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Desiderium~竜と神のヴェスティギア 千年の悔恨~  作者: 絢乃
第二話

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15/16

0015

 広い廊下を進み、階段を上って、フォートとディアンに指示された三階へと向かう。

 廊下の内装そのものは客間のあった二階と大差は無く、豪華でありながら嫌味も感じられない。この屋敷を設計したというルークの父親の、卓越したセンスと拘りが随所に見受けられた。

 壁面に並ぶ窓の外をちらりと見れば、空は白み始めもうじき夜明けだと知る。

 移動と、街へ着いて早々のトラブル。隣を歩くアリアの様子を窺うと、表情にはやはり隠し切れていない疲労の色が滲んでいた。

「⋯彼らが言っていたお部屋、どんなところだろうね?」

「さぁな」

 レヴィ自身にとっては、部屋の善し悪しに興味はない。アリアが休めるかどうか、それだけを重要視していた。

「ベッドって、柔らかい…んだったっけ?」

「………は?」

 ゆっくりと歩くアリアがぽつりと零した疑問の言葉に、レヴィは思わず立ち止まりそうになる。

「…何を、言っている?」

 どうにか足を止めないまま、怪訝な表情を浮かべてアリアへ問い掛けた。

「え?…ん~、見た事はあるの。でも、私は知らなくて……」

「知らない⋯⋯?」

 この純真な少女が劣悪な環境に身を置いていた事は、痩せ細った体躯と食事の様子から既に察している。けれどそれ以上に、竜であるレヴィですら知っている『人並みの暮らし』さえアリアは知らない。

 再びふつふつと沸き起こる怒りを理性だけで抑え、声音だけは変えないように意識を集中させた。

「⋯⋯柔らかくなければ、奴らをまた殴り飛ばす」

「えぇっ?そんな⋯ここまで良くしてくれているのに?」

「⋯⋯⋯欲が、無さすぎだろう」

 物騒な発言に驚いて振り向くアリアから顔を背けて、聞き取られないよう小さな声でレヴィは呟いた。


 初めて会った時からアリアは、レヴィが知る他の人間とは根本的に何かが違うと感じていた。けれど今なら納得出来てしまう。

 そもそも知らなければ、求めようとはしない。

 翼の治癒の対価に何を払えばいいかと尋ねた時、アリアはただ会う事しか求めなかった。

 それまでの環境を当たり前のものと思い、最初から知らなかったのなら、何も望まないのは当然だ。

「⋯⋯どうしたの、レヴィ?」

「何でもない」

「⋯何か、怒ってる?」

「怒っていたとしても、お前に対してではないから気にするな」

「⋯⋯ふふっ」

 顔を背けたまま、少しだけ早口に返すレヴィから視線を外して、アリアは小さく笑った。

「何か可笑しな事でも言ったか?」

「ううん、何でもないよ」

 何故か嬉しそうにクスクスと笑うアリアは、どこか期待に満ちた眼差しで前を向いている。その横顔を訝しむように少しだけ首を傾げて見つめていると、やがて前方から彼らの声が聞こえてきた。

「おっ、いらっしゃいましたね~?」

 快活な声に引かれて視線を前方へ向ければ、廊下の奥にある扉の傍で、待っていたかのように手を振るフォートと、腕捲りをしたまま隣に立つディアンの姿があった。

「部屋の準備は整え終わりましたよ」

 客間から先に出ていた二人は宣言通り、アリアのために部屋の用意をしていたようだ。

「あの、本当にありがとう。えっと、この扉の向こう⋯?」

 感謝を伝えながら控えめに問うアリアへ、フォートとディアンは笑みを浮かべて頷いた。

「お風呂もバッチリ沸かしてありますぜ!先に入るもよし、寝てからでもよし!魔石で温度は保ってますからね、いつでも大丈夫っスよ」

 楽しげに語るフォートの隣では、少しだけ疲れたように溜め息を吐くディアンが、背の低いフォートを見下ろしてぼやきを口にした。

「⋯ほとんど、俺がやったじゃないか。お前はベッドを整えただけだろ?」

「あぁん?お嬢さんが快適に休めるように、いっちゃん大事なベッドに力を入れるのは当たり前だろ?」

 軽く言い合いを始める二人の様子さえも、アリアは楽しげに眺めている。口元に手を添えて少しだけ笑う少女の声を聞き取った直後、フォートとディアンはピタリと動きを止め、揃ってレヴィとアリアへ向き直った。

「ま、まぁとにかく⋯ゆっくりお休み下さい」

「そうだねぇ⋯。こんな、部屋の前でずっと待たせておくのも悪いもんな!」

 言いながらフォートが、小さな鈍色の鍵をレヴィへと手渡す。

「ルークから預かってきたんだ。この部屋はしばらく、好きに使ってもらっていいよって、アイツからの伝言!」

 そういえば一人足りないな⋯と、今更気付いたレヴィが意図を問うようにフォートを見下ろす。しかしその答えはフォートではなく、隣に立つディアンから示された。

「あぁえっと⋯ルークは今、予約台帳の確認に行ってますよ。この部屋を、間違って誰かに貸さないように⋯と」

 この屋敷を設計し建築したのはルークの父親と聞いたが、管理は全てルークが行っているのだろうと、レヴィはその一言から察した。

 酔った勢いで他人に絡むほどの愚行を犯しながら、本来は有能な人物でもあった。意外とも思えるルークの実態に少しだけ驚くが、受け取った鍵を満足気に握ってレヴィは頷き返す。

「用があればこちらから出向く。しばらくは⋯──」

「分かってますってぇ!俺らもそこまで野暮じゃないっすよ!」

 軽い口調で話すフォートの一言に、レヴィは一瞬だけ表情を顰めた。

 やはり⋯と確信を持つが、隣で楽しげに笑うアリアが居る前では、その事実を否定する言葉は口に出来ない。

「えっと、それじゃ俺達は退散しておきましょう。あ、何かあれば一階の管理室にルークも居ますし、今日は俺も非番なので、こちらに滞在しておきますよ」

 丁寧な物腰で告げたディアンは、フォートの首根っこを掴んで引き摺るようにその場から離れていく。

「ちょっと、何すんだよ!俺を猫か何かと同じ扱いすんなっ!」

「お前は猫と変わらないだろ。喚いてないで行くぞ」

 賑やかに言い合う男二人の喧騒は、次第に遠ざかっていく。

 そんな二人を見送るアリアは、楽しそうに笑いながらも、表情には微かな憂いの色を滲ませていた。

「仲良いんだね」

「⋯そうだな」

 蒼い瞳には、僅かな羨望が込められている。見逃しはしなかったが、敢えて触れずにレヴィは受け取った鍵を使い、扉を解錠していく。

 かちゃりと音が鳴り、そのまま扉を開けてレヴィはアリアへと振り返る。

「さぁ、行くぞ」

「⋯あっ、うん!」

 レヴィの声に慌てて踵を返すアリアと共に、二人は用意された部屋へと足を踏み入れた。


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