自宅警備員と死神さん
俺の名前は栗林圭介。大学二年生だ。但し、俺は自宅警備員という特殊工作員でもあるので本当に出席しないとヤバイ時にしか大学に行くことは無い。
普段は自分の部屋を守る為、常にネットで仲間達と情報を共有したり、如何わしい広告トラップに引っ掛かって顔を青くしたり、自分の所有する電子少女に歌を歌わせたりと日々厳しい生活を送っている。
だがそれだけでは終わらない。自宅警備員とは外部の侵略者共を撃退する仕事も担っているのだ。
そうこうしてる内に何者かにインターホンが鳴らされた。もし怪しい宗教を勧誘しようとするおばちゃんが相手なら、如何に自宅警備員が忙しく神に祈る暇が無いのか説き伏せて追い返してやろう。新聞勧誘だったらお前達の配り回る情報が如何に国の愚かさを知らしめ子供達の夢と希望を枯渇させていくのかと説教してやる。
そんな意気込みで玄関の扉を開けたのだが。
「こんにちは。私は第二十八式死神のアヤメと言います。突然ですがあなたの寿命は間もなく尽きようとしています。なのでこうして私があなたの命を回収しに」
俺は何も見なかった事にして静かに扉を閉めた。
……はぁ。ああいう電波なのって困るんだよな。まぁ今日はいい天気みたいだし、新種のお花畑さんが出没する事もあるだろう。さて、自宅警備の続きだ。
「ちょっと!? 待って! まだ話の途中だから待って!」
何か外が騒がしいなぁ。止めろよ。扉叩くなよ。壊れちゃうだろ。
鬱陶しい騒音に俺は屈しない。けれど
「あれ? これちょっと楽しいかも!」
などと言われてリズミカルに扉を叩かれるのは我慢ならなかった。
「うるせぇよ! イタズラなら他所でやれ!」
近所迷惑にもなっている電波さんを説教する為に俺は勢いよく扉を開けた。
「はぐぅ!?」
そして叩くのに夢中になってたそいつの顔面に俺が開け放った扉が強打!
そいつは鼻血を垂らしながら情けない面で意識を失いその場に崩れ落ちていく。
……お、お前が悪いんだからな! 一応起きたら謝っておくけど!
電波さんをベッドに寝かせてふと思ったんだが、この電波さん綺麗な女だな。艶のある黒い髪はゆるくウェーブがかかっていて何かいい匂いがする。顔は綺麗に整ってて肌は白い。ちょっと触ってみたけどスベスベしてた。
そんでこの人……おっぱいが大きいです。つい敬語でおっぱいさんに話し掛けてしまいそうです。……ち、ちょっとだけなら……
「ふ……ん……?」
「!?」
俺の次の行動は神がかっていた。
おっぱいさんが目を開けた瞬間には既にバックステップで部屋の入り口まで後退し、彼女が上体を持ち上げて辺りを確認し出す頃には完璧に姿を消していた。
そして如何にもタイミングよく現れる風に装ってもう一度部屋に入る俺。完璧過ぎる。自分の部屋の中でなら俺は神よりも偉いのだから当然と言えば当然なのだが!
「よう! 気分はどうだい?」
「………………………………」
おお。華麗なスルーじゃないか。見事に俺の心を抉りやがる。
彼女は俺を一瞥すると、手のひらから大鎌を引き抜いた。
……え!? どうやったの! 何、手品!? 気持ち悪ぅ!!
「あなたの命……狩らせてもらいます!」
止めて! 俺の混乱した思考をさらに意味不明な言葉で掻き回すのは止めて!
女は俺の混乱状態を見事にスルーし、いきなり大鎌を俺の首めがけて一閃した……って、うわぁああああああああああああああああああ!?
驚いて尻餅をついた事で幸い鎌は俺の頭上スレスレを通過していく。
「惜しい!」
「惜しいじゃねーよぉぉぉぉ!?」
け、警察! 警察に通報しないと! あれ、駄目だ。腰が抜けて立てないや。くっそぉ、一生の不覚! 自宅警備員の俺が他人を部屋に上げたりしたばっかりに……!
「くそぉ、こんな事なら助けるんじゃなかったぁ!」
「…………っ!」
もう駄目だと死を覚悟したところで新たな大鎌による第二撃が行おうとしていた女が、急にその鎌を煙のように消した。
「あなたが私を助けた?」
「え? ……そ、そうだよ! お前が鼻血垂らして気絶したから俺が今まで看病してやったんだよ! あとごめんなさい!」
「……そう、だったの。確かにうっすらと激痛があったのを覚えてる。何故謝るのか分からないけど、助けてもらったのは、……感謝しておきます」
女は身に纏う黒いローブの皺を伸ばして、さっきまで眠っていた俺のベッドに座り直した。
「一応、もう一度自己紹介させてもらいますね」
「確か第二十八式死神のアヤメさんでしたよね」
「あは! ちゃんと聞いてくれてたんですね!」
俺がちゃんと最初の自己紹介を覚えていたのがそんなに嬉しかったのか女は両手を組んで嬉しそうに笑った。ヤバイ。この人メチャクチャ可愛い。
「じゃあさっそくあなたの命を」
「ちょっと待って!」
危ねぇ……。この人、俺を油断させて殺そうと考えてやがったのか。そうだよ。この人さっきも俺を殺そうとしてたじゃん! 本物の死神じゃん!
「何ですか? 命乞いしても無駄ですからね?」
死神さんは半眼にして俺を睨みつけた。
おいおい、さっきの笑顔はどこへ行った。態度がまるっきり真逆になってるじゃないっすか。
「俺……本当に寿命なの?」
「はい」
「またまたぁ~」
「本当です」
ふむ。どうやら俺は本当に寿命のようだ。二次元世界に馴染んでいるので、その現実を受け入れるのは案外簡単だった。だってアニメや漫画だと普通にある設定だもんね。
なら、せめて今日は悔いの無いように過ごしたい。
「そっか。じゃあちょっと外出て来るわ」
「ええ!? ど、どこ行くんですか!」
俺は死神さんを置いて玄関の扉を蹴り飛ばした。そしてそのまま庭に放置してあった愛チャリに跨がって行き付けの喫茶店へと一走り。
「ま、待って! はぁ、逃がしませんよ! はぁ、はぁ!」
死神さんが息を切らしながら後ろを追いかけてくる。なるほど競走か。だったら負けないぞ。唸れ、俺の愛チャリ!
俺が喫茶店「覇恋恥」に辿り着いた時には、死神さんは昇天しかけていました。
「馬鹿だなぁ。死神だろうが俺の愛チャリに勝てるもんかよ」
「はぁ、はぁ、ころ、す……! ぜったい、はぁ、ころ……!」
俺は死にそうな声で何かを呟いてる死神さんを連れて店の中に入った。店内は相変わらず客を見かけない、閉店間際の様な寂しい雰囲気が漂っている。実に俺好みだ。
「俺はパスタ頼むけど、死神さん何食べる? 奢るよ」
「……あんなに走った後で、食べられるわけないじゃないですか」
「死神って人間より惰弱だねぇ」
「っ!? 言いやがりますね! 良いです! 食べますよ! 私もパスタでお願いします!」
何この子可愛い。大人っぽい人だと思ってたらこんなムキになっちゃって。体は大人、頭脳は子供って奴?
禿げたマスターに注文を頼むとすぐに出来立てのパスタを持ってきてくれた。
「むむ。寂れた店のクセに中々に美味ですね」
そして死神さんは文句を言いながらもパスタを数秒で平らげてしまった。……食べた栄養はやはりあの豊かな胸に供給されるのだろうか。気になる。取り敢えず俺が完食するまでメニューを見るよう言っておいた。あの食いっぷりじゃきっと食べ足りてないだろうし。
「ふぅー。ご馳走様。死神さん何か他に頼みたいものある?」
「ば、馬鹿にしないで下さい! そんなに食べるわけないじゃないですか! それに人間に食事を奢ってもらうなんて死神の矜恃が許せません!」
「パスタ食った後で今更矜恃なんて無いと思いますけど?」
死神さんは顔を真っ赤にして怒るが、俺としてはやるべき事は一つである。
「結局死神さんはもういらないってことだよね。じゃあマスター、プリンアラモード一つ!」
「!?」
死神さんは信じられない物を見るかのように目を見開いた。何だろう。男がデザート頼むのが信じられないのかな? 俺結構な甘党だよ?
「…………」
テーブルに運ばれてやって来た俺のプリンに死神さんは目が釘付けになっている。分かりやすい奴だなー。
「マスター! プリンアラモードをこっちの人にもお願い!」
「え! ち、ちょっと。私は別に食べるなんて」
死神さんは一瞬嬉しそうに頬を緩ませたがすぐに顔を険しくして否定し始める。目がチラチラと俺のプリンに移ってるのが丸分かりなんだけど。これって後押しとか必要なのか?
「……たくっ。男が一人だけでデザート食べるのは結構勇気がいる事なんだよ。だから一緒に食ってくれないか?」
「そ、そういう事なら仕方ないわね! ええ! 仕方ないから食べてあげましょうか!!」
うっわぁ。こいつ面倒くせぇ! ……でも、実際にプリンを美味しそうに頬張って喜んでる姿が可愛いかったから良しとしとくか。
デザートを堪能した後、俺達は店を出て帰路についていた。今は死神さんの歩幅に合わせて愛チャリを押して歩いてる。
「結局三つもお代わりしてしまいました……」
「別に良いじゃん。俺の知り合いにはバケツプリンを三つ食べきった猛者がいるんだぜ」
「いえ、女の子には体重とか色々と……やっぱり良いです。あなたに言ってもきっと理解してもらえないでしょうから」
うん。理解できない。当たり前でしょう。ただでさえ三次元世界の女心が分からないのに死神の考えてる事なんて理解できるはずがない。そんな事を言ったら何故か頭を叩かれた。
「全く。初めてですよ。死神と出会ってこんな平然としていられる人間に出会ったのは!」
「俺をその辺の奴等と一緒にしないでもらおうか。俺は自宅警備員のエースだぞ?」
「……本当に、あなたって面白い人ですね。こんな意味不明な人初めてです」
「ありがとう」
そんな事を話していると、道路の側で人だかりが出来ていた。有名人がいるのかと期待した俺はそちらの方に足を向けた。
そして見たものは凹んだ車体と子供が血を流して倒れている姿だった。
それを見た一瞬、弟が死んだ記憶がフラッシュバックした。
「あれはもう助かりませんね」
隣で様子を見ていた死神さんがぽつりと言った。その表情には変化が見られない。まるでこういう光景を何度も見て感覚が麻痺しているかの様に。いや、死神なんだから当たり前の事なのか。
「あれもお前等死神が関わってたりするのか?」
何となく聞いてみたのだが、自分が遠回しにお前等が殺したのかと聞いている事に気付いて血の気が失せた。死神さんがそんな事してるなんて信じたくないと思う気持ちがあったからだ。
だが俺の疑問に死神さんは頭を横に振った。
「私達が関与しているのは自然死だけです。事故死は人間の不注意が原因で起こります……私達が関与していないという事は、人の手によって息を吹き返す可能性もあるという事ですが」
あれですか。俺を殺そうとしたのは自然死扱いなんですか。というか、息を吹き返すって何!?
「おい、どうすればあの子生き返るんだ!?」
「な、何ですか突然! あれはもう助からないと言ったでしょう? 誰かの命を分けるでもしないと」
何だ助かる方法あるじゃねぇか。それも超簡単なのが。
「俺の命を使え」
「は?」
「俺はどうせ死ぬんだろ? だったらその命をあの子に分けたって良いじゃん」
一度死を覚悟した人間は強い。俺に迷いは無かった。
だと言うのに、死神さんはめっちゃ迷ってた。
「え? いや、でも、そのぅ……良いんですか? というかあなたは死ぬのが怖くないんですか!」
「いいから早くしろ!」
俺はじれったくなって死神さんの肩を掴んだ。そういえば弟が倒れた時も、こうして揺さぶって起こそうとしたんだっけ。
「……もうどうなっても知りませんよ!?」
死神さんは手のひらから大鎌を引き抜き、さくっと俺を袈裟に振り抜いた。痛みは無かった。体にも怪我一つ無い。でも、凄まじい倦怠感が俺を襲う。
死神さんの手に蒼白い炎があるのだが、あれが俺の命なんだろうか。我ながら綺麗な命だ。そして死神さんがその炎を子供の胸に押し込む姿を見届けて、俺の視界は真っ暗になった。
「あれ、ここ何処?」
目が覚めたら知らない天井が見えた。
嘘だ。ここは俺の自宅だとすぐに分かった。伊達に自宅警備員をやってきたわけじゃない。
そしてベッドから起き上がると、死神さんが隣で眠っていた。
「うっひゃあああ!?」
思わず奇声を上げてベッドから出ようとしたが、腕を死神さんに抱きしめられていたので抜け出せない。
というか……は、挟まれてるだと!?
抱きしめられた腕で柔らかな双丘の感触をしばらく楽しんでいると、やがて死神さんも起きだした。
「無事に起きたようですね」
死神さんが嬉しそうに優しく微笑む。あまりにも綺麗な死神さんに、俺は高鳴る胸の鼓動を誤魔化して、出来るだけ普通を装って声を出した。けどちょっとだけ声が裏返った。
「うん起きた。ところで何が起こってるのか教えてくれる?」
死神さんはあの後俺が意識を失った事。子供は無事生き返った事。死神さんの命を俺と共有する事で俺を生かした事など、色々教えてくれた。
「ん? 命の共有って何?」
よく分からなかったので最後の方だけ問い返すと、死神さんは何故か俺から顔を背けて上擦った声で答える。気のせいか死神さんの耳がやけに赤い。
「か、勘違いしないで下さいね! あなたが面白くてもっとお話したかったとか、そんなんじゃないですから! 間違ってもあなたに死んで欲しくないとか、思ってたわけじゃないですからね! ただあんな形じゃなくて、ちゃんと私があなたの命を狩らないと気がすまなかっただけであって……! そもそも死神をあんなに翻弄するあなたは危険というか、すぐには殺さずその生態系を監視する必要があるというか……!」
ベラベラ説明が長くてよく分かんないけど、俺を殺すのは確定事項なんですか?
「よく分からんけど俺って結局いつ死ぬの?」
「死にませんよ? だって不死身の私と命を共有してるんですから」
……?
……死なない? え、嘘!
「マジで!?」
「マジです」
え、嘘。じゃあ俺も不死身になったんですか? 何それ超格好いいじゃん! 漫画の主人公みたい!
あれ? でもそうなると。
「死神さん、俺を殺せなくね?」
別に死にたいわけじゃないけど、死神さんが困るのは嫌だなぁと思ってしまう俺。だからつい心配するように聞いてしまった。
だけど死神さんはただ意味ありげな笑みを浮かべるだけで何も答えなかった。……そして俺は彼女の微笑みに見惚れてしまい、抱いた疑問も脳裏の奥底に置くことにした。
「死神さんは……この後どうすんの?」
何となく、俺は次の死神さんの言葉に期待している。そして死神さんは俺の期待に応えた。
「私はあなたと命を共有しているので、あんまり遠くに離れるわけにはいかなくなりました。ですから監視役として、あなたの傍にいようと思います。拒否権はありませんよ?」
しませんよ。絶対。むしろ大歓迎です。あ、ヤベェ。部屋のエロ本何処かに隠さなきゃ。
そんな事があって俺は死神さんと同居することになった。
俺の部屋に住人が増える事によって起きる障害とか、不死身の弊害とか、今は考えなくても良いだろう。
取り敢えず今は
「死神さんって呼ぶのは止めてくれませんか?」
「じゃあアヤメさんって呼んでいいすか?」
「~~~~~~っ! じ、じゃあ私も圭介さんって呼びますから!」
こんなやり取りから始めても構わないんじゃないだろうか。
一応続編として「自宅警備員と死神さん・続」を書いています。この作品を面白いと思った人はそちらの方も読んでみてください。