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そして二人の歩みを阻むのは彼女の躓きだけではない。地上には多くの魔物が生息しており、この地も例外ではなく多様な魔物が分布している。
「うそ、魔物⋯?」
「下がっていろ」
少女を庇うように前へ出るレヴィが、右手を翳して魔力を凝縮させていく。ローブを創り出した時と似た気配を感じたアリアは、そこに何が生み出されるのか瞳を輝かせて待っていた。
好奇心に満ち溢れる視線に気付いたレヴィは苦笑しつつも、金の瞳は魔物から逸らしていない。
「こんな人の街の近くで、派手な魔法は使えないからな」
直後に現れたのは、魔力で創られた剣。
「レヴィ凄い!剣も使えるのね?」
今は消えているが、翼と似た蒼い輝きを放つ美しい剣を握ったレヴィは、滲み出る神々しさに拍車が掛かったように感じる。
武器を手に構えるレヴィの姿は、絵物語で見た戦神のようで⋯初めて、少女は自分を守るように立つレヴィに見惚れていた。
獰猛な視線を向けている三体の魔物。狼のような姿をしている彼らは咆哮を上げながらレヴィへと突進していく。しかし流れるような動きで軽く剣を振れば、魔物達は見事に両断されていた。
「⋯え?」
まさに瞬殺。
何をしたのか目で追う事も出来ていないアリアは、呆けた声を出して地面に落ちた魔物だった存在を見つめている。
「凄い⋯⋯⋯」
「こいつらが弱いだけだ」
「斬ったところ、見えなかった⋯」
「⋯そんなに速かったか?」
どれほどの剣技を魅せたのかさえ自覚していない竜は、少女の前で僅かに首を傾げていた。レヴィ本人としては、全く本気を出してもいない。
しかしアリアは変わらぬ瞳の輝きを持ってレヴィを見つめている。その眼差しには、幼子のような憧憬の色を滲ませてもいた。
「剣を以てあらゆる邪悪を両断し、世に安寧を齎した戦神⋯」
「何だそれは⋯?」
唐突に呟かれた、何かの一節にも思える一言。
周囲を観察し、既に魔物の気配が皆無なのを確かめ握っていた剣を手放すと、魔力へと還るように霧散していった。
再び目的地へ向けて歩きながら、少女はゆっくりと語り始める。
「絵物語に登場する、戦いの神様よ」
「創作の話か⋯」
「そうなんだけどね、私が読んだ物語は、実は過去に起きた史実が元になってるって聞いた事もあるの」
既にこの世に降り立って数千年が経っているレヴィ。彼女が話す『戦神』に該当しそうな存在について記憶を漁ってみるも、心当たりはそれほど居なかった。
唯一の可能性は、誰よりも好戦的で圧倒的な攻撃力を誇る、炎を司る同胞。しかし思い浮かんだ存在が、世に安寧など齎しそうもない。
「戦神は、各地で様々な悪を滅したと言われているわ」
「何か例はあるか?」
史実なのであれば、実例の記録も少なからず残されているだろう。彼女が口にした『戦神』の正体を探るべく、アリアへと問う。
「例⋯?あぁ、うん。一番有名なのは、世界を未曾有の水害から救ったというお話かしら⋯?」
「⋯⋯⋯水害」
アリアから伝えられた情報によって、答えは導き出された。
戦神として絵物語に綴られるほど崇拝されているものが、自分自身だったのだと。
他者について思案していて、該当者が居るはずもなかった。己である可能性については、一欠片にも考え至ってなかったからだ。
「⋯おそらく、それは私だろう」
「⋯⋯⋯へ?」
「だから、その『戦神』と呼ばれている者の元となったのが、私だ」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯えっ?」
少女はどうやら混乱しているようだ。
どこかふわふわとした雰囲気を漂わせているアリアは、それでも芯の強さを持っていた。しかし今のアリアからは、そうした面が全て失われている。
「さぁ、前を見て歩け。もうすぐ街が見えてくるぞ」
驚愕の事実に立ち止まりかけていた小さな背を押して、目的地の方向を指し示す。暗い夜闇の中に浮かび上がる灯りは、そこに人々の暮らしが存在している証明。
「待ってレヴィ!あなた、すごく大事な話を⋯」
「それは後で聞かせてやる」
もう抱えて向かった方が早いのかもしれない。そう思ってしまうほど、少女はひたすらに何かを喚いていた。




