浦島少女9
固唾を飲んで聞いていた防衛省の人たちがニワカにざわつく。
「生体兵器とは何ですか?それに【ガジルス帝国】という国は聞いた事が無いですが」
防衛省の一人が堪らず質問すると、フェイさんは私の方にチラリと視線を移す
コレは〈話しても大丈夫ですか?〉と確認をしているのだろう、そうとわかれば答えは一つだ
私はOKという意味合いを込めて大きく頷くと、彼は静かに語り始めた。
「生体兵器とは文字通り、生命と科学と魔術を融合させ戦闘に特化させ作り上げた究極の兵器といえる物だ
先程の映像を見てもわかる様にこの〈生体兵器ガレリア〉は普通の攻撃ではかすり傷一つ付けられない
通常の攻撃をほぼ無効化する防御力、そして強靭な爪による攻撃力は金属をも簡単に切り裂く
音速を越える速度と抜群の運動性を含む飛行能力と非常にバランスが取れている兵器だ。
見た所この世界の兵器では太刀打ちできないだろうな……」
素人の私が聞いてもその〈ガレリア〉とやらがとんでもない代物だとわかる
説明を聞いただけで絶望的な気持ちになり他の聞いていた人達もどうやら同じ気持ちの様だ。
「何か、あの生体兵器に何か弱点は無いのか?」
堪らず佐山君が問いかけてきた、少しでも攻略法が見つかれば人間は立ち向かうことが出来る
知恵と勇気で戦うのは人類の特権だ。しかし返ってきた答えは私達が望んだモノでは無かった。
「そんなモノは無い、唯一といえる弱点といえば奴らは戦闘に特化している為、知能が低いという事だけだ
しかし奴等を操る指揮官がいればそんな問題は解消される」
「じゃあ、指揮官を倒せばアイツらは統制が取れなくなるという事か⁉」
攻略法の糸口が見えた気がしてすかさず問いかけた、絶望的な状況から希望が見えた瞬間、皆の表情が一瞬明るくなる
しかしそんな皆の期待とは裏腹にフェイさんは軽くため息をついた。
「どうやって指揮官を探すつもりだ?アイツらのコントロールは思念派で送ることが出来る
思念派の届く範囲は約一万キロ、半径一万キロの範囲内にいる指揮官を探す事など不可能だ
運よく指揮官を倒せたとしても、アイツらは統制を失うだけだ。
元々殺戮を好み、残虐で凶暴な生体兵器として作られている奴等は勝手に相手を殺し続けるだけで
根本的な解決は出来ていない、結局アイツら自身を倒すしか手は無いのだ」
その淡々とした説明は皆の希望を打ち砕くには十分の無いようであった
聞いていた者達はますます絶望的な表情を浮かべ言葉を失う。
「そんな化け物相手にどうすればいいのだ……そもそも【ガジルス帝国】とは何だ?」
防衛省の偉いおじさん、新崎正孝さんが改めて問いかけるが、フェイさんは全く相手にしない
質問に答える素振りどころか視線すら向けないのだ
その完全無視の態度に顔を赤くして怒りの表情を浮かべながら小刻みに震える新崎正孝さん
うわ〜怒っている、怒っている……このままだとますます空気が悪くなるし、ここは私が。
「ねえフェイさん、【ガジルス帝国】って何?あの怪物に対抗する手段はないの?」
「【ガジルス帝国】というのはこの世界とは別の次元にある戦闘国家で、我が【フェルナンド聖王国】と敵対する国です。
生体兵器ガレリアはその【ガジルス帝国】が開発、量産化し実戦投入している戦術兵器で
これを使って【ガジルス帝国】は全世界をその手中に収めようと次々と侵攻を開始しました
先程も言いましたがガレリアには弱点と言えるほどのモノはありません
つまり対抗策としてはガレリア以上の強力な力で対抗する、それしかないのです
そこで我が国はガレリアに対抗すべく二つの手段を考えました、まず一つ目は〈竜王ヴァンアレス〉に助力を頼む事です」
「竜王?それって、ドラゴンの王って事?」
「はい、我が国の女王メリーシア様は正統なドラゴンの血を引く竜王様の末裔です
血の繋がりにより竜王様と契約を結び、我々への助力を承諾してもらえました」
ドラゴンの王とか……現実的な話からいきなりファンタジーの世界へとぶっ飛んでしまい全然頭がついていかない。
でも今はそんな事を言っている場合ではない、今もあの怪物達に襲われている人達もいる
しかもあの怪物が街で暴れたらと思うと居ても立っても居られない。
「その竜王様というのはそんなに強いの?」
「ええ、それはもう、何せ七百年以上生きているドラゴン族の王ですから
ガレリアがどれだけ束になってかかってこようが物の数ではありません」
正直、何が何だかわからないけど、凄い事だというのだけは伝わってきた。
「そういえば二つの手段って言っていたよね?もう一つの手段って何ですか?」
「はい、もう一つの手段は我が国が魔術と科学の粋を結集して開発した【対ガレリア用決戦兵器ゴラオン】です。
このゴラオンはただただガレリアを殺すためだけに作られた生体兵器で
運用に関しては少し条件が付くものの、対ガレリアに関しては無類の強さを誇ります」
無表情のまま淡々と語っているフェイさんだったが、説明している時はどこか誇らしげに語っているのが見てとれた。
「じゃあ、早くその対抗手段を使ってあの怪物を何とかしてよ、フェイさん‼︎」
懇願するように訴えかけたが、フェイさんは目を伏せ申し訳なさそうに口を開いた。
「申し訳ないのですが、私にはどうすることもできません……」
突然の〈無理宣言〉、じゃあ今までの説明は何だったの?
上げて落とすのはこの人の特技なのだろうか?周りの人々が再びざわつき始め、落胆の声とともに皆が絶望的な表情を浮かべた
堪りかねた新崎正孝さんが物凄い剣幕で食ってかかってきた。
「できないとはどういう事だ⁉︎貴様は今、あの化け物たちに対抗できると言ったばかりではないか‼︎」
フェイさんを指さしながら、声を荒げ詰め寄って来る。しかし相変わらずというか
新崎さんの事はまるでガン無視を貫いている、益々ヒートアップし血管が切れそうなほど怒りの表情を浮かべるが
まるでどこ吹く風といった感じである。
「ねえフェイさん、できないってどういう事ですか?」
改めて問いかける、もうこの状況を打破するには、この人を頼るしかないのだ。
「私にはどうすることもできないと申し上げたのです、この状況をどうにかできるのはこの世の中でただ一人、貴方だけなのですよ、葵様」
「ほえっ⁉私が⁉︎私にそんな事できる訳がないじゃん⁉︎」
何を言っているのか全く理解できない、意味不明な丸投げをされてもこちらとしては対応に困る
この人は一介の高校生にそんな大それたことができると思っているのだろうか?
「いえ、本当にあなたにしか出来ないのです、やってみてください」
まるで〈当然〉とばかりに言い放った、やってみるって、何を?どうやって???
知らないことは出来ない、それは当然だ、学校でそんな授業習わなかったよ……
そんな時である、オペレータの一人がモニターを見て叫んだ。
「ダメだ、このままでは空母ロナルド・レーガンが沈んでしまうぞ‼︎」
私を含め皆が再び巨大モニターに視線を移すと、黒い無数の怪物たちはアメリカの空母に対し、次々と攻撃を仕掛けていた。
護衛のための航空機はすでに全滅しており、巨大な空母に次々と襲いかかっていくガレリア
その光景は巨大な鯨に襲いかかるシャチの群れの様だった
空母からもミサイルが発射されるが、命中しても怪物どもは全く動じる事なく飛び回っている
我々人類にとってはまるで悪夢を見ているようである。
「艦対空ミサイル〈シースパロー〉が命中しても全く効果なしか⁉︎畜生、あの化け物はどうなってやがる‼︎」
一人の男性が吐き捨てるように叫んだ、あんな大きな船が沈んでしまったら、どれだけの被害が出るのだろうか?
確かアメリカの空母って原子力で動いていると聞いたことがある
沈没してしまったら放射能汚染とか大丈夫なのかな?
胸の中で不安がどんどん膨らんでいく、本当に私に何かできるのなら何かしたいよ
私は思わずフェイさんの服の袖を掴み、すがるような思いで彼を見上げた。
「お願いフェイさん、私に何かできるというのならやり方を教えて、このままじゃ大変なことになっちゃうよ‼︎」
そんな思いが通じたのか、少しだけ口元を緩ませながら答えてくれた。
「簡単です、あの画面を見てあの場所を想像してください、そしてあの位置にドラゴンを呼ぶイメージを頭の中で思い浮かべてください」
「でもあそこが何処なのか私にはわからないよ〈太平洋上のどこか〉と、しか……」
随分とざっくりとした説明に思わず戸惑ってしまったが、そんな不安をかき消すようにフェイさんが優しく説明してくれた。
「大丈夫ですよ、あなたがイメージしさえすれば、竜王様の方が勝手に場所を特定して現れてくれますからご安心を」
どうにもよくわからない理屈だし、完全に私の理解の範囲を越えているのだが
考えてもわからないのなら素直にやってみる事にした、そもそも私には信じてやってみるしか選択肢がないからである。
どう考えても私にそんな大それたことはできるはずもないし、こんな大衆の面前で
〈いでよ、ドラゴン‼︎〉とか大声で言ってしまい、もし何も起こらなかったら消え去りたいほどの大恥である
軽く死ねるレベルといってもいいだろう、女子高生としては取り返せないほどの失態
いや三十三歳の大人の女性としても〈いい歳をして何を恥ずかしい事を言っちゃっているの?プゲラww〉と
いい笑い者だろう。でも私一人恥をかくだけならばぶっちゃけ安い買い物だ
世界の平和がかかっているのよ、葵‼女は度胸よ、笑いたい人は笑いなさい‼︎……
でも本当に笑う時はほどほどにしてくださいね、できれば三日後には立ち直れる程度でお願いします。
そんな事を考えながら目を閉じ、言われた通りにドラゴンを呼ぶイメージを膨らませた。
普通であれば彼氏とのラブラブな世界を想像して悶え喜ぶというのが女子高生のあるべき正しい生き方である。
【ドラゴン召喚】とか、真剣に想像している女子高生はおそらく世界でも私だけだろう
そんな雑念を払い除け必死で頭を巡らせる、何となくだがぼんやりとイメージできたので、その事をフェイさんに伝えた。
「イメージ出来ました」
「では、こう言ってください〈竜王ヴァンアレスよ、契約に基づき、我が呼びかけに応えよ〉と」
来た、来た、想像通りの……いや想像以上の厨二セリフ、自分がそう叫んでいる姿を想像しただけで顔から火が出るほど恥ずかしい
せめて皆さんは目を閉じ、耳を塞いでいてはくれないだろうか?
だがそんな提案をした場合、それはそれで〈この非常事態に何を言っているのだ、さっさとやらんか‼︎〉と怒鳴られそうである
もうやるしかない、迷っている暇はない、そう、それしか私の進む道は無いのだ
〈迷わず行けよ、行けばわかるさ〉と言ったのはソクラテスだったかな?
「どうしました、葵様?」
どうしても勇気が持てず躊躇してしまい、黙って固まってしまっている私を見て心配してくれたのか、伺うように問いかけてくれた。
さすがに〈そないにごっつ恥ずかしいセリフ、ウチにはよう言えませんわ〜〉とは言えず
覚悟を決めてやってみることにした。
「大丈夫です、ちょっと集中していたのもですから……では行きます、竜王ヴァンアレスよ、契約に基づき、我が呼びかけに応えよ‼︎」
言ってしまった、もう後戻りはできない、想像通り死ぬほど恥ずかしい。
フェイさんの言うことが真実だとしても、竜王さんの方から〈契約解除〉とかされていたらどうしよう?
そんな不安をよそに皆が巨大モニターに注目しているとオペレータが突然叫んだ。
「何だ、これは⁉︎戦闘地域において巨大な重力波を観測、時空の歪みが生じている様です‼︎」
「まさか……」
誰もが思わず息をのむ、風が吹いている訳でも無いのに突然海面が波を打ってうねり始め
突如雲の流れが速くなる。一心不乱に攻撃していた怪物たちが急に動きを止め周りをキョロキョロと見渡し始めた
よくわからないが何かを感じている様である。
「来ますよ……」
フェイさんがボソリと呟いた次の瞬間、巨大なモニターに信じられないものが映った。
真っ赤な体に巨大な羽根、全てを噛み砕くかのような凶悪な牙とするどい爪
感情を感じさせない爬虫類特有の冷酷な目と天に向かって誇らしげに聳え立つ立派なツノ
その体は黒い怪物達よりも二回り以上大きく、〈雄大〉という言葉がこれ以上似合う存在もないのだろうと思わせた
それはまさに生物におけるヒエラルギーの頂点に君臨する存在、ドラゴンであった。まさか本当に現れてくれるとは……
頑張って毎日投稿する予定です。少しでも〈面白い〉〈続きが読みたい〉と思ってくれたならブックマーク登録と本編の下の方にある☆☆☆☆☆から評価を入れていただけると嬉しいです、ものすごく励みになります、よろしくお願いします。