貧弱な魔王様、異世界のトレーニング本で筋肉に目覚める
第34代目魔王オブリクは、その強大な魔力によって世界を混沌に陥れていた。今日も玉座にて、勇者の来訪を待ち構えていたのだが……。
「魔王様、いい加減に体も鍛えないと勇者が来てしまいますぞ」
「またその話か。我には魔力があるから十分だ」
側近である不死者に対して、魔王は玉座に肘をついたまま答える。日中はほとんど動かず、魔法だけで事を済ませてしまうため、その体躯は枯れ木のように細かった。
「なりません! 魔王様ともあろうものが、直接攻撃はへなちょこ、殴られたら即死では、末代までの恥ですぞ!」
「だが、我は体の鍛え方など知らんぞ」
「そこで、この本を魔王様にと」
側近は見知らぬ文字が表紙を埋め尽くした、奇妙な本を差し出した。
「これは異世界から落ちてきた本で、様々な筋肉鍛錬法が記されているようなのです。これをもとに鍛えれば、強靭な肉体が手に入ること間違いなしですぞ」
「むむ、そこまで言うのなら……」
それから、魔王は本を片手にトレーニングに勤しんだ。
100日ほどたったころ、目に見える変化があらわれるようになった。
「見よ、この腹斜筋を。これからは有酸素運動も取り入れるぞ。筋肉のさらなるカットを生み出すのだ」
「は、はあ」
しかし側近はその様子を見て、わけもなく不安を感じるのだった。
そしてついに、勇者と対決する時が訪れた。勇者の一団が重い扉を開け、玉座の魔王と対峙する。
「よく来た、勇者よ。さあ、魔族と人間の命運を分ける戦いを――と言いたいが、我は間もなく就寝でな、日を改めてくれるか」
「ま、魔王様、何をおっしゃいます!」
後方で見守っていた側近が、たまらず躍り出てきた。
「お前こそ何を言う。睡眠不足は筋肉の大敵なのだ」
「しかし……」
「あの」
唐突に勇者が歩み出て、何かを差し出した。それは魔物を手懐ける時に使う、大きな赤身の肉だった。
「貴様っ! 肉の塊で魔王様を懐柔できると思っておるのか! 思い上がりも甚だし――」
「こ、これは良質のタンパク源ではないかーっ!」
「えええっ!?」
勇者は顔を綻ばせると、穏やかな声で話しはじめた。
「仲間になった魔物達から、魔王様は鍛錬がお好きだと聞きました。もう争うのはやめて、共存の道を探しませんか」
「うむ、我も同感だ。争いなぞ筋肉のためにならぬからな。これからは共にいい筋肉を作っていこうではないか!」
呆然とやりとりを見ていた側近は、一言だけ呟いた。
「あの本、もしや呪いの書だったのでは……」
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