第3章 第8話 翼を模した装飾具
新年開けてお久しぶりです。
もっと早く書いてればいいのですが、別件で文章書かなくちゃいけないことも多々あったりで、執筆スピードの調整が中々上手くいってません(泣)
年明けには遅すぎる更新になりますが、新しいお話をどうぞ。
「街へ出ましょう」
ラティーヌが、笑顔で提案したのはアリシア達がヴィリシュタールに到着した翌日の朝の事だった。
朝から男衆が慌ただしく動き回り、それを女性たちがお茶を飲みながら眺めるという光景が繰り広げられていた。
ローグリフとコトルニクスは車輪換装後の馬車の引き取りを、アンガースとグライド、そしてグライド付の使用人達も裏で手配をする為に人選と書状の用意、会談の場を開くための場を設ける手続きなどを行っている。
そんな慌ただしい光景に心苦しいと感じさせるかもしれない、という配慮があったかもしれないし、アリシアがそれを心配そうに見ているのも気にしてかも知れない。本心はどうであれ、ラティーヌは笑顔で女衆に声を掛けた。
「今日は殿方達は忙しい日でしょうから、私達は屋敷の外へでも出ましょう」
カルティナにとっても願っても居ないこと、というよりは出る予定があった為に即時に頷き賛同して、昼前に準備を始める。
気掛かりなのはアリシアの体調だけだったが、一晩ぐっすり寝て、体調を持ち直していたが、精神的にはやはり気疲れが見える程度に陰りが見えた。
朝食時、アリシアがグライドとラティーヌに初めて出会った時は、グライドの厳つい強面に驚いてカルティナの背後に隠れる一面もあったが、ラティーヌが微笑みながら手をさし伸べて、それに恐る恐るながらも手を重ねて「よろしくお願いします」と小さく答えのを機にラティーヌが一気に距離を詰めてアリシアを抱き締めた。
それからは、アリシアもラティーヌに好意を見せはじめ、午前のお茶の時間には一層打ち解けていた。
そんな彼女達の築いた信頼関係は以外にも強く、ラティーヌの「行きましょう?」という控えめな誘いに笑顔でアリシアは応えた。
ちなみに余談だが、アリシアはまだグライドには懐いておらず、顔を見る度に誰かの陰に隠れるような状態が続いている。グライドにとってこの事が余程堪えるのか目に見えて落ち込んだ様子を度々見せるのであった。
* * *
外に出ると決めてからの行動は早く、アリシア、カルティナ、パリッシュ、ベルティ、ラティーヌの5人に加えて護衛1人と御者1人で一気に馬車を使って繰り出す。
目指したのはカルティナがかつて懇意にしていた石商の店だった。
石商とは力を持つ石や希少石などの石材を一手に引き受け、場合によっては魔法具(この場合は精霊との親和性を高める道具を指す)や装飾具の加工を受け持っている。
敏腕精霊術師として名を轟かせていたカルティナとは、やはり切っても切れない関係だったのだろう。
「いらっしゃいませ」
「ひぅっ」
入り口の両脇に控えた衛兵が直立不動で出迎えの言葉を掛ける。その姿が余りにも一糸乱れぬ直立不動でのことだったので、アリシアが驚き小さく悲鳴を上げた。
「大丈夫です。衛兵さんですよ?」
後ろからアリシアに優しく声を掛けて両手を肩に置くラティーヌ。その所作で平常心を取り戻したアリシアがひとつ頷いて微笑むと、先に奥へと進み始めたカルティナの後に続く。
陳列棚を兼ねる談卓の前にカルティナが立つと、店の主らしき男が近づいてきた。
「石商店『紅星』へようこそいらっしゃいました、お客様。本日のご用件はいかがいたしましょう」
「カルティナ=メディス=フォレスタの名で注文をしていた品を引き取りに来ました」
「ああ、カルティナ様でしたか。暫くご無沙汰しておりました。4年振りでしょうか? ご注文の品はできあがっております。しばらくお待ちください」
カルティナが問い合わせると店主は奥へと注文の品を取りに向かう。
「ねえ、お母様?」
「なに? シア」
「注文していた品ってなんですか?」
「見れば分かるわよ?」
興味から来た質問にすぐ分かるという言葉の応酬にベルティが苦笑する。
「この親バカめ、なにが『見れば分かる』だよ。教えてやれば良いじゃないか」
「こういうのは見るまで言わない方が見た時に喜びが増すでしょう?」
まるで注文の品とはアリシアのだと白状する勢いでふたりが言い合う様に、アリシアはどう反応を返していいのか戸惑う。
「そう言うもんですかねえ?」
「ふふ……」
ふたりの会話のやり取りが余程面白く感じたのか、ラティーヌの口が綻ぶ。
「カルティナさんも一児の母となったのに以前とあまり変わりありませんね」
「義伯母様、よして下さい。これでも貫禄が出てきたと魔術師協会からは評価を頂いているのですよ?」
心外だと言わんばかりに反論する様は、確かに貫禄が見え隠れはするものの、それが好ましく思えるのか、墨一滴さえ落ちなかった位に顔色を変えなかった。
「それでも私の瞳には義理の姪としてしか映ってません。いいえ、娘として見られるくらいだわ」
「そんな、恐れ多いです。私はそんな大層なものじゃありませんよ」
「それはあなたが個人的に思っている事でしょう? 厳密に血筋を辿るなら私よりも爵位は上なのだから心に留めておきなさいな。あの方もそうでしたけど、無自覚は足元をすくわれるわよ?」
「肝に銘じておきます」
「大伯母様はお母様のお母様みたい」
カルティナが言い負かされた様を見て、普段の自分に重ねたのだろう。子供らしい発想だが、それこそ正しい関係に見えて他ならない。
「ええ、それは間違いないわね」
「それで、あの方ってのは誰ですか? お母様そっくりというのが気になってしまったんですが……」
「あの方と言うのはカルティナさんの従兄君ですよ」
「それって……」
「何回かお会いしましたが、それはもう純粋な方でした。不安を抱えた民草には真っ先に手を差し伸べてくれる。心優しく真っ直ぐな方でした。逃亡癖と悪戯好きという点さえなければ良かったのですが……」
苦笑しながら語るラティーヌを見ながら語られる内容から人物像を組み立てていくアリシア。
「子供っぽい人だったんですね……」
出来上がった人物像を率直に口走ってしまうと、一瞬でアリシアとパリッシュ以外の3人の口元が引き攣る。正に盛大なる自爆とも言えなくはない言葉だった。
「無知って怖いもんだって、あたい初めて実感したよ」
「そうね」
視線を反らして苦笑するカルティナとベルティ。ラティーヌさえも口元を押さえて肩を揺らし始めた。
「あれ? 私は何かおかしいこと言いましたか?」
首を傾けてパリッシュに訊ねると、
「『知らぬも時に助けとなる』という言葉もありますし、知らない事も時には良い事ではないですか?」
絶妙なぶん投げ論をまさかのパリッシュの口から出たのを皮切りに、カルティナとベルティも肩を揺らしてくつくつと笑い始めた。
それを見てアリシアが頬を膨らませて抗議しようと身を乗り出した所、時節を狙った様に店主が戻って来た。
「お待たせしました。何やら楽しげな声が聞こえてきましたが、お邪魔してしまって宜しいでしょうか?」
「ええ、構いませんよ」
カルティナが頷くと店主が手に納まるくらいの大きさ1つの木箱を談卓の上に置き、蓋を開ける。
「わぁ~……」
アリシアが中の物を見て感嘆の声を上げる。
「図案通りの形状と、若干こちら側で判断させて頂いた上で意匠を施させていただきました。どうぞお手に取ってお確かめください」
差し出された箱から、カルティナがそっと注文の品を手に取る。
それは見事な意匠が施された留め具だった。
形は青味がかった銀で作られた鳥の翼で、上に大きな紫色の輝石が1つ、それに連なって、金・赤・青・薄緑、茶の小振りな輝石が一列に納まっていた。
「どう思う? シア」
留め具をアリシアの目線に持って行く。
「はぇ? 私ですか? う~ん……綺麗だと思います。でもお母様とは心象が違うような……」
「まあ、そうよね」
カルティナもそれが分かっているからこそ、笑って頷いた。
これは掲剣披露会の招待状が来て直に書状で注文を行ったアリシアの為の物で、カルティナが自分用に準備した物ではない。鳥の翼を模しているのはアリシアの自由奔放な性格を考えての事だったりする。
「ご注文通り、地金には精霊銀を使用しています。魔力石はそれぞれ、紫電石、金渦晶、紅炎玉、青藍石、玉翠、赤簾石の6種です。いずれも固定魔術を施しておりません」
「そう、ありがとう」
「でも金渦晶以下4種は分かりますが、紫電石はどうして? 『雷』の属性などカルティナ様は持ってはおられないでしょう? いつもなら青藍石を大小2個のご注文でしたが……」
「ああ、これはこの子の物ですよ。今度披露会に招待されまして、必要になったので注文させて頂いたの」
「失礼ですが、そちらのお嬢様は?」
「ああ、この子は私の娘ですよ。準成人も迎えてます」
「そうですか、カルティナ様にお嬢様がいらっしゃったとは初耳です。そういう事なら分かります。流石血筋ということですか。旦那様は『轟雷』様でしたね。なるほど……」
因みに『轟雷』と言うのはアンガースの通し名だ。魔術師協会では役職として二つ名が存在しているが、騎士や冒険者の間では有名に成る程に通し名、いや尊称が通る様になる。もっとも、当の本人であるアンガースは目立つからと余り有難がっていない。
「この事は他言無用でお願いね」
「まあ、こちらも商売上、お客様の内情を公開する事は基本的にありませんので」
「そう、なら良いわ」
カルティナは木の箱に戻して談卓に置く。
「これを引き取ります。おいくらですか?」
「こちらになります。結構値が張ってしまって申し訳ありません」
恐縮だと言わんばかりの態度で店主が明細書を渡されたカルティナが、それに目を通す。
「やっぱり、結構値が張っちゃったわね」
「どれどれ?」
ベルティが横から覗き込むと「うげっ」と品の無い声を上げる。
「あらあら、なかなかの金額ですこと」
ラティーヌも何事もなく笑って済ませる。
「でもこの金額だよ? 下手な刀剣なら業物一本分じゃない」
「あら? 私のお給料の3か月分だからそんなに凄いって程でも……。見た目は装飾具だけど、実際は魔術の発動補助具よ? そんなものじゃないかしら」
「そんなものですね」
「ついていけない……お貴族様の価値観についていけない……」
事も無げにカルティナが笑いながら商談手続を続け、ラティーヌが相槌を打つ。ベルティの目にはもう二人が別世界の住人の様に思えた。
「さて、ここでの取引も終わったし、他に行きましょうか?」
「ありがとうございました。またご機会有りましたら宜しくお願いします」
店主が頭を下げて見送る。
「ええ、それでは失礼しますね」
カルティナが一礼して店の出口に向かい、他の4人がそれに続く。その時、アリシアが何か後ろ髪を引かれた様に後ろを振り向く。と、アリシアと頭を下げていたはずの店主の視線が真っ直ぐ交差した。
「え?」
アリシアが小さく疑問の声を上げた時に、カルティナがアリシアの手を引いた。
「さあ、次も有りますしぼーっとしては駄目ですよ?」
「え……うん……」
カルティナに向き直って、手を引かれるままに店を出て行くアリシア。そんな2人の後ろ姿を見送りながら店主が小さく口を開く、
「申し訳ありません。カルティナ様……」
と。
――> To Be Continued.
結構自分で校正はしているのですが誤字脱字が多い性分です。
誤字とか脱字があったらご指摘いただけたら幸いです。
という訳で、掲剣披露会に向けての準備会でした。
今回と次回で準備を済ませ、当日に推移して行きます。
なので第3章は思った以上に少ない話数で終わりそうな気もします。
と言う訳で、次回はちょっと説明回に近いかもしれません。
そんな訳で今年も予想通りご迷惑をおかけしながらの始まりになってしまい申し訳ありません。
できるだけ更新できるように努力していきたいと思いますのでよろしくお願いします(ぺっこり