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Desiderium~竜と神のヴェスティギア 千年の悔恨~  作者: 絢乃


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『場所を変えるぞ』


 一言だけ告げてから、四枚の翼を大きく羽搏かせて空へと飛び上がる。背に乗せたままのアリアを守るよう結界を張れば、飛翔していても風の抵抗で振り落とされる心配は無い。

「ど、どこ行くの?」

 急な移動にアリアは動揺し、レヴィへと問う。しかしレヴィもまた、どこへ移るかなど考えてもいない。


『行きたい場所はあるか?』


 今の姿なら、世界のどこへなりとも行ける。彼女が望むのなら、あんな暴漢に襲われる心配もない安定した地へ連れていく事も可能だ。

「えっと⋯でも⋯⋯」

 しかしアリアは戸惑っていた。この地に気掛かりでもあるのか、このまま連れていく事も出来るが、それでは誘拐と変わらない。


『まずは落ち着ける場所に行くぞ。そこで考えれば良い』


 そしてレヴィは全身に魔力を纏わせる。世界中に張り巡らされた水脈を辿り、望む場所へ転移する魔法を発動させるために。

 膨大な力の消費を伴うが、それでも構わなかった。アリアを危険から遠ざけられるなら、魔力くらい幾らでも使おう。

「えっ⋯えぇ⋯?」

 転移に成功し辿り着いたのは、今度こそ人間には訪れる事の出来ない場所。

「ねぇ、ここどこ?すっごく綺麗な場所⋯」

 辺りの岸壁すらも魔力を帯びて輝き、陽光が届かなくとも明るさを保つ泉。


『地底湖だ』


 レヴィにとって特別なその場所に、人間を連れてきたのはアリアが初めてだった。水脈の交点でもあるこの地は、人の力では絶対に届かないほど深い大地の底にあり、何者かの邪魔が入る恐れもなく落ち着くには最適な場所だった。

 背に乗せていたアリアを風の魔法で浮かせ、その隙にレヴィは竜から人の姿へと変化していく。ふわりと降りてくる少女の身体を両腕でそっと受け止めると、壁と同じ光を放つ泉の傍へと優しく降ろした。

「足を滑らせるなよ。この泉は底が無い」

 やはり無愛想だが、レヴィがどうしてここへ来たのかをアリアは理解している。辺りから感じられる魔力はとても純度が高く、休息のためだとすぐに分かったから。

「じゃあ、滑らせないように見張っててね」

「⋯全く」

 溜め息を吐きながらも、レヴィはアリアの小さな身体を支えるように手を伸ばす。

 しばらく泉を覗き込んでいたアリアは、やがてその場に腰を下ろした。

「このくらい近くから覗いたら、底が見えるかな?」

 地面に座り込んで、水面近くから再び水底を見ようと覗き込む無邪気な姿に、レヴィは嫌な予感がして目を離せなくなる。この少女ならば、そのまま前のめりに泉へ落ちる姿が目に浮かぶ。

「やめておけ。落ちるぞ」

 仕方なくレヴィも腰を下ろし、アリアの隣に座った。

「ごめんね、レヴィ」

 無邪気に楽しんでいたはずの少女は、唐突に謝罪の言葉を口にする。

「何故謝る?」

「私のせいで⋯レヴィにも嫌な思い、させちゃったよね」

「嫌な思いをさせられたのは、お前の方だろう」

「それに、あの場所にも、居られなくなっちゃって⋯」

 翼を休めるために降り立ったあの泉は、元々人が寄り付きにくい場所だった。だからこそ選んだが、それも翼が治ればあの地に拘る理由は無くなる。

「気にしなくていい。どの道、あそこに長く留まるつもりは無かった」

 そしてついに、アリアだけではなく他の人間にも知られてしまった。二度とあの泉へ立ち寄る事は無いだろう。

「…でも」

「気にするな、と言っている」

 今にも泉の中へ落下しそうな体勢で話すアリアの腕を掴み、そっと自分の方へと引き寄せる。力加減を間違えれば折れそうな細い腕に意識を集中させるが、彼女はそんなレヴィの努力には気付かない。

「レヴィって、なんだか⋯」

「何だ」

「そんなに丁寧じゃなくても、私、壊れたりしないよ?」

 努力には気付かずとも、優しく触れようとしている事には気付いていた。文字通り、壊れ物を扱うかのように慎重なのが丸わかりだ。

「案外、丈夫なんだから!」

「嘘をつくな。そんな痩せた身体で何が丈夫なものか」

 少女の体格を指して反論してみるが、アリアは笑っていた。もう、あの場で見た泣き顔はどこにも無い。

 そしてレヴィは思い出す。彼女の服が、あの男達に破られたままの物だという事を。

 色白の肌があちこち露出するほどに裂かれ、思わず目のやり場を失う。胸元は大きく肌蹴て、破かれたスカートの端からは太くもない太腿も見えてしまっている。

 このままでは、どこの街へ連れて行ったとしても怪しまれるだろう。そして最も怪しまれるのが、男の容姿を持つ自分自身だと。

「⋯まずは、お前の着替えが必要か」

「えっ?」

 掴んでいた腕を離し、レヴィはその場に立ち上がった。宙に手を翳し魔力を寄り集め、瞳を閉じて頭の中にイメージを膨らませていく。この小さな少女に合わせたサイズの、代わりになる衣服の創造。

「えぇ⋯凄い⋯」

 感嘆の声を漏らすアリアのために、レヴィは一着の女性用ローブを創り出した。魔力で編まれたそれは、細部に至るまで全てにレヴィの魔法が掛けられている。濡れず、汚れず、簡単には破れず、耐久にも防御力にも優れた一着。

「その姿は良くない。これに着替えるといい」

 そっと手渡されたローブを見つめるアリアは、何度もレヴィとローブを交互に見遣る。

「どうした。気に入らないか?」

「あ、ううん。そうじゃないの⋯」

 少女は困惑する。他者からこうして何かを貰うなど初めてだから。

「本当に、こんなに凄いもの、貰っちゃっていいの?」

 魔法の創造と改良を行えるほどの魔道士でもあるアリアには、ローブに込められた魔力が見えている。ずっと暮らしていた街でこんな服を着れば、目立って仕方ないだろう。

「今度こそ、治癒魔法の礼だと思えばいい」

「⋯レヴィ」

 竜にとって翼は、その身を構成する核の次に大事な部位。そんな場所に負っていた傷を治してくれたのだから、この程度の創造物で礼になるとも思っていない。

「気に入らなければ、街へ戻った後に売るなりすればいい。多少の金にはなるだろう」

「いやいやいやいやいや!」

 意を決したように立ち上がった少女は、ローブを抱きしめて泉と反対へ駆け出す。

「おい走るな。転ぶぞ」

「だっ、大丈夫!ちょっと待っててね!」

 岩陰に姿を隠して、アリアは元着ていた服を脱いでいく。布の裏には、あまりにも多くの痣が残っている。こんなものを、レヴィの目に触れさせたくなかったから。

 手触りも、着心地も、人が作ってきた物とは段違いの上質なローブに袖を通して、アリアはさらに気付く。それまで感じていた肌寒ささえも、無くなっていた。

「ねぇ、レヴィ~」

「⋯何だ」

 隠れた岩陰から声を張り、この服を創り出した主へと問う。

「これ、幾つの魔法が掛かってるの~?」

「さぁな」

 しかし無愛想な竜は答えようとしない。自分が纏うものと同等の魔法を付与しただけで、特別な事をした自覚も無く全てを覚えてはいなかった。

 全身を包む白いローブをまじまじと見つめて、アリアは微笑んだ。着替えを済ませた後の出で立ちは、同じように純白の衣を纏う竜とお揃いに思えてしまう。

「ど、どうかしら?」

 着替え終えた少女は岩陰から身を出し、レヴィの前へと戻る。

 長い裾をひらりと靡かせて一回りし、振り返ったレヴィへとその姿を見せる。彼はどこか満足そうに、口角をほんの少しだけ上げていた。

「着心地はどうだ?」

「すっごく良いよ!しかもこれ、こんなに薄いのに暖かいの」

 陽光の届かない地底湖は気温が低く、元着ていた服では肌寒さを覚えていた。その事実を暗に伝えると、レヴィは唐突に少女の傍へと歩み寄る。

「れ、レヴィ?」

「寒かったのなら、早く言え」

 そう言ってレヴィは、自身が羽織っている上着を脱いでアリアの肩へと掛けた。体格差のせいで裾が地面に着いているが、持ち主本人は全く気にする素振りすら見せていない。

「えっ、でも悪いわよ。それに、レヴィの方がそんな薄着で⋯」

「私を人間と同じに考えなくていい」

 腕を伸ばし、細く小さな身体を抱き寄せた。既に寒さなど感じていなかったが、彼の腕の中はさらに暖かく、他人の温もりを知らない少女は心地良さに瞳を細めた。

「しばらくはここで、身体を休めるといい」

 水脈の交点であるこの場所は、純度の高い魔力が満ちている。魔に通ずる者ならば、ただ居るだけで体内の魔力を整えてくれる。疲労しているだろう彼女を休ませるには最適と考えていた。

「うん⋯ありがとう」

 そして二人は揃って腰を下ろし、波紋すら滅多に生じない静かな泉を眺めていた。

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