春の君
風がふわり、たなびいた。
振り向くとそこには、大きな桜の木があった。
毎日通っているのに、なぜか今日は何かが気になり振り向いた。
いや、正確に言うと、呼ばれた気がしたから。
振り向いても誰もいない。気のせいだと思い、また道を歩いて行こうとしたその時だった。
「たつやさん」
今度は、はっきりと僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。
振り向くとそこには、会ったことのない女の子が立っていた。
「君は?」
「私は、ひかり。初めまして。じゃ、ないかな?」
「え?僕は君を知らないけど。」
僕は、そんなに多くない自分の女友達や、さらに数少ない僕の過去の恋愛経験を思い出してみた。
やっぱり知らない。
そもそも、こんなにきれいな女の子を忘れるはずがない。
ここで話を合わせるのも、1つの手かもしれなかったが、
そんな機転が聞くこともできず、
「やっぱり僕は、君の事を知らないよ。勘違い何かじゃないのかな?」
と僕が言い終わるか終わらないかのタイミングで、見せた彼女の悲しそうな表情に、僕は自分が何か悪いことでもしているような気になってしまった。
「私は、、あなたの事を知ってるよ。だって前から見ていたもん。」
なんだこれ、新手のストーカー?か?もしくは、怪しい商売で、実はどこかでいかついお兄さんたちが見張っていて、僕はどこかへ連れて行かれるんじゃないか?
そんな事を考えてしまった僕に、彼女は、
「ねぇ、今時間ある?せっかく出会えたんだから、私とデートしてくれない??」
突拍子もないお願いをいきなりされてしまった。
時間は有り余るくらいある。と言いたいところだけど、夕方からはバイトだし、今ある時間は夕方までの数時間だ。
それをそのまま伝えると、
「ん、十分だよ!どこかに行こう!」
と駅の方に向かって歩こうと振り向いた彼女から、
ふわりと桜の花の香りがした。