに比べて壁と高い天井にはびっしりと魔術の構築術式が組み込まれており、ぱっと見た感じ何かしらのデータが保存されているようであった。
「それでは、セシル=アクセルの冒険者登録試験を開始いたします!!」
この時期は冒険者に登録したがる若い人が多いらしく、こうして臨時の登録試験でも事前申請の必要がないとのこと。ちなみに今声を発したのは先ほど受付をしていたアゲハではなく、ダークグレーのローブを着た男だった。真面目そうな顔立ちと、ぶかぶかのローブからもわかるしっかりとした骨格、そしてその前身から漂う風格のようなものが、強者と物語っている。
「セシルくん!君が受けるのは戦闘試験。ランクはGからのスタートとなります。Gランクの魔物を討伐することで、冒険者見習いの資格を得られます。それ以降のランクをクリアすることで、冒険者として一人前と認められそれに応じたランクが与えられます! 」
声の張りは強いのだが、どこか事務的な口調の男は、右手に持っていた木製の杖を構えた。
「はい!しかし、魔物を討伐というのはどこか場所を移すのですか?」
「いえ、この場で行います!私の空間系魔法とこの冒険者機関全体に施された術式をリンクさせることで受験者の精神体に現実に近い形で模擬戦闘を行うことができます。模擬戦の様子はあちらの術式によって映像のみ写せます。音声のやり取りは俺とセシルくんの間でのみ行われます。よろしいですか?」
男は俺に試験開始の同意を求める。
おそらく低ランクは余裕だと思うが…まぁなんとかなるだろ!
「お願いします!!」
「召喚魔術式起動!!…」
声による起動はつい最近実用化されたばかりなのに、こんな辺境の冒険者機関にまで使われているなんて少し驚きだ。まぁこれには、周囲の音声に影響されやすかったり、言い回しによって術式が破損したりと様々な不具合があるのだが、それが改善されるのは何十年と先だろう。
「発動!」
声とともに壁と天井の術式が発光する。すると中位魔法レベルの拘束状態に陥った。少し抵抗すれば解除できそうだが、そうしてしまえば試験を受けることはできないのだろう。
無抵抗のままいると、意識が暗転した…というよりも真っ暗な世界に放り込まれたという表現の方が正しいのだろう。その証拠にすぐに少し離れた場所で円と文字で構成された術式魔法陣が光りだした。
さらにその手前には、同じく光る文字で『ここに立て』と指示されており、それに従う。
キュイイィィィ
という魔力が巡る音とともに魔法陣が一層光を強くすると、その中心からは俺の腕ほどもある、ネズミが出現した。
「なるほど、グレラットか、確かに討伐ランクGの雑魚だ。まぁ群れたり住む環境によっては変な病気もってたりするから厄介な害獣ではあるんだが。とりあえずとっとと終わらせよう。」
グレラットは知能が低く、攻撃しない限り敵対はしないが、数が多いことと一度敵と認識すれば周囲のグレラットも襲ってくるという迷惑なやつだ。それに普通のネズミと違ってサイズがふた回りも大きく顔つきも怖いため、人からは相当嫌われている。
「火の精霊よ、我が魔力を糧にして力を与えよ小火」
ほんのわずかな魔力で生み出した小火はあっという間にグレラットを包み、骨も残さず焼滅させた。
「よしGランクは合格だ。余裕そうだから次行くぞ!」
今度はすでに魔法陣が起動しているからなのか、一切待つことなく魔物が出現した。
今度は異常なほど耳が長く、鋭い犬歯が常に見えているウサギだ
「Fランクの噛みつきウサギか。たしか東の国で発見されたラビット系統の魔物だったな。たしか俊敏で強い攻撃力とランダムで魔法耐性を持つっていうFランクにしてはかなりEランクよりの魔物だったな」
さっきみたいに最弱の系統魔法でもいいんだが、面倒だからな。
「こいつで倒してもいいだろ」
腰に下げられた剣をの柄をにぎる。ジットの修行と暇な時魔法訓練と平行してやっていた剣術、まだ極みの領域を見ることもかなわないが、そこそこに振るうことはできるはずだ。
噛みつきウサギを真正面に剣を構え、隙を伺う。
噛みつきウサギは、人間を襲う魔物だ。群れることはほとんどないが、割と好んで人を襲う傾向がある。俺が身構えていることで警戒しているのか、ウサギの方も動こうとしない。
「いまだ!!」
叫びとともに地を蹴り駆け出す。砂煙をあげ、音速とまではいかないにせよ、すごいスピードの切っ先は、いまだ判断をつけられずにいた噛みつきウサギの腹部を貫いた。
「よしEランク合格だ!次はどうする?」
「大丈夫だ!問題ない。俺が止めるまで続けてくれ」
男の声が聞こえるが、久々の戦闘にテンションが上がった俺にはもうやめるという選択肢は無くなっていた。この時は気づかなかったが口調なんかも以前のものに戻っていた
再び魔法陣が出現し、魔物を出現させる。
ここからが冒険者と一般人の壁と言えるランクだ。Fランクまでであれば少し腕に自信のある一般人や駆け出しの冒険者でも倒すことは可能だが、Eランクからはそうはいかない、実際目の前にいる狼に似て非なる存在、黒狼の強さは冒険者と比較するならば、この試験方式からもわかるようにDランクの冒険者一人分である。そう聞けば大したことの内容に思えるが、冒険者の数は世界中でだいたい1億人であり、Dランクに到達できる者は30%…3000万人にも満たないのだ。
グルルウウウゥゥ!!
こちらが攻撃の構えを取っても注意を怠らず低く唸り声を上げる。その声には威圧が含まれており黒狼よりもステータスやレベルが下回ればそれだけで恐怖によってショック死してしまうだろう。だが俺はレベル的には下回っているだろうし、この威圧によって精神エネルギーが消耗されたが、消耗されても余りある精神エネルギー量をもって耐えた。
「おい!俺に威圧とかいい度胸だな?」
反撃するかのごとく薄く言葉に怒気と威圧を込める。レベルで見れば黒狼は俺よりも上のはずなのに、力量、すなわちステータス面で上回っていることにより、効果は覿面であった。
黒狼は耳を折りたたみ、尻尾をまたの間にしまいこんだ。完全に俺にビビっている証拠だ。このままにすれば黒狼は恐怖に耐えきれなくなってそんでしまうだろうが、それじゃあ評価としてどう映るか分からない。
俺は再び剣を取りたやすく黒狼の首をあっさりと落とした。
「…それでは、次いくぞ」
明らかに驚いているような声を発しているが、俺には次の敵がどんなのか気になって他に気が回らなくなっていた。
「次はCランクか…と、おお!!混沌の虎じゃないか!!詳細評価C +でBランクの冒険者ですら苦戦するレベルの魔物だな。魔法・物理防御どちらをとっても高く、発見されれば大国の軍隊が出現する危険度だ。」
毛色は白に限りなく近い水色で、その一本一本は力強い輝きを放っている。金に輝く目は、俺をじっと睨みつける。今度は威圧もないのに、俺の背中は冷や汗でいっぱいだった。
純粋な力による圧倒的恐怖。
敵意をむき出しにする初めての強敵だ。
ぱっ
砂埃だけが宙を舞っている。それが認識できたことで混沌の虎が消えたとわかった。先ほどまでいた場所がぽっかり空いたことで逆に気が付いたのだ。
視覚が捉えるよりも早く、反射が防御に腕を動かさせるよりも早く、俺の魔力が自動防御の結界を張るよりも早く、俺の全ての行動よりも早く
混沌の虎は俺の左腕を跳ね飛ばした