貴方のおかげです ~ 私の婚約者は、幼馴染と不貞をはたらいている ~
読んでいただきありがとうございます。
「アリッサ様、そろそろ、お戻りになりませんと」
「あら、ラルフ。もうそんな時間?ん~あと少し、もう少しで読み終わるから」
「あと、少しだけですよ」
私は今日も、自由な時間をいただき、大好きな読書に没頭することが出来た。
「あー。面白かったわ、今日の本はね、魔法が使える世界のお話しなの、主人公の女の子がね♪」
「アリッサお嬢様!」
「もうわかってるわよ、ちゃんと領地経営を、学ばせていただきます、今すぐ戻ります」
侯爵令嬢である、私の一日は分刻みだ。
眠る時間と、学院に行っている以外は、マナーや教養など、他の令嬢が学ぶことに加え、ブラン侯爵家の一人娘で跡取りの私は、領地経営や商業、経営などなど様々な、当主として必要な知識も、学ばなければならない。
「はあ~。本当は、本だけ読んで優雅に暮らしたい…………。」
「お気持ちが、口から零れだしていますよ」
さっきから私の癒しの時間を早々に切り上げようとしているのは、女侯爵となる私を補佐するためにお父さまが連れて来た、ラルフ。
ラルフは、家門のホーキンス伯爵家の三男で、貴族院を首席で卒業した優秀な人だ。今はお父様の手伝いをしながら、私と公爵を継ぐのに必要な教育を、一緒に受けている。
「もう。ラルフの意地悪!」
「意地悪!じゃないですよ、アリッサ様。そろそろあの屑を、何とかした方がいいと思いますけどね」
「もうラルフ、屑じゃなくてグレン様よ。私の婚約者」
「屑以外の何者でもないですよ!婚約者とのお茶会を、やれ、幼馴染が熱を出しただの、怪我をしただの、買い物に行かなければだの。どれもあの屑が、対応してやる必要がない理由ばかりで、遅れてきたり、すっぽかしたりしてるんですよ」
ラルフは、顔を真っ赤にしてプリプリと怒っている。
「もうラルフ、落ち着いて。そのおかげで私は、自由時間を獲得しているのよ、感謝しか無いわ」
「アリッサ…………様。」
ラルフが、シュンといて、目を伏せた。
「ほらほら、来たわよ」
ガルシア侯爵家の使用人が、カフェに駆け込んでくる。
「ブラン侯爵令嬢様。坊ちゃんより、こちらを預かってまいりました」
使用人は、全力で走ってきたため、肩で息をしながら、白い封筒を私に差し出す。
「いつも悪いわね、ありがとう。これはみんなで分けて食べてちょうだい」
私は封筒を受け取り、代わりに、カフェ特製の焼き菓子を一袋、使用人に渡す。
「いつもありがとうございます…………。どうして坊ちゃんは、いえ。し 失礼いたします」
なんだか、悲しそうな顔をして、使用人は帰って行った。
「さて今日は、なんて書いてあるかしらね~」
私は封筒から、便箋を取り出して開く。
= 親愛なるアリッサへ =
アリッサとの茶会に向かう予定でいたが、ベスが急に熱を出してしまい、行けなくなった。
会えなくて寂しいよ、愛しのアリッサ。
グレン・ガルシア
「おえっ」
ラルフが、後ろから手紙を盗み見て、顔をしかめる。
「まあ、今日もお熱が出たのね。ベス様も大変ね」
手紙の謝罪文も簡素になって来たし……卒業前には、ラルフの言う通り、グレン様とのことをはっきりさせなければいけないかしらね。
私の読書時間が削られてしまうのは、悲しいけれど。
「さあ。ラルフ、帰りましょうか」
私は、読み終えた本に封筒を挟み込み、カフェを後にした。
✿ ✿ ✿
カランカラン。
「いらっしゃい。まあ、アリッサ様」
書店の女将さんが、ニコニコしながら奥から出て来る。
「こんにちは、今日も一時間くらいで、読み終わる本があるかしら?」
「もちろん準備していますよ、ロマンス小説と、冒険ファンタジーどっちにします?」
「うーん」
私は女将さんが出してくれた、赤い表紙の本と、緑の表紙の本を交互に見つめて悩む。
「今日は、ロマンス小説にするわ」
私は赤い本を、手に取る。
題名は、=本好き令嬢は、転がった先で幸せになる=
私も本好きだけど、幸せになれるかしらね~。
「こちらは、お代です」
ラルフが、女将さんに銀貨を差し出す。
「領収書は、いつもと同じでいいね、直ぐに書くから待っていてね」
女将さんは、サラサラと領収書に、日時と本の金額を記入して、最後に女将さんのサインを入れる。
「いつもありがとうございます」
「こちらこそ、いつもありがとね、また来ておくれよ」
「はーい」
私は、購入した本を小脇に抱え、同じ建物の中にあるカフェに足を運ぶ。
「いらっしゃいませ、個室の準備ができております、どうぞ」
私は、店員さんについていき、外が眺められる、いつもの席に座る。
「ラルフも、隣に座ったら?」
「いえ、テラスに面した席とは言え、個室ですので、私はこちらに」
ラルフは、当たり前のように用意された、個室の入り口に置かれた椅子へ腰を下ろす。
私は、定員さんが持ってきてくれた紅茶を一口飲んで、本の世界に入り込む。
ロマンス小説の主人公は、私のひとつ年下、17歳の伯爵令嬢。本を夢中で読んでいて坂道で転び、運命の人が乗る馬車に激突する…………。
その事故をきっかけに、侯爵様とハッピーエンド。
んー。
私は、主人公みたいに、前向きでいい子じゃないから、婚約者に恵まれないのかしら。
私とグレン様の婚約は、お父様同士の仲が良く、家格も釣り合っているため、一年半ほど前に結ばれた。
婚約当初は、グレン様もちゃんとブラン侯爵家での茶会に来ていたが……。
3度目くらいから、遅刻してきたり、急にキャンセルされたりすることが続き。
待ち時間を有効に利用するため、待ち合わせの場所を、書店と同じ建物にあるこのカフェにした。
グレン様を待つ口実で、私は空いた時間に本を読む。
待ち合わせのたびに新しい本を購入し、本の領収証には、日時と書店の店主や女将さんのサインを入れてもらい、カフェの領収書とグレン様からのお詫びの手紙を、その日購入した本に挟んで保管している。
侯爵家の私室には、今まで貯めた本が、70冊ほど…………。
私は、ちらりとラルフに眼を向ける。
ん?
ラルフは、大きく目を見開き、通りの方を凝視している。
私は、ラルフの視線を追う。
「グレン。今日は暑いから~、わたし氷菓子が食べたいわ」
「いいね、この通りの少し先に、氷菓子と焼き菓子が有名なお店があるんだ」
ラルフが見つめる先には、腕を組みながら歩く、グレン様とベス様。
グレン様は、私との待ち合わせがこの店であることも、忘れているのね…………。
「はあ。グレン様に、ひとかけらの興味もなかったけど…………さすがに腹が立つわね、あの屑」
私の言葉を聞き、我に返ったラルフは、二人に向かって、鬼の形相で突進しようとしている。
私はラルフの前に、手を伸ばす。
「ラルフ。私もさすがに、決心がついたわ、読書の時間は惜しいけれど、ブラン侯爵家をこんなに馬鹿にされて、黙ってはいられないわ」
私は、婚約破棄の決心を固め、その足でお父様の執務室を訪ねた。
✿ ✿ ✿
「お父様、見ていただきたいものがあるのです」
デスクを挟んでお父様に向かい合う私の後ろに、侍女たちの手で次々と本が運び込まれる。
「どうした、アリッサ。この本は何だい?」
「これは、私とグレン様の逢瀬の記録です」
「グレン君とは、週に一度カフェでデートするほど、仲がいいのではないのかい?」
私は、山と積まれた本の中から、一冊を選んで父に差し出す。
「ん? アリッサが本を読むのが好きなのは、知っているが…………。」
お父様は、本に挟まれた領収書を確認し、慌てて封筒から便箋を取り出す。
お父様の、便箋を持つ手が震える。
「ラルフ!どうして今まで黙っていた!」
お父様の怒りと大きな声が、部屋の空気を揺らす。
「旦那様、報告しなかったことへの罰は後で受けます。まずはこちらを」
ラルフは、お父様に、数冊の手帳と、分厚い大きな封筒を渡す。
お父様に渡した手帳には、今までのカフェでの様子がこと細かく記されており、封筒の中身は、グレン様とベス様の不貞の証拠が一年半分、詳細に記されていた。
「お前達、なぜ今まで黙っていた!アリッサ……私が信じられなかったのか?」
お父様は、強く握った拳をデスクに叩きつけ、怒りと悲しみが滲む表情で、私を見据える。
「お父様なら、きっと怒ってくれると思っていましたわ………ただちょっと、自分の時間が欲しかったのと、貴族の結婚などこんなものかと、あきらめていた部分もありました」
私は、にっこり微笑んだ。
「でも先ほど、私に嘘をつき放置して、ベス様と楽しそうに歩くグレン様を見て、私だけでなく、ブラン侯爵家を馬鹿にしていると感じました」
自分の声が、怒りに震える。
「婿に入る、我がブラン侯爵家を、小手先の嘘と方便で何とかできると、あの屑は考えているのですわ!少しでもグレン様に誠意があるのなら、私と待ち合わせをしているカフェの前を、堂々と二人で腕を組んで歩くなど、できるはずがありません」
ダン!!
お父様が、両手でデスクを叩きつける。
「あの小僧め、アリッサを愚弄したな!ラルフ、直ぐにガルシア侯爵家に先触れを出せ!きっちり落とし前をつけてやる」
「お父様!落ち着いてください、私も、グレン様の顔をちゃんと見て決着をつけたいと思います」
「アリッサ様、どの様な仕返しを?」
ラルフが身を乗り出す。
「あの屑を、どうやって叩きのめすか相談するぞ」
お父様も急にテンションが上がり、それから男子二人は、ありとあらゆる処罰、制裁、拷問の様な方法まで考え、グレン様を懲らしめる案を出し尽くした。
「すべて行っても、この怒りは収められないな」
お父様が腕組みをしながら頷く。
「ふふ。二人が怒ってくれたから、私はだいぶ落ち着いたわ」
二人の、グレン様への怒りに、思わず笑ってしまう。
「私は、グレン様ベス様と、ちゃんと話あって、婚約を破棄します。お父様とラルフには、是非一緒に居て欲しいのだけど」
「「もちろんだ」」
私は二人の気合に、耳を塞ぐ。
ちょっと。声が大きすぎよ…………。
私は、直ぐに婚姻について話をしたいので、ベス様と共にカフェに来て欲しいと、グエン様に手紙を書いた。
決戦は3日後に決まった。
✿ ✿ ✿
私はいつも通り、本を読みながらグレン様を待つ。
いつもと違うのは、隣の部屋に、お父様とガルシア侯爵とゲルト伯爵が待機していること。
約束の時間から数分遅れて、グレン様とベス様は、お揃いの服とドレスで現れた。
「やあアリッサ、久しぶりだね。今日は、ベスも招いてくれて嬉しいよ」
「アリッサ様~ついに私が第二侯爵夫人になることを、認めて下さるのですか?」
ガタガタ! ダン!
グレン様とベス様の声に、隣の部屋から大きな物音が響く。
「まあ、お二人ともお掛けになって。このカフェのチョコレートケーキは、絶品なのよ」
私は、にっこりとほほ笑みながら二人に座るよう勧める。
二人は、嬉しそうに同じテーブルに着いた。
私の後ろには、ラルフが控えている。
二人が座ると同時に、紅茶とチョコレートケーキが運ばれてくる。
「さあ、召し上がって」
「そうだな、食べながら今後の話をしよう」
「わあ。美味しそうね、グレン♪一口どうぞ」
ベス様が、ケーキをひとすくいして、グレン様の口元に差し出す。
「あー。ありがとう、ベス」
グレン様は、ぱくりと一口、ケーキを頬張る。
後ろから、ラルフの怒りに満ちた、熱を感じるわ。
「グレン様、私の方からお話ししても、よろしいでしょうか?」
「もちろんだ、アリッサ。僕たちの婚姻についてかい?」
「はい。私達の婚約は、グレン様の有責で、破棄させていただくことに決まりました。最後くらいは、ちゃんとお顔を見て、けじめをつけたいと思いまして、今日はお二人にご足労頂きましたの。サインも直接いただきたいですし」
私の宣言と共に、お父様達が隣室から出てきてグレン様とベス様の後ろに並ぶ。
「アリッサ!何を言っているんだい?」
グレン様が慌てた様子で、立ち上がる。
「お前の方こそ、何を言っている!」
ガルシア侯爵の大声が、カフェに響く。
…………貸し切りにしておいてよかったわ。
「ち 父上!」
「お前は今まで、アリッサ嬢に会いに行くと出かけて、何をしていた!お前の貴族籍は、既に抜いてある。今日からガルシア侯爵家と、お前はなんの関係もない、好きにするといい」
「ベス、お前も同じだ、好きにしろ」
ガルシア侯爵とゲルト伯爵が、私の両サイドに移動して立ち、顔を赤くして、二人への処分を言い渡す。
「グレン、婚約破棄への慰謝料は、きっちり働いて返してもらうからな。働き先が見つけられないのなら、鉱山を紹介してやる」
「父上、私はアリッサとの婚約を、辞めるつもりはありません。アリッサと結婚し、嫡男が出来たところで、ベスを第二夫人に迎えるつもりでした」
ガルシア侯爵の鉄拳が、グレン様にお見舞いされ、ガツンと、大きな音と共に、グレン様は壁に吹き飛んだ。
「まあ、叔父様。酷いです~。グレン、大丈夫?」
ベス様が、グレン様に駆け寄り、体を寄せる。
「ベス!お前も同じだ。人の婚約者に手を出し、侯爵家との婚約を破棄させるなど、ふしだらな娘は、我が伯爵家にはいない。慰謝料もお前が自分で稼げ。グレン君と同じ鉱山を紹介してもいいし、娼館でもいいぞ」
「いやですお父様、私はグレン様に嫁いで、侯爵夫人になるんです、働くなどできません」
「お前の頭には、何が詰まっているだ。侯爵夫人がどれほど、大変な仕事かも知らずに、よくそんなことが言えたな…………あきれてものも言えん。まあグレン君との結婚は、好きにするがいい。もうお前達には、貴族の仕来りも、家も関係ないのだからな」
ゲルト伯爵が、大きなため息をつく。
痛みに、蹲っていたグレン様を、ガルシア侯爵が引き起こす。
「グレン、お前の貴族としての、最後の仕事だ、婚約破棄証明書にサインしろ」
ガルシア侯爵は、グレン様に強引にペンを握らせる。
「嫌だ…………父上、僕はアリッサと結婚します」
そう呟いてグレン様は、私に眼を向ける。
「アリッサ。僕のことを愛しているだろ?だから、ベスとのことも今まで、許してくれていたのだろ?」
私は、しっかりとグレン様を、みて答える。
「グレン様のことは、1ミリも愛したことはありませんし、ベス様とのことを許したつもりもありません。私は、お二人のおかげで、この一年あまり、大好きな読書を楽しむ時間をいただきました。そのことは、感謝しています」
私は、思わず笑顔になる。
「嘘だ、アリッサ、僕を捨てないでくれ、ベスは連れて行かないから、僕にもう一度チャンスをくれ」
私に、縋りつこうとする、グレン様の首根っこを、ガルシア侯爵が、がっちりつかんで、壁に放り投げる。
グレン様は、床に転がった。
「ブラン侯爵、警備隊を呼んでもいいだろうか。このままこいつを、市井へ降ろしても、アリッサ嬢に迷惑をかけかねない。鉱山に送るまでの間、拘留してもらおうと思う」
「ああ、頼むよ。娘に何かあってからでは、遅いからな。念のため、近くの詰め所に、複数名の警備隊を待機させているから、呼んでもらおう」
お父様が、カフェのスタッフに声を掛ける。
「ベス。お前も一緒にいけ、家には連れて帰らん」
ベス様が、勢いよく立ち上がる。
「お父様、貴族でなくなるなんて無理です。グレン様も、私のことを見捨てましたね。許せない!」
ベス様は、握った拳をワナワナと振るわせて、急に体の向きを変え、私を睨みつける。
「あんたが、居なくなればいいのよ!もともと、私が侯爵家に入ったら死んでもらうつもりだったんだからー」
ベス様は、ごそごそとドレスのポケットを探り、小型のナイフを取り出す。
「おい!ベス」
ゲルト伯爵が、止めようとするが、間に合わない。
ベス様は、私にナイフを向けたまま、突進してくる。
んー。刺さるかも!
私は、ベス様を避ける様に、体をひねり眼を閉じる。
「ウガ!」
私ではない、誰かの呻き声で、眼を開ける。
ベス様は後ろにひっくり返って、しりもちをついた状態で、ゲルト伯爵に抑えられていて、私の足元にはラルフが、お腹を押さえて蹲っている。
「ラルフ!ラルフ!しっかりして」
ラルフの体を後ろから少し起こすと、両手でナイフを握ったラルフの指の間から血が流れ落ちた。
「ラルフ!死なないで。嫌だ、私を一人にしないで」
私は、ラルフを抱き起し、お腹の傷を塞ぎ抑えようと手を添える。
ん?硬い。
ラルフのお腹には、血が付いていなくて、シャツが破れているだけ。
ラルフの手からカランとナイフが落ちると、私は一瞬でラルフにギュウギュウと抱きしめられた。
「ラルフ。刺されてないの?」
「うん」
「んー。ラルフ、どこも痛くないの?」
「うーん。手が切れて痛い」
「もう」
私は、ラルフの手を解き、両手を確認する。
両手には、数か所に傷があるが、どれも深くはなさそうで、今は血も止まっている。
「不貞の調査中に、あの女がアリッサを害そうとしていると……情報があったから、念のため着て来たんだ。いつでもアリッサを守れるように」
ラルフがペラリとシャツを上げると、鎖帷子が見える。
顔を上げると、にっこり笑うラルフと眼が合う。
「もう、ラルフの馬鹿!…………うわーん。死んじゃうと思って、心配したんだから!」
私は、子供みたいにわんわんと泣いた。
涙が、次々にあふれて止まらない。
泣き続ける私を、ラルフはふわりと優しく抱きしめた。
ラルフの腕が、暖かい。
…………ああ。私、ラルフが好きみたい。
✿ ✿ ✿
私がわんわん泣いているうちに、警備兵が駆け付けて現場を確認し、お父様達から事情を聞きとった。
グレン様とベス様は、私の殺人未遂と、侯爵家の乗っ取りを計画した罪で調べを受けるため、憲兵が身柄を引き取ることが決まり、騒ぎは収束に向かいつつあった。
漸く私が泣き止んだ時には、グレン様とベス様は、後ろで手を縛られて、警備兵に連れて行かれるところだった。
「それでは、ブラン侯爵様、これで失礼します」
警備兵が、お父様に挨拶すると、カフェの大きな扉が開かれる。
扉の向こうには、書店の店主とおかみさん、いつもグレン様の手紙を、届けてくれる、ガルシア侯爵家の使用人の皆さん、カフェの店員さん……。
沢山の人が、心配して待っていた。
「アリッサ様、大丈夫ですか!」
「坊ちゃんが、あの女を連れて行くと言うから、心配で」
「鳴き声と、大きな音がしたけど大丈夫?」
みんなが、口々に心配して、声をかけてくれる。
「旦那様、坊ちゃんを、廃嫡なされたのですか?」
使用人が、ガルシア侯爵に声を掛ける。
「ああ、既に貴族籍を抜いている。今は犯罪者だ」
「それでは、アリッサ嬢との婚約もなしになったのですね。良かった~」
使用人の安堵の声を聞き、グレン様が声を上げる。
「使用人ごときが、良かったとはなんだ!」
グレン様は、みんなに襲い掛かろうとして、前に出たところを、警備兵に綱を引かれてよろめく。
何処からともなく、小さな石が飛んできて、グレン様の頭に当たる。
「痛い!誰だ、石を投げたのは!」
グレン様は、大声を上げてみんなを睨みつける。
みんなもじりじりと、警備兵ごと二人を取り囲む。
私は驚いて、皆を見回すと、石以外にも、ボールやしゃもじ、モップやホウキ、様々なものを、みんな手に握っている。
もしやみなさん、袋叩きにするつもりでは!
私は、慌てて立ちあがる。
「みなさん、無事に屑との婚約破棄が整いましたし、私は怪我もしておりません。屑たちのために、皆さんの手を汚さないでください」
私が叫ぶと、二人の一番近くににじり寄っていた書店の女将さんが、こちらを向いた。
持っていたモップを、ガツンと道に突き立てる。
「アリッサ様が、そう言うなら、仕方ないね~」
女将さんは、にやりとしながら、書店の店主の下へ歩み寄る。
「やー。あんた、押さないでちょうだいよ~」
明らかに、押されていない女将さんは、よろけながらモップを、グレン様に振り下ろし、ひるんだグレン様の上に、ドーンと大きなおしりでアタック。
それを見た、ガタイのいい使用人たちも、同じようによろけて、二人をおしりの下敷きにする。
警備兵が、クスクスと肩を揺らしながら、みんなをたしなめる。
「みなさん、足元に注意してください、集まっていると危ないですから、そろそろ戻ってくださいね」
「やー。ぶつかって悪かったね~」
「おれもちょっと、よろけちゃってさ~」
「アリッサ様、お幸せに~」
「時々は、顔見せに来てね~」
「おい、兄ちゃん。アリッサ様を、幸せにするんだぞー」
みんな、パンパンと埃を払い、口々にいろんなことを話しながら、私達に手を振って去っていく。
ラルフが、私の肩を抱く。
「俺達、みんなに見守られてたんだな」
ラルフを見上げると…………。
「誰がアリッサの肩を、抱いていいと言った」
「あーお父様、アリッサを僕に下さい」
「ラルフ、その話は邸に戻って、ゆっくりと話そうじゃないか」
「はい、お願いします。とりあえず耳を掴んでいる、その手を離してください、お父様!」
耳をグイグイ引かれて、ラルフがお父様に連れて行かれる。
「ふふふ。二人とも待って!」
私は小走りに二人を追った。
グレン様。貴方のおかげで、大切な人の存在に気がつくことが出来ました。
新しい人生。頑張ってくださいね。
~ 終わり ~
いつも誤字脱字、リアクションなどありがとうございます。




