浦島少女1
「ふう、また遅くなっちゃったな」
うっすらと赤みを帯びてきた空を見上げ思わずそうつぶやいた。
学校帰りのいつもの通学路、見慣れた街並み、小学校の頃から歩き慣れたこの道を往復するのは何度目だろうか?
だけどそんな日常において今日という日は特別な一日となった。
私の名前は新庄葵、都内の公立校に通うどこにでもいる高校三年生です。
そう高校三年生……人生最大の障壁、大学受験が待ち構えている暗黒期。
部活と少女漫画だけを生きがいにしてきた私にとってとても有り難くない、有り体にいえば訪れて欲しくない一大イベントです。
多分そう思っているのは私だけじゃないのだろう〈受験なんてモノがこの世から無くなればいいのに〉と非現実的で勝手な妄想を思い浮かべ虚しくなって再び落ち込む私。
〈この世から受験を撤廃します‼︎〉という政治家が現れれば若者はみんなその人に投票すると思うのだけれどな
そうでもないか……そんな虚しくも不毛な妄想をしながら家路へと歩みを進めていた。
先週の県大会の準決勝で私の所属する女子バスケ部は優勝候補大本命の強豪校と対戦し、接戦の末に敗北し私達は事実上の引退を迎えた。
試合が終わった後、バスケ部の仲間達と涙を流して抱き合った感触と熱い想いが今でもずっと体に残っている気がしていた。
こうして部活は引退したのだが今日もなんとなく足が向いてしまいついバスケ部に顔を出していたのだ。
今までは毎日毎日きつい練習で授業が終わると憂鬱な気分になっていたのにいざ引退となったらつい顔を出してしまうとか
人間は本当に勝手な生き物なのだなと痛感した。
それとも私だけなのかな?勝手に高三女子高生代表みたいな発言に気を悪くされた方がいるのであれば謝罪します。
とはいえ後輩たちにしてみれば引退した三年生がいつまでも顔を見せるというのは迷惑でしかない行為と重々承知しているのだが
もう少しだけ気持ちの整理をつけるためのわがままを許して欲しい、ごめんね……
そんな私に突如訪れたサプライズイベント。年頃の女子高生にとって最も興味があり何をおいても重要なモノ、それは【恋愛】である。
この二文字の前では受験の優先順位などランク外へと簡単に吹き飛ぶ
こんな事を先生や親に聞かれたら怒られるのだろうがこればかりはしょうがない、女子高生たるもの恋愛に興味のない者はいない‼︎
そうはっきりと断言できるほどに確信がある。このことに関しては不祥この私が女子高生を代表して発言してしまったことに後悔はない
あながち間違っていないだろうから謝罪もしません。でもよく考えてみれば世の中にはそう考えていない人もいるのかな?
一応念のために謝っておきます、偉そうにスイマセン。
話が脱線してしまったが今日私に訪れたサプライズイベントとは……
なんとこんな私が告白されたのである。しかも相手は同じクラスの男子、佐山光一君。
この佐山くんは学年トップの成績でありながら剣道部のエース、しかも生徒会長まで兼任しているというスーパーマンである。
私が知っているだけでも彼に想いを寄せている女生徒が四人いる
正確に調べればおそらく十人は下らないだろう。
そんな人物からの突然の告白に嬉しいとか感激とかすっ飛んで頭が真っ白になった。
人間驚きの度合いが許容範囲を越えると思考が停止するようだ。
まるで今まで散々読んできた少女漫画のような夢展開、憧れていた恋愛への序曲
幸せへのハッピーロードが垣間見えた瞬間だったのだろうがあまりの事に思考が停止してしまった私はそんな事を考える余裕もなく呆然と立ち尽くしてしまったのだ。
彼の〈ずっと新庄が好きだった、僕と付き合ってくれないか?〉という誠実な告白に対し
突然の出来事に私の脳みそは熱暴走と過剰な負荷によるフリーズを起こしてしまい謎の沈黙が辺りを支配し悠久とも思える時が流れる。
完全に活動を停止してしまった私を見て流石の佐山くんも痺れを切らせたのか、再び語りかけてきた。
「あの……返事は……」
今考えると至極当然の問いかけである。ここで少女漫画や恋愛ドラマであれば気の利いた言葉やシンプルで誠実な返事ができるのであろうが
事もあろうに私の口から出た言葉は史上最低のモノだった。
「あの……これドッキリですか?」
今考えると我ながらなんという馬鹿さ加減、思い返すだけでも穴があったら入りたい。
何の為にあれほど少女漫画を読み込んできた、猛省せよ私‼︎
しかし彼はそんな馬鹿な私に対してニッコリと微笑むと爽やかな口調で語りかけてくれた。
「本気だよ、こんな事、嘘や冗談で言えないよ、新庄が好きなんだ」
何という最高の言葉でしょう、最新のAIでもこれ以上の解答は出せないだろう
0点の回答をした私に比べて、百点満点中百二十点の解答を示してくれたのだ。
いるのだな、こんな人……しかし愚かなる私は再び佐山君に問いかけた。
「本当に私でいいの?ていうか何で私なの?」
馬鹿だと思うかもしれませんが、この時の私は本当にそう思ったのです。
そんな愚かで蒙昧なる私に向かって少し照れ臭そうに頭をかきながら答えてくれた。
「何で、って……理由なんかないよ、好きだから決まっているじゃん、私でいいのか?という質問には、ちゃんと答えるよ。新庄じゃなきゃ嫌なんだ、これじゃあダメかな?」
この時、私は不覚にも涙が出た、部活で流した涙とは明らかに別のモノ。どうして泣けてきたのかはわからないがとにかく涙が溢れて止まらなかったのだ。
突然泣き出した私に佐山君はどうしていいのか戸惑いを隠せない様子だった。
そりゃあそうだろう、とんだメンヘラ女だと思われたのかもしれない〈告白されて三分でフラれる〉とかあるかも
でもそんな私をずっと温かい目で見つめて見守っていてくれた。
言葉が出なかった私はお返事として大きく頷いた。
「それって、OKってこと?」
佐山君から確認の問い合わせが来た。これほど明確な告白をしてくれた相手に対し不明瞭な返答を返した私が悪い。
もちろん迷うことなどない、もう一度大きく頷く、今度はわかるように何度も何度も大きく頷いた。
すると彼は突然両拳を握りしめ大きな声で叫んだのだ。
「やったー‼︎」
いつもクールな感じなのにこんな感情を激しく表す彼の姿を初めて見る。
そんな言葉と態度にますます好感がもてた。こうして紆余曲折、試行錯誤、トライアンドエラーなどがありながらも私は十八歳にして初めて彼氏ができたのである。
それが約一時間前の話である。思い返すだけで顔が火照り恥ずかしくなってくるが、言いようのない感情が込み上げてきて胸が熱くなる
そして心を落ち着かせるように思わず空を見上げつぶやいた。
「何か幸せだなあ……目一杯部活を頑張れて、大切な仲間や友達もいて、素敵な彼氏とか……なんか凄くいい、青春しているって感じ」
人生最良の日を自分なりに噛み締めて心が幸福感で満たされ胸が一杯になる。
そんな時である、私の頭の中に突如謎の声が響いてきた。
〈見つけた〉
突然の謎の声に驚き思わず周りを見渡したが周囲には人っ子ひとりいない。怖くなって思わず身をすくめた。
「誰?誰かいるの⁉︎」
しかし返事はない、周囲を見渡しても誰もいないのだから当然なのだが、今の声が空耳や気のせいだとは思えなかった。
不安になり走ってその場を逃げようとしたその瞬間、再び頭の中に声が聞こえてきたのだ。
〈見つけたぞ、ようやく……〉
その声が再び聞こえた直後、突然私の頭は真っ白になり気が遠くなってくる。
「なにこれ……意識が……」
急に目の前の視界が歪み、思考が鈍くなり、気が遠くなってくる。そして次の瞬間、私はその場で意識を失ったのである。
「あれっ、私一体?」
目を覚ますと、そこは見慣れた道であった。どうやら私は意識を失いその場で倒れてしまっていたようである。
辺りはすっかり暗くなっていて夜空には数々の星と満月が輝いていた。
しかし今の私はそんな見事な星空を眺めている余裕などなかった
なぜなら空が暗くなっているという事はこの場で倒れ込んでから結構な時間が経過しているという事だからだ。
「私ずっとこの場所で倒れていたのか……こんな往来で寝ている女子高生って、誰かが通りかかっていたら変な奴だと思われていただろうな、恥ずかしい」
私は慌てて立ち上がると制服についている砂を払い落とし、急いで家へと帰る事にした。
「何が起こったのかはわからないけど、今はなんともないし、貧血だったのかな?それよりすっかり遅くなっちゃった、お母さんに怒られるかも……」
急いで家に帰る為に小走りで急ぐ事にした。バスケで鍛えていたので体力には少々自信があるのです。
家に帰るまでは約1km、何百回も往復した道だから目を瞑っても間違えないし、ある程度のペースで走っても体力的には大丈夫だろう。
そんな事を考えながら帰宅を急ぐと、ある場所で違和感を覚える。いつも通る通学路で見慣れない物を目にしたのだ。
「あれ?ここはコンビニがあったはず、なんで駐車場になっているのかな?」
確かにコンビニがあった場所が月極駐車場になってしまっていたのだ。先週寄ったばかりのコンビニだから間違いない。
不思議に思いその場所に視線を向けながら走り去るが、調べようもないので特に気にすることもなくそこを通過し家へと急いだ。
家に着くとポケットから鍵を取りだし急いで玄関のドアを開ける。
「ただいま〜、ちょっと遅くなっちゃった……あれ?」
家のドアを開け玄関に入ると、下駄箱の上に猫の形をした見慣れない置物が目についた。
おかしいな?朝にはこんなのはなかったはず……
その周りも少し朝とは違う気がするし、何だろう?と思い、玄関で靴を脱ぎながら奥にいるはずの母親に向かって声をかける。
「ねえお母さん、この猫の置物どうしたの?朝にはなかったよね〜」
すると奥から一人の女性が姿を見せる。黒髪でグラマラスな女性、二十代後半くらいの見知らぬ人が私の姿をマジマジと見つめていたのだ、誰だろうこの人?
「あの〜どちら様でしょうか?」
不思議に思い思わず問いかけたがその女性は私の質問に答えてはくれなかった。
それどころかものすごい形相で私を見つめている。お客さまだろうか?でも見覚えのない人物だし、誰だろう……
いや、でもこの人、どこかで見たことがある気がするぞ、誰だっけ?
しばらく無言のまま唖然としていたその女性は突然我に返ったかのようにクルリと背中を見せると駆け足で奥へと走っていったのである。
バタバタと廊下を走る音が響き何やらひどく慌てているようだ。すると奥からその女性と思しき声が聞こえてきたのである。
「お母さん、お姉ちゃんが、お姉ちゃんが帰ってきたー‼︎」
次の瞬間、先ほどよりも激しい足音とともに私の前に顔を見せた母。しかし、その姿は私の知っている母親の姿とは少し違っていた。
髪に白髪が増え顔のシワも明らかに増えている、明らかに老け込んでいたのだ。
あまりの驚きに私は思わず問いかけてしまった。
「お母さん……だよね?」
母はそんな私の問いかけに返事をすることもなく、いきなり私に抱きついてきた。
「葵、一体どこに行っていたのよ‼︎」
突然の展開に私は戸惑いを隠せなかった、何ですかこの反応は?何が何だかさっぱりわからない。質問の意図が分からない私は思わず聞いてみた。
「どこって……学校に決まっているじゃん……って、どうしたの、お母さん?」
私の問いかけに母が答えることはなかった。私を抱きしめながらオンオンと泣き崩れる母、なんなの一体?全然訳がわからないよ……
少し落ち着いた母と共に奥の居間へと場所を移し事情を聞く事にした。
しかし母から聞かされた話の内容は途方も無くぶっ飛んだ話であり、とてもじゃないがニワカには信じられないモノであったのだ。
「嘘、私が十五年もの間、行方不明だった⁉︎」
ようやく落ち着きを取り戻した母は大きく頷いた。そんな馬鹿な……
ハリウッド映画じゃあるまいし十五年って……でも母のこの目の前に居る老け方を見るとあながち嘘とも思えないし……
あれ?じゃあこの隣の女の人ってもしかして⁉︎
「もしかして、あなた真由なの?」
「うん、そうだよ、お姉ちゃん。私二十七歳になったのよ」
何と⁉さっき見たグラマラスな女性は私の五つ下の妹、真由だったのだ。
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