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【短編小説】たまたま海にいる虫踊りおじさん

掲載日:2025/12/30

職員Mちゃん様主催の「ワンライ」ディスコードサーバで開催された企画の作品です!!

 夏に向けて痩せようと思ったまま食欲の秋を通過して、いよいよ年末に差し掛かっている事に気づいた。

 そう、いま気づいた事にしたのだ。


 寒くなれば身体は脂肪を蓄積する。

 これ以上の蓄積は必要無いと言う判断を設計し損ねた神を恨むしか無い。だが恨んだところで何にもならんし、年明けの健康診断はクリアしたい。


「はぁ」

 ため息をついたところで消費できるカロリーはたかが知れている。ロングブレスダイエットってあったな、と思うがあれは何だったのか。


 脱衣所の鏡に映るおれは確かにフォルムが丸くなったと思う。

 妻は何も言わないが、それはお互いの予防線とも言い換えられる。避けられる戦争は避けるべきだ。


 やはり太った。認めねばなるまい。

 身体が重いのは疲れだけじゃないだろう。

 服のサイズ感が合わないのは服が洗濯で縮んだ訳じゃないだろう。

 そろそろ自分を誤魔化すのにも限界がある。


 ジムだとかランニングだとかは次の週末にでも考えるとして(そうやって先延ばしにした結果が今である事はとりあえず問わない)、ひとまず腕立てからしてみよう。


 おれが脱衣所の床に両手をついて腕立ての姿勢を取った瞬間に、全身が反抗的な態度を取り始めた。

 まるで中学生の子どもみたいである。

「は?やれるけどやらねぇだけだし」と言う態度だが、明らかに腕立てを拒否している。

 その全身を何とか宥めてすかして押し下げた時、陰部がフローリングに当たりその冷たさにめげた。

「な?」

 全身がスカした態度でおれを笑う。


「馬鹿にしやがって」

 おれはすっくと立ち上がり、次はスクワットの体勢を取った。人体で一番大きいのは太ももの筋肉であり、そこを動かすのが最強の運動だと聞いた。

 普段はインターネットの情報なぞ信じないが、今だけは信じてやる。


 両手を頭の後ろで組み、肩幅に開いた足を床と水平になるまで落とす。

「おっ、なんだ。意外とできるじゃないか」

 調子に乗ったおれはスクワットの速度を上げた。するとその勢いで陰部が激しく上下に揺れたのが鏡に映り、急に我に帰ってやめた。


 腕立て一回(しかも下げただけ)。

 スクワット五回。

 目も当てられない現実だ。

 これが中年と言うことなのか……?

 人生で一番長いおじさんの時期を、おれは……。

 

 いや、社会人15年目を舐めるな。特技は痩せ我慢と現実逃避だ。知らないフリも知ったかぶりもお手のもの。

「まぁ腹の肉が気になるなら腹筋だよな」

 おれは持ち前の切り替え力を最大限に発揮して脱衣所の床に仰向けに転がった。

 腹筋だ。

 しかも普通の腹筋運動じゃないぞ、V字腹筋だ。両手両足を伸ばして、身体をV字にする最強の腹筋だ。

 これならひとりでできる。妻に足を持ってもらわなくてもできる腹筋だ。


「よっ……ふんっ……」

 インターネットで見た通り、かなり激しい全身運動のような気がする。二回やっただけで腹筋の知らない部分に痛みが走った。

 そして3回目のV字を作り仰向けなった時、脱衣所の入り口に立っている妻と目が合った。


「何してるの?バタバタうるさいんだけど」

「いや……その……」

「忘年会で何がやるの?そう言うの若手がやるもんじゃない?」

「え?」

「死にそうな海老の真似でしょ?」

 あんまみっともないネタやんないでよね恥ずかしいから、と言い残して妻は消えた。

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