【花を抱きしめ君を想うこの夜を君は見てる?】
台所に花束が置いてあった。
真っ黄色な向日葵の花束が。
誰から?と夕飯の支度をしている母に聞いてみた。
「ひ・み・つ」
と、意味ありげに微笑みながら教えてくれない。
なんなんだ、もう。
と、その時君が台所に顔を出した。
「お母さん、何か手伝える…?」
と言いかけ、ぼくの姿に目をとめる。
あ、とお互い小さく声が出る。そして、目を逸らす。
母は何も気付いていないみたいだった。
むしろ、今までの方が心配だったかもしれない。
年頃の姉弟は逆にこう、少しお互いを無視している方が自然なのかもしれない。
「あら、丁度良かった! この玉ねぎ切ってくれる?」
「うん…」
ぼくの前を横切り、流しに立つ母と並ぶ。
スルッとなびいた髪をぼくの鼻先に触れさせながら…。
たったそれだけのことで、ぼくの胸は痛いくらい締め付けられる。
あの髪は、ぼくの物なのに。
毛先に指を絡め、笑い合った日はそう昔のことでもないのに。
でもぼくたちの間には、あの白い花が立ちはだかる。
もう、夢の中でも行うことのできない、恋人専用の行為が蘇る。
ぼくの斜め前でトントントンとリズミカルに動く肩に合わせ、君の髪が揺れる。
約束を忘れて、もう一度…触りたい。
耐え切れず手を伸ばしかけた時、母はそっと君に耳打ちした。
「気付いたわよ、花の事」
「えっ?」
パッと顔を上げ、君はみるみる赤くなる。
ふふふと笑う母を横目で睨み、チラッとぼくの方を見て、真っ赤なまま君はもうとっくに切り終わった玉ねぎを見つめ直す。
なんなんだ?
どうして、赤くなるんだ?
この向日葵が…?
「気付いたわよ」
どういう意味だ?
赤くなる君。
母の言葉。
そして、ぼくの都合のいい想像力。
そうか、この花は君が摘んできたのか。
こんなに大きな向日葵を、両手で、いや、両腕で抱きかかえ、もって帰ってきたのか。
こんなに暑い日なのに、重い思いをして、君とぼくの一番好きな向日葵の花束を…。
愛しい。
そんな可愛い君が、愛しい。
これ以上君の側にいたらどうにかなりそうで、ぼくは一先ず台所を離れた。
夜。
家がシンと静まり返り、みんなが眠っていることを物語る。
ぼくは一人台所に下りていく。
それは夜の暗闇の中、月に照らされほんのり輝いているように見えた。
君は、どうやってもって帰ってきたのだろう。
こうか?
こうか?
色々な抱きかかえ方を試してみる。
傍から見れば変な奴だろう。
君には絶対見られたくない。
けど、愛しすぎる君を間接的に抱きしめられるのなら、そんなことどうでもいい。
「好き」
向日葵の花束をギュッと抱きしめながら、涙でかすれた囁きが夜の闇に消えてった。
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【花を抱きしめ君を想うこの夜を君は見てる?】
お題提供: 日向 様 (http://houka5.com/333/)