第2章 灯の話し(柊と凪)
同じカフェ、別の日の午後。
柊と凪は、灯のまなざしと言葉から“支える”ことの本質を受け取ります。
環の過去が、現在の“居場所”へとつながっていく時間です。
平日の午後。
取引先とのミーティングを終えた柊と凪は、
少し休もうと例のカフェへ向かった。
ドアを開けると、窓際の席に見覚えのある女性が座っていた。
左手の動きを気遣いながらも、
柔らかく微笑むその姿に、柊は思わず声をかけた。
「すみません……灯さんですよね?」
女性は一瞬驚いたように目を瞬かせた。
「え?……あら、あなたは……もしかして、環ちゃんの……」
柊が少し照れくさそうに笑った。
「そうです。先日、環がこのカフェで灯さんとお会いしたことを話してまして。」
灯の目がぱっと明るくなる。
「そうなのね。環ちゃん、本当にステキな女性になっていてね……
幸せそうで、うれしくて……私、泣いちゃったのよ。」
柊も頷いた。
「そんなこと、話してました。
灯さんの言葉を、今でもノートに書き留めて見返してるって。」
凪がうれしそうに笑う。
「そうそう、“ぽかぽかノート”って呼んでるんですよ。
環さん、灯さんの話になるとすごくうれしそうで。」
灯は一瞬、手を口元に当てて目を潤ませた。
「え? あの子……そんなことを……。
大したことなんて言っていないのにね。
……ほんと、いい子ね、環ちゃんは。」
柊が静かに言葉を重ねる。
「灯さんがいてくれたから、今の環がいるんだと思います。」
灯は少し俯いて笑った。
「ふふ……そう言ってもらえると、うれしいわ。
でも、もう大丈夫ね。あの子には、ちゃんと居場所があるから。」
凪が言う。
「はい。僕たちの中では、環さんがぽかぽかの中心です。」
灯は、涙を拭いながら笑った。
「……そう。あの子、ほんとうに幸せなのね。」
灯はカップを両手で包みながら、
少し遠くを見るように微笑んだ。
「私はね、環ちゃんを助けることができなかったの。
それだけが、ずっと心に残ってる後悔なのよ。
でも、この前会った環ちゃんは、もう昔の環ちゃんじゃなかったわ。
生き生きしてて、幸せがあふれてた。
あなたたちが、そうしてくれたのね。」
灯は一つ息をして、柊をまっすぐ見て言った。
「環ちゃんの手はしっかり握っててあげてね。離しちゃダメよ。
あの子、やさしくて強く見えるけど本当はとっても繊細な子なの。誰かの支えがないと崩れてしまいそうだから。
私はもう、すっかり役立たずのおばさんになっちゃったけど……ふふ。
でもね、環ちゃんが私を覚えていてくれただけで、十分幸せだったわ。」
そう言って、灯は少し笑ったあと、懐かしそうに続けた。
「昔ね、環ちゃんが時々家に泊まりに来てたのよ。
そのたびに、必ずベッドから落ちちゃってね。
あの子、寝相が悪くて。なんかなつかしいわねぇ。」
柊が思わず聞き返す。
「え? それ、昔からなんですか?」
灯がくすっと笑う。
「そうやって聞くってことは……今も?」
柊が頭をかきながら苦笑した。
「ええ……まぁ。」
凪がすかさず笑いながら言う。
「結構、音、響くんでビックリします!」
灯は両手で口を押さえて吹き出した。
「まぁ、変わってないのね、環ちゃん!」
三人の笑い声がカフェに広がる。
柔らかな陽の光がテーブルを照らし、
その空気の中に、
“あの頃”と“今”の時間がやさしく重なっていた。
「今日は声をかけてくれてありがとう。
うれしくてたくさん話しちゃったわね。ごめんなさいね。」
「いえ、私たちも灯さんとお話しできてよかったです。」
灯はふわりと笑って、カップを見つめた。
「そう言ってもらえるとうれしいわ。
環ちゃんには頼もしいあなたたちがいて、
あの子は本当に幸せになったのね。
環ちゃんの幸せは、私の幸せよ。ありがとう。
――いつまでも仲良くね。」
外の陽射しがカフェの窓を照らした。
やわらかな光が三人の間を通り抜け、
灯の名前のように、
そっとその場を明るく照らしていた。
「手を離しちゃダメよ」――
灯の願いは、二人の胸に深く沈み、そっと結び目を強くしました。
過去を悔やむのではなく、今を支えること。ぽかぽかの継承は続きます。




