第1章 第3話 見知らぬ館の迷い子
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1週間で1500とかかなり嬉しいです。
(2013/03/09 第5話と旧6話の統合をしました)
ドアの外は思ったより薄暗く、魔力灯に火が灯ってない辺りこちらに好都合だった。
「どこかの貴族の館か何か……? ボクは貴族だったり……するわけが無いか……」
貴族ならもっと口調は品が有ってお淑やかなはであり、今のような砕けた口調や、一人称が『ボク』なんて許される筈も無い。
出来るだけ音を立てない様に、暗い壁際を選んで少女は歩く。痛む右足を引きずりたい衝動に駆られるが、グッと堪えて我慢する。自分の立場がどうなのか判然として居ない現状では贅沢は言って居られない。
やがて少し明かりが差す廊下に出た。少し女性の話し声が漏れ聞こえて来る。
「……でしょ?」
「あんな小汚い小娘を拾って来て、旦那様は何を考えているのかしら?」
「でも、あの歳で可哀相だけど……」
少女はどうやら自分の事を話して居るらしいと判断する。何よりあまり良い空気ではなく、疎ましく思われて居るようだ。
「どう処分されるのかしらね」
『処分』という言葉に背筋を震わせる。
彼女達の少女への負の感情、それに伴う『処分』という言葉。とても良い響きだとは思えない。それこそ、文字通りの『処分』という事なのだろうか。
(『処分』にどんな意味が含まれて居るかは判らないけれど、ここに居るのは危険かもしれない……)
姿勢を低くしてそっと覗き見る。
どうも女性達は2人で談笑をしているようで、視線は少女の隠れる暗がりに向いていない。下手に音を立てなければこの十字廊下を抜ける事くらいできるかも知れない。そう判断して態勢を低く、衣服の裾と長い髪をかき集めて握りしめると音を立てない様に向かいの通路へと駆ける。
少女は飛び込んだ先で息を少し整え、先ほどの通路を覗き見る。女性2人はどうやら気付かなかった様で、談笑を続けている。それを見て安心する。
暗がりを選んで飛び込んだ通路を警戒しながら進んで行くと下への階段が見えてくる。使用人用の階段だろうか。館の規模に比べるとかなり小さくて幅が狭い。
(外に出るにはここを通らないとダメか……)
下を覗き見るとかなり明かりが点いているのが判る。
どうも人通りが多い通路に来たらしい。使用人通路の上にここに居るだけでも発見されるかもしれない、という懸念材料だけが前に提示されている状態。
少女は逡巡して意を決した。降りてタイミングを見計らって飛び出す。すなわち強行突破しかない、と。
屋敷の構造上、階段から裏口はそう遠くない筈。一旦屋敷を出てしまえば闇に乗じて逃げてしまえば良い。幸いにも屋敷は森の中。身を隠すにはおあつらえ向きだ。
ゆっくりと少女は階段を下りて行く。
階段の折り返し地点まで来て下を見た所で登って来る給仕と目が合ってしまった。偶々、上階に用事があった給仕だろうか。
「……え?」
女性が怪訝そうな表情で固まる。
「……あ……」
こうなったら少女に選択肢はない。階段を勢い良く段を抜かしながら駆け降りると給仕に体当たりを仕掛けて押し倒す。
ダーンという音を立てて2人固い床に倒れ込んだ。
「あぐぅ……」
「ぎゃっ……」
もつれ合った後、上を制したのは少女。慌てて体を起こすと女性の顎に掌底を入れる。
「げぅっ!?」
お世辞にも可愛くも無い声を口から漏らすと女性は倒れた。
少女はそれを確認して女性の靴を脱がして履く。
「ちょっと……大きい、かな?」
ブカブカの靴を履いて少女は駆け出す。
「ちょっと、何の音?」
急に後ろが五月蠅くなる。先ほどの音で他の使用人が集まって来た様だ。
「アプリカ!? どうしたの!」
「先輩! あそこに女の子が!」
どうやら見つかったらしい、と認識すると少女は廊下の端の窓を見やる。
ここまで来て勝手口と云うものが見つからなかったが、少し大きめの窓を廊下の突き当たりで見つける。
少女は窓の横にある調度品を踏み台に、勢い任せで一気に窓の縁に上って鍵を外す。
「何やっているの! 止めなさい!」
女性の甲高い声が響く背後を背に開け放った窓から一気に少女は外へ飛び出したのだった。
「脱出……成功!」
少女は軽く歓喜の声を出すと森の中へと駆け出す。
* * *
女性の靴を盗んで良かったと再認識する。森の中の道は思ったより険しく。素足のままだったら幾分もせずに怪我をして歩く所では無かったかもしれない。
他の大勢の使用人に見られてしまったのだ。これからは追って来る者が存在する。悠長に歩いていられない。できるだけ早くできるだけ遠くに。
幾らか逃げて暫くするとピーという笛の音が聞こえた。緊急時に使う警笛だろう。
これで益々状況は不利になると少女は判断して木々の影に身を隠すと、少女は自身の着衣に地面の土と枯葉を付着させる。カモフラージュである。着衣が白いのはこの闇の中では不利になると判断してできるだけ目立たない様にする。
髪も目立つ色であるからとせめて目立たない様に服の中に押し込める。少し体に不快を感じるが見つかって酷い目にあうよりかは良いと我慢する。
自身の格好を再確認して少女は再び足を進める。今度は出来るだけ見つからない様にと、音を立てない様にと、木陰に隠れる様にと。多少移動する速度は落ちてしまうがやむを得ないと諦めた。
(そういえば、ボクはこういうケースに遭遇したことが有るのだろうか?どう考えても勝手に体が動いている現状を考えると、経験則で動いて居るとしか思えない)
木々の間を縫いながら自身の体を見下ろして確認をする。
(どう見ても10歳位の体格なのに、この経験……よほどボクは苦労してきたんだろうな……)
少女はそう考えると近場の大きな木の影にしゃがみ込む。
息を整えて周囲に気を配ると、少し離れた所に気配がするが、近場には何もいない。
それでも気配がする位置がおかしい。まるで少女をぐるりと回り込むような、そんな気配を感じる。
(まさか、囲まれている?)
程無くして進行方向に幾人か集まったのか松明の明かりが複数見える様になったのが証拠だ。
本当に囲まれ始めていると少女は判断し。右手方向へ直角に進行方向を変更して移動を開始する。左手は屋敷の表の方であるので必然と裏手方向へと逃げざるを得ないのであった。
出来るだけ移動した痕跡を残さない様に足元の草に意識を配っているために移動速度は落ちてしまう。
(これって危険な状態なのだろうか?)
どう考えても追い詰められている展開だ。少女の顔色も暗くなっていく。
やがて草を分けて茂みに到り、茂みを抜けた所で少女は立ち尽くしてしまった。
有り得ない事だと思うも、眼前には男性が1人立って居た。しかも、暗がりで茂みから出たばかりの少女を正面に見据えている事から少女の行動を男性は把握していたことになる。つまり、それは逃亡の失敗を意味するのだった。
男性は少し逆立てた紫の髪を揺らしながら少女に歩み寄る。
男性の服装は軽装だが、腰に大振りの剣を携えていた。それに少女の視線は釘付けにされて外す事ができない。
――フラッシュバック、右腕が切り落とされる映像。鮮やかな剣閃と激しい痛み。
一歩男性が近付く。
――フラッシュバック、反した切っ先で貫かれる右大腿部。
少女はそれに合わせて一歩あとずさる。
――フラッシュバック、生々しいずぶりと音を立てて刺さる剣先。駆け上る熱い濁流。揺らめく視線には腹部に刺さる青味掛かった剣。
少女は右の二の腕を左手で掴む。右腕はそこから包帯に包まれている。右足の大腿部が熱を発してジクジクと痛みを感じる。
今見た映像、それは今の少女が思い出せない過去の記憶だとでも云うのだろうか。
(今見たモノが本当にボクの過去だったとしたら……?)
「よう。結構逃げたじゃないか」
(ボクは……殺される……の……?)
尚も近付く男性に少女は恐怖する。捕まったら終いであると云うのに恐怖で上手く足が動かないでいた。背中にはどっと脂汗が流れていく。
「ひぃ……」
恐怖に囚われた少女の喉から声が漏れる。
男性は何を思う事も無く、ただ淡々と少女に近付いて行く。その様相が少女に恐怖を与える事も全く気付かぬままに。
「く、来るなぁ!」
少女の様子にやっと気づいたのか男性は怪訝な顔をする。暗がりであった所為で少女の顔が恐怖に引き攣っていた様相も見えなかったのだ。
「何を言っている?」
少女は頭を振りながら後ずさる。
男にはそれが予想外の出来事で、思わず対処ができずに踏鞴を踏むばかりで、運悪く後続の男たちが追い付いてしまった。
「アンガース様!大丈夫ですか!?」
男性改めてアンガースは思わぬ所で少女を取り囲むような立ち位置を取ってしまった五人の男性達に顔を顰めて、微かに『パチッ』と云う音を耳にする。
「やだ……来ないで……来ないでよぉ……」
涙目になった少女の右手から一瞬紫電が走る。
「皆、逃げろ!」
アンガースが叫ぶと同時に周囲が明るく照らし出される。
バチッ、バチバチっという弾ける音と共に「ぎゃっ」や「ひっ」と云った短く息を漏らす程度の短い男性の悲鳴が闇と光が混じる空間に響いた。
次の瞬間、5人の男の内、薄緑色の髪をした男と青色の髪をした男が倒れ込む。
これは不味いとアンガースは考え呪文を唱える。
「Eis-Soutra,Vanratto-Fajell」
すると男性達の体を別の紫電が纏わり付いた。『雷の衣』という属性保護呪文だった。見境なく襲いかかる少女の紫電から身を守るために同属性反発という特性(この世界では同属性の魔力や魔法は反発しあうという特性を持っている)を思惑に入れた選択だった。
「ちぃ……」
アンガースが軽く舌打ちをすると一気に少女に駆け寄る。少女の肩を掴んで引き寄せると叫んだ。
「おい! 今すぐ止めろ!」
少女は涙を流して頭を振る。
目に映る男5人の内の2人は少女の右手から走る紫電に撃たれて倒れた。残る3人は今なお苦しんでいる。その光景が余りにも現実離れしているのだが、少女の右手から放射状に広がる紫電が右手に熱を与え、それが現実なのだと強制的に認識させられる。
(ボクがこの人達を苦しめているの……?)
死とは別に人を傷つけるという恐怖を少女に与える。少女は心の底から力の制止を願うも上手くいかない。
「ひぅっ……」
少女の喉から微かな呻きが漏れるも、その力の本流は止まる事は無かった。
「頼むから止めるんだ!」
アンガースが懇願するも少女は首を振るばかり。
「……止まらない……止まらないよぅ……」
見ると少女は右手をきつく握りしめていた。その小さな手にはギリリと小さな爪が食い込んで血を滲ませている。左手は右手の紫電の所為か火傷を負っている様だった。
(これは完全な暴走状態か……拙いな……)
アンガースが少女の顔を見ると顔色が急激に悪くなっていくのが判る。唇は青く、目の周りには薄らと隈ができ、瞳から意思と云う色が薄くなっていく。頭は揺れて今にも倒れそうだった。
「止まって……止まらない……」
少女の上体がグラグラと揺れる。
「くそっ……ログとグァルとロシュはブロウとコトルを連れて下がれ!」
「だ、旦那様は!?」
「これを何とか止めてみせる」
アンガースは少女の顔を窺う。瞳の意思は失せて最早何の色も映してはいない上に顔が土気色をしている。これ以上暴走を放っておくと少女の命に係わる。
魔力の暴走とは通常、制御する意思の欠如から成る、行き場を失った力の放出である。幼い子供の癇癪と同じで精神状態の安定や、意識の喪失等によって止まるものなのだが、少女の精神状態は小康状態に成りつつあるのに静止しない。となれば残りは唯一つ、少女の意識を刈取るのみ。
アンガースは少女を地面に押し倒すと。少女の鳩尾に一撃を入れる。
少女の口から「ふぐっ……」とくぐもった声が漏れると弓形になった身体が静かに地面に横たわった。それと同時に彼女から発せられていた紫電もピタリと止んだ。
アンガースは一息吐くと少女を抱え上げて走る。
「こんな終わらせ方は不本意だ。絶対助けてやるからな!」
アンガースは身体強化の魔術を掛けて更に早く。目指すは自らの屋敷。少女を助けるためにただひたすら走り続けたのだった。
――> To Be Continued.
結構自分で校正はしているのですが誤字脱字が多い性分です。
誤字とか脱字があったらご指摘いただけたら幸いです。
できるだけプロット通りに書いてはいるのですが、どうも構成が悪いのか思うようにストーリーのメリハリが上手く出せません。困ったものです。