0014
ふっと息を吐いて、アリアが使おうともしていなかったナイフを手に取る。
「それを貸せ」
同時に、アリアが握っているフォークを受け取るべく手を差し出した。
「⋯あ、そっか。ごめんね?レヴィも、食べるよね?」
「違う」
一人で完食してはレヴィの分が無くなる⋯そう思い込み慌ててフォークを手渡すが、レヴィには食べる気などない。
正しくは、世辞にも美味いと言えないこの味では、食欲など湧かないからだったが。
「小さく切れば、食えるのだろう?」
言いながら、レヴィは器用にナイフとフォークを使って、アリアには大きすぎる塊のままだった肉を小さく切り分けていった。
丁寧に、且つほとんど音も立てずに、レヴィは淡々と肉の山を崩しながら、切り分けた肉をアリアの前へと積み直していく。
無駄のないレヴィの手付きを凝視していたアリアは、やがて感嘆の声を漏らした。
「⋯レヴィって、やっぱり凄いのね」
「何がだ」
手を止めないまま返し、ちらりとアリアの表情を窺う。
「ナイフとフォークの使い方、とっても上手なんだもの」
声には出さず、内心で「え⋯⋯⋯?」と呟いた。
「私、こんな風に、席に着いてお食事したこと、無かったから⋯⋯」
ぽつりと呟かれた一言に、レヴィはついにその手を止めた。ゆっくりとアリアへ向いて、驚愕と、じわじわと沸き起こる怒りから金の瞳を僅かに見開く。
「今まで、一体どうしていた⋯?」
無意識に低めてしまった声で問うと、アリアは苦笑し、躊躇いがちにその事実を話し始める。
「えっとね⋯⋯パンと、スープは、与えてもらえてたよ?」
「他には?」
「えっ⋯⋯?」
思わず語気を強めて問い返すと、アリアは笑みを消し、困ったように表情を曇らせ視線を伏せた。
「⋯覚えて、ないのよね。たまに、小さなお肉やお野菜がパンに挟まっていると、嬉しかったなぁって事しか⋯⋯」
傷付き逃げてきた姿を目にした時以上の、激しい怒りが込み上げる。握り締めたナイフをそのままへし折りそうになるが、金属の軋む鈍い音が聞こえてレヴィは我に返る。
痩せているはずだ⋯と、納得してしまう。かつて世界のどこかで見た飢餓者に近いものをアリアから感じていたが、間違いという訳でもなかったのだと知り、怒りとも違う強烈な想いが沸き起こった。
「味は良くない⋯が、まずは満足するまで食え!」
そうしてレヴィは左手に持っていたフォークを、アリアへ と押し付けるように返す。
「え?⋯う、うん」
戸惑いながらフォークを受け取り、アリアは再び肉の山へと視線を向けた。
レヴィはちらりと視線を流し、テーブルの横を見る。台車に乗せられ小ぶりな鍋ごと運び込まれていたスープは、肉以上にまだ残っていた。
「皿をよこせ」
「えっと…はい」
レードルを持ち上げ、鍋底に沈んでいた野菜の塊ごとスープを掬い、端に寄せられた皿へと流し込む。
「その肉だけでは、確実に身体を壊す」
言いながらアリアの前へと皿を押し戻し、野菜も食べるよう無言で促した。
僅かに戸惑うアリアだが、言われた通り肉とスープを交互に食べていく。
ゆっくりと、しかし着実に減っていく肉とスープ。皿の中身が減れば奪うように再び端へと引き寄せ、野菜を足していく。まるで給仕のように世話を焼き続けるレヴィをちらりと見て、食べながらアリアは微笑みを浮かべていた。
そうして気付けば、皿の上に山と積まれていたはずの肉は、その全てがアリアの腹の中へと収まっていった。
この小さな身体のどこにそんな容量があるのか⋯?
不思議に思いつつも、椅子の背に凭れ掛かり幸福そうに腹を摩るアリアを見下ろして、静かに安堵の息を吐いていた。
「うん、さすがにお腹いっぱいだわ⋯」
「⋯止めなかったのは私だが、食べ過ぎではないのか?」
もしもこれで体調を崩すようなら、今後は諌めなければならない。微かな不安を抱いて思案するが、アリアは首を横に振りにっこりと笑う。
「心配しすぎよ?言ったでしょう、私は丈夫なんだから!」
「いや、丈夫とかいう話では⋯」
「お腹を壊した事もないのよ?」
それは、腹を壊すほど食べられた事が無かったからだろう?
喉まで出かけた一言だったが、レヴィは咄嗟に口を噤む。幸福に浸るアリアへ、余計な事を言って水を差したくはない。
アリアに着せた白いローブは、ある程度ゆとりのあるサイズに調整して創り出したもの。けれど満腹になったアリアの腹部は、ローブ越しでも僅かに膨らんでいるのが見える。
「⋯動けそうなら、移動するか?」
「そうね。確か、三階のお部屋って言ってたよね?」
「ああ」
立ち上がろうとするアリアの動きに合わせて、レヴィは腕を伸ばし、椅子の背を掴んで後ろへと引いた。
「ありがとう、レヴィ」
それまでより心なしか顔色も良くなったように見えるアリアの隣に立ち、二人揃って客間の外へと出た。




