一角獣と龍
流血、暴力的表現があるのでご注意ください。
深い森に鉛色のドラゴンが住んでいた。気性が荒く肉食であったため、人はその森を避け森の生き物はドラゴンを恐れてひっそりと暮らしていた。
変化が訪れたのは、何時の頃だったか。
ある日、ドラゴンの前に人間がやって来た。そいつは剣を取り出すやいなや、鉛色の龍に切り掛かる。
龍は痺れの効果を持つ霧状のブレスを吐いて人の動きを止めると、あっさりと前足の爪で体を貫きその肉を喰らった。
人の肉は苦く、まずい。
それからは定期的に人間が押しかけ、その都度龍は血肉に変えてやった。
最初はそれを気にする程のことでもないと龍は考えていた。
しかし、度を超える数の襲撃と徒党を組んで罠や攻撃を仕掛ける人間に、静かな怒りを溜めていた。
不遜な人間の言葉に、ついに龍は怒りを爆発させる。
人は言った。「邪な龍よ、罪なき人を喰らった穢れた龍よ。我が剣の錆となれ。」龍は不快になる。森に住むいかなる生き物、つまりは龍の主食にも罪などないし、何を指して穢れと宣うのか分からなかった。戦いを仕掛けるのは人の方だ。
「この森は我が王の物。返してもらう。」人間の前で初めて体が震えた。
「王とは誰だ?」龍が人に口を聞く。人は驚いたが、答える代わりに刃を寄越した。
「・・・我が君、栄えあるカーン国を束ねるアイロウ様だ。」赤い目に覗き込まれた人間はのろのろと答える。
「ここから西へ百二十里先にある・・・城塞に・・・。」龍は足に力を入れ人間を踏み潰した。聞きたいことは聞いた。
クイと、弓のような曲線を持つ首を掲げる。赤い目は、広大な空へ向けられた。ここ数十年開いていない、背にある翼の皮膜を伸ばす。怒りが煮えたぎる。
羽ばたきで、体がフワリと重みを無くした。空はもう宵にかかっている。
西へ、鉛色の体が飛ぶ。悲鳴のような風をその翼で起こして、猛る心に体を任した。
栄えあるカーン国は明日の陽を見ぬ内に、崩壊した。
龍は傷を負っていた。カーンを滅ぼしてからというもの、森に引っ切りなしに人間が来ては、戦いを挑んできた。軍隊が動き、弓が雨のように降り注ぎ、森に火が放たれもした。龍はこの森を好んでいたので、早々に手を打って被害を最小に抑えようとしたが、森の至る所に戦いの爪痕が無惨に残った。
もう長くはないだろう。鉛色の龍は命運が尽きたことを悟っていた。森は荒れ、体の傷は深い。森に駐留する軍が、明日にでも最後の戦いを仕掛けてくるのは明白だった。
千年を超える大樹の下で寝そべり、鉛色のドラゴンは森との別れを惜しむ。じくじくと、体の傷から血が滲む。
カサリとこちらへ何かが近付く音がした。
伏せていた首をあげ、音の方へ巡らせる。
茂みからそれが姿を現した。そこには龍族の宿敵であるユニコーンがいた。真っ白な毛で、螺旋の角を額に戴き美しいその姿を龍の目の前にさらす。
「龍よ、傷付いているな。」一角獣が言った。平時であれば互いに避け合う仲だ。龍はユニコーンが言葉を掛けて来たことをおかしく感じながらも安堵した。
「人にやられたのだ。勇を誇る我も、戦が重なれば当然傷を負う。貴様がやらずとも、我は近々死ぬだろう。」ドラゴンは悔し気に言う。人等本来敵ではないが、数が圧倒的に違う。
鉛色の龍に一角獣が歩み寄る。龍は動かず、近付いてくるのをみていた。もしかしたら、その角で龍を殺すつもりなのかもしれない。龍は笑う。人に殺されるよりは幾らかましかもしれんなと。
「龍よ・・・。」案の定一角獣が角を構えた。龍は抗うそぶりもみせない。
傷口に角が向けられる。龍は覚悟を決めた。
「私は最後の一頭だ。」寂しさの籠る声と共に、温かな力が傷口に働く。死ではなく祝福が龍に向けられた。
「いまや人がこの世を席巻し、私達の種族も狩りつくされた。」・・・この私を残して。龍は一角獣に赤い目を合わし、その悲哀が本当であることを確かめた。
ユニコーンは白く輝くような姿をしていながら、青い瞳を絶望に曇らせている。
ユニコーンの命を削り、癒しの力が発動していく。剥がれた鱗が新たに生え、傷口が埋まり始めた。
「何の真似だ。」一角獣の力が流れ込んでくる感覚にうろたえ、なぜこんなことをするのか声を荒げた。
「あなたの話は獣達の間にも轟いている。古き森をその身一つで守り、人の国を滅ぼすことも辞さないと。」一角獣が言葉を切る。龍は納得できない。その話と一角獣がこうして宿敵である龍を癒すことは繋がらない。
「・・・、私は人が憎い。私よりアナタの方が人と戦うには優れている。だから、この命はアナタの為に使おう。人と戦う者ならば宿敵であろうと関係ない。誇り高い勇の龍よ・・・。」暫しの無言の後、ユニコーンはそう言い放つとバタリと倒れた。
龍は身を起こし、鼻面をユニコーンに寄せその体を揺すろうとして止めた。一角獣の呼吸が止まり、この世から去ったことに気付いたからだ。
体の傷が癒えていた。また癒えるだけでなく身体にある変化が起きている。額に螺旋の角が生え、鉛色だった体が白色になっていた。ただ目の色だけは変わらず赤い。
龍は一角獣の力を素直に受け入れた。一角獣の望みは、龍と合致している。体に力が満ちていた。白い翼を広げ、力強く羽ばたく。龍は人が夜営する場所目指して飛んだ。
それから後、白いドラゴンは悉く人間を森から退け、数多の国を滅ぼしたという。




