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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

決勝戦

作者: tera

暇つぶし短編。

《カンッ》

 戦いの開始を告げるゴングの音が響く。


 北ケイオス大陸に存在する合衆国の某所。世界の強者を決める試合を前にして、入場時はざわめいていた観客席も、皆息を呑む様にして二人の拳が軽く打つかり合うのを見守っていた。最初にジャッジの声が響き、その次に実況解説者の声が観客席を煽る様に頂点を争う二人の生き様を語って行く。


「本戦初出場のマーク・シーク。今大会にて様々な奇跡を起こして来ました。このタフネス&ゴルドー大陸の覇者がまさかの予選敗退、だがそこでは終わらなかった。急遽代かえで出場した敗者復活戦にて勝ち上がり、決勝一回戦では絶対魔王に届くかと思われていた絶好調ゴーギャン・ストロンドを――」


 実況が観客を煽る。


 初出場で世界の舞台へ登って来たマーク・シークの軌道を読み上げる。それに促され興奮した様に、戦うマーク・シークの振るう豪腕の一挙一動にわき上がる声が聞こえて来る。


 マーク・シークの130kgというウエイトから放たれる豪腕は、ヘビー級である筈のマテイ・マクダヴィッシの堅牢なガードの上からでも凄まじい打撃音を響かせながら相当な衝撃を与えていた。


「相変わらず、マークの豪腕はヘビー級をこうも易々と揺さぶって来ます」

「恐ろしい肉体を持っていますよ。まさに『海洋戦闘民族』です。身長は、マテイよりも10センチ以上もの差があるのに、体重は約30キロ違いますからね」


 実況席に座る二人は、開始早々ラッシュを仕掛けるマークに感心していた。だが、何百人規模の実況解説を行って来たこの実況解説は、豪腕ラッシュを受けながらもクリーンヒットを今だ許さないマテイに対してもそれ以上の評価を表している。


「揺さぶられつつも確りとガードしているマテイ。彼はガードが上手いですね」

「TheStrongGPの『魔王』サム・サフォー・サージェンスを下した実力は本物だったと言う事でしょう。グランプリの絶対王者として君臨していた魔王サム・サフォーに試合をさせる事無くTKO。ガードの技術もそうですが、足技攻撃センスにも絶対の自信を持っています」

「ついに魔王を超えた男が現れましたね。魔帝降臨です。マークも、彼の足技には十分気をつけなければ行けないとこ――おっと入ったァアア!!」


 魔帝と紹介されていたマテイ・マクダヴィッシュのハイキックがラッシュ後で少し動きが遅くなりガードが下がったマークの側頭部にヒットした。重たい音ではなく、スパンという高く響く音がなる。マテイの長い足から繰り出される蹴り技を例えるならば鞭。目視は出来ていてもヒットの瞬間が恐ろしい程に速かった。


「だが! 倒れない!」


 マイクを持ちながら叫んだのだろうか。マイクスタンドの底面が机に擦れる様な音を響かせながらも実況の声は止まない。


「倒れない! 揺らがない! 数々の選手を葬って来たマテイの右ハイキックを顔面で受けても全くダメージを受けていないようだ!!」


 ハイキックを側頭部に受けたマークは、一瞬歯を食いしばった後、自分の額を拳でトントンと叩き気合いを入れる様にして、再び眼前の敵を見据えていた。今度は確りガードを上げて相手の懐に潜り込める隙を窺っている。


 マテイはそんなマークを見て眉間に皺を寄せた後、素早く蹴り足を戻しガードを固める。今大会フィニッシュとして確立してきた、鍛え上げられた右足の一撃が通らなかったのだ。横目でセコンドを見る。足を狙えとサインを送っていた。


 コーナーに追いつめられそうになった所を、フットワークで躱して行く。クリーンヒットは無かった物のマークの豪腕は、今まで戦って来た誰よりも重たかった。そんなマークは、懐への突破口を探っている様に見える。




 第一ラウンドはお互い探り合い。已む無く第一ラウンドの終了を告げるゴングがなった。


「第一ラウンドが終わった訳ですけども、どうでしょうかジョンさん」

「魔帝のハイキックにも驚かされますが、びくともしないマーク・シークに驚愕しますね。今大会では、未だKO負けを喫した事が無いとの情報です」

「魔帝も慌てたのでしょう。完全に作戦を変更して足を狙いに来ていましたね。破壊力抜群の豪腕、ガードを解いたら即KOが待っていますから、今後どういう試合運びになりますでしょうか?」

「早めに足を狙うのは良策でしょう。マークには突破力もありますから。不安要素を無くす為には先ずローキックにて彼の足を狙う事が重要になります」


 コーナーにてセコンドとやり取りをするマテイは、終始イライラしている様子だった。実況解説とセコンドはローキックで攻めるべきだと言っているが、実際蹴りを入れた本人にしか判らない事もある。戦いでは一瞬の迷いが命取りであるという事を、今大会ハイキック一本で数々の選手を葬って来たマテイは、まだあまり理解していなかったのである。


 一方、マークは蹴られた側頭部にアイスパッケージと呼ばれる冷却剤を当てる事も無く、汗を拭ってもらいながら悠々とした表情でセコンドの声に耳を傾けていた。




 第二ラウンドが始まって、すぐに大歓声に包まれる。動いたのは二人同時であった。


「おっとマテイ、即行でローキックだッ!!!」

「マークはボディ! 受けながらも前に進む!! 一発二発とガードの上からボディを叩き込む!!」


 魔導機関並みの突破力を持つマークの足を狙ったマテイと、堅牢なガードテクニックを持つマテイを打開するべくボディに打ち込むマーク。息をつかせぬ攻防がリング状で繰り広げられていた。


「互いに作戦を変更して来ました。マテイはハイからローに変更です。マークも最初の様なラッシュを見せず冷静にコンビネーションを重ねて居ます」

「マークは意外と上手いですからね、コンビネーション。そして隙あらば顔面を狙える豪腕がありますから、マテイのガードテクニックをどう搔い潜るかがポイントになります」


 ヒット数で言えば、上手い具合にガードの隙を縫って顔への打撃とローキックでのポイントを稼ぐマテイが有利である。いくらマークが頑丈だからといって、そのままズルズル判定へと試合が進めばジャッジはマテイの手を掲げるだろう。


 第二ラウンドも一進一退の攻防が続き、ポイント面ではやはりマテイが分がある。


「マテイもヘビー級トップクラスのパンチ力とテクニックを持っている筈なんですが、全然効いている様に見えませんね。マークはびくともしていませんよ」


 相手との間合いを測る様なジャブからローキック。鞭打ちの様な音が何度も響く。そして相変わらず左右に揺さぶる様なフック。コンビネーションを交えてがら空きのボディへ。重たい衝撃音が観客席まで伝わっていて、打撃音がする度に身体を震わせ目をつぶる女性客が居た。


「そろそろお互い息が上がって来ている様ですが、未だ両者とも同じ場所を執拗に攻めています」

「ジョンさんアレ! アレです! マークの左太もも、青あざになってますよ。対するマテイの方も、色白の身体にボディブローを受けた傷跡が生々しく残っていますよ。うわぁ、真っ赤だ」

「マテイ飛ばして行く! ローキックで執拗に攻める! タイミングを見計らってココでハイッ!! ―――ぁあッ!? ダウンか!? スリップか!?」


 実況の声に反応して観客席からの声援が大きくなる。


 ロー、ロー、からのハイ。青あざを攻められた事によりガードと顔が下がった所に伝家の宝刀ハイキックが叩き込まれる。だが、蹴られながらもマークの右フックがマテイの顎を霞めた。それによって、一瞬ぐらついたマテイがリングに尻餅をつく。


「クソッ!」

 マテイが思わず審判に悪態をついた。


「これはダウンだッ!! だがマテイはこの判定に不服そうだ! けど、大丈夫なんでしょうか、マーク。思いっきり顔面でハイキックを受けてましたけど」

「全試合を通して、彼は攻撃を受ける際顎を引いて自分から当たりに行っているので脳が揺さぶられにくいんですよ、それと頑丈な身体ですから。だがマテイのローキックは確実に効いているみたいでしたね。正面を向いているマークに対してローキックを当てて行くマテイの足の長さにも驚くべきですよ」


 第二ラウンド、ポイントを稼いでいたマテイであるが、この判定によって逆転された。それによって焦りが出始めたのか、必殺の豪腕を持つマークに対して積極的な攻めに転じていた。セコンドが「まだ次のラウンドがある! 焦るな!」と言っている。だが、それは彼の判断材料にはならなかった。


「マテイ。第二ラウンドもそろそろ終盤になって来ている中、焦りを見せ始めました。一体どうしたというのでしょう」

「足、足です。右足首がボディブローを受けた腹部と変わらない位真っ赤に染まってますよ!」


 実況の言葉に、会場が響めいた。マークの右太ももを真っ青に染め上げたその右足も実は相応のダメージを負っていたのだ。「第三ラウンドを待て!」と、リングを手で叩きながら訴えるセコンドを無視してまで、右足が生きている今のうちに仕留め切ってしまおう。と、かなりの気迫がマテイから伝わって来る。


「闘士が凄まじい! マーク、コーナーへと追い込まれている! 今まで前に出ていたマークが初めて後ろに下がり出した!!」


 第一ラウンドのマークを彷彿とさせる様なラッシュが、マテイから繰り広げられる。マークも堪らないとばかりに何発か貰いつつもヘッドスリップにて決定的なクリーンヒットを躱して行く。そして膝蹴りを貰う前に接近し過ぎた相手の身体を少し後ろへ押し戻す。


「マテイの動きが一瞬止まった!」

「膝蹴りがありますからね。正しい判断でしょう」

「ん? マークがノーガードだ。顎を前に突き出している!」


 ローキックを打たなくなったマテイはハイキックを確実に当てる為の隙を作ろうと躍起になっている。それを知って知らずか、マークは手をチョイチョイと、まるで殴って来いよという仕草を取った後、顎を前にクイクイと動かしてマテイを挑発した。


「ほら来いよ! と言っている様だァアアッ!!」


「マテイ、確り顔面をガードした上でハイキックを放った!! あぁッ!? ――マークの腰の入ったボディが炸裂したァァアアッ!! あくまで狙っていたのはボディ! ボディだ!」


 ボディ、ボディだ。のリズムに合わせてマイクスタンドがガコンガコンとノイズを立てる。だがそれすら気にならない程、この展開に観客は大いにわいた。ハイキックを受けた後、マークは拳で自分の額をコンコンと小突き、右手でボディの入った腹部を押さえて膝を曲げるマテイを見据える。


「ガードが下がったベストポジション! 左ッ! 右ッ! 左ィ!!!」


 咆哮と共に鋭い目で敵を捉えると、右手のガードが無くなった顔面に左フックが直撃する。そのままよろける様に後ろへ下がるマテイ。ガードされる前に自分の持つ全身全霊の力をぶん殴る事に使って行く。


「魔帝! どうする事も出来ないのか! 豪腕が右から左から押し寄せて来ます! まるでサーフランドの高波の様に、魔王を倒し伸し上がった魔帝を飲み込もうとしている!!」


 ロープ際まで追い込んで、右フックがマテイの顎を捉えた。その瞬間、全身の力を失った様にマテイの身体がロープに引っ掛かりながらずり落ちていった。慌てたレフリーが身体を割って止めに入る。


《カンカンカンカンッ!!!》


 試合を止めるゴングが、けたたましくなる。このマークの猛攻に会場が震える程の歓声を上げていた中でも、このマークが勝利を決めた瞬間の祝音は会場全体に響き渡り、更なる興奮の渦へと全体を押し上げる役目を果たしていた。


「未だかつて無い! 奇跡! 目の当たりにしました!!」


「まさかの予選敗北者が掴んだ奇跡。思えば、最初から神はマークに対して微笑んでいたかの様だ」


「世界を制した男。その戦いっぷりはまさに世界を制すに値するものでした! 魔帝を倒した勇者、いや! 彼もまた一人の怪物である! 最強の怪物がここに誕生してしまいました!!」


 太い両二の腕に掘られたバンヤック伝統のタトゥーを天に掲げ、マーク・シークは吼える。今この場に残されているのは勝利を全身で感じる者と、この戦いの余韻に酔いしれる者だけだった。



「お疲れさま。そして優勝おめでとうマーク」

「ありがとうカリナ。どうしてポロシャツを着てるの?」


 退場し控え室へと戻って行くマークに、一人の記者が声を掛ける。長年マーク・シークを追いかけて来た一人、カリナ・エルトレッタである。いつもはスーツを着用している彼女だが、今日は珍しくポロシャツを身に着けていた。


「あの試合を見てたら汗かいちゃったのよ。でも凄かったわ。本当におめでとう。ファンみんなに伝えたい事はある?」


「応援してくれて本当にありがとう。かな」


 控え室へと戻りながらインタビューは続く。カメラも入っているが、カリナの身長は153cmらしいので、ブロンドの髪の毛の上の部分が少しだけと録音機器を持つ腕が映っているくらいである。


「マテイ選手はどうだった?」

「彼はとてもガードが上手いし、攻撃センスもある。こっちは蹴られてばっかりだったしね。ボディが決まって良かったよ。アレが無かったら今頃俺がリングに倒れていたかもね」


 マークは対戦相手であるマテイを尊敬する様な事を言った後に「運が良かったよ」と付け加えた。カリナはマークが小脇に抱える「4,000,000¢(¢=チェスカ、日本円で400,000,000円)」と書かれたボードを目にして「これが、最後の質問ね」と告げた。



「今回の賞金の使い道は?」

「そうだね。魔導機関漁船を買ったりしたいかな!」


 賞金ボードを抱く彼は、今までで一番良い笑顔だった。

暇つぶし短編。

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