三章 新しき疑惑
一
午前十時過ぎ。海岸沿いの国道を車で走っている。
陽の光の強さが増し始め、空気が温まり始めていた。窓を開けると潮風が頬を撫でた。
その風が、たまらなく気持ち良い。
真っ青な瀬戸内海が視界に入る。海は、陽の光を浴び小刻みに輝いていた。瀬戸の海と点在する島の風景が、悠久から続く美そのものであると感じる。
他に車窓から見えるのは、海岸線に点在する釣り人であり、海へ複数の釣竿を垂らしている人々であった。大きなワゴン車で来ている男性の足元を見ると、フグが数匹打ち捨てられている。
「なんで捨てるのかしら?海に戻してあげればいいのに」
助手席に座っている初音が言った。その口調は、返事を要求するものではなく呟きの類のものだった。
返事はしないが、自分も同感だった。自分は海洋環境には詳しくはない。ヒトデがサンゴを食い荒らしているとか、クラゲが大量発生して漁場を台無しにしているとかぐらいしか知らない。だからこそ、フグなら戻してあげてもいいんじゃないだろうかと、そんなくだらない事を考えていた。
美しい海岸沿いの国道を気持ち良く走っている。道路は空いていて、後続車は無い。まるで貸し切り状態だ。それでも、数分おきには対向車とすれ違う。
車の速度を緩めて右折した。丘を登ると、巨大な箱物施設が見えてくる。この総合公園は、各種広場のほか、多目的グラウンド・体育館などのスポーツ施設があり、子供からお年寄りまで幅広く利用されている。
この設備は充実していて、その上、格安で利用できる。テニスコート一面を半日なら一三〇〇円。一日使用しても二三八〇円だ。半日も利用しないが、十分に安く、シャワーも更衣室の利用料を含めても三〇〇〇円もかからないのだ。
自分は、一番奥のコートに近い駐車場に停車すると、二人分のラケットとボールを持って歩きだした。初音も着替えや手荷物を持って後に続く。車は数台停車しているが、今日はスポーツイベントや学生の大会は無いようで、数人の利用者の声が辺りに木霊している。
「俺、手続きしてくるから先に着替えて待っててくれないか」
彼女は、了承すると更衣室へ向かった。ここを使うのは二度目だし、ある程度は判るだろうと、手続きを急いだ。
受付に向かうと、館内から騒ぎ声が聞こえて来た。何かの集まりだろうか。
「これは、谷元さん。久しぶりだね。今日は何の用向きだい?」
この場を管理している市役所の田中さんが言った。確かに、ここに来る時は仕事やボランティアが多い、その為、こういう発言になってしまうのだろう。
「田中さん。今日は、利用させて貰いに来たんですよ」
「そうかい、そうかい」
飄々とした口調で、我関せずといった具合で用紙とボールペンを出した。
使用申し込み用紙に記入しながら、無言で書き終えるのも無粋と思い館内の声について聞いた。
「あの子供たちの声は?」
「ああ、なんか宗教団体のレクリエーションで、子供のスポーツ行事をやっているらしよ」
その台詞に、自分は頭を働かせた。この辺鄙な田舎でも宗教団体の数は十数団体はある。神道系にしろ、仏教系にしろ、耳に入らないほど秘密主義では無い。何かする場合は、だいたい誰かが教えてくれるものだ。
田中さんが、記憶を手繰るように呟いた。
「あ~。確か、新興宗教の団体だったかな。名前は、『永続・幸福 絶対の智』だったかな」
「へ~、珍しい名前ですね。これで良いですか」
書いた用紙を渡し、確認を求めると、あいあいと呟き受け取った。
何の問題もなく書類の記入と会計を済ませて、用具を借りる為に館内に入った。
体育館内では、小学生から高校生までの子供が十人程バスケットをしていた。その光景を大人二人が遠巻きに見ている。子供の一人が、壁に向かいうずくまっている。その姿が、妙に気になった。
球が転がってきて、投げ返してあげた。
「ありがとう。おじさん」
三十二歳とはいえ独身だ。まだ外見的にも若いと思っているのに、おじさんという言葉が引っ掛かった。
「お兄さんだぞ」
そう言うと、少年は御礼だけを口にした。
体育館の裏の高台にあるコートで、四方を網のフェンスに囲まれている。これが絶妙な囲みで、狭すぎず広すぎずで、ボールもすぐに回収できて、ゲームに影響を与えない距離に設置されている。
自分は、入念な立位ストレッチをしながら、筋繊維を伸ばしていく。こんな丁寧なストレッチ自体が久々な為、腱の伸びが悪く感じる。
ホワイトのスウェット上下は、よく伸縮して運動機能を損なわない様になっているが、体の可動域は幾分錆びついていた。
「お待たせ」
背後を振り返ると、淡いピンクのカジュアルスウェットを着た初音が立っていた。白い靴に愛くるしい服装は、いかにもデート用だ。その配慮が嬉しかった。
自分は、笑顔を向ける。
「よく似合ってるよ」
心からの偽りの無い言葉だ。その感想を聞いて、無表情にやり過ごそうと思ったのだろうが、その顔から笑みが僅かに滲んでいた。
「そう、ありがとう」
彼女の声は弾んでいた。自分は、ラケットとボールを持ち、腰を左右に捻った。彼女もラケットを掲げて背伸びをして胸を張った。形の良い胸が突き出し、くびれた腰回りが強調され色香が漂う。脚と足首の柔軟を終えると、声を上げた。
「さ、始めましょう」
数回素振りをして、足を肩幅に開いて姿勢を低く構えた。その姿を見て、サーブの権利はこちらでイイのだろうかと思ったが、気分がのっているところ水を注すのは悪かろうと、これ以上は深くは考えないことにした。
肩を回しながら、コート外に出て初音を見た。勝負は勝負とばかりに、真剣な目をしている。
左手で軽くボールを空中にあげ、上半身のバネを使って右手に力を集約させ、ラケットで打つ。乾いた音と同時に、ラケットに反動があり、声が漏れる。
「ふん!」
渾身の一撃を加えたボールは、糸を引くように残像をつくり飛んで行く。ボールは、サービスコートを大きく外れ、サイドライン近くのアレーに打ちつけた。
「フォールト」
一歩、踏み出していた初音が言った。
「おかしいな~。サービスコートの隅に入ったと思ったんだけどな」
自分は、新しいボールを掴んで、コートの外で何度もバウンドさせた。
「どうしたの?調子悪いじゃない」
「久々だからね」
跳ね返ったボールをラケットの上で弾ませて、また左手で握った。初音を見ると、既に身構えている。
ゆっくりとした動作で、再びボールを空中にあげると、素早く肩から手首だけの筋肉でラケットを振り抜いた。先程より勢いは弱いが、球の制球性は増している。
手を抜いている訳ではない。球威もある。打った瞬間にわかった。その確信は、球が正確にサービスコートの角で弾むことで証明された。得点を得たと思ったが、初音がそこにラケットを振りかざして待ち受けていた。
彼女の打つ姿勢から球の飛んでくる方向を予見する。そうすると同時に走り出していた。着地地点は予見通りで、バックハンドでロブを打った。
球は、初音の頭上を越え、センターマークの手前に落ちた。辛うじて面子を保ったな、と思った。自分は息を吐いて、定位置へ戻る。
構えた初音の姿を見て、サーブを打つ。
「フン!」
ボールが鋭く飛んで行く。ちょっと良い格好をしたくて、一ゲームは取りにいくと決めた。それが初音にも判ったのか、初音も真剣になったようだ。
初音も中学生時代に県大会で優勝経験を持っている。高校に入って辞めてしまった。中学ではスポーツ少女で必死に練習をしたが、それでも全国大会に出場することが精いっぱいで、一回戦ですら大差で負けたらしい。その経験が元で、テニスの才能には見切りを着けたらしい。それ以来、高校では学業に専念したようだ。しかし、昔とった杵柄ではないが、それなりに腕前はある。
初音が、鋭いサーブを擦るようにして打ち返す。球を打ち返される前に、その球の大体の着地場所は分っている。打ち返された球には。縦向きの回転がかかっている。
「トップスピンか」
打ち返された球は、コートに落ちるとバウンド以上に大きく跳ねた。予想より遥かに回転が掛かっていたようだ。体が辛うじて反応した。まさに当てることができた、という感じだったが、ネットに当りつつも相手のコートに落ちた。
「サーティ、ラブだな」
自分が余裕を示す様に言った。内心は冷や汗ものだが、彼氏としては出し抜かれる訳にもいかない。
初音は、自分が反応出来るとは思っていなかったらしく、驚きの表情をしていた。
「まだまだ衰えてないわね」
「衰えていると思っていたのかい?」
「ええ。だって、毎日遅くまで仕事して、最近は酔った姿しかみないし………」
「デキる男は、出来る事は出来るまま維持するんだよ」
「さすがね」
初音は手をパチパチと叩く仕草をした。
「さ、続けようか」
「だね。これなら、イイ感じになりそう」
そんな発言を聞いて、負けず嫌いな性格も嫌いじゃない。自分は、新しいボールを手にとるとゲームを再開させた。
午前中の澄んだ空気と静かなコートで、初音とのテニスは最高に楽しいと三ゲームまで思っていた。
二ゲームはストレートで取ったのだが、四ゲーム目になると息が上がってきた。こんなに早く運動不足が露呈するとは思わなかった。
初音が左右にボールを振りだした。負けずに自分も初音を走らせるが、スポーツジムに通っている者とそうでない者の差が出始める。
体が次第に重くなる感覚。酸素が不足しだした。それでも、腕を伸ばして球を打ち返す。その甲斐もあって、今回はギリギリポイントを取った。
肩で息をしている自分に、初音が話しかけた。
「どうしたの?………、もう、息が、上がった?」
「自分だって、呼吸が乱れてるじゃないか」
自分は、少しだけ呼吸を整えて言った。
「そうね。でも、私よりも息があがってるわよ」
そう言われ、自分は軽く笑った。
「そりゃ、運動してるんだ。呼吸も荒くなるよ」
この発言に、初音は笑みで返してくれ、こう続けた。
「そうね。次、私のサーブね」
初音の正確なサーブ。正面に球が来る。打ち返す。それを初音が逆サイドに打つ。ラリーで、また走り合いになり、息がさらに乱れる。
初音が、ドロップショットを打ち、逆回転をかけた。ネット際に落とす事は読めていた。だが、足が回らなかった。
「くそ………」
笑みを浮かべ、その場にひっくり返った。
「………どうしたの?」
声から、初音も疲れている事はわかる。
「初音、俺、おっさんでいいわ」
「何、どういうこと?」
「いや、さっき小学生から言われてさ………」
青い空を見ながら口にした。
「デキる男は違うんでしょ?」
「ああ。でも、デキる男にも限界はあるんだよ」
休むと額から玉のような汗が噴き出した。明日は筋肉痛だろうな、とそんなことを考える。いや、明後日かな。
立ち上がると、一ゲームは終わらせようと決意して、こう続けた。
「でも、ゲームはちゃんと終わらせるよ。途中で投げ出すのは嫌だからね」
自分は、初音のサーブを待った。初音に負けることを覚悟したが、なぜか楽しさを感じていた。
二
「痛テテててッ………」
体のあちこちが軋んでいる。なぜか左太腿の違和感がすごくあり、まるでこの部位だけ借り物のような感覚だ。
ひょこひょこと歩いて、ベンチに腰掛けた。背筋を曲げて、息を整えていると頭に何かが覆い被さった。
「汗拭いて、風邪ひいちゃうわよ」
初音は息を大きくしているが、あがっているという程でもない。自分の隣にちょこんと座ると水筒を出し、スポーツドリンクを付属のストローで飲んでいる。
「はい。飲んで」
そう言って、差し出してくれた。
「ありがとう」
小さく機能的な水筒を受け取り、ストローに口をつける。スポーツドリンク特有の甘味が口の中に広がった。二口飲むと痛いほど乾いていた咽喉が潤った。
深い息を吐くと、体が楽になった様でもあり、さらに重くなった様でもあった。
「無理しないでよ。日頃、運動する暇もないのに」
初音は、呆れ気味に言った。
「仕方ないだろ。すんなり負けるのは癪に障る」
「そんな、くだらないこと気にして」
「男は、くだらない事で意地を張る生き物なんだ」
「ホントに馬鹿ね」
「まったくだ」
錆びついた体に鞭打ち、片付けを始めた。一時間を少し越えただけだが、十分に堪能はした。いまでさえ翌日に体が動くか心配なのに、これ以上やれば一週間は仕事が出来そうにない。
「さっさと片付けて、食事にしましょう」
軽やかに片づけをしている初音に比べ、ひょこひょこと身を屈めることすら困難だった。重い物は無かったが、以外と嵩張る物が多かった。それらを、ゆっくりと片付けた。
ここの私設には小規模な食堂がある。十人も入れば窮屈だが、支持者の息子さんが市役所に頼まれて運営していた。本音は、この食堂で昼食を取りたいが、初音は嫌がるだろうな。
そう考えていると、携帯電話の着信音が鳴った。
携帯電話を開くと、メールが届いていた。事務所からで、二條君からのメールだ。内容は、書類と明日の予定を渡したいと云うことだ。明日、先生が永田町から帰られる。急に何か変更でもしたのだろうか。
時間に余裕がある時、取りに来てほしいと付け足してあった。時間に余裕といっても、明日の事だ。夜に行っても、変更はできないのだ。間接的にすぐに取りに来て、意見を聞かせて欲しいと言っているに等しい。
先を歩く初音の後姿を見て憂鬱になる。それでも、切り出さない訳にはいかない。
「初音、悪い」
その言葉に初音は振り返った。
「仕事?」
不機嫌になり、聞いてきた。
「いや、書類を取りに行くだけだ。少し話をすることになるかもしれないが、三十から四十分もあれば十分だ。長いかな?」
謝るように言った。聞いた初音は、悩むような顔をしている。
怒りの表情と文句がかえってくると思っていたが、違っていた。
「仕方ないわね。書類を取りに行ってる間に、私がアパートで料理を作ってるわ」
予想外の答えだった。
「悪い」
もう一度、謝った。
「どうせ家に何もないんでしょ?近所のスーパーで買い物するから、お店の前で降ろして」
「わかった」
車に乗り込むと、家の近所のスーパーへ向かった。
近所のスーパーとは云え、そこから家までは距離がある。車では近すぎるが、歩くには遠い。
自転車に丁度良い距離だといえる。
「そんなに急いでないから、買い物して、家まで送ってからでも」
「そんなに気を使ってくれなくても大丈夫だよ。 遠いって程の距離でもないよ。でも、一時間後には必ず帰って来てよね」
「わかった。これ、鍵」
ポケットに入れている家の鍵を無造作に取り出すと、初音の並んだ膝の上へ放った。
大型スーパーの入口に止まり、初音を下ろした。財布だけ持たせて、残りの荷物は車に残させた。
「楽しみにしててよね」
やる気のある目を向けて笑ってくれた。
「ああ、楽しみだ。じゃ、行ってくる」
車を事務所へ走らせた。この場からだと、家よりも事務所の方が近い。何か報告がある事を想定して、アクセルを踏んだ。
二分後には事務所に到着していた。定位置に車を停めると、鍵を掛けて事務所へ急ぎ足で入って行った。
事務所に入ると、日野さんの姿が見えた。なんというタイミングの悪さ、こう云う時の悪運は誰よりも際立っている。
幸いにも日野さんは、まだこちらに気付いていない。無意識に二條君を探していたが、ソファーで日野さんの相手をさせられている。冷静に考えれば、この状況にしかなりようになかった。どうしても二條君と話す必要がある。覚悟を決めて、その場に行くことにした。
「これは、日野さん。ようこそ御出で下さいました」
まったく感情を込めていないが、日野さんは満面の笑みを薄ぼんやりと浮かべ、イイのよ、と口走っている。
二條君を見ると目が合った。普段は、キリッとした目に、強い光を宿している瞳が濁っていた。余程、長い間、山もオチもない話に付き合わされたのだろう。
「どうしたの?谷元くん、その格好は?」
「これは、スポーツをした帰りに呼ばれましたので」
「そう。スポーツもするのね」
日野さんは、妙に頷きながら納得した。この隙を突いて、二條君に話しかける。
「二條君、例の書類を」
こう言って、この場から彼女を解放した。
日野さんは、彼女の背を見ることもなく、自分を凝視していた。
「谷元君、面白い話があるの」
「すみません日野さん。聞きたいのは山々なんですが、人を待たせていまして時間が僅かしかありません。十分程でご容赦を」
「そう、忙しいのね」
「そうなんです。で、何ですか?」
自分は一呼吸置いて、空気を変えた。聞く姿勢をつくった。
「あのね。最近、狐憑きが流行っているらしいのよ」
「狐憑きですか?」
狐憑きとは、主に精神錯乱した状態、またそのようなに状態にある人のことをいう。起源はわからないが、今昔物語に載っていることから平安末期には言葉として成立していたのだろう。
狐にまつわる土着信仰や説話は多数残されている。興味深いものは、狐憑きという現象で、憑依現象と解釈されているようだ。昔は、異常な言動をとる人のことを、狐が憑いているなどといった。特に女性に多く見られ、突発的な発作、ヒステリーなどの精神病とみられている。歴史文献には、自身は狐である、と口走り、様々な発言や動作が残っている。
狐を落とす呪術もあり、憑かれた者の身体にまぐろの肉のすり身を塗り、犬を放ち、全身を舐めさせることで、悲鳴をあげさせ、やがて狐は落ちたという話もあるほどだ。
これほど発展した現代医学であっても、まだまだ人体は解明されていない。特に人間の精神など不明な事が多いのは確かだが、精神異常にも理由がある事は解明されてきている。にもかかわらず、この御時世に狐憑きなど、ある意味興味深い事ではあった。
「谷元さん。こちらを」
二條君が、書類を手に現れ、茶封筒を差し出した。正直、すぐに書類を確認したかったが、日野さんの狐憑きの話も気になった。
「二條君、君も聞くかい?」
返事はなかったが、自分の隣に座った。そして、日野さんは話し始めた。
「石宮地区に住んでいる砂原さんの子供で、淳一君なんだけどね。少し前から高校のクラブ活動を休んでたそうよ。どうも、いきなり怠け癖が出てきて、学校すら行かなくなったんだって。それから二、三ヶ月過ぎると、情緒不安定になって、いつもだるそうで、薄笑いをしてたそうよ。そして、怠けているから怒ると、ヒステリーを起こすそうなの」
「それは、病気じゃないんでしょうか?」
二條君が冷静な口調で言った。そして日野さんは、その発言を待っていたかのように否定した。
「それが違うらしいの。病院に連れて行って、その診断結果は、精神分裂症の解体型だと言われたそうです。思春期になりやすく、無感動、無関心、会話にまとまりがないのが特徴だそうよ。でも、母親は医者の説明では納得できなかったらしいの」
「それで、狐憑きですか?」
「だって変でしょう?医師の説明する病名と息子の症状が不一致なんだから。親も医学書で調べてみて、息子の病名は判らないけど、診断が間違っていることは理解できるでしょ」
普段は論拠の薄い持論を飛躍的に展開する日野さんだが、今回の発言はまともだった。
さらに日野さんは続ける。
「それで、別の病院にも見て貰って、結局、何の病気かは判らないまま。そこで母親は、精神世界へ救いを求めたの。神社やお寺で御祓いや祈祷を繰り返して貰って、確か、ある新興宗教団体に入ったそうよ。そうそう、幸福なんとか絶対のウンタラとかっていう」
「それで、息子さんの病気は良くなったんですか?」
「傍からでは分からないけど、母親の精神は安定したそうよ」
その答えに、自分は納得した。
最初は、息子の事を第一に考えたんだろう。それは間違いない事実だ。でなければ、医師の説明に疑問を抱かないだろう。しかし、自身で息子の病を調べれば調べるほど不安になった。息子の病は着実に悪化し、医師の治療も効果がない。こうなると、藁にもすがる思いになる。行き着くのは精神世界であり、神仏や呪術の類に頼りたくなる。ここに至る精神状態は疲労の極みにあり、思考能力も低下している。終には、救いの方向は息子よりも自身の不安を解消し、拠り所を与えてくれるものにすがるのだ。
人間は、極度の緊張状態を長い期間維持することが出来ない。それは、人科学のデータに示されている。意外な話だが、大金や人生を左右する決断ほど運などや願掛けに頼る傾向がある。考えて、考えて、考え抜かねばならないのだが、その苦痛やストレスに耐えきれないのだ。無論、後押しや縁など踏ん切りを着ける為だというモノもいるが、自身の知能で極限まで考え抜けば踏ん切りも着こうというものだと思うのだが………。
思考することを諦めない自分としては、なかなか理解できないことだが、人とはそう言うものだと理解している。
話は終わったらしく、日野さんは冷めたお茶を啜っていた。
日野さんが湯呑を置くと、また口を動かし始めた。
「そうそう、これも知ってる?吉嶋さん所のお肉が安いのよ~」
自分は席を立った。
この忙しいのに世間話にまで付き合ってられない。
「日野さん。もう時間なので、自分は失礼します」
そう言って、二條君に視線を送った。二條君も意図を瞬時に理解して後に続いた。
事務所を出て、自分の車に二人で乗った。ここなら大声を出さない限り、外には漏れにくい。
自分は茶封筒に入った書類を出し、視線を落とした。
「どうですか?」
すぐには答えず、タイムスケジュールを注意深く見ている。
「いいんじゃないかな。特に問題は見つからない」
「実は、午前中に服留さんが来られまして、どうしてもお会いしたいと………」
二條君は、困ったように言った。口調こそそんなだが、渡された予定表には服留氏の名は記されていない。既に、結論が出ていると思うが、一応報告のつもりなのだろう。
「これで構わない」
「わかりました。でも、よろしいのですか?」
「ああ。まともでない人間を、まともに相手にしなくていい」
意図を伝えると、二條君は納得したようだ。
「そうですね。休日に御手数掛けて申し訳ありませんでした」
「いや、いいよ。また、何かあったら連絡してくれ」
車から降りた二條君は、ドアを閉める前に呟いた。
「可愛らしいバックをお持ちの彼女に謝っておいて下さい」
そして、二條君は事務所に入って行った。
失踪事件は気になる。だが、調べて行くうちに、体の不調を訴える支持者が多い。しかも、病には統一性はないが、妙な感じを覚える。こんな田舎に秘密主義の新興宗教がいるのも気に掛った。
まだ、全然わからない。だが、この地区が妙な事態に陥っている事は理解できる。支持者だけで、これ程の人数なのである。住民全体では、どうなっているのか考えるだけでも恐ろしい。
携帯がメール受信を知らせている。初音だ。差し当たり、考えるのは家に帰ってからでも間に合うだろう。急ぎ初音の元へ車を走らせた。
三
肩に冷気が当たる。その寒さで目が覚めた。枕元に手を伸ばし、携帯電話で時間を見ると、午前二時を回っていた。
隣では、初音が寝息を立てていた。化粧を落としたスッピンの顔を見るのは久々だ。肌は白くシミは無い。すやすやと気持ち良さそうに寝ている顔を見ていると、自分も微笑ましい気持ちになる。咽喉が渇き、初音を起こさないようにゆっくりと布団から出る。そして、布団を掴み、初音の首まで掛け直した。
部屋を見回すと机には、料理の余り物にラップを掛けられて置かれてある。その品を見て、昨日の事を思い返していた。
事務所から戻ると、室内の空気が激変していた。それは、いつものような重い静けさに満ちているのではなく、温か味と華やかさ、何より空気が流れ室内には美味しそうな食べ物の匂いで満ちていた。ドアを開けると、初音が小さな台所に立ち、菜箸を手にしていた。コンロの上には片手鍋が置かれ、弱火でグツグツと何かが煮込まれている。美味そうな匂いの発生元はコレだと判る。
室内の奥に目を移すと、机の上にサラダとキュウリの浅漬けが置かれている。
「もう出来るから座ってて」
まるで初音は、我が部屋のように言った。自分も、我が部屋ながら我が部屋ではないような雰囲気に、椅子に腰掛けて初音の後姿を眺めるばかりだった。付き合ってかなり経つのに、こんな初々しい感覚になるとは思わなかった。結婚するとこんな風景なのだろうかと考えていた。
「もう少し時間がかかるかな。退屈でしょ、テレビでも観てたら?」
そう言われたが、初音の調理風景を見ている方が楽しい。ぼんやりと見ているうちに、時間は早く過ぎたようだ。
「はい。どうぞ」
白皿に、赤と橙の中間色の料理が盛られて出てきた。
「美味しそうだね。これ、何だい?」
ありていに聞いた自分に、初音は笑顔で答えた。
「鶏肉のトマト煮込みよ」
そして、テキパキと食事の準備をする。ご飯をよそい、氷を入れたグラスにウーロン茶を注いだ。
「さ、召し上がれ」
「いただきます」
彼女に敬意と感謝。それと愛情を払い、スプーンで鶏のトマト煮込みに差し込んだ。料理は全く詳しくない自分だが、具材くらいなら何が入っているかは判る。鶏肉の胸肉、トマト、玉葱、ベーコン、エノキなどが入っていた。他にも色々と入っているのだろうが、これ以上は判らない。
スプーンで鶏肉を掬うと、鶏肉の皮は綺麗に除かれていた。口に含むと、鶏の旨味と玉葱の甘味、ケチャップの酸味、酒類おそらくは赤ワインの風味など完全に合致し、言葉では正確に表現できない味が口に広がった。肉を噛む。すると、さらに肉汁と煮込まれたスープと混ざり合って、さらに深い味わいを感じさせてくれた。
目を見開き、感想を言った。
「ウマい!」
こんな時、自分の語彙と表現力が足りない事を痛感する。『すごく』や『とても』などの副詞を使えばありきたりで、だからと云って『美味しい』などの形容詞でも変わらない。だからと言って、過剰なまでに褒め言葉を紡いでは、不味いのに無理していると受け取られかねない。そして、無難な言葉を選ぶのだ。
無難な言葉で、ありきたりな褒め言葉だが初音は嬉しそうだ。
初音は、作った料理の説明や近況を話してくれて楽しいひと時を過ごした。普段は、コンビニのおにぎりを急いで詰め込むような食事か、豪華な宴席だが支持者に囲まれ、まったく気を抜けない食事かだ。そう考えると、これまでの初音との食事も、どこか気を張っていたのかも知れない。今日、実際に家庭の雰囲気を味わうことで、妙なりきみが抜けたのだろうか。
その後、初音は洗濯と掃除を始め、デートという感じではなくなった。自分の部屋にも関わらず、初音に掃除をさせる訳にもいかないので手伝い始めた。手伝うという表現は的確ではないが、現状を表すには適していると思う。
初音には、「あ~、もう」とか、「ここも、汚れてる」だの「ホントに、私がいないとダメなんだから………」と言われ放題だ。だが、初音はなぜか嬉しそうだ。
そんなこんなで時間は過ぎ去り、夕食は二人で作ることになった。初音が二品、自分が一品作ることになった。自分は、水にコンソメの素とかなりの醤油を流し入れ、味の素で味を調え、溶き卵を流し入れた。これで完成品だ。お世辞にも体に優しいスープではない。味もB級いや、C級グルメだ。それに比べ、初音の品は和食を基とした家庭料理だった。
手元には美味しい料理。目の前には愛しい女性。それを囲むような温かな雰囲気。世界から幸せが、この場に集約したかのようだった。食事を終えて、風呂には狭いユニットバスに二人で入った。
この体を抱くのは、何ヶ月ぶりだろう。そんな事を考えながら背後から抱き寄せた。
これまでの距離を、お互いの体を合わせることで取り戻そうとしている訳ではないが、合わせることで新たに生まれる絆もある。
初音は心地よい鳴き声を発している。溶け合う感覚を共有した後、ベッドに伏したことを思い出した。
自分は、冷蔵庫から緑茶のペットボトルを取り出した。初音の寝顔を見ながら緑茶を口に含み飲み込んだ。淡い苦みが口内に満ちる。
ソファーに身を深く沈め、天井を見上げる。暗いが天井は見える。だが、その暗さの中に視線を溶かし、これまでの出来事を振り返った。
始まりは、行方不明になった相田さんの娘の捜索願を受理させることだった。それ自体は、何てことは無い。一緒に警察署に向かえば済む話だ。松谷警察は田舎の組織と云うこともあり、どこよりも住民との距離は近い。門前払いなど考えられなかった。二階の生活安全課に向かうと、知らない署員が椅子に腰かけていた。その人物は、大都市からこの地へ配属されたらしい。この署で、大都市同様に勤務していたようだ。
大都市では、犯罪発生件数の増加から事件性の高そうなものや解決の困難な類は、取り上げること自体しないのだ。そこらへんは、様々な大人の事情が介在する。しかし、この地では軽犯罪も起こらないほど平和なのだ。精々、警察が介入するのは交通事故くらいである。ベテランの高野さんが現れ、問題なく申請は受理された。
相田さんから何度も礼を言われ、これでこの件は終わったと認識していた。しかし、後日に高野さんから情報を得ると事件性があるように思われた。この件に関わったこともあり、警察とは別角度で情報を収集することを約束した。
まず、後援会長の松居さんに話を聞き、各地区の世話人や有力者に話を着けて頂いた。個人的に、十分に関係が構築されている人物もいるが、そこは配慮というやつだ。田舎だからとか、年配だからという訳ではないだろうが、縄張り意識だの存在価値だのを気に掛けているものだ。
初めに訪問したのが手島家で、手島氏の子息は十七歳にもかかわらずうつ病であった。
二件目が茂山家。娘さんが十九歳の若さでアルツハイマー病だと聞かされた。その事実を知った時は、両家とも資産家で社会的地位もあり、なに不自由していない暮らしだろうと思っていたが、そうではない事が判った。貧しい者は貧しい事で悩み、富める者は金銭では解決できない問題が持ち上がるようだ。人生とは、そういうものらしい。
これだけならば、気妙な偶然もあるものだ、で終わらせていた。しかし、日野さんの噂でも同じような病に罹っている人間もいて、それが狐憑きと言われ新興宗教が暗躍する程になっている。あと、二條君の情報でも知っている方がそれっぽい病だ。
そう言えば、秋津病院の上村先生も気に掛かる病人がいると言っていた事を思い出した。
新興宗教は置いておくとしても、何か変な病が広まっている。自然にその結論に行き着いた。
行方不明の娘さんの安全は非常に気にはなるが、その件は警察に任せることに決めた。一個人も大切だ。しかし、より多くの住民の健康と生活を守るため、大局的に動く必要があった。警察に伝染病疑いの捜査なんて頼んでも、保健所に問い合わせをして終わるだろう。確か法の規定では、警察としては異常死体が出てからでなければ動けないはずだ。
権田先生から、保健所及び地方衛生研究所へ要請を請うことができるだろうが、議員という立場から不確定な情報で騒ぎを起こす訳にもいかない。杞憂であれば、それはそれでよいが、疫病にまで拡大すれば国の大事になる。
暗闇の中、自分は姿勢を正し、再び緑茶を口に含んだ。
「大変なことになった」
思わず呟いていた。
「眠れないの?」
後ろからの声。自分は振り返った。
「起しちゃったかな」
「どうしたの?」
「色々なことを考えてた」
「仕事のこと?」
「ああ。俺はまだ考えなきゃいけないから寝てて。ここから出社するんだろ?早く起きなきゃなっ」
そう言いながら、ベッドへ向かい初音の頬を撫でた。初音も眠かったのか、頷くとすぐに寝息を立て始めた。
窓からカーテンの隙間を縫い、街灯の光が差し込んでいる。自分は首を掻いて、ソファーに座った。
薄暗い室内で、これからの事を考えていた。
四
午前八時前に初音を会社へ送り届けると、事務所には十分に余裕をもって出勤できた。
いつもより、随分早い朝食を二人で食べた。初音の作ったハムエッグは最高の出来だった。半熟ならぬ七熟の火の通り具合。黄身も固まり過ぎず白身の表面に膜があり、正に自分好みの出来上がりだった。早朝に食事を作ってもらったありがたさと、申し訳なさでいっぱいだったが、初音は送って貰うんだから、と気になどしていない様子だった。
最高の朝食を食べ終えると、二人で車に乗る。何気ない事だが、朝からデートをしている感覚になり、心が温もりで満たされた。
他愛もない話をして清々しい景色を楽しむ。会社から数十メートル手前で初音を下ろし、自分は引き返した。
初音と別れると、すぐに仕事モードに入った。来る時に送った道を戻るが、心境一つで、もう何も感じることはなかった。
このとき既に、初音のことは脳の隅に追いやり、病気の事で大半を占められていた。
改めて、本日の予定を振り返った。権田先生は、午後五時に事務所へ入る予定になっている。先生の日程に関しての準備は整っている。二條君が手慣れてきたこともあり、夕方までは時間が取れるだろう。逸る気持ちを抑えながらも、事務所での確認作業もある為に安全運転で向かったのだ。
事務所内には二條君が既に来ていて、電話対応をしている。二條君と視線を合わせる。彼女は左手をかざすと、少し待ってと動作で伝えて来た。来たと伝えただけで、別に急かしたつもりはなかったのだが、まだまだ目での意思疎通は出来ないようだ。
自分の机のパソコンを立ち上げて、メールチェックを始めた。受信トレイには一日で五十通近くのメールが送られてくる。大半は迷惑メールだ。まったく、この種の業者は蝿と同様で、どこから沸き出しているのだろう。風営法の許可を得ている真っ当な営業をしている店舗は、こんなエゲツナイことはやっていない。
自分は、くだらないメールを迷惑メールとして登録を済ませると声を掛けられた。
「お待たせしました」
右後ろに、二條君が背筋を伸ばす様に立っていた。
「昨日は、済まなかったね」
「いえ、私も休日なのにお呼び立てして申し訳ありませんでした」
「いや、わからないまま放って置かれるより余程イイ」
褒めているのだが、二條君は複雑な表情をしている。彼女は、他人の発言を深読みをし過ぎる傾向と自身の掲げる目標が高いのでなかなか満足できないのだろう。その精神構造は非常に疲れる。
自分は用件を口にした。
「二條君。悪いんだが、急用が入ってね。先生が到着される五時までには済ませるから、君にすべて任せたいんだが、問題ないよね?」
「何か、もめごとでもあったのでしょうか?」
「いや、ちょっと病気に罹った支援者宅に可能な限り行ってくる」
「わかりました」
疑り深い二條君もその理由に納得したようだ。真意は伝えてないが、嘘は言っていない。さすがに伝染病の疑いがあるので探ってみると伝えれば、想像力が豊かと云うよりも荒唐無稽と言われるだろう。
脳裏で自分の済ませておくべき仕事を確認した。全て準備も完了しているが、二條君に確認した。
「そろそろ行こうと思っているんだが、自分のやるべき仕事は残っているかな?」
二條君は端正な眉を歪めて思案してくれた。
「いえ、私には特に思い浮かびませんが」
その言葉を聞き、自分は荷物をまとめた。
「あとはよろしく」
そう言い残して、急ぎ事務所から出た。先ず向かったのが茂山さんの経営するカラオケボックスだった。ここから一直線の道。なんなく目的地は見えてくる。
駐車場へ車を止めると、事務所へ向かった。アポは取っていない。だが、茂山さんは普段からいつでも来いと言ってくれている。今回だけは、その言葉に甘えるしかなかった。
多数のボックスが並んでいるのを縫うように進み、奥の管理室へ向かった。
カラオケボックスと同様の作りの部屋。真冬には、さぞかし色々な意味で厳しそうな作りだ。扉はシルバーで安物のようだ。その戸を三度叩いた。
「はい」
室内から茂山さんの声。確認した瞬間、安堵感が広がった。
「お忙しいところ申し訳ありません。権田事務所の谷元です」
「おお、入ってくれ」
そう言われ、自分はスチール製ドアのノブを掴み、引き開けた。室内は六畳程だろうか、決して広くない空間に、本棚、机、パソコンと周辺機器、暖房器具に電気ポットなどが、機能的と評するには、いささか散乱しているように思えた。
椅子に深く腰かけている茂山さんを見て、四十五度の角度に頭を下げた。この角度に深い意味は無く、単に室内が狭く物が置かれていた為に、これ以上は頭を下げられなかっただけのことである。
茂山さんは、椅子から立ち上がって出迎えてくれた。
「こんな場所によく来てくれた。で、用は何だい?」
見透かしたような口調で訊いてきた。
「あの、娘さんの病気の件なんですが、少しお聞きしたい事があるんです」
「どう云うことだい?」
茂山さんは、向かい合うような位置に椅子を置き、自身も再び腰を下ろした。
「ま、座りなさい」
「ありがとうございます」
自分は一息吐き、姿勢を正した。茂山さんは、カラオケ店の制服を着ている。いつも外で会っているせいか、初めての場所で、見慣れない姿をした茂山さんは、なんというか違和感しかなかった。
自分は落ち着く雰囲気ではなかったが、茂山さんは、さ、聞こうか、という態勢だ。
「自分にも事の詳細も全体も理解していませんが、どうも病が広がっているようなんです」
「病?」
訊き返すと同時に、娘さんの病気と重なった。
「その病が娘に?」
「それはわかりません。ただ、その病は免疫力の強い若い人にも感染しているようです。もっとも御年輩の方は、様々な持病がありますので判りにくいのかも知れません」
「それは、いつ公にするのかね?」
「まだ病自体が確定できていません。その為、公表しても不安を煽るばかりで対応のとりようがないんです。最悪、パニックを引き起こし、各区域に分けて封鎖になるかも知れません。感染源、感染ルートが解らない以上、その措置に意味がないとは申しませんが、有効策と云うよりも社会生活を破壊しかねません」
茂山さんはこの意見に納得してくれた。
「それで、今、若くして病に罹られた方のデータを集めています。あくまで任意の協力です。協力して頂けますか?」
「厚生省や保健所はなぜ動かない?」
「まだ動かせません。それらが動けば、調査と云えど協力してくれた方たちに、周辺住民から偏見を向けられるかも知れません。ですから、今は情報を集めるだけです。診察して頂いた医師を紹介して頂けますか?」
「わかった」
「不躾なお願いを聞いて下さりありがとうございます」
自分は立ち上がり、頭を深々と下げた。
「病院は西美原病院。医師は輪峠先生だ」
「茂山さんも来られますか?そうすれば話が早いんですが、そうでないなら委任状を書いて戴きたいのですが」
「同行したいのだが、一時間後に客人が来るんだ。委任状を書こう」
そう言って、パソコンのフォルダから委任状のデータを出して、プリントアウトした。その用紙に署名し、捺印を終えるとその用紙を差し出してくれた。
「不備がないか見てくれ。あと、娘の事で何かわかれば教えてくれ」
承知しました、と答えて、委任状を恭しく受け取った。再び一礼し、急ぐので失礼致しますと断り退室した。
速足で車に乗り込むと西美原病院へ向かった。
松谷市内から西美原病院まで、山越えルートの七五号線を使っても二十五分。この道は、主要道路である旧山陽道の二号線や海岸線を通る一八五号線よりも、遥かに早く六山市内へ到着する。理由としては、距離的に短いという事がある。だが、それ以上に信号が一基しかない上に、交通量が恐ろしく少ないのだ。正確に言うなら、十六キロメートルを超える距離がありながら二、三台見れば多いくらいだ。道路も出来て、それ程の時は流れていない。しかも交通量が少ないので非常に走行し易い。国道の入口が狭い為、大型トラックも入って来ることもなく、乗用車が使用するには良い道路だと言える。
案の定、七五号線に車は無く、貸切り状態だ。国道を走り終えると、中規規模の病院が見えて来た。建物は古く、白い外装が風雨の汚れで黒ずんでいる。
駐車場へ入り、精神神経科の建物へ入っていった。
受付の女性に、入院患者の茂山さんについて、担当医師へお訪ねしたい、と伝えると、六~八人が入れば満席という個室に案内された。
どれくらい待っただろう。室内は、机と椅子が六つある。それ以外にはホワイトボードと洗面台に鏡だ。
ドアが開いた。開けたのは、四十代の男性だ。眼鏡をかけ、痩せた体に白衣をまとっている。この人が輪峠先生なのだろう。
「お待たせしました」
神経質そうな声色だ。自分は頭を下げて、目を合わせると委任状をテーブルの上に、相手が読み易いように逆さに置いた。
「茂山江梨さんについて聞きたいとの事ですが、まずどなたか聞かせて頂いてよろしいですか?」
「私は谷元英雄と申します。この度は、江梨さんの父親の代理で来ました」
医師は、そうですかと呟き、自分を警戒するように視線を向けた。
警戒するのは当然だろう。いきなり委任状を持った男が患者について説明して欲しいと言うのだ。ホイホイと教える方が問題だ。
「あの、不審に思われるなら、江梨さんの保護者にご連絡を取っていただいてからでも構いません」
そう言うと、医師は向かい合うように座った。
「何をお聞きしたいんでしょうか?」
「江利さんは若年性アルツハイマー病だそうですが、私どものような者には、高齢者の病というイメージがあります。本当ですか?」
「ええ。初診から痴呆症状が見受けられました。お母様の説明によると人格変化もみられるので、アルツハイマー病診断テストを行いました」
輪峠先生は、手元の書類を開き見た。
「テスト結果なんですが、三十点満点中、二十一点です。低い数値ではありませんが、大切な約束を忘れてしまったり、行き慣れた場所が“初めて訪れたまったくわからない場所”になったりします」
「年齢的には、どう思われていますか?」
「一般的にアルツハイマー病と聞くと、高齢者の病気というイメージが強いです。事実、数として老齢の方が圧倒的に多いですから。脳梗塞、脳出血などが原因となる脳血管障害性認知症と並ぶ代表的な病です。しかし、アルツハイマー病は比較的若い人でも発症します。それが若年性アルツハイマー病です。まぁ、厳密に申し上げれば、そんな病は存在しませんが………。簡単に説明すれば、早発例と遅発例があるだけです。六十五歳が境界とされ、未満が若年性アルツハイマー病であり、以上がアルツハイマー型老年認知症と呼ばれています。便宜上、呼び名を変えていますが、どちらも同じ病気です」
「先生、六十五歳を境にしていると言いましたが、あの若さでなるものなのでしょうか?」
「若年性アルツハイマー病は、四、五十代に発症するのが大半ですが、二十代で発症するケースも、きわめて稀ですがあります」
「しかし、彼女は十九歳ですよ。二十歳にもなっていない」
「谷元さん。人体は、現代科学でもほとんど解明されていないのですよ。血液の一滴ですらどんな病の引き金になるか解らないのが現実です」
この言葉は真実だろう。人体は解明されつつあるが、専門家によれば、九割は未知の領域だと聞いたことがある。だからこそ突発死もあれば、奇跡的な回復もあるのだろう。それを神の御加護とは思わないが、人体が未知だからこそ、そのような事象が起こるだろう。
「CTは?」
「撮っていますよ。脳細胞が死んでいる部位といくつか空洞が出来ていました」
輪峠先生は、CT画像を手に説明してくれる。自分は医師ではないので、脳の断面図なんて見てもよくわからない。その後、治療法の説明に移った。今はアルツハイマー病に有効な薬もあるらしく、治らないまでも進行を遅らせることは出来るらしい。
その他の様々な病気と治療にリハビリなど説明を聞いた。
脳に疲れを感じ、咄嗟に時計を確認した。時間的にはそれほど長居はしてない。やはり、聞き慣れない言葉に知らない医学知識などを理解するのに、かなりの集中力と体力を使ったのだと感じた。
輪峠先生にお礼を述べて、自分は室内を出た。
自分は時間を脳裏に浮かべ、逆算しながら考える。権田先生が到着されるまで約五時間。手島さん宅に訪れ、和成くんの事も聞けるかも知れないと思った。
携帯電話を取り出すと、手島宅へ電話をかけた。
五
「何していたんですか。時間になっても来ないから焦りましたよ」
事務所の入口に車を停めると、二條君が駆け寄ってきて、強い口調で言われた。
「すまないね。予想外に時間がかかったんだよ」
自分は、急ぎ手荷物を持つと車を降りた。既に、二條君はパーティーの衣装に着替えていた。シルクを多く含んだ黒のスーツだ。わずかな光にも鮮やかに反射している。タイトな短めのスカートは美しい脚に色香を加えている。品と華やかさを備えた素晴らしい服装だ。それに、二條君自身が知性と育ちの良さを加え、中年以上の男性の目を惹きつけるだろう。
事務所に入るとパーティーに必要なモノは用意されていた。
「で、どうでした?」
「何が?」
「御見舞いに、こんなに時間は掛からないでしょう。何か調べていたんでしょ?」
なかなか鋭い。
「後で、話を聞かせて貰いますから。今はとにかく、着替えて下さい。時間がありません」
自分にスーツを押し付けると、自身の手帳を開いて確認している。
数十秒で着替えると、ネクタイを地味な柄に変えた。
「来ましたよ」
二條君と一緒に玄関先前まで出迎えた。先生は、いつもの黒塗りの車に乗り現れだ。
車から降りた先生は、地味な服装だが、紳士的な雰囲気が漂っている。
「谷元、どうだ?」
「特に問題は起こっていません」
自分は頭を下げた。
権田先生は、二條君に声を掛けた。
「二條君。仕事は慣れたかい?」
「はい。谷元さんに丁寧に教えて頂いてます」
権田先生は頷き、事務所に入った。
「まだ時間に余裕があるから、近況を聞こう」
「はい」
自分は用意しておいた書類や陳情、挨拶状などを持ってくる。
先生は上着を脱ぎ、ハンガーに掛けた。そして、半月ぶりの自分のデスクに触れ、椅子に深く腰掛けた。
二條君がお茶を差し出した直後に、書類を出した。
「先生、これを」
半月間の急を要しない件をまとめておいた書類だ。先生は陳情内容とそれに関する付属説明、各人の挨拶状などに目を通していく。向かい合った自分が、補足説明をしていくが、先生は視線を用紙に落としたままで返事もない。これは無視している訳ではなく、読むことと聞く事を同時にしているのだ。当初は戸惑い、書類に目を落としている時は、報告を控えていたが、口を止めると「続けろ」と言われるのだ。
権田先生は、細身の体を左右に揺らし、軽めのストレッチをしている。人に与える印象は物腰柔らかで強引さは無い。しかし、先生の意思は強く、目的の為なら驚くほどの忍耐強さも見せる。それは、短期的な結果と長期的な利益、それに伴う弊害もすべて考慮に入れ、最善の策を選択するのだ。その視野と見識の深さには驚かされた。
先生は、要望と陳情の内容を見て、ゆっくりと紙を置いた。
「悲鳴が聞こえるようだ………」
先生は穏やかに呟いた。まるで、吐息のように。
生きていれば、謂われなき誹謗中傷を受ける。政治活動をすれば尚のことだ。自分自身、先生の秘書になり、「あんな役人上がり」だの「ボンボンに庶民の暮らしが分かるか」など言われる。言に一理あるが、それでも、先生は貧困に喘いでいないからこそ、貧しい者から金銭を取らない。何より、貧乏から這い上がった代議士は、すごく偉大な人物か、国民の血税を我が懐に入れ、蓄財に励むような輩だ。残念ながら、大半が後者であることは否定できない。そして、自分は先生の経歴を振り返った。
権田聖。五十六歳。東京大学法学部卒。オックスフォード大学留学。大蔵省主計局に配属。大蔵省内で着実に出世し、若くして税務署長になり、総務課長などを歴任している。これほど、華やかな勝者の道を歩んでくれば、どんな世間知らずでもエリートだと判るだろう。
それでも先生は、政治家としての使命と責任感では並ぶものは無い。
先生は、全ての書類に目を通すと立ち上がった。
「さあ、二人とも行こうか」
権田先生は、上着を着ると車に乗り込んだ。自分は、ドライバーさんの助手席に座り、二條君は先生の隣に座った。
パーティー会場は、ここから三十分。一流ホテルの広間で開かれる。
ホテルの内装は、木目や木材の温か味を基調としていた。外観は白銀の輝きが冷たく感じられたが、それがある意味、建物の頑丈さを表しているのだろう。なかなか良く考えて建てられていた。
会場入り口は、既に多くの出席者でごった返していた。受付で先生を含めた三人分の記帳を済ませると、三人分の現金を支払った。二條君に視線を送り、傍に付くように指示した。受付のお姉さんから領収証を受け取る。本来は二條君が手続きをするのだが、今回は特別に自分がやった。
自分も室内に入ると、会場は立席形式で、中央には円卓のテーブルが十卓、両壁際に椅子が並べられている。壇上にはマイクなどが置かれている。
豪華な料理が数多く並んでいる。和洋中だけでなく、エスニックなどもあり、高い金を払わせるだけの事はある。ま、自分は食べられないのだが。参加費は、我が懐から出ている訳はいないのでヨシとする。それでも、なぜか悔しさを感じるのは、根っからの貧乏性の所為なのだろう。
先生の姿を探すと、既に誰かと会話をしている。そちらへ向かおうとした所、声を掛けられた。
「谷元君」
声の主を見ると、川田社長だった。普段は作業着の社長だが、場が場だけに、フォーマルな服装をしている。
「これは川田社長。社長も来られていたんですね」
「おう、谷元君は先生の代理かね?」
「いえ、今回は御供です」
そう言って、先生の立っている方向を手を伸ばし示した。
「そうか。では、挨拶をせねばな」
自分は川田社長を先生に引き合わせるべく先導した。丁度、先生の会話が終わったところだ。
「先生。川田社長が、いらっしゃいました」
先生は微笑みなら振り向いた。
「これは、これは川田社長、御無沙汰しております」
川田社長も笑顔で頭を下げた。
「権田先生。土木建築の会合以来ですね」
互いに軽く握手をすると、砕けた話に変わり、土木建築業界の経済状態の話に移って行った。
自分は、二人の会話に入ることなく周りに注意を払っていた。背後に二條君が近づいて、耳元で囁いた。
「谷元さん。服留さんが会場にいます。あと、松峰県議の息子さんも………」
囁き声は綺麗だったが、内容は天を仰ぎたくなるようなものだった。服留さんは、ここ短期間で小金持ちになった御仁であり、人格的には大いに問題がある。仕事は葬儀屋で、老人が多いこの地区では仕事が多くあった。祭壇も使い回しが出来て、金も多く取れる。そんなこんなで、貧困から脱出できたのだ。少し金を持つと、これまでの鬱憤を晴らすように横柄な態度をとる。昔から色々と難のある人物だったが、小金が本性を解放した。その言動から了見、根性など全てにおいて酷く浅ましい。人をこれ程に酷な批判をするのは本意ではないが、それ程に酷いのだ。
松峰氏の御子息は、典型的な勘違いの二代目と言うところだろうか。松峰氏の家系は古く旧家である。地方の名士として幅を利かせてきた。その力は地方だけではなく、優秀な人材を輩出することで財界にまで影響力を持っていた。松峰県議自身は学者タイプでは融通が利かない面もあるが、優秀な御方である。だが、その息子は親の地位と権力を笠に着てやりたい放題なのだ。
この二名だけは、金があろうが地位があろうがトラブルの素にしかならず、出来れば先生と出会わせたくはない。二條君も同じ考えだからこそ報告してくれたのだろう。
二條君は、どう対応すべきか指示を待っている。
「君は、先生の傍に。不測の事態になった場合は、知っている方を捕まえて、会話を途中で切ってくれ。無理なら自分が入る」
「わかりました」
先生はスピーチを頼まれている。最悪、そこで会話を切れる。その後は、挨拶に回れば良い。
自分は、両人の位置を確認するために会場を見渡した。室内の左隅に松峰氏の長男。服留氏は会場内では見かけない。そして、入り口や廊下付近に移動した。
「そうじゃないだろ!」
受付から少し離れた位置で、服留氏が客人に絡んでいた。
「いいか。俺が言ってるのは、そう言うことじゃないんだよ!」
服留氏が話しているのは、高級老人介護施設の理事長と野洲病院の院長だ。病院、介護、葬儀、人生を終える為の範疇の方々と云えるが、理事長と院長の会話に強引に割って入っている。そんな印象を受ける。
立ち去ろうとした瞬間、野洲病院の院長と目が合った。刹那、迷ったが、院長とは知らない間柄ではない。気合いを入れる為に、大きく息を吐くと戦いの場へ向かった。
二人は、馴れ馴れしく振舞う服留氏に僅かな拒絶反応を示している。
「服留さん、お久しぶりです」
自分が声を掛けると、二人は会場内へ入って行った。
「おう!谷元。キサマも来てたのか」
「はい」
なんだろうか、服留さんの顔は薄汚れた印象を受ける。手入れがされてないのだろうか、貧相な顔がさらに低劣に感じられる。さらに、ガラの悪さで皮膚が突っ張るほど嫌気を肌に感じている。
「有力者が多くいるのに、地味なパーティーだ」
「そうでしょうか?」
人の目もあり、そう答えるしかなかった。
「キサマの人生経験では、こんなのでも華やかなんだろうな」
馬鹿にするように言ったが、この人は本当に理解力が足りない。一流の人間は、華やかさだの美食だのは二の次なのだ。要は、出会う場と親睦を深める環境こそが重要なのだ。この会場に入り込めたからと云って、無条件で関係が築ける訳ではない。現に、本人は厄介者扱いされているのが理解できていない。
「いや~。自分には、こんなホテルに来ることも、なかなか無いですからね」
「つまらん奴だ」
「すみません」
自分は頭を掻いて誤魔化した。
それから、クドクドと取り留めのない話のような、嫌味のような、説教のような会話を交わし心に疲労が蓄積していく。会場内では、先生のスピーチも始まったらしく、声が漏れ聞こえるが、ここで服留さんを連れて入る訳にはいかなかった。
それから五分後、合計二十分くらい経過したくらいには、服留さんも話す事が無くなってきたようだ。また、相槌を打つだけの自分に飽きたというのもあるのだろうが、会場内へ入って行った。
自分も後に続き入ると、別の方が壇上で話をしていた。
「谷元さん」
声を掛けてくれたのは二條君だ。
「どうだい?」
「先生のスピーチも無事終わり、今は挨拶をして回っています」
権田先生を見ると、造船会社の社長と話をしている。
「お疲れ様です」
言葉の意味が、咄嗟には解らず眉を寄せた。
「服留さんの相手をしていたんですよね。お陰で上手くいきました」
二條君と話の途中だが、見知った顔があったので頭を下げた。
そうこうしていると、先生が会場を一周して帰って来こられた。
自分は、ボーイからウーロン茶を貰い、先生に差し出した。
「ありがとう。大丈夫だ」
先生は手の平を向けた。
会場が落ち着き始めた時、室内中央から大声が上がった。
「お前!俺の事を知らないのか!」
一同の視線が室内中央に集まる。そこには松峰氏の長男が立っていた。向かい合うように、ボーイが立っている。どうやら、そのボーイに対して怒鳴ったらしい。
「知らないんだったら教えてやる。儂は、松峰って言うんじゃ。覚えとけ!」
方言丸だしで、言い放った。松峰の御子息は、一流ブランドの服。靴。装飾品などで飾られていた。何より、肩書は黒字企業の社長である。人格を知らない人間が見れば、ボーイの不手際と見るだろう。
二條君と自分が並び、その後ろに権田先生が立つと、二人の耳にしか聞こえないように小声で呟いた。
「お金とは偉大だな。あんな下種な奴を一級の人物に見せるんだ」
自分も二條君も頷きはしないが、心内で同意していた。
何が原因なのかは判らないが、松峰氏の知人らしき御仁が割って入り、場を収めたようだ。
それから、先生と共に様々な方と会話を交わして会場を去った。
帰路の途次、メールが来た。開くと四法院から【明日の予定】という件名だった。
自分は、明日、四法院が帰ってくることをすっかり忘れていた。数日間のドタバタで、選挙区外のことまで思考が及ばなかったのだ。思いだせば数ヶ月前、四法院との電話で帰郷するなら空港へ迎えに行くと約束したことを思い出した。
明日の予定を考えながら、どうなることかと思いを馳せる。小暮市まで先生を送り、その日は終わっていった。