最強の剣技
俺は本を閉じて元あった場所に戻した。
書庫から出ると真っ白な光が俺を照らす。
太陽の光がこんなに眩しいなんて思いもしなかった。
「たしか井戸の方だったよな」
俺はこの家の庭にある井戸へと向かう。
かの英雄アクセル家はそこまで大きくはないが木造の綺麗な作りだ。
都市部よりも離れた田舎町の大きな湖の近くにある。
幸せだ
この幸せを守るためなら、俺はなんだってしよう
そう決めていた。
「父様!僕に剣術を教えてください」
柱の陰にジットの背中が見えたので、声をかけながら近寄った。
抱きしめていた。
ジットがリリアを抱きしめていた、もっと言えばたわわに実るリリアの双丘を揉んでいた。もう片方の手なんかはリリアの股間に手が伸びようとしているところだった。
若いな、こいつら
見た目5歳の俺がいうのもなんだが、二人とも三十路だぞ。若すぎるだろう。
百歩譲ってリリアはいい、見た目10代にしか見え無いし。だがジットは完全に年相応なのだ。
どっからどう見ても犯罪臭しかしない
だが俺は気にし無い。キニシナイノダ
「お、おう、そうか、もう本読み終わったのか!」
明らかにジットは挙動不審になっている。どっからどう見ても青姦する気だっただろう。いくら田舎のしかもさらに外れたところとはいえそれはまずいだろう。
だがこいつらならやりかねん。魔王を倒してまだ世界がやばいって時に子作りしちゃってるんだもん。
いや、そんなことはいい。
「母様?体調不良ですか?」
いや、絶対そんなことは無いのだが一向に修行に移れ無い気がしたので、適当な助け舟を出す。
「いや、すこし躓いただけだよ…なぁ!リリア」
すかさずジットはの舟に乗り込むが、俺が気付いていることに気づいたリリアは顔を赤面させながら顔を背けて去っていった。
「僕…できれば妹が欲しいです」
小さな声でぼそっという、その瞬間ジットの動きが凍りつくが、すぐに普段通りの表情口調に戻った。
「よっし、それじゃあ今日からは基礎の他に技を磨こう」
そういったジットは、さっきまで持っていた木刀と一緒に家の外壁に立てかけられていた、子供用の木刀をとってそれを俺に渡してきた。
「技…ですか?」
剣技なら、今まで戦ってきた人間が使っていたものを見よう見まねで習得しているため、今この場で使うことはたやすい…
だがそれでは、ジットの面目が立たなくなってしまうしなにより、圧倒的に筋力などステータスが足りない。
記憶は引き継いだが当然筋力や魔力などは0からスタートだ。
魔法構築に至っては知識量でカバーできるし、生まれてから今までこっそり魔法を発動し続けているから魔力はすでに成人ぐらいはある。
「そうだ、技をもって力を制する。自分よりも強い奴に勝つにはそれしか方法が無いと言ってもいい。」
「ですが、父様は世界最強の勇者だったのでしょう?そんな技なんか不要のはずでは…」
そう言うとジットは誇らしげに指で鼻頭をこすり、照れてみせる。
木刀の側面を俺の方へ向ける
「確かに俺は魔王を倒すために力をつけた。最初っから最強ってわけじゃなかったが、ある程度の強さはあったから誰かに教えを請うってことをしてこなかった。だけどな…外国の山奥にいるっていう剣豪…たしかムサシっていったけな。そいつにやられたんだ」
「…父様が…負けた?」
「まぁそれは俺が勇者の称号を得る前のことだからな。それじゃあ今からお前に同じ技を見せてやる。これが世界最強レベルの技だ。当てるつもりはないが防げそうならやってみろ」
ジットは木刀を腰に構えた。まるで腰に鞘があってそこに剣が納められているように。
右手で柄を優しく握り、左手は鞘をにぎるようにありもし無い鍔に親指を当てているようだ。
ぞくっ
背筋に冷や汗が流れる。
普段のジットからは想像もでき無いほどの集中力と殺意だ。
魔王だった時はそれほど感じなかったが弱者になって初めて分かる。
「行くぞ!!!」
一瞬の出来事だった。
間違いなく俺の視界からジットは消えた。
それほどまでに洗練された抜刀術は光の速度に迫る勢いで木刀を振り抜き、気づいた時には俺の首筋から数センチのところで止められていた。
ボッ!!!
音すら後からついてくる
「!!!!?」
カラーン
驚きに声のない声を発するジットの音と、軽い木材の音が重なった。
何事かと、ジットが見つめる先に視線を送ると、そこには俺の左手がありさらにその手の中には、ぼっきりとおられた木刀が握られていた。
「すごい音がしたけど大丈夫?」
先ほどの轟音が気になったリリアが万が一の襲撃に備えて、魔法補助の付与効果のついた杖を持ってきた。
「母様驚かせてしまい申し訳有りません。父様に剣術の極みを見せていただいておりました。」
「そうなんだよリリア!聞いてくれよ、セシルの奴5歳にして”神速の一閃”を防御したんだ!!」
俺の持つ経験が見えもし無い攻撃を防いだのだ。だがしかし力のなさによって、その神速の一閃の衝撃をいなしきれず木刀が砕けてしまった。
ジットが褒めた通り、俺の中身も5歳ならば相当の才能に恵まれていると言えるが、俺に至っては例外だ。
正直防ぎきれなかったのが心底悔しい
「セシルはすげえやつだ!!」
やめてくれ!!
「あんたは何やってんだ!!!」
リリアは持っていた杖で思いっきりジット殴りつけた。その鬼の形相たるや、魔王であった俺すらも震え上がらせるほどだ。
というかリリアは一体何に怒っているんだ?
と思っていたら、へし折れた木刀を握っている手を開かれた。
するとその左手の皮膚はボロボロになっており、よく感覚を張り巡らせれば骨もぼきぼきに折れていた。
「いてえええええ!!!」
認識したからなのか、あまりのショックに感覚が追いつかなかったのか分からないが、今更になって痛みが襲ってきた。
くそっ魔王の頃なら膨大な魔力で常時回復魔法をかけていられたが、今はそんなことはできない。
知識にある回復魔法を構築しようとするが、痛みのせいでうまく集中できない。
「光の精霊よ、我が魔力を糧にして力を与えよ!!”治癒力活性化”」
リリアが魔法構築を終わらせて発動させた魔法。それは魔法学校であれば、光系統回復魔法の初級の一番最初に習う魔法であり。
純粋に魔力量が魔法の強さに変わるという、最も強力な回復魔法だ。
ゆえに俺の左手はあっという間に傷が塞がり、折れていた骨も自然に戻っていた。
回復したというよりは時間が巻き戻ったように元どおりになった。
「母様ありがとうございます!」
まじまじと自分の手を見ながらリリアに礼をする。
「あなたもセシルも修行もいいですけど、あまり心配かけないでくださいね?」
俺はうなずいて、ジットはばつがわるそうに視線をそらした。
実際リリアがいなければ、俺が痛みに耐えて魔法を発動できる可能性以外この手を元に戻すことはできなかっただろう。
だが修行を止めるわけにはいかないのだ
「母様、父様を責めないであげてください。僕がお願いしたことです。それに先ほどの痛みと引き換えにまた一歩進めました。」
「そうは言っても、あなたはまだ5歳で成人まで10年近くもあるのよ?まだそんな強さにこだわる必要なんて…」
そう、軍に入るにせよ、冒険者になるにしても15歳にならなければいけない。
だから、今強さはいらないと考えるのは間違いではないかもしれないが、俺は強くならなければいけない。
守るために
「魔王をお二人の手で倒したということは、本で知りました。そして今が休戦状態だということも。いつ戦争が始まるかわかりません。もし始まってしまったら、今の父様母様が生き抜ける保証はないと考えました」
「…やはり…わかっていたのですね。聡明だとは思っていましたが。」
「どういうことだリリア?」
「セシルは、私とジットの力が全盛期の半分以下になっていることを知っています。どういう経過で理解したのか不明ですがセシルならばそこまで不思議では有りません」
そう、ジットとリリアの魔力などを含めた様々な力が、あの魔王戦の時よりも半分以下にまで落ちていたのだ。原因は不明だし知らなくても問題ない。でもその強さでは勝ち抜くことはどう見積もっても不可能だ。
「はい、存じておりました。ですので、僕は強くなりたいのです!!お二人を守れてなおかつ世界を平和にできるくらいの!!」
元魔王が何平和を語っているのかと言われるかもしれないが、俺の目的は初めっからそれなのだ。
魔王として身に余るほどの力を得た時から、どうすれば世界が平和になるかをずっと考えていた。
自分の全てを犠牲にしても、この美しい世界を守り抜き、尚且つ人間と魔物全てが共存できるそんな幻想のような世界を渇望したのだ。
それは、弱い人間の身となった今でも変わらず、心の魂のお奥深くで燃えたぎっていた。