第1章 第1話 人形とずぶ濡れた子供
初めまして。
水姫 七瀬と申します。
拙い物語になると思いますがよろしくお願いいたします。
(2013/03/16 再編成により旧1話~3話の統合をしています)
街道を馬車が走る。
時刻は定かではないが薄暗い空は黒から紫へ移り変わっている。
暦は『木の暦』 、夏季の終わりにして夜明けが差し迫る頃。
明け方の冷え込みが際立ち始める季節。早朝の爽やかな空気が馬車の走る勢いに押し出されて風となる。
アンガース=リオルテ=ムルトラ=フォレスタとその妻のカルティナ=メディス=フォレスタは国の首都から従者が駆る馬車に乗って屋敷へと帰る途中であった。
「未だに信じられません。あの人が亡くなっただなんて……」
うつ向いたまま、呟く様に弱々しく語る妻に、アンガースも抑揚の無い声で答える。
「しかし、現実に俺たちは彼の葬儀に参列している。それが何よりの証だろう。あいつは間違い無く死んだのさ」
先日の事にはなるが、ふたりは急に行われた旧知の友の葬儀に参列することになった。
もう別れて3年にもなるが、アンガースとカルティナ、ハルノイ=クロッチン、そして先日葬儀が執り行われた今は亡き友であるアルファレド=クルトラルフ=フォン=ラーディア=イシュトラド。この4人で世界を股に掛け、様々な冒険をしている。
アルファレドの母が死去した直後に、彼の願いによってアンガースは共に旅に出た。
彼と共に訪れた土地で後に妻として娶るカルティナと出会った。
少し気難しい顔をしてはいるが根は真面目で卒なく魔術を操るハルノイと出会った。
時には魔獣の討伐、時には財宝を探し、時には小さくとも世界の危機を救った。
仲間の要たる彼は、イシュトラド皇国第二皇太子で有りながら、正妃ではなく側室の子という出生の事情もあるせいか、気さくで飾らず、政治や経済よりも母親が心血注いで培ってきた錬金術の成果を引き継いで一本筋で研究に没頭してきた。
「お前って本当に皇子って柄じゃないよな」と、笑い話として投げかけたアンガースとアルファレドのやり取りも懐かしい過去の一幕だ。
懐かしい思い出を瞼の裏に思い浮かべてアンガースは眉間に皺を寄せた。
とても良い奴だったのにと胸を締め付けるも、武人として、男として涙だけは見せることはできない。そう思っている自分はどこか薄情な奴なのではないか、とアンガースは自己嫌悪していた。
「でも私には未だ信じられないわ。なにより遺体が無いだなんて奇怪な状況。普通ではありえないわ」
「確かに……いやしかし、研究棟の惨状を見ただろう。あの状態では遺体など判別もできんよ」
アルファレドの死因は研究室の爆発による事故死であり、その被害規模はイシュトラドの学問府研究棟最上階のおよそ3分の1を吹き飛ばすほどのものだったらしい。
死者は彼を含めて18名。最上階の研究員の総員は250名近く、早朝であったためか、その被害は少ないと言えよう。
だが、その犠牲者の内11名が研究員では無く軍属だという疑問点。
しかして、最上階は学問府の研究でも極秘扱いに近い研究が行われていたためか、今回の爆発も開発中の兵器などの試験運用などに失敗してのものだろうと理由付けられた。
学術的な被害も研究棟の最上階であるため機密なども含めてかなりの損失らしい。何しろ魔術や錬金術、付与術に兵器などの最高峰の研究施設が集まっている階である。研究成果もかなりの量を失い、研究家達にも被害は及んでいた。
アンガースとカルティナは知っている。アルファレドは兵器という物を好まず、まずは自衛手段という物から着手する人柄である事を。そこからふたりにとってアルファレドの死因に関してはとてもではないが納得の行くものではなかった。
「本当に、あの人は死んだのでしょうか……」
カルティナは悲しそうに涙を滲ませて呟く。
「そう考えるしかあるまい」
静かな時が、暫く流れると馬車が止まった。アンガースが不審に思い、車窓から従者のルヒトゥーン=バクリアンヌに問いかける。
「ルヒトゥーン、どうした?」
「それが、街道の真ん中を女性が歩いていた為に安全を第一に停車させました」
アンガースは車窓から従者の視線、その先を見る。すると、確かに女性らしき姿を見ることができた。その背後にはさらに黒い影、なにかを背負っているようだ。
女性もこちらを認知しているようで、こちらの様子を振り向き覗っているようだった。
アンガースは馬車を降り、女性と対面する。
女性は白銀色の髪、瞳でアファリア修道僧の僧兵着を着ていた。
先ほどこの季節に珍しい長雨が降っていた為に女性の衣服は濡れて肌に張り付いていた。
一見変に見えるところが在るとすれば銀目だと言う所だ。
この世界では例外なく、生命は属性を持っており、瞳の色は身に宿した属性に基いている。光、闇、火、水、風、土、木、金、無、雷、日、月の12の属性が存在しており、それぞれ生命はその身に属性を最低でもひとつ宿している。
アファリア修道院は風の精霊神である『ラインス』を祭った宗派だ。僧兵クラスの者であるなら、瞳の色が『風』の属性の特性である薄緑かそれに近い色をしているはず。白銀は『無』の属性を現しているのでとても怪しく見えるのである。
「こんな夜更け……というかもう明け方か。どこまで行かれるおつもりですか?」
少し銀髪の女性は肩を揺らすと警戒した空気を纏う。
なにか訳有のようだが、そこまで深入りすると返って面倒事になるかもしれない。そう思い直して、彼女を刺激せぬよう、反応を待つ。
やがて、少しの間を置いて女性は口を開いた。
「ハイルロッド南までです。主よりの使命を受けて」
その声はまるで優しい響きを持っているのに、凛と張り詰めた印象を帯びていた。向こうもやはり警戒心を抱いているらしい。
「ハイルロッド南……」
アンガースは一瞬だけ警戒しながらも逡巡する。これは偶然なのか、それとも藪蛇か、と考えを巡らせる。自分の屋敷もハイルロッドの南に在るからだ。
「どうしても届けなくてはならない物があるのです」
彼女は顔を伏せたままそう答えた。
「ふむ、してその背負っているのは?」
一瞬女性に間が生まれた。話し辛い事なのだろうか。
「……この子ですか?」
彼女は首を後ろに向けると少し背負っていたものをずらした。暗くて良くは判らないが、それは長い金髪をした子供のようだった。
「ここへ来る最中で遭遇したのです。可哀相に、衣服もぼろぼろで雨に濡れたまま倒れていたのです」
アンガースはそれを見ると、街までなら一緒に送っても良いと提案をする。こんな子連れで必然だとは判断できない上に、子供を助けたという行動に敬意を称してそのまま信用しても良いと判断したのだ。
女性は感謝の意を述べて馬車へと乗り込んだ。
* * *
一路、二人を追加した四人を乗せた馬車は、更に2刻(約2時間)後の早朝といった時間帯にハイルロッド郊外へと着く。
「それで貴女の行き先はハイルロッド南のどこです?」
「ムルトラ=フォレスタ邸までです」
アンガースは眉をひそめると女性に尋ねた。
「失礼ですが貴女はムルトラ=フォレスタのお顔をご存知ですか?」
「いいえ。ただ、主から届け物を頼まれているだけで、お会いしたことはありません」
アンガースは女性の顔を見るが、どうも嘘を言っているようには見えない。
もしや藪蛇だったかと、一瞬考えるアンガース。自分の顔さえも知らない女性に偶然出会うという事が信じられなかったのだ。
しかし、目の前の女性には悪意を感じられぬ。結論は出なかったが興味が勝り、アンガースはその女性を自分の屋敷に招待することにした。
「実は僕がそのフォレスタだ。申し遅れて悪かったね」
* * *
アンガースは邸に着くと応接室に、女性と子供を招いた。
「で、君の主は誰で、預かってきた物と云うものは何だい?」
アンガースは女性に尋ねると女性は口を開いた。
「私の名前はパリッシュ、パリッシュ=メイクラントと申します。アルファレド様の魔力人形です」
彼女は懐から血と煤に汚れた紋章を出してアンガースに見せた。
「それは確かにアルファレドの証紋だ。それにこの生地は彼のローブの材質……」
「私は主よりふたつの預かり物をしてきました。ひとつは私自身。そしてふたつめは――」
彼女は隣にソファに膝を貸す形で眠らせている子供へと目を配らせた。額に張り付いた煤けた前髪を少し愛おしそうに手で梳く。
「――主です」
アンガースは大いに混乱した。彼女が主と言ったそれはまだ年端のいかない小柄な子供だった。何処をどう見ても彼が長年親交を続けてきたアルファレドとは全く違う。とても信じられなかった。
「心中お察し致します。どこからお話すれば良いか判りません。しかし、彼女が私の主です」
「この子供が……アルフ……だと言うのか?」
確かに良く見ればアルファレドの幼い頃の面持ちに似ている気がする。
いや、少女の顔はアルファレドの顔に似ているが、どちらかと言うとアルファレドの母親である故アルトローネ第二皇妃に良く似ている。
しかし、年齢的には有り得ない。彼は今年でアンガースと同じ29歳だ。目の前の子供はどう贔屓目に見ても10歳から12歳位の『掲慈の儀』(女性を対象とした純成人を示す儀式)を迎えてもいないような有り体。
「彼女は主だったアルファレドであり、アルファレドではありません」
ここでアンガースは疑問に思った事があった。
「さっきから君は『彼女』と言っているが、その子供は……女の子、なのか?」
はい、と小さく頷く彼女の眼は真摯であった。
「一体何があったんだ?」
「そうですね。その前に主の手当てをお願いできますか?」
「その子供は怪我を負っているのか?」
「はい」
「なら、手当てをさせよう」
アンガースは侍女を一人呼び、手当の支持を出す。はひとつ頷くと少女を抱き上げて部屋を出て行った。
パリッシュと名乗った女性は、侍女に抱え上げられて部屋を出て行く少女を心配の色を含んだ視線で見送り、アンガースに視線を戻した。
「君も一度休息を取ると良い。急ぎの話ではないようだし、それからで構わないだろう?」
アルファレドの訃報を聞いてから3日。どこで過ごして居たかは判らないが、疲労が蓄積していると見て良いと判断しての言葉。何より自分たちも比較的長い馬車での移動に疲労がある。急ぎの要件で無いのなら後に気持ちを整えてからの方が良い。
「判りました。お言葉に甘えさせて頂きます」
「うむ、それでは客間をひとつ宛がおう」
アンガースは別の侍女を呼び、パリッシュの部屋の手配を指示した。
――> To Be Continued.
結構自分で校正はしているのですが誤字脱字が多い性分です。
誤字とか脱字があったらご指摘いただけたら幸いです。
なおできるだけ更新できればなぁ……と思っています。
見て下さってる方、これからよろしくお願いします。
取り敢えずプロローグ部分はこれで終了と言いますか、次話から本編突入です。