第1章 第2話 悪夢のち悪夢
前回までは第1章のプロローグ部分。
今回から一応本編となります。
(怖い夢を見ていた気がする……)
重い瞼を開けてそう目覚めた者は思った。
「頭が……痛い……」
寝起きで乾燥しているのか掠れた声が喉から漏れる。
衣服は寝汗で湿って肌に張り付き、気持ち悪い感触に顔をしかめる。
目覚めた者は額の汗を拭おうとして違和感を覚えた。何故だか分からないけれど右腕に力が入らない。感覚はあるのに力が入らない。まるでそこだけ動かし方を忘れてしまった様だ。
目覚めた者は左手を動かそうと思って力を込める。すると左手は動く訳だから利き腕だけ動かないということなのだろう。
(でも、ボクって利き腕は右なんだっけ?)
ふと、そんな疑問が目覚めた者の頭に浮かんだ。有り得ない疑問だった。自分の利き腕がどちらかなど物心付いた頃には決まっている事であって、今更疑問に思う事など甚だ論外なのである。
もう一度右腕に意識をやると、何かに包まれている感触はするものの、力が入らない。
左手で額の汗を拭うと、右腕を左手で持ち上げてみる。
それは真っ白な腕だった。生物的じゃない白さ。室内の薄暗さと目覚めたばかりで視界がぼやけているからよく判らないかも知れないが、感触ではどうやら包帯で右腕が丸ごと包まれているようだ。
「どうして……包帯されている?」
左手で握った部分からジクジクと痛みが広がって行くのが判る。反射的に何か大きな怪我を負っていると判断してゆっくりと丁寧に右手をシーツに沈める。
目覚めた者は瞳を閉じて感覚に集中すると、右腕の他に右の太腿部にも痛みを感じる。
(どうしてこんな怪我をしているのだろうか。さっぱり心当たりがない。それどころか、どうしてだろう……思い出そうとしているのに何も思い出せない……)
目覚めた者は何も思い出せなかった。まるでフィルターが掛かったかのように、真っ白なイメージが頭に浮かぶだけで、本当に何も思い出せない。
「そ、そんな馬鹿な……」
何とか左手を使って体を起こしてみる。大きなベッドに寝かされていたらしい。
部屋は広くて薄暗く、壁に取り付けられている魔力灯(植物などの油を使って火を灯し、組み込まれた固定魔法によって明暗を調整するものを指す)が部屋を微かに照らしている。
他にも装飾品が品良く備えられたいかにも客間と言える雰囲気の部屋だった。
ベッドも見た限りは装飾華美ではなく実用性で簡素なものだった。シーツは肌触りが良くて気持ちがいい。かなり上質なのだろう。
目覚めた者は自分の体を顧みると突貫着のような薄手の服を着させられて居るのだと気付く。
どうも治療施設のようなところにいるのかもしれない。いや治療施設の割には装飾品が置かれているから今の認識は間違っているのかもしれないが。
(天井が高く思えるのは気のせい?)
目覚めた者は自分の左手を天井に向けて伸ばし広げる。いつもと違って高く思えるのは気のせいなのだろうか。もっともそのいつもと言える過去の記憶を頭の中から引き出すこともできない現状に焦りを覚える。
もっと世界が知りたい。そんな欲求に駆られて目覚めた者はベッドから降りることにした。
半身をずらしてベッドから落とした足は細くて小さかった。
もしかして何か月も寝たきりで体の筋肉が削げ落ちて細くなったのか?という疑問が頭に擡げ上がる。半身をずらした後に気付いたのだが、結構な量の髪の毛が頭から流れているのに気付いた所為もあるだろうか。が、現在の少ない情報では何とも言えない。
気怠さを訴える頭を振って気を引き締めるとベッドから立ち上がった。大量の長い髪が流れてくるぶしを撫でる。バランスを崩してしまいそうになったが何とか踏ん張る。
何日寝ていたのか判らないけが、それほど足に力が入らなくて倒れそうになったり、立って居られなかったりするような事もないから、寝ていた期間はそこまで長くはないのかもしれない。
それでも、何かの違和感を覚えているし、体のバランスが取れずに少しぐらぐらする感覚がするのも勘違いではないだろう。それに立ち上がった後には、やはり世界を広く感じる事から間違いではないと考えた様だった。
目覚めた者はもう少しで地面まで付きそうな勢いの髪に気を払い、少し左手で髪を掻き揚げる。
窓に近づくとカーテンを少し開けてみる。部屋が暗かったので外は夜なのかと思ったが、意外に明るくて太陽が傾きかけた昼下がりといった様子だった。それと、どうやらこの建物自体は森の中に建てられているのか、それとも人里離れているか……。
「まさか……そんなはずは……無いよね?」
外は風が強いのか、鬱蒼とした木々が不安を掻き立てる。
取り敢えずはこの部屋から出るべきでは無いだろうか。
部屋の外へ出ようとして、ふと視線が釘付けになる。入り口の近くに立て掛けられた姿見に自身の容姿が映し出されている。
髪はボサボサで艶が無く、所々毛先は火に炙られたのか黒く変色して乱れている。それでも髪は長くて足元、くるぶし当たりまでの長さを持っている。
頬が扱けて顔色は少し青白く、血の気が少ないのが判る。多分、さっきからふらふらしているのはこの所為かも知れない。変わったところと云えば右目が紫色、左目が金色である点くらいか。
身長は低めで肉付きも悪く、まるで小さな子供と云った印象。着ている服は簡素な白の布地をしたワンピースというより寝間着な気がする。
はっきりとした印象を云うと、今まで不幸な境遇に遭って居たのを拾われた可哀相な女の子である。
(……女の子……?)
そう、女の子だった。少しボーっとした表情でこちらを見る子供の姿は確かに貧相だが女の子だった。
(ボクは女の子だったの?)
何を莫迦な、と目覚めた者改め少女は首を振る。現に鏡に映るのは女の子で、他に誰も居ない。間違い無く女の子だった。
「違和感が有るけど……それは記憶が無いからなのかも……」
口に出して安心感を自らに与える。そうしないと不安で仕方が無かったから、と言うのは建前かもしれないが。
ゆっくりと、少女は姿見から大きなドアへと視線を向ける。この部屋の外がどうなっているかは判らないけれども、外に出なければ判らないことは多い。
奮い立たせてゆっくりと音を立てない様にノブを回す。その勢いは軽く、呆気なく回り切ってしまうとゆっくりとドアが滑り出した。
――> To Be Continued.
結構自分で校正はしているのですが誤字脱字が多い性分です。
誤字とか脱字があったらご指摘いただけたら幸いです。