表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Desiderium~竜と神のヴェスティギア 千年の悔恨~  作者: 絢乃


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/10

0001

 今日も天気が良い。神の祝福を得た大地は穏やかな風が吹き、長い緋色の髪を揺らしている。

 薄汚れたローブを纏う少女はいつものように、郊外の泉へと訪れた。他に誰も来る事のない静かなこの場所は、全ての煩雑な現実を忘れるのに丁度よかった。

 しかし彼女は出会った。誰もいないはずの泉の畔で佇む、一体の白い竜に。


「わぁ…大きな竜」


 その姿を目にしても恐れるどころか、蒼い瞳をきらきらと輝かせている。海の如き蒼白の輝きを放つ四翼を畳んで地面に寝そべる竜は、眠っているのかその目を閉じている。しかし少女の声を聞き取った竜は、ゆっくりと瞼を押し上げ声の主を視界に収めた。金色の眼差しは鋭く、拒絶を込めた視線を若き少女へと向けていた。


『…去れ』


 低く、身体の芯へ響くような声が脳に届く。音とも違う声は、しかしどこか苦し気に感じられ、少女は首を傾げた。

「ねえあなた…どうかしたの?」

 その場から動こうとしない白い竜を見つめる少女は、ゆっくりと歩み寄り大きな体躯のあちこちを見回す。怪我でもしているのか⋯と、心配する少女がさらに一歩を踏み出そうとする寸前、再び声が届いた。


『近寄るな…去れ…』


 少女へと向けていた視線を逸らす竜は、しかし動き出す事は出来ずにいた。彼女が案じる通り、白い竜はその翼に傷を負っている。飛ぶ事も出来ず、魔力が濃いこの場所で癒す他無かったからだ。

「あっ!あなた、やっぱり怪我をしているのね?」

 蒼い瞳はその箇所を見つけた。淡い輝きを帯びる翼の一部に赤い血が滲んでいる。目の前にいる竜がそのせいで拒絶の言葉を吐いたのだと、少女も察した。

「ひどい傷ね…治してあげる」

 何でもない事のように告げる少女は、小さな手を翳し翼に向けて魔力を放つ。


『何をしている…やめろ、人間』


 言葉だけは拒絶を繰り返す竜は、しかし翼に寄せられる魔力が傷口へ作用していくのを感じている。治癒魔法を掛けられているのだと察し、何も聞かずに治療を行おうとする少女へと問う。


『お前は…私が恐ろしくはないのか?』


 人間は誰しもが、自分達と違う存在を恐れる。そのせいでこうして傷を負わされた竜は、目の前で微笑む人間の少女を警戒している。

「え、怖くはないよ?だって言葉も通じるし、それに…こんなに綺麗な竜だもの」

 彼女が一言を告げる間に、翼にあった傷はすっかり癒えていた。自力では治しきれなかったため、こうして力の集う場所での癒しを必要としたというのに、少女の魔法は竜にも効果を齎すほどの力を有していた。

「うん、これで大丈夫かな。ね、もう痛くはない?」

 人間に付けられた傷を、人間が癒した。その事実は竜を戸惑わせていた。


『…おかしな人間だ』


 その上、竜を見て綺麗だと言い放った。彼女に抱いた印象はそのまま『おかしな人間』以外になかった。

 傷が癒された事で、僅かに警戒を解いた竜の白い体躯は光り輝き、次第に小さく集束していく。やがて人の形を象っていき光が消えた直後、そこに現れたのは長身の男の姿。

「わぁ…あなた、人に成れる竜なのね?」

 白銀に海を思わせる青が混じった長めの髪と、竜の時と同じ金の瞳をした、美しい容姿の男。しかし少女はその姿に見惚れる事も無く、背に携えた四翼へと視線を向けている。

「翼、形はおんなじなのに、人に成ると小さくなるのね?」

「気になるのはそこなのか…」

 人の身を取った竜の胸よりも低い背丈の少女を見下ろして、呆れたように声を出す。脳内に響いたものと同じ声に、少女は朗らかに笑った。

「人に成っても、綺麗ね」

「…もう一度聞く。お前は、私が恐ろしくはないのか…?」

 人間と変わらない姿で、背には翼があり頭には角も生えている。この容姿を恐れ危害を加えようとする人間ばかり見てきた竜は、少女の意外過ぎる反応に戸惑い動揺していた。

 攻撃に対してはやり返せばいい。だが受け入れてしまう人間とは出会った事が無い。

「どうして、怖がると思うの?」

「私が人間ではないからだ」

「えぇ~?そんなぁ」

 人間ではないと告げた直後、少女は驚いたように声を上げた。翼と角以外は人と変わらないこの姿だが、翼と角のせいで恐れられ、異端として襲撃される事は数えきれないほど経験してきた。本来の竜の姿ではさらに酷く、討伐の名目で襲い掛かる人間もいた。そんな者達を庇護せねばならない事に憤りを覚えるほど。

 しかしこの少女からは、恐怖心を抱いている様子は微塵も感じられない。

「こんなに綺麗なのに怖がるなんて、しないよ?」

「…ッ!」

 少女は翼と角を持つ男を見上げて、再び綺麗だと言った。蒼い瞳は純粋そのものの眼差しで、真っ直ぐに男を見つめる。

 嘘でも虚勢でもなく、本心から言っているのだと分かり、困惑する竜は耐えられずに目を逸らしていた。

「そんな事を言われたのは、初めてだ」

 誰もいない泉の畔で、竜は少女に出会った。

 数多の辛苦を経て、心を凍らせつつあった竜を絆す少女の存在が、白い水の竜に課せられた運命を大きく変えるとも知らずに。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ