0011
「と、とりあえず⋯!今はこんな時間ですし、宿にでも⋯」
「バッカ!そのための金にするのに、あんなスゲェ魔石を売りたいって言ってたんじゃねえか!」
「そうだった!」
金髪の男はどうにも物忘れしやすいタイプのようだ。そして青髪の男は、容赦なく頭を叩きながら金髪の男を窘めている。黒髪の男は、そんな二人を呆れたように眺めていた。
「とりあえず⋯酔って絡んだ俺達が言うのもアレだが、こんなお嬢さんをいつまでも夜の街に置いとく訳にもいかんだろ。あそこなら、二人をご案内出来ると思うんだが?」
「お、いいな!」
「むしろあそこしかねえよな?」
顔を見合せて頷き合う男達は、改めてレヴィとアリアへ向き直る。金髪の男が、それまでと同じ人物とは思えないほどに慇懃な物腰で、代表して名乗り始めた。
「改めて、俺はルーク。こっちの黒髪はディアン、青髪の小さいのはフォート。俺達は幼馴染でね、昨晩も長らく呑んでて⋯まぁ、ご存知の通りの体たらくではありましたよ、ええ」
本当に心から反省しているのだろう。揃って再度頭を下げる三人を前にして、絡まれた張本人であるアリアは笑顔で首を横に振る。
「頭を上げて?レヴィも、もう怒ってないよね?」
「⋯己の行いを省みる事が出来ているのなら、これ以上何もする気は無い」
既に許していると伝えれば、アリアは嬉しそうに笑みを深める。そして安堵した三人も頭を上げ、表情を明るくしていた。
「とりあえず、場所を変えましょうか。俺が管理している貸別荘が河のそばにあるんです。そこへ行きましょう」
そう言ってルークと名乗った金髪の男が先導し、繁華街を抜けて行く。
少し歩き喧騒が遠くなった頃、二人の前には一軒の建物が姿を現す。
「あれか?」
「そうです!今は誰も使ってないですし、短期貸しなんかもしている建物なので、休むには丁度良いかと」
管理者であると言ったルークの案内で、敷地へと足を踏み入れる。色とりどりの花を植えた花壇が導く先には、一般の民家とは比べようもないほど大きな屋敷が建っていた。
「わぁ、素敵なお屋敷!」
「だろ?ここ、ルークの親父さんが、設計から拘って建てた屋敷なんだぜ!」
フォートと紹介された青い髪の小柄な男が、歓喜の声をあげて瞳を輝かせるアリアへと補足する。
「むしろルークの親父さんは、この貸別荘だけじゃなく、このベラニスの街の主要な建物全部を手掛けたお人だ」
続いてディアンと紹介されていた黒髪の男も、ルークの父について語った。
「天才的な建築技術と美しいデザイン能力を買われて、あの神聖国の大神殿の改装にも抜擢されている。息子のルークはこんなだが、こいつの親父さんは本当に凄い人なんだ」
「こんな、は余計だぞ、ディアン!」
簡単なディアンの説明を聞いて、レヴィはじっくりと屋敷の外観に目を向ける。
建物の周囲を照らす魔石の灯りが、ある一定の感覚で設置されている事に気付いた。ただの照明としては不自然な配置だが、点と点を結ぶように追えば答えは容易に導き出される。
「この屋敷⋯魔法陣を仕込んでいるな」
「⋯⋯ウッソだろ~?こんなすぐに見抜く人、初めてだわ~」
感嘆の声を漏らすフォートをちらりと見てから、レヴィは再び視線を屋敷へと戻す。
「この配置⋯中心を起点とする結界魔法陣か」
存在どころか仕掛けまでも見抜かれて、施工者の子であるというルークが息を飲んだ。だが魔力を視る事の出来るレヴィにとっては、そこに『在る』と告げただけ。ただ見えたものを口にしただけだ。
「⋯でも、なんだか頼りない結界ね?」
レヴィほどではないにしろ、魔力を視る能力を持つアリアも、仕込まれている魔法陣への感想を述べた。魔法陣の専門家でもない一般建築家が構築したものと考えれば及第点かもしれないが、魔法の改良まで行えるアリアからすれば、どこか心許ない出来栄えだった。
「ねぇ、レヴィ?」
「どうした」
「この魔法陣、改良するとしたら、どこをいじったらいいと思う?」
「そうだな...」
少女に問われて、全体をもう一度確かめるように視線を巡らせる。同行している三人の男達に気付かれないよう、密かにその【眼】を発動させて。
金色の輝きを放つ瞳は、人間には視えない魔力の流れを看破する。
まず一つ目。魔法陣の形状に、肉眼では捉えきれない微かな歪みが生じていた。これは単純に魔石の設置場所がズレている箇所があるだけ。そのせいで魔力の伝導が完璧ではなくなり、効率を低下させていた。
そして二つ目。設置している魔石の質にバラつきが見られる。魔法陣構築に使用するならば、当然品質を揃えるべきだろう。だが人目に付きやすい入り口側の魔石だけが上質な物で、残りは粗末な魔石を使用しているのが丸わかりだった。
そして三つ目。建物内部にあるはずの起点となる魔石の位置と、そこに刻んだ術式が甘過ぎる事。規模の小さな魔法陣ならば略式でも構わないが、敷地全域という広さになれば、それでは到底足りるはずがない。
こうしてレヴィは全ての欠陥を洗い出した。すぐにアリアへ教えてしまっても良かったが、彼女はレヴィへ問いを投げておきながら、自分の眼で見抜こうと建物を凝視している。
「どこが駄目かは、全て分かったぞ」
「待って!まだ!教えないで!」
答えが欲しかったんじゃないのか⋯⋯?
体調も万全ではないだろうに⋯。やはりこの少女は一度しっかりと、無理矢理にでも休ませなければなるまい。そうレヴィに思わせてしまっていた。
そして案の定、少女からは奇妙な音が鳴り響く。
ぐうぅ~⋯という、腹の音だった。
「あっ!」
やはり我慢していたのだろう。顔を赤らめて腹部を押さえているが、既にその音はレヴィだけではなく、ルーク達三人にも聞かれていた。
「お嬢さん、腹が減って⋯?」
「うぅ⋯⋯⋯」
恥ずかしいのか、自覚した事でさらに空腹を感じてしまったのか、腹を押さえたままアリアがその場にしゃがみ込む。
「ルーク、あの屋敷に行けば、何か食事は出来るか?」
自分は不要でも、この少女には食わせる必要がある。ただでさえ細い身体を飢えさせれば、さらに痩せてしまう。金を必要としたのも、アリアに満足な食事を摂らせるためなのだから。
「えっと、この時間だと使用人なんかは寝てますかね。でも厨房は好きに使ってもらって良いので!」
「⋯作れ、という事か」
急に降ってきた超難題に、レヴィは腕を組み表情を顰めてしまう。
仮にも竜であるレヴィが、料理の経験などあるはずもない。アリアならば作れるかもしれないが、彼女の性格を考えれば自分のための食事を作れと言っても、遠慮してまともに作ろうとはしないだろう。
どうすれば良いか⋯。
永きを生きる竜といえども、不可能はあるのだ。
「もしかして、お二人とも料理は⋯?」
悩む素振りを見せていたレヴィへ、ディアンが尋ねる。首肯した訳ではなくとも、視線を向けるだけで肯定の意は彼に伝わっていた。
「私は、ちょっとくらいなら出来ると思うのだけど⋯」
「お前は黙っていろ」
出来ると言い出すアリアの言葉を遮り、ディアンへと向き直る。
この時どのような顔をしていたのか自覚は無い。しかしきっと、助けを乞う目を向けていたのかもしれない。苦笑するディアンが軽く頷くと、フォートもまた追随して救いとなる回答を返してきた。
「では僭越ながら、俺がやりましょう。簡単なものしか作れませんけどね」
「僕もやるよ~!ディアンに任せたら、いかにも!な軍料理しか出てこないからね」
こうして話は纏まった。
アリアのための食事は、ディアンとフォートが共に作ってくれる事となった。内心で安堵し胸を撫で下ろす心持ちでいるが、それを表情には出さないレヴィは改めて二人へと依頼する。
「私ではなく、この娘に食わせるもの、を作れ」
竜も食事はするが、数日食べなくても何ら支障はない。優先すべきは、飢えている少女の腹を満たす事。
「さ、立ち話も程々にして、屋敷に向かいますか」
そうして偶然の出会いを果たした三人の男達と共に、しばしの滞在となる貸別荘の屋敷へと向かっていった。




