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第53話 「兄と呼ばれる男」


「あっ、たき火の明かりだっ。よかったー。道、間違ってなくて」


 記憶、というよりも勘を頼りに夜の森を歩いていたアレクは、盗賊たちのキャンプ地の明かりを発見して胸を撫で下ろす。

 土地勘の無い夜の森で、吹っ飛ばされてきた道を迷わずに来れたのは、ただただ幸運と言っても良いだろう。


「あっ、姉さまっ! 無事でよかった……っ!」


 キャンプ地まで足を踏み入れると座っていたミーアが立ち上がり、アレクの元へと駆け寄ってくる。

 服はボロ布のままだが、裸足ではなく靴を履いている。だがサイズが合っていないのか歩きにくそうだ。盗賊たちの物を拝借(はいしゃく)したのだろうか?


「まったく、あんまり心配させるんじゃないわよっ。……大きなケガは、無さそうね」


「うん、結構ボコボコに殴られたんだけどね。……手加減してくれてたのかな?」


 ミーアと同時にリゼットが飛んでやってくる。鳥カゴからは無事に解放されたらしい。

 これだけを見てもユーキたちが盗賊たちをやっつけたのは明白だ。よく周りを見てみると、盗賊たちがロープに縛られているではないか。流石はユーキとエメロンだ。2人が揃っているなら当然の結果だとも言えるが。


「だとしても許せませんっ! ……それで、アベルさんは?」


「逃げられちゃった。あと少しだったんだけどな~。……そう言えば、ユーキとエメロンは?」


 アベルとの激闘を話したくてウズウズするアレクは、ユーキとエメロンを探すが姿が見えない。2人にこそ聞いて貰いたいのだが。

 いくら辺りを見回しても他に人影は、大量の盗賊たちと、座ったままこちらを見つめているカーラしかいない。


「その事なんですけど……」


 少し顔を暗くしたミーアはアレクがいなくなってからの経緯と、2人がいない理由を説明する。

 シンディは頭部を撃たれて意識を失ったが、死んではいなかった。その為、ユーキとエメロンの『浮遊魔法』で町の病院へ運ぶ為に先に帰還したというのだ。


「あの……、勘違いしないで下さいね? 2人とも、姉さまを見捨てた訳では無いんですよ?」


「それどころか2人とも「アレクを放ってはおけないっ」って最後までグズってたんだから」


 実際、2人を説得するのは相当に骨が折れた。心配だったのはアレクだけではない。当然ミーアたちも同様だ。

 『浮遊魔法』で運べる人数は1人か2人が精々だ。小さなリゼットはともかく、シンディに加えて、ミーアとカーラまで運ぶ事は出来ない。最低でも誰か1人は盗賊たちの巣窟(そうくつ)に置いて行く事になる。

 戦闘不能で縛っているとはいえ、戦闘能力の無い少女を置いて行く事に抵抗が生まれるのは当然と言えた。


 結局、分かり易く命の危険があるシンディを優先するという事で説得には成功したが、2人を納得させるのは相当の難題だったのは言うまでもない。

 優柔不断な男2人に若干辟易(へきえき)としたミーアではあったが、その気持ちも理解は出来る。特にユーキは全員との親交が深い。その胸中はさぞや複雑なものだっただろう。


「そういう訳なので、2人が帰ってくるまで私たちは待機ですね」


「「すぐに戻る」って言ってたけど、時間かかりそうよね~。シンディだけじゃなくて2人ともケガしてたし、ギルドとかにも報告するんでしょ?」


 話によれば、バルトス経由でバーネット家にも話が通っているらしい。子爵家の娘2人が盗賊に誘拐されたとなれば大事(おおごと)になるのは違いない。その報告ともなれば、すぐに終えるという訳にはいかないだろう。

 気絶してこの場に連れてこられたアレクには町までの距離も分からないが、下手をすれば夜が明けてしまうかも知れない。


「ふ~ん。じゃあ、話でもして時間を潰そっか? ボク、昼寝したから全然眠くないし」


「アンタ、お気楽ね~。ま、いいけど」


 気絶させられたのを昼寝と言い、この状況で時間潰しを提案するアレクを、お気楽という言葉で片付けて良いものか少々疑問に残る。

 だが、この場にそれを突っ込む者は居ない。代わりに居たのは……。


「……時間つぶしに話がしたいなら、あたしの話に付き合ってくれる? ……あんたたちに、3年前の事を聞きたいんだけど」


 唐突に声をかけてきたのはカーラだった。3人は一斉にカーラの方へ振り返る。

 ミーアとリゼットは、先程のシンディとのやり取りを見ていた為、カーラが何を聞きたいのか察しはつく。だが、アレクにはカーラの言っている事が理解できなかった。


「3年前……? なにかあったっけ?」


「姉さまっ、レックスさんの事件ですよ。ほら、お兄さまが大ケガをして……」


 そうは言われても中々思い出せない。ユーキが大ケガをしたというが、そんな事は1度や2度では無いのだ。

 そもそもアレクはレックスの事を覚えていなかったのだ。数週間前、カーラがユーキに謝罪に来た時もレックスの話題は無く、ただカーラがこれまでのユーキへの態度を謝罪に来たとしか認識していなかった。


 そんなアレクの態度を見たカーラは当然、面白くは無い。自分の大切な人が死んだ事を、アレクは気にも留めていなかったのだ。


「あんた……っ! あんただって……っ、当事者の1人でしょうっ⁉」


 あの時、アレクはカーラと一緒に居たのだ。そしてエメロンと2人で、兵士のブローノと共に「階段」の先へと行った。決して、部外者とは呼べない。

 なのに、忘れているのだ。あんなに酷い姿になったレックスを見た筈なのに……。


「ちょっとカーラ、落ち着きなさい。……アレク、ユーキが腕を落とすかどうかってコトがあったでしょ?」


「ん~……? あぁっ、聖女さまに治してもらった時のコト? いやぁ~、あの時はタイヘンだったよねぇ~」


「あ、あんた……っ!」


 リゼットが間に入り、ようやくアレクも思い出したようだ。だが、その態度はカーラの怒りに油を注ぐ。


 レックスが死んだ事よりも、聖女の方が重要だったとでもいうのか?なぜ、(ほが)らかに「大変だった」などと言えるのか?自分たちがあの後、どれほど心を痛めたのか知らないのか?他人の不幸など、どうでもいいというのか?


「……? どしたの、カーラ?」


 怒りの形相で(にら)みつけられたアレクは素っ頓狂な声で尋ねる。

 残念ながらと言うべきか、カーラの疑問は全て正解していた。アレクはよく知らない少年の死よりも、物語にもよく登場する聖女の方が事件だったし、例の事件はユーキの大ケガに留まった。それも無事に回復したのだから、大変ではあったが過ぎた事だ。

 当然、カーラの心の痛みなど知る(よし)も無いし、知らない不幸の事など、どうも思いようがない。だって、知らないのだから。


 だが、そうとは知らないカーラは納得出来ない。いや、知ったとしても納得など出来ないだろう。

 カーラの怒りが爆発しそうになったその時、アレクの顔面に飛来する者がいた。


「あでっ⁉ いきなりなにするのさっ」


「アンタはもう少し、他人を思いやりなさいっ! あの時死んだ子の事、覚えてるっ⁉ あの子はカーラの幼馴染だったのよっ。アンタ、ユーキやエメロンが死んでも同じ態度でいられるのっ⁉」


 それはリゼットだった。彼女はアレクの顔近くまで寄り、その鼻面を蹴り上げたのだ。そして説教をするようにアレクに(まく)し立てる。

 その姿にミーアは、そしてカーラまでもがしばし呆然とした。


「アンタ今、ユーキが死んでも態度は変わらないって思ったっ⁉ それならアンタはそうなんでしょうよっ! でもだからって、他人を気遣えない理由になんてならないわよっ!」


「リ、リゼット……っ」


「アンタ小さい頃「自分がされて嫌な事は人にしてはいけません」って教わったでしょっ⁉ でもそれは「自分がされてもいいから人にしてもいい」ってワケじゃないのよっ!」


「ちょっと待って。そんなにいっぺんに言われても、わけがわからないよ」


 一体何がリゼットに火を着けたのか。アレクにこんな風に怒鳴り散らすリゼットは珍しい、というか初めての姿だ。

 あまりの剣幕にアレクは何も言い返す事が出来ない。というより言葉の通り、訳が分からない状態だ。


「リゼット、気持ちは分かりますけどその辺で許してあげて下さい。ほら、カーラさんも置いてきぼりじゃないですか」


「あ……、ゴメンね? ……ホラっ、アレクも謝んなさいっ。今は意味が分からなくてもいいからっ」


「……む~、それってちょっとヒドくない? でも、とりあえずだけど……、ゴメンね、カーラ」


 ミーアが取り成す事で、リゼットとアレクも一旦落ち着く。これではアレクとミーアのどちらが姉なのか分からない。

 そしてリゼットが促して、アレクが謝罪をするが……。


「謝んなくていいわよ。どうせ意味が分かってないんでしょ? ……それより、なんであんたが急に怒るのよ?」


 それは当然の疑問だった。リゼットとカーラにそれほど深い関係は無い。数回、言葉を交わした程度だ。アレクに怒鳴り散らしてまでカーラの肩を持つ意味が分からない。

 その疑問を持っているのはバーネット姉妹も同様だった。


「それは……、ベルの件もあるし……」


「「も」? ってことは他にもあるってことよね?」


「実は……、アタシもベルと同じ失敗をした事があって……。その時は大した事は無かったんだけど……」


 カーラの鋭い追及にリゼットが口を割る。

 話によれば、リゼットもベルと同じく「階段」を出しっぱなしにした事で人が「上」へと昇り、事件が起きた事があるというのだ。


「……あー、もしかしてボクたちが初めて会った時のコト? そーいえば、あの頃からユーキはいっつもボロボロだねぇ」


 説明を聞いてミーアは、なるほどと理解を示す。

 リゼットはカーラに対して後ろめたさを感じていたのだ。レックスの死に繋がった事件の引き金を引いた、リゼットの弟分のベル……、そしてベルと同じ(あやま)ちを過去にしていた事に対して。


「そ、それだけじゃないのよっ? その……、カーラには少し……、シンパシーを感じたり……」


「あたしに? なんでよ? あたしは、そんなのあんたに感じてないわよ」


 ばつが悪そうに、まるで言い訳のように言ったのだが、それにカーラが噛みつく。

 殆ど話した事も無いのに、そんなものを感じられる理由が分からない。そして、そう思ったのはバーネット姉妹も同じだった。

 3人に見つめられ、リゼットは観念したように息を()いた。


「はぁ……。カーラとは全然状況が違うけど……、アタシにも大事な家族がいたのよ……」


「家族? 女王さまと妖精の仲間じゃなくって?」


「ま、それも家族みたいなモンだけど……。血の繋がった弟がいたのよね。セービルっていう……」


 それはアレクも初めて聞く話だった。

 というかリゼットの話では女王さまも、他の妖精たちとも血が繋がっていないらしい。てっきりアレクは、彼らが1つの家族で全員血縁だと思っていた。


「リゼット……。「いた」……という事は、やっぱり?」


「そうね……、たぶん死んじゃったんじゃないかな……。だから、カーラの気持ちも少しだけ分かっちゃうのよね」


 遠い昔を思い出すような目で、リゼットが語る。

 それを聞いたカーラは、何も語らない。自分とリゼットは同じではない。レックスは弟では無いし、「たぶん」ではなく間違いなく死んだ。

 ……でも、大事な人を亡くしてしまったという事実だけは共通していた。


「…………」


 少しだけ、長い沈黙が続く。

 リゼットは今はいない弟に、カーラはレックスに思いを()せる。ミーアはそんな2人に気遣って言葉を挟まないし、アレクも怒られたばかりで余計な事を言わない程度の思慮(しりょ)は持っている。


 だが、いつまでも感慨に(ふけ)っていてもしょうがない。リゼットは気持ちを切り替えて明るい調子でカーラに問いかけた。


「それで? カーラの聞きたい事って何だったの? ……だいたい、何を聞きたいのかは分かるけど」


 元々カーラが話しかけてきた内容、それを改めて問い(ただ)す。内容の察しはつくが、それを(あらた)めて口に出す必要があると考えた。

 なぜならアレクは、カーラの状況や気持ちを殆ど分かっていないからだ。そんな状況で話を進めれば、またいらない誤解や(いさか)いを生む可能性がある。


「……あたしは。あたしは、あの時の事件は全部あいつが……、ユーキが悪いんだって、ずっと思ってた。……でも、シンディは「わたしが悪かった」って言ったのよ。あんたたちは……、どう思ってるの……?」


 重症のシンディが残した告白……。それはカーラの心に想像以上の混乱を(もたら)していた。

 3年間もずっと、ユーキを悪者として思い込んでいたのだ。そう簡単に受け入れられるものでは無い。長い年月の間に当時の記憶は、曲解され()じ曲げられたものだってあるのだ。

 ぐちゃぐちゃになった思考と記憶を正す為、カーラは3人に(すが)ったのだ。


「ユーキが悪いコトするなんて、あるワケないじゃんっ」


 真っ先に答えを出したのはアレクだった。まるで「考えるまでも無い」とでも言わんばかりだ。3年前の事件をすぐに思い出す事は出来なくても、ユーキに対する信頼は揺らぐ事は無い。だって、『英雄』のユーキが悪い事をするなんてあり得ないのだから。


「アンタはちょっと黙ってなさいっ」


 考えなしに発言するアレクをリゼットが(いさ)める。ユーキに対する信頼が厚いのは結構だが、アレクが無条件にユーキを信じているからと、それをカーラにも求めるのは無理だろう。


「……カーラさん。お聞きしたいのですが、なぜ「お兄さまが全て悪い」と思っていたんですか? わたしの記憶ではあの日、カーラさんとは殆ど一緒にいましたけど、お兄さまが1人だけ悪者にされる理由が分かりません」


 そして、ミーアが逆にカーラに向けて質問した。

 ミーアは、当時の事をおぼろげながらも記憶している。あの時ユーキは、ヴィーノの兄に全て自分が悪かったのだと自供したと聞いた。きっと、何かの理由でカーラはそれを耳にして鵜吞(うの)みにしているのではないかと考えたのだ。

 もし、そうなら誤解を解く絶好の機会だ。


「それは……、あいつが全部悪いって……」


「それって、誰から聞いたんです? 新聞にも、そんな事は書かれていませんでしたよね?」


 レックスの死は、公式には「町の外で迷子になった子供が魔物に襲われた痛ましい事件」となった筈だ。ユーキの名はもちろん、『階段』も『妖精』も一切、(おおやけ)にはなっていない。


 まるで尋問のように厳しい口調で問い詰めるミーアに、カーラは必死で思い出す。

 新聞なんて見ていない。誰が言ったのだったか……。


「……あ。……あいつ。ユーキ……本人……」


 ようやく思い出したカーラが呟く。それを聞いたミーアとリゼットは頭痛を押さえるように、額に手を当てて顔を(しか)めた。何となくその様な気はしていたのだ。


 事件にユーキが関わっていた事は(おおやけ)にはなっていない。知っているのは当事者以外には衛兵や軍の関係者、ヘンリーやエリザベスといったシュアープの上層人くらいだろう。……ロドニーやヴィーノも知ってはいるが、彼らがユーキを()(ざま)に語るとは思えない。

 そんな限られた人間の中でカーラに接触し、ユーキを諸悪の根源のように語る人物など、いる可能性は低かった。いや、ユーキ本人以外には考えられなかった。


「はぁ……、んっとにアイツは……」


「こればかりは……、擁護(ようご)のしようもありませんね……」


 レックスの死に……、そしてカーラとシンディの2人に1番気を病んでいたのは本人たち以外では間違いなくユーキだ。その為に自分を責めながらも、良好な関係を築けずに距離を取りながらも気にし続けてきた。

 だが関係を(こじ)らせる最大の原因を作っていたのが、まさかユーキ本人だったとは……。


「それでアンタは、あのおバカの言う事を信じちゃったんだ?」


「だって……、そんなウソつく理由なんて……」


 そう、普通はそんな噓を()く理由は無い。だがユーキは普通では無かった。リゼットの言葉を借りれば「普通ではないおバカ」といった所か。


「カーラさんは、わたしたちの考えを聞きたいのでしたね? 3年も前の事なので、わたしも記憶が怪しい部分がありますけど、順に整理しながら話してみましょうか」


 ミーアが音頭を取り、3年前のレックスが死んだ事件の日の事を皆で話す。

 記憶が怪しいなどと言いながら、ミーアは当時の事をよく覚えていた。所々、カーラやリゼットとの記憶違いもあったが、それらも話し合って()り合わせていく。


 一方でアレクの記憶力は酷いものだった。当時の事を殆ど覚えておらず、覚えているのは『階段』を上った後、野犬たちと出会った事。そしてユーキが大亀の魔物を倒していた事くらいだ。

 それらの記憶も怪しいものだ。5m以上もある亀の話など、リゼットも一緒でなければ到底信じられない。


 そして話の途中途中でミーアが、己の推察(すいさつ)(まじ)える。これは、この場の4人だけでは知り得ない情報が必要となる為だ。

 もちろんそこには、ミーアが「こうであって欲しい」「そんな筈はない」などといった偏見(バイアス)が多少なりともかかる。しかしミーアはそれを自覚し、なるべくそうはならないように気を付けながら話を進めた。


「……と、こんな所でしょうか。わたしの見解としては、お兄さまにも多少の非はあると思います。でも、それ以外の要因……、シンディさんが迷子になった事や、ベルが『階段』を出しっぱなしにした事実はお兄さまとは関係がありませんし、それらが事件に与えた影響は多大であると考えます」


 ミーアが話をまとめに入り、事実としてユーキ1人の責任では無いという事を告げる。

 確かにシンディが迷子になった事が発端(ほったん)となったのは全員が共有する事実だ。シンディの謝罪もこれを指しているのだと考えられる。


「……そうね。アタシが言えた事じゃないかもだけど、ベルが『階段』を消し忘れなきゃ、あんな事件は起きなかったでしょうし。……ごめんなさい、カーラ。今度、ベルを連れて謝らせるから……」


「……今は、その話はいいわ。会ってもどうしたらいいのか分からないし……、謝ってもらってもレックスは帰ってこないから……」


 リゼットもベルの件について同意する。そしてベルをカーラの前に連れてくると約束をするが……、カーラは明確な答えを返せなかった。

 ただ、その心境には変化の(きざ)しが見える。今までだったら、ベルの名を聞いて激昂(げっこう)していた可能性が高い。これはミーアとリゼット、そしてシンディが(もたら)した変化だと言えるだろう。


 しかしカーラ自身はまだ、この変化に気付いていない。ただ心の中のモヤモヤが大きくなり、自分でもどうしていいのか分からないような状態なのだ。


「カーラさんは納得しないかも知れませんが、わたしはレックスさん自身にも問題行動があった可能性が高いと考えています」


「……なんでよ? あんたの想像? それともなにか根拠でもあるの?」


「お兄さまがカーラさんに嘘を()いたからですよ」


 ミーアの言葉はカーラに衝撃を与えた。さっきからずっと疑問だった答えを突き付けられたのだから……。


 ユーキが「全て自分が悪い」と嘘を()いた理由が、レックスを庇う為だったというのなら確かに説明はつく。そして、カーラの記憶の中のレックスは決して有能でも冷静沈着でもない。むしろガサツで臆病でデリカシーの無い、普通の男の子だった。

 しかし、それでも納得の出来ない事はある。


「レックスを庇ってるって言いたいワケっ? 何のためにっ? あいつとレックスは、そんな仲良くなかったわよっ!」


 そうだ。ユーキにはレックス庇う動機など無い。仲良しどころか、その仲は悪かったとさえ言える。……他ならぬ、カーラの所為(せい)で。

 だからユーキが、自分を悪者にしてまでレックスを庇う理由なんて無い。……無い……筈だ。


「お兄さまはレックスさんと……、カーラさんとシンディさんとも、ずっと仲良くしたいと思っていましたよ?」


 何度も訪れた衝撃……、その中でも特大の衝撃がカーラを襲う。


 ユーキが自分たちと仲良くしたいと思っていた?初めて会った時に殴ったのに?その後もずっとイジメ続けたのに?信じられる訳が無い。そんな人間がいる訳が無い。


 必死に否定を続けるカーラだが、内心では気付いていた。ユーキがずっと、自分たちを気遣いながらも世話を焼こうとし続けていた事を。


 レックスの死んだあの日、自分は何を考えてミーアたちと話したのだ?あいつは何で、甲斐甲斐(かいがい)しく料理を振る舞ってくるのだ?少し前にあいつが焼いたプリンを食べた時、あいつはどんな顔をしていた?


 気付いてしまった。いや、ずっと前から気付いていたのだ。それを今、とうとう認めたのだ。

 ユーキはずっと昔からカーラたちの為に尽くし続けてきてくれていたのだ。こちらがいくら嫌っても、攻撃しても、無視をしても構わずに……。まるで本当の父のように……、兄のように……。

 だから同時に認めてしまう。ユーキが「全部自分のせい」だと言ったのは、カーラたちの為なのだと。


「なんで……? あたしたち……、あたしは……そんな風に思ってもらうようなこと……なにも……っ」


 それでも、最後に残った不可解が理解を拒む。

 カーラたちはユーキの為に何もしていない。むしろ、ユーキの不利益となる行動しかしていないのだ。

 この事実がある限り、ユーキを理解する事は出来ない。


「それは、まぁ……、お兄さまって、そういう人ですから」


「ホンット、困ったおバカさんよね~」


「なんで? ユーキらしいじゃんっ」


 だが、カーラの疑問に答えた3人を見て確信する。困り顔のミーアも、呆れ顔のリゼットも、能天気なアレクも、誰1人としてユーキを理解してなどいないのだと。理解出来なくても、そんなユーキを信頼しているのだと。好きなのだと、その表情を見れば分かる。


 人が人を好きになるのに、理解など必要ない。カーラだってシンディの事も、レックスの事も、一体どれだけ理解しているといえるのだろうか。ユーキの事だって……、理解できなくたって好きになる事は出来る……。


「でも……、そう思ったって……今さら……」


「カーラさん……」


 明確に言葉にした訳では無い。だが、それでもカーラが何を思っているのかは何となく感じ取る事が出来た。

 今までの態度と考えを悔やんでいるのだと。これからの行動を思い悩んでいるのだと。どうやってケジメをつければいいのか、分からないのだと。


「そんなの、アンタのしたいようにすればいいじゃない。今まで通りにでもいいし、ユーキと仲良くしたっていいじゃない」


「だって……そんなの……。あたし……、ずっとひどい態度で……」


 リゼットが思うようにしろというが、そんなに簡単な問題では無い。

 もう、今となってはユーキが全部悪かったなんて思えない。でも、今までのユーキへの態度を無かった事になんて出来はしない。

 さんざん嫌って、暴力を振るって、罵倒(ばとう)して、無視をしたのだ。数年間に渡るそれらを「勘違いしてました、ごめんなさい」で済む筈がない。


「そーいえばさっ。ミーアも最初、ユーキに冷たかったんだよねっ」


「……えっ」


 突然、脈絡なくそう言ったのはアレクだった。一体、今までの話と何の関係があるのだろう?3人ともが、話の流れをぶつ切りに話し出すアレクに呆気にとられた。


「ミーアはホラ、猫かぶりするからそこまでロコツじゃなかったけど、ユーキとエメロンには何だか冷たかったよね。……エメロンに対しては今もそんなに変わってないかなぁ?」


「ねっ、姉さまっ? 何を……」


「あー、そう言えばそうだったかもね。いっつも距離を取って、「なんでいるんですか?」って態度だったものねぇ」


 周りに構いなく話し続けるアレクに、ミーアは戸惑うがリゼットは話に追従(ついじゅう)し始める。

 初耳のカーラにとっては意外な話だった。普段、あれほど「お兄さま、お兄さま」と言っているミーアが、ユーキに冷たかったなど想像がつかない。一体、何があれば冷たい態度を取っていた相手と現在のような関係になるのか、カーラは疑問に思った。


「それが……、何で今みたいに、あいつにベッタリになったわけ?」


「ベッタリだなんて、そんな事は……」


「いつ頃だったかなぁ……。昔、今回みたいにミーアとユーキが(さら)われちゃったコトがあったんだよね。それから帰ってきてから急に、だったかな? そーいえば、ユーキのコトを「お兄さま」って呼ぶようになったのもそれからだよね?」


「そ、それは……」


 あの事件は、ユーキが「お兄さま」になった大事な思い出だ。

 お兄さまは、ずっと冷たい態度を取っていたミーアを、誘拐の元凶のミーアを、足手纏(あしでまと)いのミーアを最後まで、見捨てずに守り抜いてくれたのだ。入院する程の怪我を負いながらも。

 それを人に話すのは(はばか)られる。とても客観的に話せる自信が無い。……いや、よく考えてみれば、この中に当時の事情を詳しく知る人間はいない。……なら、別に脚色してもいいのではないか?


「そうだっ! カーラもさ、ユーキのコトを「お兄さま」って呼んでみるのはどうっ?」


「はぁっ⁉ なんでそうなるのよっ⁉ 意味わかんないっ!」


 ミーアが下らない事に思考を巡らせていた時、アレクがとんでもない提案をした。

 これを耳にしたカーラは当然反発するが、それはミーアにとっても同様だった。


「そうですよっ! カーラさんがお兄さまを……。そっ、そんなの、何の意味があるんですかっ⁉」


「え~、ダメかなぁ? ミーアが上手くいったんだから、カーラもそれでユーキといい感じになると思ったんだけど……」


「そんなのっ、何の根拠にもなりませんっ!」


 ミーアの言う通り、根拠とするには弱すぎる。ミーアとカーラでは状況が違い過ぎるし、前例も1例だけだ。アレクは、さも名案のように言い放ったが、ただの思いつきを口にしただけと言う(ほか)ない。

 ただ……、人と人の関係というものは、案外こんな単純で無意味な所から変化するものなのかも知れない。だから……。


「あ、気が付いたら空が明るくなってきた。やっぱ、夜通しになったね~」


「姉さまっ、わたしの話をちゃんと聞いて下さいっ!」


 女三人寄れば(かしま)しいなどと言うが、4人揃った夜の森は賑やかに終わりを告げた。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 その少し後、ユーキとエメロンが空を飛んで帰って来た。

 ユーキは4人の無事を確認し、ホッと胸を撫で下ろした後に状況を説明する。


「まず、シンディは無事だ。大ケガに見えたけど、命には別状ないってよ」


「ぜぇーーっ、ぜぇーーっ」


 医者の説明では、シンディに命中した弾は頭蓋骨を(かす)めただけで死ぬような怪我では無いらしい。ただ、決して浅い傷とも言えないので入院は必要だという事だが。……これは後に知る事だが、放置していれば失血死していた可能性があったという事だ。

 とにかく、この報告には全員……、特にカーラは安心する。安心のあまり、脱力して膝を着いた程だ。


「んで、もうすぐ軍の人らがやってくる。それまで俺らは待機だな」


「んじゃ、リゼットは隠れないとね。あ、でもボクのカバン……」


「透明のフードも無いわよ。捕まった時、庭に落としちゃったから」


「ぜぇーーっ、ぜぇーーっ」


 アレクとミーアは鞄どころか、着ていた服も処分されてしまった。残っているのはアレクの剣くらいである。

 しかも透明のフードは落としてしまったらしい。貴重な品物だし、すぐに見つかればよいのだが……。


「ま、それくらい何とでもなるだろ? リゼットなら1人でも帰れるだろうし、何なら服の中にでも隠れるか?」


「……アンタたち一晩中動き回って汗臭そうだし、1人で帰るわ」


「ぜぇーーっ、ぜぇーーっ」


「あの……、エメロンさんは大丈夫なんですか?」


 仰向けに倒れて息を切らすエメロン。それを無視し続けて話を進める面々に、とうとうミーアがいたたまれなくなってしまった。


「あぁ、帰るのに少し無理をしたからな。まぁ、ただの魔力切れだから、その内治るだろ。言っとくけど、俺が()かしたんじゃねぇぞ?」


 決して()かした訳では無い。だが、ユーキ自身も4人が心配だったのは事実だ。一晩中動き回った後のエメロンが、明らかにオーバーペースで飛んでいたのには気付いていたが、それを指摘しなかったのもまた事実だった。

 ただ、そのおかげでいち早く4人の無事を確認できたのだから良しとするべきだろう。


「ふぁ……、まだ待つのかぁ。ボク、少し眠くなってきちゃった」


「別に寝ててもいいぞ。盗賊どもは俺が見張ってるし」


「んじゃ、アタシは先に帰ってるわ」


 そう言って、アレクは毛布に(くる)まり始め、リゼットは1人で飛んで行ってしまった。残されたのはユーキ、ミーア、カーラの3人である。エメロンは未だに身体を起こす事さえ出来ないで倒れている。


「2人とも疲れたろ? 寝ててもいいんだぞ?」


「わたしは起きてます」


「あたし……も……」


 ユーキはそう言うが、縛られているとはいえ盗賊たちがそこらにいるのだ。野外という事もあって、そんな簡単に寝られる訳が無い。アレクが少しおかしいのだ。


 それにカーラは今、眠気など全く感じない。それは、ある決心を固める為に必死なのだから。

 今、3人の間に会話は無く、沈黙が続いている。言うなら今しかない。「覚悟を決めろ」と、カーラは何度も自分に言い聞かせる。そして……。


「……あ、あの……さ……」


「……ん? シンディなら心配しなくても大丈夫だよ。入院はするけど面会は出来っから、帰ったら顔を見せに行ってやれよ」


「ちがっ……、そうじゃなくて……」


「んじゃ、腹が減ったか? 悪ぃけど、何にも持ってねぇや。……あ、それともトイレか? う~ん、そこらの物陰でするしか……」


「お兄さまっ、ちゃんと聞いてあげて下さいっ。あと、女の子にそれはセクハラですよ?」


 口ごもるカーラに、ユーキは矢継ぎ早に口を開く。カーラの言いたい事を考えようとしているのは分かるのだが、どうにも見当違いだ。

 その光景を見ていられず、ミーアが口を挟む。先程まで一緒に話していたミーアには、カーラが今から何を言おうとしているのかを察する事が出来るのだ。


「お、おう……悪かった。……カーラ、何でも言ってくれ」


 ミーアの指摘に謝罪をして、カーラに向き直る。

 ユーキにはカーラに対する負い目がある。「何でも言ってくれ」というのは決して誇張(こちょう)では無い。カーラの望みだというのなら、最大限叶えようと思っている。


 カーラが次の言葉を発するのには少し時間がかかった。しかしユーキはもちろん、ミーアも何も言わずに待っている。それがカーラにはプレッシャーだった。

 だが、いつまでも黙っている訳にはいかない。先ほど決めた筈の覚悟は(くじ)かれてしまったが、それを再度かき集める。


「…………ぉ……、ゅ……。……にい……さん……っ」


 何と呼ぼうか、最後まで迷っていた「それ」を口に出す。

 「お兄さま」なんてのはガラじゃない。「お兄ちゃん」も可愛らしすぎる。名前で呼ぶのも恥ずかしい。その直前まで色々考えて出した結論は、「兄さん」だった。


「「…………」」


 ユーキとミーアは鳩が豆鉄砲を食ったようで固まっている。

 ユーキは、なぜカーラがそんな事を言い出したのか分からない。「それ」が自分を指しているのかすら分からない。

 ミーアは、まさかカーラが本当にアレクの提案を鵜吞(うの)みにするなんて思っていなかった。


「今まで……ごめんなさい……っ! それと、助けに来てくれて……ありがと……」


 謝罪と感謝を述べるカーラだったが……、その言葉はユーキの耳には届いていなかった。

 固まった2人が我を取り戻して思考が回復するまでには、今しばらくの時が必要であった……。


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