0012
外はもう間もなく日の出の頃。ルーク達に連れられて訪れた屋敷に到着し、レヴィとアリアは案内された客間と思しき部屋で休息を取っていた。
彼らが誇るだけの事はあり、室内は煌びやかな装飾が施されている。設置されている家具にも拘りが見えた。
「豪華なお部屋で、なんだか落ち着かないね」
元の身なりからして、かなり貧しい暮らしをしていたと考えられるアリアは、通された部屋の中央にある椅子へ腰掛けて、頻りに部屋の中を見回してはそわそわしている。
「奴らは、我々に絡んだ詫びとしてこの部屋を使わせている。気にせず寛げばいいだろう」
傍らに立つレヴィは、座ったままどこか落ち着きのないアリアへ告げるが、少女の様子はいつまでも変わらない。
「レヴィはすごいね。こんなお部屋に通されても堂々としてるんだもの」
尊敬に近い眼差しを向けるアリアを見下ろして、レヴィはふっと息を吐いて微笑む。
「慣れている、と言ったら?」
冗談交じりに言えば、少女はそれが冗談とは考えず真実と受け止めた。
「やっぱりレヴィみたいな竜だと、こういう場所も普通なんだよね、きっと」
そわそわしていたと思えば、今度は沈んだ声で呟きながら俯いていく。
これは何かを間違えただろうか⋯冗談がここまで通じないほど純心だとは思っていなかった。レヴィを格上の身分だと勘違いし、表情を曇らせている。
「冗談だ。私が人間の世界でそんな厚遇を受けるはずもないだろう」
竜と知って尚、普通に接する人間はほとんど居ない。彼女と出会うきっかけになった翼の傷も、人間によって負わされたもの。危害を加えられる事はあっても、歓迎される事などない。
「忘れたか?翼の傷の事を」
「そういえばそうね。治らなくて困っていたよね?」
ほんの数日前の出来事を思い返すように視線を上げてから、今は魔法で隠されている翼を探すかのようにレヴィの背後へと目を向けた。
「あの傷もまた、人の手によって負ったものだぞ」
「そう、なんだ⋯」
本当は言うつもりは無かった。しかし身分についての勘違いを正すには、事実を伝えるのが手っ取り早い。
落ち込み始めていたアリアは、ゆっくりと顔を上げてレヴィを真っ直ぐに見る。僅かに首を傾げており、何らかの疑問を抱いているのだと分かった。
「どうした?」
「⋯レヴィ、あんなに強いのに、どうして傷なんて⋯?」
「それは⋯⋯」
少女からの問いに、苦い記憶が蘇る。
それはアリアと出会う二日前の事。
旧知の仲である風の竜に会うべく、レヴィが西の空へ赴いた後の事。自身の領域である東へ戻る前に、ほんの興味本位から地上へと降り立った。
四翼を羽搏かせて空を舞う、珍しい白き竜の姿を目撃した人間は、その身を捕らえようと罠を仕掛けた。傷だらけの幼子を餌に誘き寄せるという、残酷極まりないやり方で。
そしてレヴィの優しい性格が仇となる。
罠と知らずに、捨て置かれていた瀕死の幼子を見つけてしまった白い竜は、人への擬態も忘れて子供の元へと向かった。そして治癒の魔法を掛けている最中に、翼への不意打ちを受けたのである。
投擲された槍が翼を貫き、幼子を救おうとした竜は重傷を負わされた。激痛に喘ぎ、罠を仕掛けた張本人たる人間達を睨み付けるも、その時既に餌とされた幼子は仕掛け人によって回収され、小さな身体には剣が突き立てられていた。
本当に、ただの餌でしかなかった幼子は、レヴィの治癒も虚しく命を奪われてしまう。
怒りが心に沸き起こるものの、翼の傷が深すぎた。報復し、哀れな幼子を弔う余裕すら無かったレヴィは、止むを得ず転移魔法を発動してその場を逃れた。
そして辿り着いたのが、アリアと出会う事になるあの泉。
水脈を伝って流れ着いたその地は、濃い魔力の集う場所。転移のために消耗した魔力を補わねば、特に回復の難しい部位である翼を治すのは不可能だった。
人の気配も無く、静かな泉の畔に竜の体躯を横たえて、レヴィはしばしの休息を必要としていた。
それから二晩の時間が経ち、アリアはレヴィの前へと現れた。
幼子という餌のせいで負傷したばかりのレヴィは、少女の姿を視認して大いに警戒した。自分を捕らえようと画策した人間達の次なる罠かと疑っていたからだ。
だが少女は、レヴィの傷を癒した。治癒が困難な部位であるはずの翼の傷を、いとも簡単に。
アリアは、翼の傷を治すのと同時に、人間に嵌められた事で心に負っていた傷さえも癒していた。
それほどの事をしたのだと、アリア本人は自覚していないだろうけれど。
掻い摘んで経緯を伝えるレヴィの言葉が途切れたところで、アリアは悲しげに表情を曇らせている。
「人間が、あなたを傷付けてしまったのね⋯」
己もまた人間なのだと彼女は言っていた。自分と同じ種が犯した愚行を、自分の罪と捉えている節を感じて、今一度レヴィは断言する。
「私は人間を愚かだと思っている。だが、それだけでは無いのだとも考えている。それを示したのは、他でもないアリアだ」
「レヴィ⋯?」
椅子に座って俯いていたアリアの正面に膝を着き、小さな手を取って、レヴィは微笑んだ。
「お前の事は、信用している。だから過去に私が何をされていようとも、お前が気に病む必要はない」
この少女に、悲しい顔は似合わない。
初めて会った時のように、明るく笑っていてほしい。
常に煮え湯を飲まされる仕打ちばかり受けてきたレヴィが、人間に対して初めて抱く想い。その気持ちを伝えるように、細く小さな手を握った。




