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第52話 「シンディの謝罪」


「転移魔法?」


「うん。言葉の通り、物質を別の場所に移動させる魔法だよ」


 アレクの新魔法開発を続けたある日、エメロンの提案したのは『転移魔法』というものだった。

 その言葉を聞いたアレクは『転移魔法』で、どのような事が出来るのかを夢想(むそう)する。


 瞬間移動のように神出鬼没に転移を繰り返し、一瞬で敵の間合いへ――。いや、背後に現れる――。

 馬に乗っても何日もかかる距離でも一瞬で――。


 思い描いていたような、敵を一掃するような派手さは無いが……悪くない。いや、カッコイイかも知れない。

 だが、それに異を唱えたのは隣にいたユーキだった。


「おい、エメロンっ。アレクに、んな危ねぇ魔法を使わせる気かっ?」


「危ないの? ……そう言えば昔読んだ本に、『転移魔法』を使ったらバッタと一緒に転移してバッタ男になった話があったような……」


「…………。アレク、大丈夫だよ。バッタと一緒に転移しても、バッタ人間にはならないよ」


「ホント? あー、安心したっ。少し心配だったんだっ」


 また変な本ばかり読んで……。と、ユーキは呆れるばかりだ。

 アレクは物語ばかりで、実用書や参考書の類は全く読まない。物語が悪いとは言わないが、少しくらい役立つ知識を身に着ければ良いものを。


「……って、安心じゃねぇよっ! だいたい、王国じゃ『転移魔法』は禁止されてるハズだぞ?」


「禁止されているのは「人体および、第三種魔法媒体(ばいたい)」だね。それ以外なら禁止されてはいないよ」


「第3……? 何それ?」


「俺も知らねぇよ……」


 アレクには知識を着けろと思った矢先に、ユーキは己の無知を思い知る事となる。エメロンに比べれば、ユーキもアレクも同程度という事なのか。

 ちなみに『第三種魔法媒体(ばいたい)』とは、魔力の供給源でなく、魔法陣も描かれていない魔法対象を指す言葉らしい。魔力の供給源が『第一種』、魔法陣の描かれた物が『第二種』との事だ。


「えっと……、『一種』は魔力の供給源……ってコトはボクのコトだよね? それはダメだから……、じゃあ『第二種』なら転移してもオッケーなんだよね?」


「そうそう。アレクの剣を転移させるのはどうかなって」


「それ、何か意味あるか? 剣を手元に寄せようってだけだろ? 普通に抜きゃあ、良くねぇ?」


「そんな事ないよ。落としたり、無くしたりするかも知れないし」


 咄嗟(とっさ)に否定的な意見を出してしまったユーキだが、そう言われれば納得してしまう。おっちょこちょいなアレクの事だ。どちらも十分にあり得る可能性と言わざるを得ない。


 それによくよく考えてみれば、戦闘中はコンマ1秒が生死を分ける場合が多々ある。僅かな動作であっても省略できるのは大きなアドバンテージかも知れない。

 ……が、よく考えてみれば問題点も思いついてしまう。


「それ、どうやって魔力を剣に送るんだよ。触ってるなら転移させる意味ねぇじゃねーか」


「そこはホラ、アレクの常識外れの魔力量なら触ってなくても出来るかなって……。それにさ、この魔法なら細かい制御は必要ないよ? いくら出力を強くしても意味は無いし、転移場所も術者の目の前に指定させれば良い訳だし……」


 エメロンの珍しい大雑把な意見に、ユーキは呆れて物が言えない。

 精霊の干渉(かんしょう)による魔力の減衰は、魔法となる前の純粋な魔力の方がより影響が大きいとエルヴィスに教わった。更にそこへ、『転移魔法』を起動する為の魔力を剣に送る必要がある。いくらアレクの魔力量が規格外とは言っても、一体どれだけの距離で使えるというのだろうか?

 もしユーキがこの魔法を使う事を考えるのならば、せいぜい数十cmが関の山だろう。落とした武器を拾うのに使う事も出来るか疑わしい。


 だが、エメロンの主張の後半には一理ある。

 確かにこの魔法なら、魔力制御の下手なアレクであっても被害はそうそう起きる事は無いだろう。想定できる危険も、魔法陣の調整で封殺する事が容易(たやす)そうだ。


 いやしかし、まだ問題点もある。

 そんな風にユーキが悩み、熟考していたが、アレクはいつも通りの能天気な調子で宣言した。


「ボク、エメロンの考えた魔法でやってみるっ!」


「……もう少し、ちゃんと考えた方がよくねぇか?」


「いいんだよっ! だってカッコイイじゃんっ! 「魔剣召喚っ!」なんちって」


 そう言って、剣を振り抜きながらポーズをとるアレク。

 どうでもいいが、皆でプレゼントした剣を勝手に魔剣にしないで欲しいものだ。聖剣でも、神剣でも、いくらでもアレクの好きそうな(たと)えはありそうなのに、なぜよりによって魔剣なのか……。どうせまた、何かの物語の影響だろう。


 そんなこんなでアレクの新魔法は具体的な形を見つけ、実践的な開発に乗り出したのだった。

 ……実際に魔法陣を描き、調整を繰り返したのはユーキとエメロンであり、アレクはテストをしているだけだったのだが。




△▼△▼△▼△▼△




 右手で持った剣を突き出すアレクと、膝を着いてその顔に向けて剣を突き付けられるアベル。

 その2人の姿を見れば勝敗の行方は一目瞭然(いちもくりょうぜん)だった。


 そしてアベルも、その事実を受け入れられない程狭量(きょうりょう)ではない。いや、この瞬間、アベルは勝敗などどうでも良くなってしまっていた。

 まるで物語の魔王かと見紛(みまご)う程の魔力を持ちながら、自分を殺す事なく勝敗を決しようとする慈悲深さと、剣を突き付ける美しい(おもて)はまるで戦乙女(ヴァルキリー)のようだ。

 アベルはアレクに見惚(みと)れ、完全に魅入られていた。


 しかし、いつまでも見つめてはいられない。

 内心では己の敗北を認めてはいたアベルだったが、それを易々(やすやす)と口にする事はプライドが許さない。


「一体、どこから剣を……?」


 結局、口から出た言葉はこんなセリフだった。

 本当はこんな事を疑問には思ってはいない。『転移魔法』を使った事くらい分かっている。起動に必要な魔力が非常に多い事や、使いようによっては危険な事からあまり一般的な魔法では無いが、他には考えられない。


「へっへーっ、スゴイでしょっ? 名付けて≪栄光の道筋(スターロード)≫!」


 そんなアベルの内心を(つゆ)知らず、アレクは得意気に話す。


 アレクは理解しているのだろうか?その≪栄光の道筋(スターロード)≫とやらを使って剣を()ぶ魔力の、ほんの10分の1でも攻撃に使えばアベルは消し炭となっていたであろう事を。

 それだけの「力」があれば、数を頼りにせずとも1人で国とすら渡り合えるであろう事を。

 今、アベルがどのような気持ちでアレクを見ているのかという事を。


 だが、アベルの方も理解してはいない。

 アレクは≪栄光の道筋(スターロード)≫の使用に使った魔力の10分の1以下ですら、まともに制御する事はできない事を。

 アベルを殺したり、ましてや国をどうこうする意志は全く無い事を。

 今、アベルの心の中に巻き起こるこの感情を、何と呼ぶのかを……。


「……してやられたね」


「それって負けを認めるってコト?」


 アベルがつい口に出した言葉を、アレクは敗北宣言であるのかと認識した。

 (あらた)めて問われて、それでも敗北を認めないのは格好がつかない。しかし、素直にそれを口にするのはプライドが邪魔をする。


「それじゃ、これからはアベルも仲間――」


 黙って、ただアレクを見つめ続けるアベルの返事を待たず、アレクは勝利宣言をしようとした。だが、その時――。

 遠方から”ギャリギャリ”と騒音を上げて何かが近寄ってくる。不思議に思ったアレクはアベルから視線を外し、音の方へと顔を向けた。


「何の音だろ? ……ぅわっ⁉ まぶし……っ!」


 その時、激しい閃光がアレクの眼を焼いた。夜の暗闇に慣れていたアレクの眼は一瞬で視界を奪われ、何も見えない。

 ただ、閃光の発生源はハッキリしている。それはアレクの前方やや下……、アベルだ。アレクが余所見(よそみ)をした隙に『象形魔法』で光を放ったのだ。


「ははっ。僕の負けでもいいんだけど、引き分けという事にしておこうよっ。いつか、今日の勝負の続きをしようっ! その時こそ、僕は君を手に入れてみせるっ!」


「アベルっ⁉ 何を……」


 何も見えないアレクを嘲笑(あざわら)うかのようにアベルが宣言をする。そして遠ざかっていくアベルの声に、中年男性と思われる声が混じる。


「今の光はテメェか、アベルっ⁉ テメェ今まで何を……」


「黙ってないと舌を噛むよ、ハーゲン父さん。どうせ逃げてきたんだろう? なら、余計な事を考えてないで安全確保が最優先さ」


 「父」と呼ぶハーゲンに対して、しかしアベルは一切の畏敬(いけい)の念も抱く事も無く話す。

 そんな会話が聞こえたのを最後に、騒音はどんどんアレクから遠ざかっていき、ようやく目が回復して見えるようになった時、いくら辺りを見回しても誰も居なかった。


「…………。くっそーっ、せっかくアベルを追い詰めたのに~っ」


 1人、取り残されたアレクはそう愚痴を()くが、目が見えない状態で攻撃されれば為す術も無くやられていた筈だ。アベルは「引き分け」と言っていたが、実際には「見逃してもらった」のが正しいのかも知れない。


「はぁ……、愚痴っても仕方ないよね。ユーキたちの所へ帰ろ」


 アベルは強かった。それを引き分けに持って行けただけでも良しとしよう。それどころか、一時(いっとき)は勝利目前までいったのだ。ユーキとエメロンの2人が創ってくれた≪栄光の道筋(スターロード)≫が決め手になったと言えば、2人とも喜んでくれるだろうか?

 相変わらず、そんな呑気な態度でアレクは盗賊たちのキャンプ地へと足を向けた。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 アレクとアベルの決着が着く少し前。追い詰められたハーゲンは、人形兵器に「女を撃て」と命令した。

 この場にいる「女」と言えば、全てユーキたちの知り合いしかいない。咄嗟(とっさ)に振り返ったユーキだが、無情にも……。


”パパァンッッ‼”


 夜の森に、乾いた銃声の音が鳴り響く。


「……け……ヒヒ……」


 銃を手にしたハーゲンが震えながら笑う。


「て、めぇ……」


 ユーキが振り向き、ハーゲンを(にら)む。

 ……だがその直後、ユーキは膝を着いた。


 ハーゲンに背を向けたユーキは、背中を鉄砲で撃たれたのだ。


「「ユーキっ‼」」

「お兄さまっ‼」


 エメロンとリゼット、ミーアが同時にユーキを呼ぶ。彼らの目からもユーキが撃たれたのは明白だ。

 だが幸いというべきか、ユーキのダメージは致命傷では無かった。


 ユーキは上着の下に、細い鎖で編んだシャツを着ていた。防具をしっかり身に着けろというバルトスの教えだ。

 それなりの重量ではあるが、ハーゲンの撃った弾丸は貫通する事なく鎖で止まったようだ。……おかげで命拾いをしたのかも知れない。そう考えるが、バルトスに感謝をするというのは(しゃく)だ。

 撃たれた個所は酷く痛むし、本当に効果があったのかも疑わしい。ひょっとして、こんな重い物を着てもあまり変わらなかったのでは……。


 そんな事をユーキが考えていたその時、もう1人の叫び声が響いた。


「シン……ディ……? いや……、いやあぁぁーーーっ‼」


 声を上げたのは、カーラだった。カーラのすぐ側には、仰向けに倒れているシンディの姿がある。

 その姿と声を聞いても誰も状況を理解できず、理解を拒んで、動く事が出来なかった。


 そんな中でいち早く行動を開始したのは、ハーゲンだった。


「オ、オレ様を連れて、全力で逃げろっ‼」


 ユーキも、エメロンもミーアも、ハーゲンの言葉の意味が分からない。現状を理解しようとするので精一杯なのだ。

 だがハーゲンの言葉が誰に向けられたものなのかは、すぐに理解する事になる。


 反応したのは人形兵器だった。

 残ったもう1体の人形兵器はハーゲンの言葉に反応して、勢いよくユーキの前を通り過ぎ、ハーゲンの元へと移動した。そしてハーゲンが人形兵器にしがみつくと、そのまま走り去ろうとする。


「テメェっ! 逃がすかっ‼」


 ユーキは左腕をハーゲンに向け、残された2本の針を飛ばす為に魔力を込める。人形兵器には効かなくても、ハーゲンには効果がある筈だ。

 だが腕を突き出した瞬間、撃たれた背中が痛む。痛みを(こら)え、残された2本の針を立て続けに発射するが……。


”ガッ!”


 1本は木に、もう1本は虚空へと消えて行った。万全の状態なら……、撃たれていなければ絶対に外す事は無かったのに……。


「ち……くしょうっ! 待てっ‼」


 それでも逃がすまいと立ち上がり、足を前に踏み出すが……。


「ユーキっ! ……追うのは無理だよ」


 エメロンがユーキを止める。

 確かにエメロンの言う通りだ。普通なら走って追いつく事も出来るだろうが、ユーキは撃たれ、エメロンも肋骨を骨折している。それに……。


「そうだっ! シンディっ‼」


「お兄さまっ、エメロンさんっ! 早くこちらへっ!」


 シンディが倒れたのだ。その事を思い出した時、既にシンディの元へと移動していたミーアが2人を呼ぶ。

 痛みを(こら)えながらも全力でシンディの元へと駆け寄る2人。だが、その目に映ったシンディの姿は……。


「これは……」


「シ……ンディ……?」


 頭部から(おびただ)しい量の血を流して倒れている、シンディの姿だった。呼吸はしているが、浅く、早い。薄緑色の目は(うつ)ろで、その焦点は合っていない。

 ハーゲンの命令で人形兵器に撃たれたのだ。ユーキが撃たれた時、銃声は2つ重なっていたのだ。


「あ……あんたっ‼ あんたたちがシンディを連れてきたんでしょっ⁉ 何でよっ⁉ またっ、あたしから奪うつもりっ⁉」


「カ……、カーラ……」


 近付くと、カーラは自分の衣服が乱れているのも構わずにユーキに詰め寄る。しかし、ユーキに返す言葉は無かった。

 カーラの言う通り、シンディを連れてきたのは自分だ。反対はしたがシンディが言う事を聞かなかったなどと、言い訳は出来ない。


「カーラさん……、ユーキは反対したんだ。それを僕が……」


「あんたは関係ないでしょっ‼」


 エメロンが弁護をするが、カーラは聞く耳を持たない。

 今の……いや、レックスが死んでからのカーラにとって、事実がどうかなど関係が無かった。ユーキが全て悪い。それだけが、カーラにとっての真実だった。


「カーラさん、落ち着いて。今は一刻も早くシンディさんをお医者様に()せないと……」


「どうやってっ⁉ ここはドコよっ⁉ どうやって町に帰ればいいのよっ⁉ 間に合うワケないじゃないっ‼」


「そんなの、やってみなきゃ分かんないじゃないっ」


「じゃあっ、あんたがやって見せなさいよっ‼ 妖精ならっ、絵本みたいに奇跡を起こして見せなさいよっ‼」


 カーラの言う事は、全く理性的では無い。ただの八つ当たりだ。そんな事は本人以外の全員が分かっている。

 だが、誰もそれを(とが)める事は出来なかった。この場の誰もが、カーラの境遇を痛いくらいに知っているのだから。

 もはやユーキもエメロンも、ミーアもリゼットも……誰もカーラの激情を止める事は出来なかった。


「カ……カーラ……ちゃん……」


 だがその時、シンディが口を開く。恐らくこの場で、唯一カーラとまともに話す事の出来る人物が。

 カーラは驚きに振り向く。シンディが意識を取り戻したのだ。思ったより傷が浅かったのかも知れない。今にも、何事も無かったかの様に立ち上がるかも知れない。


 そんな淡い期待はすぐに裏切られた。

 シンディは変わらず浅く速い呼吸を繰り返し、感情の感じられない瞳は夜空を見上げている。額から流れる血も止まっていない。


「シンディっ⁉ シンディっ、お願いっ……、死なないで……」


「カーラ……ちゃん……。ごめん……なさい…………」


「なんでっ? なんで謝るのっ? 悪いのは、全部こいつらなのよっ? シンディが謝ることなんて1つも無いのよっ?」


 まるで、うわ言のように謝罪を口にするシンディ。意味が分からないカーラは、必死にその言葉を否定する。

 シンディが悪い筈が無い。ユーキたちに巻き込まれたに決まっている。なぜ、被害者のシンディが謝らなければならないのか?


 だがシンディの謝罪は、そのような事とは関係が無かった。


「レックスちゃんが、死んだのは……、わたしが……悪かったの…………。わたしが……、勝手なことを、したから…………」


「レックス…………? なに……? なんで今、そんな事を……?」


「わたしが……ぜんぶ、悪かったの……。ユーキお兄ちゃん、は……わたしを助けに……来てくれたの……。だから何も、悪く……ないの……」


「シン……ディ……?」


 シンディの謝罪は3年以上も前の、レックスが死んだ時のものだった。

 彼女の告白はある意味正しい。あの時シンディが迷子にならなければ、あんな事件はそもそも起きなかったのは事実だ。

 だが、今更そんな事を言われても簡単には受け入れられない。カーラは3年以上、ユーキと妖精が全ての元凶だと思い込んでいたのだから。


 それは隣で聞いていたユーキも同様だった。

 ユーキも自分が全て悪かったのだと、ずっと言い聞かしてきたのだ。それが今、ユーキは何も悪くないと……、そんな事を言われても受け入れ(がた)い。


 シンディの告白を抵抗なく聞く事が出来たのは、エメロン・ミーア・リゼットの3人だけだった。


「ずっと、怖くて……謝れなかったの……。ごめんなさい…………」


「……やめて。……やめてよ」


 カーラには、シンディの真意が分からない。分かりたくない。だってこれでは、まるで遺言ではないか。

 そんなもの、聞きたくない。レックスが死んだのも、全てユーキが悪かったのだ。それでいいじゃないか。だから復讐の為に、アベルと協力して……。


 そこでようやくカーラは思い至る。自分とアベルのやり取りの場に、シンディが居た事を。

 ひょっとすると、それが原因でシンディがこの場に居るのではないのか、と。


 カーラの推測は当たっていた。それが無ければシンディは、カーラがアベルに誘拐されるのを目撃する事も無かったし、ユーキたちに捜索を願う事も、この場に現れる事も無かったのだ。


 この場にシンディが居る事は本人の意思であり、そしてカーラにも責任の一端があると言えた。それにカーラは気付いた。……気付いてしまった。


「シンディ……、あたしの、せいで……?」


 そう思ってしまったカーラの頭はぐちゃぐちゃだ。

 シンディはユーキたちが連れてきたのだと思い込んでいた。でも自分を探しに来たのなら、むしろ巻き込まれたのはユーキたちではないのか?

 では3年前の事件は?ユーキは全て自分が悪いと言っていた。でも今、シンディは自分が悪いと言った。どちらかが嘘を()いているのか?なぜ、そんな噓を?どちらを信じればいいのか?そんなのは……分からない……。何も、分からなくなった……。


「……そっか。わたし……カーラちゃんに嫌われるのが……怖かったんだ……。ごめんね……カーラちゃん……。最後に、なって……」


「……いや。……やめてよ。……最後なんて……言わないで。あたしを……1人にしないでよ……」


 「最後」なんて聞きたくない。シンディが死んでしまうなんて考えたくない。もしそうなってしまったら、自分は1人ボッチになってしまうではないか。

 いくらそう訴えても、カーラにシンディの生死を動かす力は無い。カーラに出来るのは、ただ祈ってお願いする事だけだ。


「ごめん、ね……。でも……だい……じょぶ……。ユー……キ、お兄……ちゃんなら……、き……っと……」


 (うつ)ろな目を閉じながら、シンディは最後の力でそれだけを言う。

 ユーキなら、きっとカーラを許して受け入れてくれる。カーラも、誤解が解けたらきっとユーキと仲良くできる。

 それは、子供が想い描くただの妄想だった。それでも、きっとそうなると信じてシンディは目を閉じた。


「シンディ……? 冗談はやめてよ……。ねぇ、起きなさいよ……」


「ごめ……ん……。ねむ……く……て…………」


 カーラがシンディを起こそうと話しかけてくるが、限界だ。もう意識を残していられない。

 意識を手放す直前に、カーラが大声で何度も名前を呼ぶのが聞こえた気がした――。


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