~三匹目・剣道、義を持つもの~
俺は涼介と一緒に、真田の見送りをするため校門前に来ていた。周りの目が集中している中、涼介と真田は涼介の家の道順を丁寧に教えている。
俺は涼介と剣道部に入部届を出すため、校門の柱に寄りかかりながら気長に待っている所なのだ。
「・・・ってことで、わかったか? 」
どうにも心配そうな涼介に対して、真田は自信満々に答えた。
「大丈夫だよ。ほら早く行かないと、涼介も遅れちゃうよ。」
「わかった。信用するけど何かあったら絶対電話しろよ!」
そう言われた真田は軽く頷き、階段を降りて行った。真田が見えなくなった頃。野次馬たちがコソコソと討論を始めだす。まぁ、内容はあえて触れないでおこう。うん、そうしよう。
「ねぇ、君たち。ちょっと付き合ってくれない? 」
この声。忘れるわけがない! 俺と涼介はこの場所から逃げようとしたが、昨日とは様子が変だった。
「待って! 今日は部活の勧誘をしにきたんじゃないの!」
彼女は必死に声を張ってるのを見て、俺と涼介は彼女の手を取り、体育館の方向へ走り出した。
とりあえず俺たちは、ひとまず中庭で話を聞くことにしたのだが。
「話を聞いてもらう前に、なぜアタシがここまで来たなくちゃ行けなかったのか、説明してよ。」
彼女はいきなり中庭まで引っ張られてきたことが、不満だったようで、少し不機嫌だった。
理由は簡単だ。俺はゆっくりと口開く。
「それは結構真剣そうな話だから、そしてなにより・・・」
恥ずかしかった。彼女が声を上げた瞬間、こっちを2・30人が一斉に凝視してきたのだから俺は恥ずかしくなってここまで手を引っ張られてきたわけで・・・
「なにより?」首を傾ける彼女に可愛いと思ったのは内緒にして俺は話を誤魔化した。
「なにもないですよ!。それより先輩、名前を聴いてもいいですか?」
「そう言えば自己紹介がまだだっけ? アタシは東雲 遊榎っていうの。よろしくね! 柳くん、神崎くん!」
彼女はぺこりと軽くおじぎをしてきて、こちらも慌てて頭を下げた。東雲さんは、昨日の最後まで追いかけてきた陸上部のキャプテンなのだ。でも、なぜ俺たちの名前を知ってるんだ?・・・まぁ、いいか。この島じゃあそんなに珍しことじゃないからな。
「で?俺たちに何かようですか? 俺たちに出来ることなら手伝いますよ。陸上部入部以外でなら。」
涼介は胸に拳を当て、誇らしげに言っていた。
「それもそうなんだけど、今日は弟のことなの」
「へ~先輩、弟がいるんですか。」
「うん。ちょっと頼りないけどね。」
「涼介。今日はバイトの日じゃなかったか?」
俺は涼介の話を遮るように話しかけた。でもそうしないと涼介の話が日が沈むぐらい喋りそうだったかなぁ。まぁ、やってる仕事も関係あるかも知れないし。
「そうだった! ? 用件は?」
涼介はそれでも焦ってるのか、駆け足をしている。
「そうなんだよ。実は弟がいじめられてるらしいの」
「そのいじめと、俺たちにどんな関係が?」
涼介は腕を組み、さらりと言い出した。
「それは、あなたたち剣道部に入部するって聞いたからよ!」
時が流れ、
俺と涼介。それに東雲さんは体育館の一階にある剣道場へ来ていた。中からは声が二つ、倉庫から聞こえてきている。
「おい。今から食堂でパン買ってこい。もちろん、お前もちでな」
「そ、そんなの嫌だよ~。」
一つは、女々しいような声。多分、東雲さんの弟だと思う。いつの間にか東雲さんは、倉庫の戸を怒りまかせにおもいっきり開け放つ!。
「コラー!あなたたち!。よくもアタシの弟を!」
倉庫の中には見知らぬ厳つい顔が二つと、床に転がってるひ弱そうな弟。さらに、忘れられない顔が一人。こっちを睨み付けていた。そして。
「なに見てんだゴルァッー!」
見られて焦ったのか厳つい顔の一人が、東雲さんに向かって殴りかかってきた。
「危ない!」
涼介はとっさに東雲さんを突飛ばし、俺は相手の拳を受け止めた。とりあえずは・・・
「先輩さんがた。一つ提案があります。」
拳を掴んだまま、話を進める。
「な、なんだよ」
「殴り合いなんか俺たちには不要。ここは一つ勝負をしませんか?3対3の団体戦を」
「なんで俺たちがそんなのに付き合わなくちゃいけねーだよ!」
「逃げるんすか~?せんぱ~い」
涼介は挑発するような口調で、先輩を挑発する。先輩じゃなくても俺が軽く引っ叩きたくなるような顔をしてるぜ。あいつ!。まぁいいか、これも作戦の内だ。
「なにッ!やってやろうじゃん!」
事は俺の思い通りに運ぶ。
「ルールは高校生公式ルールを採用。三戦、先に二本取った方を一勝と数えて、先に二勝した方が勝ちということで!」
「OK。わかったぜ。それでやってやろう」
「じゃあ、東雲先輩の弟さんをこっちに渡してください」
俺は掴んでいた手を離し、弟へ手を伸ばした。これが俺の目的その一、弟さんの救出。まぁ、涼介は遊び半分だろうけどな。
「はぁっ?!そんなことできっかよ!」
おっと、それはまずい。俺はすぐに反論に出る。
「それはちょっと困る。メンバーが足りないんすよ。そんなやつ一人居たって関係ないっしょ」
「う~ん。それもそうだな。よし行け!」
そして、東雲先輩の弟はこっちへ引き渡された。これでわかったのは相手の先輩は完全に阿呆だということだ。そこまで阿呆とは思ってなかったけどなぁ。
「・・・あんたたち。ちょっと来なさい・・・」
東雲先輩が俺の肩を掴んだと思うと怒り交じりに、剣道場の隅っこへ涼介、弟共々連れて行かされた。あ、地雷を踏んだかもしれない・・・・。
「ちょっと、どうすんのよ。あんな安請け合いしちゃって・・・」
東雲先輩は耳打ちにしゃべりかけてきた。とりあえず、地雷は踏んでないみたいだな。
「いいんすよ、別に。あいつらそんなに強そうじゃありませんから」
さすがの涼介もここでは東雲先輩に合わせているようだ。
「なら、そこまでいうなら先鋒、涼介にまかせようかな?」
俺が小声で提案すると、「まかされた。」とばかりにガッツポーズをする。
どうやら向こうも先鋒が決まったみたいだ。しかも、ご丁寧に防具まで・・・
「オラッ!俺様の相手はどいつじゃ!」
「俺だ!」
涼介は気合入れに右肩をグルグル回しながら、相手の方へ歩いていった。いつの間に着替えたんだよ、涼介のやつ・・・。たくぅ。
「審判は俺。神崎隆也が務めさせていただきます。両者、礼!」
「オッシャーシュッ!」
俺に大きく深呼吸する。よし!
「それでは・・・始め!」
竹刀同士が擦り合う中、相手は下段の構えでジリジリと涼介との距離を詰めようとする。が、涼介も柔軟に中段の構えで、相手を近づけさせない。双方互角と思ってたやさき、それは起こる。ふとバランスを崩した涼介につかさず、相手も攻撃に転じる。
「オラララアアアァァァァアアァアッ!」
「うぁッ!」
「一本!」
相手の鋭い突きが涼介の面に綺麗に入った。完全に一本なんだけど・・・涼介は気に食わないようで、俺に抗議してくる。
「おい!隆也。今の反則だよな!よな」
俺は飽きれながらため息を吐き、面倒くさそうに答えた。
「あのなぁ、涼介。これは高校生のルールだ。師匠が言ってただろ?『面の突きがありになるから気をつけろよ』って・・・」
涼介は心当たりがあるようで腕を組みながら、じっと考えること数十秒・・・
「・・・あ。そう・・・だった」
涼介はまるで鳩が豆鉄砲食らったみたいにキョトンとしていた。
「涼介。ちょっと来い」
「あ、ちょっ!」
俺は涼介の手を取り、相手に声が届かない離れ、話始めた。
「で?お前。勝てるのか?あいつに」
「勝てる!絶対な。アレ、使うから!」
涼介は完全に断言して、元の場所へ戻った。
『アレ』か。これは見ものだな、実践でどこまで使えるか見ものだな。
ということで試合再開。
「お?俺もナメられたもんだなぁ。上段の構えとは・・・傑作だな!あはっはっはぁ!」
「いつまでも、ナメてれば?きっと後悔するぜ!まぁ、目玉ひん剥いてよ~く見とけよ」
「んん!。それでは二本目・・・はじ―!」
「タァァァアアアァァアッー!」
竹刀は確実に相手の面を捉え、鞭打つように涼介の竹刀が鳴り響く。
「一本!」
た、たまげたぜ。まさかここまでの技になってるとはな・・・。さすがの一撃には相手の先輩もご立腹みたいだなぁ。
「なんだ!。いまのは!説明しやがれぇ!」
その反応に満足したのか、涼介はご丁寧に説明し始める。
「そうっすね。いまのはただの『面打ち』ですよ!」
「そんなわけねぇだろぅ!」
先輩が怒り狂ってるのも無理はない。多分先輩には涼介の振った竹刀が見えなかったんだろう。
それがあいつの考えた対俺用に秘策。開始と同時に上段から瞬時に振り下ろす、諸刃の剣。
唯一の欠点は一人につき一回きりってところだな。
まぁ、対俺用なのに俺と練習してたら駄目とわからんところが涼介というかなんというか・・・。
「・・・ってことですってば。先輩!」
「なるほど。そうか、わかった。」
いつの間にか先輩の抗議は涼介の話術によってもみ消されたみたいだ。
三本目は涼介があっさり相手の竹刀を巻き上げ、面突きの一本で、一回戦目は俺たちの勝利に終わった。勝利に酔いしれる時、荒く剣道場の戸が開ける音がした。
―うるせぇーな!なんの騒ぎだ!
その容姿は、金髪で短髪。胴衣に右手には紙パックのジュース。しまいには耳にピアス。
あれ?どっかで見たことがあるような、無い様な・・・あ。
「あー!。結城和人!」
俺より先に涼介が金髪男を指差した。
「うるせぇ!耳元でゼロから百を出すな!」
思わず突っ込んでしまったが、あいつは結城和人。一応俺たちの先輩に当たる。いつも反則ギリギリの剣道をやる、正直、俺たちには昔からあまりいい思い出がないやつだ。
「お。チビと糞餓鬼か。久しぶりだなぁ」
「誰がチビじゃ!ボケェ!」
殴りかかろうとしてる涼介を押さえつつ、俺も話に混ざる。
「いい加減、糞餓鬼はやめてもらえますか?」
結城はおもむろにガムを取り出し、噛み始める。
「俺に勝ったらな」
「そうですか。その約束、絶対守ってくださいよ」
「ああ。わかった、わかった。約束するから、今の状況を教えてくれ」
そういうと先輩の一人が、結城に説明するとまだおだやかだった顔つきがいきなり険しくなった。
「テメェら!こんなチビに負けたのかよ。・・・・情けねぇ。俺がやる!誰だ?相手は!」
その言葉を聴いた涼介は体の底からゾクゾクしているみたいだ。
「俺が相手だ!カズ!」
涼介の喧嘩腰に結城はきっちり答える。
「ああ?なんだチビの方か。さっさと倒してダック行こうぜ」
お互い火花を散らしながら、二回戦が始まる。涼介は中段の構え、結城は先を下へ向け下段の構え。俺は二人の構えたのを見て、深く深呼吸をし、そして・・・・
「それでは・・・始めッ!」
始まりと同時に結城からの槍のような突きが涼介を襲う。涼介も反撃しようと全然その隙がない。防ぐうちにどんどん場外へ押されていく・・・。
「はッ!」
結城の竹刀は見事に涼介の篭手を捉えた。
「一本!」
「うぁッ。チッ!まだまだぁ」
次戦。涼介は上段の構え。結城さっきの構えのままだ。
「ほ~う。面白いことでもしてくれるのか?」
「そうさ。目にもの見せてやるぜ!」
俺は軽く咳払いしする。そして、二戦・二本目が始まる。
「・・・それでは。はじ―」
「ガハッ!」
勝敗は一瞬。結城の竹刀が涼介の喉元へ深く突き刺さる。
「りょ、涼介!」
「・・・あははは、負けちまったよ。あいつ、また速くなってるぞ」
「わかったからあっちで休んで来い」
「はいはい。じゃあ、俺はお言葉に甘えて見学させてもらうか」
涼介は面を外し、剣道場のわきにあぐらを搔いた。
「は~い。次は誰かな~」
結城は、まるで涼介との試合が前座だったかのように俺を挑発しているみたいだ。
「俺だよ、結城さん。」
「ん?そうか。それは楽しみだな」
「こっちもですよ。結城さん」
「そうこなくちゃな。餓鬼ッ!」
俺はすぐに防具を着け、両者、位置につく、審判はさっきの先輩に仕方がなく頼むことにした。
「・・・それでは、始め!」
まずはどれだけ速くなってるか、改めて見なくちゃな。結城の鋭い突きは以前より威力を増して、さらには精度も確実にあがってるみたいだ。紙一重で避けるのがやっとだ・・・。
「そら!どうした!。さっきから守ってばっかりだぞ!」
確かそうだけど・・・。このままってのも、駄目だ。そろそろ・・・行くぞ!
俺は結城の動きを見切り、俺が切り込むと結城は体勢を崩す。そして、さらに追撃を加えるだが、あっちも腐っても俺たちより三年も先に剣道をやっている身。そう簡単には決定打を与えられない。そんなもたもたしている間に、結城も体勢立て直して、反撃に出る。
このままじゃ・・・・押し切られる。ちょっと反則気味だけどッ!
「はぁッ!」
俺は結城の竹刀を狙い、竹刀を振る。思惑道理に結城の竹刀は上へ弾き、俺は胴を打った。
「一本!」
だが、結城はくやしがるどころか、ワクワクしてるようだった。
「いいねぇ。そうこなくちゃ!おもしろくねぇよなぁ!」
「この調子で次もいいただく!」
そして、この勝負も終わらせる。と、俺は自然と拳を作っていた。
さて、これでこっちの勝ちにリーチがかかる。結城さんからすれば負けられないだろうなぁ。
だからこそ、ここからが本番だ!。
「始め!」
さっきとは一転、いっこうに攻めてこない。むしろ、罠を張ってる蜘蛛のような・・・。
俺は少しずつ距離を詰める。だが結城は動じない。お互い理に入ると同時に、一気に試合が動く。俺が胴を打とうとしたやさき、結城はすでに頭の上に竹刀があった。そして、一つ薄いラインが見える。そのラインは結城の竹刀が通りそうな所を通っていた。俺はラインを信じ、ラインを避けながら逆胴を放つ。
「やぁぁぁぁあああッ!」
「一本!よって、神崎隆也の勝利」
結城は未だに信じられないって顔をしていた。
「・・・・あははは。これは完全に動きを見切られたか?・・・笑えねぇなぁ。はぁ~」
「ってことで、俺のことは名前で呼んで下さいよ。ゆうきさん!」
俺は天狗になって、大口を叩いちまった・・・・。
「約束は約束だ。漢に二言はねぇよ。神崎!」
結城は照れくさそうに、頭を搔いていた。
「よっしゃっ!テメェら、ダック行くぞ!」
「おーッ!」
―ちょっと待ったぁッ!
いきなり涼介が待ったをかける。
「あ、あの~さ。どうせなら俺の店来ない?」
と涼介の提案に結城は少し頭を抱えるも。
「そう・・・するか。行くぞ!野郎共!」
結局、いじめ騒動なんてなんのその。結城・涼介・東雲姉弟・俺は涼介の家へ来ていた。
これがもうどんちゃん騒ぎ。涼介と結城さんはいきなり野球拳始めるし、バイトしてる真田はいろんなもの焦がすし、たくぅ。
でも、こんな生活も悪くない。少なくとも俺はこの生活に満足していた、幸せだと少なくとも思っていた・・・・。あの時までは・・・・・な。