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第51話 「2人の宣誓」


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 肩で大きく息をするアレク。その顔は、アベルに幾度(いくど)も殴られて()れ上がっていた。いや、顔だけではない。服で隠れているが胴体も、(そで)から覗く腕や脚にも無数の(あざ)が残っている。

 全て、アベルの攻撃によって出来たものだ。


「そろそろ諦めたらどうだい? 僕には敵わないって、まだ分からないのかい?」


「はぁ……はぁ……、っだあぁぁっ!」


 アベルの降伏勧告に耳を貸さず、息を切らせながらもアレクは突進する。

 だが、何度繰り返してもアレクの攻撃はアベルに届かない。アベルの眼には……≪悪女の魔眼(ラヴェンツァの瞳)≫には、アレクの動きも、魔力の流れも、その感情の向く先までもが手に取るように見えているのだから。


 今度は頭から左肩にかけて、広い範囲で強化をしている。体当たりでもするつもりのようだ。

 これほど痛めつけられても()える事の無い闘志と、全く衰えない魔力には驚嘆(きょうたん)するが、残念ながら同じ結果だ。


「……わぎゃっ⁉」


 ≪悪女の魔眼(ラヴェンツァの瞳)≫を持つアベルにとって、真っ直ぐに猪のように突っ込んでくるアレクの対処は容易(たやす)い。ほんの少し、アレクの攻撃線上から()けるだけで簡単に()けられる。これではいくら速かろうと意味は無い。

 今も足を引っかけただけで見事に転がった。


「いい加減に理解しなよ。君では、僕に勝つのは不可能だって」


「はぁ……はぁ……、アベル、は……」


「……うん?」


「アベルは……、何でこんなに強いのに……、盗賊なんて……」


 ゆっくりと立ち上がりながら、盗賊稼業を行っているアベルへの疑問を口にするアレク。

 アベルはこの行動を時間稼ぎだろうかと考えるが、それでも構わないと会話に応じる事にした。

 どうせ万全の状態だろうとアレク相手に負ける訳が無い。仮にユーキとエメロンがやって来たとしても後れを取らない自信がある。


「強ければ皆、真っ当に生きていけるとでも考えてるのかい? もしそうなら、君は世の中を知らなさすぎるね。むしろ、無法の中では強くなければ生きていけないのさ」


「冒険者なら、誰だってなれるじゃないかっ!」


 アベルの理屈にアレクが反論する。

 冒険者なら、殆ど制限がなく所属できる。身元証明の市民票があれば、後は年齢制限のみだ。近年スラムの出来たシュアープなら、申請して軽い調査をするだけで市民票は手に入れる事が出来る。年齢制限も、ミーアと同じクラスなのだから長くても1、2年待つだけだ。それまでは孤児院で生活すればいい。


 決して長くはない付き合いだが、アベルは無能では無い。むしろ、戦闘能力はごらんの通りだし、頭の方も良い印象を受ける。たとえ何の後ろ盾が無かったとしても、悪事に手を染めなければ生きていけない様には見えなかった。


「……残念だけど、僕はヒト族の輪の中には入れない。入っても長居する事は出来ない」


「それって、アベルのお爺さんが魔族だから? そんなの、黙ってれば……」


 アレクの予想は決して的外れではなかった。

 『魔族』とは、ヒト族にとっては忌避(きひ)すべき種族だ。それは『魔人戦争』が終結して20年以上経った今でも根強く残っている。事実、アベルはその紅い右眼が原因でイジメを受けた過去があった。


 そして、アレクの予想が当たっているのなら、解決策も間違っているとは言えなかった。

 黙っていればバレる事など、そうそう無いだろう。実際、アレクたちはアベルと知り合って数週間の間、魔族の血を引いているなどとは夢にも思っていなかったのだ。カラーコンタクトで黒目を(よそお)えば気付く人間などいないだろう。


「……ねぇ、アレク。僕は何歳に見える?」


 だが、アレクの言葉に対するアベルの返答は、全く意味不明だった。


「ミーアと同じクラスなんだから、10から12だろ? あ、誕生日が来てないなら9歳ってコトもあるのか……?」


「残念。4歳だよ。もう少しで5歳になるけどね」


「…………えっ」


 アベルの告白に、アレクは目を白黒させて何度もアベルの身体を見る。が、何度見返してもアベルは4、5歳には見えない。その大人びた雰囲気はむしろ、13歳のアレクより年上にさえ見える。

 25歳を30歳と見間違えるのとはワケが違うのだ。5歳を10歳と間違う筈が無い。


 アレクは訳が分からず困惑して、出した結論が「アベルの冗談」だろうというものだった。

 だが無論、こんな状況でアベルは冗談を言わない。


「魔族はヒト族より成長が速いみたいでね。父も、祖父も、そうだったらしい。……ねぇ、これじゃあ黙っててもすぐにバレるよね?」


 アベルの言う通り、この速度で成長するのなら魔族の係累(けいるい)である事を黙っていても不審に思われるだろう。特に、成長の早い子供の内はとても誤魔化せない。


 だがアベルは、ここまでの事実でさえ些事(さじ)と言えてしまう様な悲惨な現実を、更に告白する。


「それにね……、成長が早いという事は、老化も早いという事なんだ。父は16歳で死んだらしいよ。僕も、何歳まで生きられるか分からない……」


「アベル……」


 本当はアベルはこんな事までを言うつもりは無かった。

 寿命の事をアレクに言って何になる?同情を引く気なんてサラサラ無い。(あわれ)みを受けるなんて真っ平だ。

 だが、それでも意に反して話してしまったのは、単にアレクの気を引きたかったからだけなのかも知れない。


 一方のアレクは予想もしていなかった事実の告白に言葉が出てこない。それは、アベルが盗賊であった事を知った時とはまた違った衝撃だった。

 盗賊である事は()める事が出来る。その為に自分の力が必要ならば、アレクは協力する事は(やぶさ)かではない。

 だが魔族の血は……、寿命の問題は、アレクにはどうにも出来ない。アベルの境遇には同情するが、1人の……いや、人間の力では何も……。


「……あっ、そうだっ! アベルも神様にお願いすればいいんだよっ!」


 その時、アレクが思いついたのは自分たちの旅の目的……。リングを集め、神に願う事だった。

 人間の力ではどうにもならない問題でも、神様ならきっとどうにか出来る。アレクも「戦争を無くす」という、どうにもならない問題を神様に叶えて貰う為に旅に出るのだ。きっと、アベルの寿命だってどうにか出来るに違いない。


 だが当然というべきか、アレクの名案に対するアベルの反応は冷ややかだった。


「……神様?」


「そうだよっ! ボクたちは神様にお願いを聞いてもらうために旅に出るんだっ。アベルも一緒に行こうよっ! きっと神様なら、アベルの悩みだって解決できるよっ」


「何を言い出すかと思えば……。そんな与太話(よたばなし)を僕が信じるとでも? 仮に本当だったとして、何故僕が君たちと一緒に旅に出なくちゃいけないんだい?」


 仮に本当だったら……いや、只のデマカセだったとしても、アレクと2人でなら旅に出ても良かった。邪魔者の2人さえ居なければ……。

 だが、それをアベルが口にする事は無い。口に出してもアレクは考えを変える事は無いだろうし、何よりプライドがそれを許さなかった。


「だって、寿命が延びるかも知れないんだよ?」


「だとしても……、だよ。……さぁ、もう休憩は十分だろう? そろそろ続きを始めようじゃないか。それとも、降参かな?」


「どうしても、ボクたちと一緒に行く気はないの?」


 話を切り上げて戦いを再開しようとするアベルに、アレクは(なお)も食い下がる。


「くどいね……。どうしてもと言うのなら、力づくで言う事を聞かせればいいんじゃないか? 僕が、君にそうするようにね」


 所詮(しょせん)、この世は弱肉強食だ。弱者は強者に従うしかない。抗いたければ、より強くなるしか方法は無いのだ。

 だから……、強者のアベルは、弱者のアレクに命令できる。だからアベルは「そんな事は不可能だけどね」と思いながらも、この様な事を口にできるのだ。


「だったら、負けられない理由が増えちゃったね。ぃよぉ~しっ……」


「それが出来ると思っているのかい? それに「力づく」を受け入れるという事は、君が負けた時は僕の物になる事を受け入れるという事でいいのかな?」


「いいよ。その代わり、アベルが負けた時はボクたちの仲間になってもらうからねっ」


 これ幸いと言質(げんち)を取ろうとしたアベルだったが、あまりにもあっさりと返事をしたアレクに目を見開く。

 今までの攻防で勝機があると思っているのか?実は全力を出していなかったとでも?それとも、負けてもどうにかなると(たか)(くく)っているのか?もしくは何も考えていないだけか?


 だが、どれであったとしても問題は無い。

 アベルの≪悪女の魔眼(ラヴェンツァの瞳)≫はアレクの戦闘能力を見切っている。アレクの魔力操作はぎこちない。いくら魔力の出力を上げても、アベルの反応速度を大幅に上回らなければ当たりはしない。

 そして、確かに言質(げんち)は取った。この戦いを終えればアレクは、自分の物だ。この命が尽きるまで、一生手放さない。


「もちろんだとも。……改めて宣言しよう。僕が負けたら、君の仲間になる。アレク、君が負けたら……」


「ボクは、アベルのモノになる。……いいよ。それじゃ、始めていい?」


「いつでもどうぞ」


 互いに宣誓(せんせい)を交わした事で、アベルの身体に力が入る。もちろん緊張ではなく、興奮から来るものだ。

 アレクを手に入れた後はどうしようか?取り敢えずは、路銀稼ぎに人の多い場所へ行くのが良いだろう。そこで適当に稼いで次の町へ移動しよう。……となれば、盗賊団は邪魔だ。ここで捨てていくか……。


 力が入るのはアベルだけではない。アレクも同様だ。

 アベルのモノになる意味というのはよく分からないが、そうなってしまえば恐らくユーキとエメロンとの旅は出来なくなってしまう。それは嫌だ。

 それに、アベルも神様にお願いすれば、きっと長生きが出来る。絶対に勝たなくてはいけない。


 だが、今までと同じ戦法ではアベルにはきっと通用しない。真っ直ぐ突進するだけでは駄目だ。そんな事はアレクにも分かってはいる。

 しかし、アレクには他の攻め方が出来ない。魔力操作の苦手なアレクは、身体強化を行いながらの行動は大きくバランスを崩す。相手の(きょ)を突くような細やかな動作は不可能だった。


 だからアレクは「同じ攻め方」で、「違う戦法」を行う事にした。


「はあぁぁぁ……っ!」


 大きく息を()きながら魔力を右拳に集中する。今までよりも大きく、強く……。自らの拳が耐えられる、ギリギリの魔力を右拳に込める勢いで……。


「それが君の出した結論かい? ……確かに凄まじい魔力だけど、当たると思っているのかい? いや、間違って当たったらどうなるか、分からないのかい?」


 アベルの忠告は正しかった。

 アレクの右拳に込められた魔力量は凄まじい。もし直撃したのならアベルが全力で防御したとしてもタダでは済まないだろう。いや、ほぼ間違いなく命は無い。だが、ただ強いだけの攻撃などアベルの≪悪女の魔眼(ラヴェンツァの瞳)≫の前には無力だ。


 しかも指摘の通り、間違って当たった場合アレクの方も無事では済まないだろう。

 エネルギーが何かに衝突する際、必ず反作用というものが起きる。魔力の込められた右拳は無事でも、手首から先はその反動をモロに受ける。下手をすれば右肩から先が吹き飛んでもおかしくは無い。


「……いくよっ!」


 アレクは忠告を無視して、宣言と共に突進を始める。だが、その動きは今までの攻撃よりも遅かった。魔力を右拳に集中し過ぎた為の弊害(へいがい)だろう。


 そんな攻撃がアベルに通用する筈が無い。アベルは溜息を()きながら、回避の為にアレクを凝視する。

 しかし、おかしい。アレクの魔力は確かに右拳に集中して込められている。なのに筋肉の動きは左手で殴りかかろうとしているように見えた。決してフェイントなどではない。


 そして1番()せないのは、アレクの感情に「覚悟」が全く見られない事だ。一発逆転を狙った大技であるなら「覚悟」や「決意」といった感情が見える筈だ。

 ましてや、アレクの戦法は自爆覚悟の筈だ。身体強化を使っているのに、反動を知らないなんてあり得ない。


 何かがおかしい……。そう考える間にもアレクが迫る。右か左か、アベルに残された選択の時間はもう無い。

 アベルの取った選択は――、魔力の込められた右拳を回避する事だった。


”ガッ!”


 アレクの左拳がアベルの右(ほお)を捉える。

 やはり、右拳はフェイント……いや、ブラフだったのだ。


「やったっ! 初めてアベルに攻撃が入ったぞっ!」


 アレクが歓喜の声を上げる。散々一方的にやられ続けた末の、ようやくの一撃となればアレクの気持ちも分からないではない。だが、もしこの場にユーキやバルトスが居れば「喜んでいる暇があったらさっさと追撃しろっ」と怒鳴られていただろう。


 実際、アベルのダメージは大した事は無かった。

 魔力の込められていない、たかが13歳の女の子のパンチだ。痛みはあるが、それだけだ。むしろ驚きによる心理的ダメージの方が大きいかも知れない。それも、アレクが喜んでいる間に立ち直ってしまうが。


「……たった1発入れただけで随分(ずいぶん)な喜び様じゃあないか? でも、同じ手は2度と通用しないよ? 今、追撃のチャンスだったのに失敗だったね」


 アレクから距離を取り、そう宣言するアベル。追撃のチャンスを逃した事を指摘されたアレクは「あっ」と声を上げて苦い顔だ。

 そう、こんなブラフなど何度も使える手ではない。1度きりの奇襲技に過ぎないのだ。


「でも……、やっぱりアベルには、ボクの魔力が見えてるんだ?」


 これまでの攻防、そして今のやり取りを見てアレクは確信する。アベルには、通常は見えない筈の他人の魔力が見えているのだと。


「さて、どうかな? 戦闘中の相手に自分の手札を見せるような間抜けに見えるかい?」


「ううん。……ただ、ボクの魔力が見えてるなら、2回目も通用するかもしれないよっ!」


 (しら)を切るアベルに、アレクはそう宣言して先程と同じように右拳に魔力を込める。その量も先程と同じだ。そして、やはり同じようにアベルへと突進する。左腕を振りかぶる動きも、まるでさっきの再現だ。

 アベルはそれを≪悪女の魔眼(ラヴェンツァの瞳)≫で凝視する。


(馬鹿な事を……。さっきと全く同じじゃあないか。右はブラフで、左で殴るんだろう? そんなの右を無視すれば……)


 その通りだ。この体勢からいきなり右で殴るのは通常は不可能だ。魔法を使えば可能かもしれないが、≪悪女の魔眼(ラヴェンツァの瞳)≫にその様な魔力の流れは見えない。だから、左手だけに注意を払えばいいのだ。そうすれば()ける事など訳は無い。


 ……だが、もし。もしも、あの右拳が振り抜かれれば……。

 絶対にあり得ないが、もしあの異常な程の魔力が込められた右拳が飛んでくれば……、確実に命は無い。当たれば「死」、それだけは紛れも無い事実だ。


 馬鹿げた考えだ。絶対にあり得ないと考えているのに、その事が頭にこびり付いて離れない。視線が、どうしてもアレクの右拳から外せない。なぜなら、アベルの命を握っているのはアレクの右拳なのだから――。


”ガツッ!”


「よぉしっ! 追撃、だっ! だだだっ! だぁ~っ‼」


 先程、アベルから指摘された追撃のチャンスを今度は逃がさない。アレクはアベルの身体に向けて殴打(おうだ)を繰り返す。

 既に右拳の魔力は霧散(むさん)している。アレクは両拳を交互にアベルに叩きつけ、(とど)めに蹴りを放った。


”ガインッ”


「あっ痛ぅ~……っ」


 最後の蹴りは確かにアベルの腹に命中した。だが、その攻撃で悶絶(もんぜつ)したのはアレクの方だった。

 アベルの腹は鉄のように固くなり、アレクの蹴りで(にぶ)い音を立てた。いや、腹だけではない。アベルの全身は身体強化によって強固に防御されていたのだ。

 先程アレクが使ったのと同じ方法で防御したアベルは、身体強化を解くと同時に大きく息を()きだした。


「っはあぁぁーーっ。……う、……ぐっ⁉」


 そしてふらつきながら頭を抑える。今度のアレクの攻撃は、決して軽くは無いダメージをアベルに与えていた。

 今の防御にしても苦肉の策だったのだ。全身を強固に防御する身体強化は魔力を(いちじる)しく消耗する。


 魔力の消耗と、アレクの攻撃によるダメージ。……そして何より、「死」の恐怖に負けて同じ攻撃を喰らってしまったという精神的ダメージ。

 アベルの顔には、先程までの余裕は消えていた。


「くっ……、よくも……っ!」


「ふぃ~っ。足、折れたかと思っちゃった。どう、アベル? 降参する?」


「こ、この……ガキ、がぁ……っ!」


 それは、アベルがアレクに向けて再三言っていた降伏勧告だった。アレクは自分が言われた事をそのまま返しただけだ。だがそれはアベルのプライドを酷く傷つけた。

 歯を()いて、目を血走らせ、アレクを(にら)むその姿には、いつもの落ち着いた知性的な美少年の面影はどこにも無い。


「優しくしてやりゃあ、つけあがりやがってよぉっ‼」


「まだ降参しないみたいだね? それとその口調、似合ってないよ?」


「うるっせぇっ‼ ……どうやら、本格的に「調教」が必要みてぇだなっ!」


 まるでチンピラの様な口調に変貌(へんぼう)するアベル。だが、全く怯まないアレクが口調を指摘するが、それは火に油だ。

 「調教」をする、と宣言したアベルが腰から取り出した物は、1本のナイフだった。


「身体強化で防御しようったってムダだぜぇ? 魔力の見えるオレにかかりゃあ、強化してない箇所なんてお見通しだからよぉ? 全身強化で固まっても、解けた瞬間にブッ刺してやるっ!」


「魔力が見えるってバラしちゃっていいの? それと、武器を使うってアリ?」


「ゴチャゴチャぅるっせぇんだよぉっ‼ 勝ちゃあ、それでいいんだっ‼」


 口数が増えたのは明らかにアベルの方だ。だが、そんな自分を棚に上げてアベルはこの戦いで初めて、自分からアレクへと攻撃を仕掛けた。


 守勢に回る事になったアレクは、自身の魔力を集中させる。

 「ある魔法」を使う為に……。




△▼△▼△▼△▼△




「ユーキとエメロンだけ、ズルいよっ!」


 それは数ヵ月のある日、ユーキとエメロンの2人による『浮遊魔法』をアレクにお披露目した日の出来事だった。


 宙に浮き、自在に跳び回る2人を目にしたアレクは興奮に目を輝かせて「ボクも飛びたいっ!」と駄々をこねた。

 困り顔の2人を説得し、何とかエメロンに抱き抱えられる形で空を飛んだものの、興奮して暴れるアレクの所為(せい)でユーキは姿勢制御を失敗し、3人揃って地面へと落ちた。


 幸い大した高さではなかった為、大事(だいじ)には至らなかったが、その後にアレクの口から飛び出したセリフが先の言葉である。


「ズルいって、何がだよ?」


「2人だけ、ナイショでそんな魔法を考えててさっ。ボクも何か欲しいっ!」


「何か欲しいっつってもなぁ……」


「ホラっ! 3人で協力して、必殺の「合体魔法」っ! みたいなのっ!」


 今度はどんな物語に影響を受けたのやら。ユーキとエメロンは呆れるばかりだ。


 そもそもこの『浮遊魔法』だって、2人は何度も失敗を繰り返してようやく形になったものだ。それも魔力制御の得意なユーキと、何事にも慎重なエメロンでだ。

 魔力制御の不得手で無鉄砲なアレクとで、共に魔法を繰り出すなど……、成功するイメージが全く浮かばない。


「合体魔法は……、ちょっと無理じゃないかな? ユーキと2人でも随分(ずいぶん)神経を使うし……」


「それに必殺技なら、アレクには≪消滅の極光(バニッシュゲイザー)≫があるじゃねぇか」


「だって……。ボクだって「インヴォーカーズ」の仲間なのに……」


 珍しくしおらしくなったアレクに、エメロンは戸惑う。ユーキは、どちらかというと呆れているが。

 アレクは、自分が仲間外れになったので()ねているのだ。親友で「インヴォーカーズ」の仲間の筈なのに、2人は自分に内緒で魔法の開発をしていたのだ。最初から教えてくれていれば、こんな疎外感を感じる事も無かったのに。


 しかし、2人がアレクに秘密にしていたのは理由があっての事である。

 魔法の構想段階でアレクに話せば、きっとアレクも飛ぼうとするに違いない。魔力制御の下手糞なアレクが自分で空を飛ぼうなんてした日には、間違いなく事故が起きる。というか、先ほど墜落したばかりだ。それも慎重なエメロンとユーキのフォローで無傷に済んだに過ぎない。

 アレクには『浮遊魔法』を触らせない方が良いというのが、2人の共通意見だった。


 しかし結果としてアレクを仲間外れにしてしまったのは事実である。

 ユーキは「放っとけば、その内機嫌も直るだろう」と考えていたが、エメロンは違った。


「……そうだね。じゃあ今度は、アレク用の魔法を3人で考えてみようか?」


「ホントっ⁉」


「……おい、エメロン。マジで言ってる?」


 エメロンの提案にアレクは喜色満面(きしょくまんめん)の笑みを見せるが、ユーキは逆にゲンナリしていた。

 アレクの魔力制御の下手さ加減は筋金入りだ。なのに、信じられない程の魔力量を有していると来ている。「死人が出なければ良いが……」などと考えているユーキだったが、決して考えすぎという訳では無いだろう。


「ボクっ、カッコイイ魔法がいいなっ」


「なるべくアレクの意見に沿()うように考えるよ。もちろん、安全には最大限配慮してね」


「はぁーっ……。エメロン、マジで頼むぞ?」


 こうして3人で、アレク用の魔法の開発に取り掛かった。

 しかしその道のりは険しく、当然のように難航した。


「アレクはどんな魔法がいい?」


「なんか、すっごいのっ! ズババーってなって、ドギャギャーって感じのっ」


「全っ然っ、分かんねぇ。けど、却下だ。擬音だけで危ねェ雰囲気しかしねぇ」


「ん~。じゃあ、剣から火とかビームとか出るのは?」


「それ、剣から出す意味ある? それに出力を間違うと剣が壊れるかも……」


「武器に魔法を使うなら、硬くしたり重量を増したり出来るぞ。それなら、あんま危なくねぇんじゃねぇ?」


「え~っ、地味だよっ。……そうだっ、ユーキのナイフの魔法は? ホラっ、ブルブル震えるヤツっ」


「……ありゃ多分、アレクにゃ無理だ。試してみるか?」


「むっ、やってみなきゃわからな、い”い”い”い”い”~~~っっ‼」


「はぁ……。見栄えが良くて、安全な、それでいてアレクの使える魔法かぁ……。……安請(やすう)()いしちゃったかなぁ」


 何度も相談と試行錯誤を繰り返し、魔法の方向性が決定したのは1ヵ月が経った頃だった。もちろんそれからも何度もテストを繰り返し、魔法陣の調整を何度もした。

 そしてようやく完成した魔法陣を、ユーキがアレクの剣の刀身へ彫り込んだのだった。




△▼△▼△▼△▼△




 ナイフを手にしたアベルは、じっくりとアレクを観察する。

 アレクの魔力量で全身を強化されれば、ナイフは通らない。逆にナイフの刃の方が負けてしまうだろう。だが、全身の強化は魔力を(いちじる)しく消耗する。未だに底なしのアレクだが、いつまでも続けられるものでは無い。

 そして部分的な強化なら、この≪悪女の魔眼(ラヴェンツァの瞳)≫が強化されていない箇所を見破れる。

 どちらにしても、アレクは詰みだ。


 だが、様子がおかしい。

 アベルから視線を外したアレクは、まるでアベルがそこに居ないかのように、ただ精神を集中させ魔力を放出している。


 『象形魔法』では無い。アレクは『象形魔法』を使う為の魔法陣を持っていない。

 『根源魔法』でも無い。アレクから放たれている魔力は何の指向性も与えられず、ただ拡散しているだけだ。


 魔力は、ただ放出するだけでは何の効果ももたらさない。指向性を与える事で初めてエネルギーとなり、目に見える効果を及ぼすのだ。

 一見(いっけん)するとアレクのしている事は、ただの魔力の垂れ流しであり、無駄遣いだ。ただ……。


「バ、バケモンか……?」


 アベルが思わずそう呟いたのも無理はない。

 本来は目に見えない魔力を、アベルの≪悪女の魔眼(ラヴェンツァの瞳)≫は見る事が出来る。その目に映るアレクの魔力の量は、アベルの想像の範疇(はんちゅう)を遥かに超えていた。


 まるで、森全てを覆い尽くそうとせんばかりの巨大さである。もし、この魔力に「火」を点けたなら国に大穴が空くのではないか?と、そう思うくらいの……。

 全身を強化するのも、持って数分だと(たか)(くく)っていた。だが、この魔力量なら数時間……いや、1日中でも強化し続けられるかも知れない……。

 アレクの有する魔力の量は、もはや「人外」と言う(ほか)ない程のものだった。


「く、く……」


 アベルの膝が震える。すでに目に映っているのはアレクではなく、アレクの放つ「魔力」だ。

 常人を100人集めようが、1000人集めようが、こんな馬鹿げた魔力とは比べられない。それが今、目の前に広がっているのだ。死の恐怖を感じない筈が無い。


 だが……、「これは只の脅しではないか?」。そんな考えがよぎる。

 この魔力量を持って攻撃するのならさっさとすれば良い。全身強化で防御する訳でも無い。なのにどちらもせずに、ただ魔力を垂れ流すなど、他に理由が考えられない。考えられないのだが……、アベルの足は震えて思うように動かない。


(……くっ、ビビってねぇっ! オレはっ、ビビってねぇぞっ‼)


 唯一、見る事の出来ない己の感情を必死に否定して、アベルはアレクを(にら)んだ。


(よく見ろっ! ヤツは身体強化もしてねぇっ! それどころか、こっちも見てねぇっ‼ これは、チャンスなんだよっ‼)


 必死に……、必死に湧き上がる恐怖と戦うアベル。だが、いくら理屈を並べても恐怖には勝てない。


(これは、さっきの戦法と同じなんだよっ! オレをビビらせようってハラだっ‼ ンなの、絶ってぇ……、絶ってぇぇ……)


 しかしその時、「ある感情」が死の恐怖を超えた。


 父は無く、母も死んだ。人々から忌避(きひ)される魔族の末裔(まつえい)であり、実年齢は僅か4歳だ。アベルには、この様な生い立ちを全て自分1人の力だけで生き抜いてきたという自負(じふ)がある。


 他の誰に同じ事が出来るだろう?誰が耐える事が出来るだろう?……出来るのは自分だけだ。自分だから出来たのだ。

 その自分に恐怖を抱かせているのが、こんな……、貴族として生まれ、苦労知らずで、仲間がいて、家族がいて……。そんな……、そんな……幸せなガキなんかに……っ‼


「絶ってぇぇっっ‼ 許さねぇぇぇっっっ‼」


 咆哮(ほうこう)と共に、アベルが地を蹴った。足の震えは、消えていた。真っ直ぐにアレクだけを見て突き進む。邪魔なものを視界から消す為に≪悪女の魔眼(ラヴェンツァの瞳)≫は解除した。問題は無い。アレクより、自分の方が速いのだから。


 あと3歩――。

 未だにアレクに動きは無い。もう、何をしようとも手遅れだ。ナイフを逆手(さかて)に振りかぶる。


 あと2歩――。

 未だにアレクに動きは無い。反応する事も出来ないか?ナイフをアレクの胴へ向け、振り抜く。


 あと1歩――。

 未だにアレクに動きは――。


 ≪悪女の魔眼(ラヴェンツァの瞳)≫を解除していなければ、直前に異変に気付いただろう。アレクの魔力に反応して、魔法陣が起動していたのを。しかし、アベルの目にはアレクの姿しか映ってはいなかった。


 アレクの前方、ナイフの軌道線上に光が(はし)る――。

 ナイフは今更止められない。ナイフが、光に接触した――。


”パキィィンッ!”


 強化されたアベルの腕力は常人の比ではない。何か、硬い物にぶつかった感触……、そして甲高い音と共にアベルのナイフは2つに割れた。

 その衝撃に、前につんのめったアベルが驚きにアレクを見上げると……、先程まで確かに何も持っていなかったアレクの手に剣が握られていた。


「何だか自爆っぽいけど……。勝負アリ、だよね?」


 アベルに向けて真っ直ぐに剣を突き付けるアレクの姿は先程までのバケモノではなく、少年のように屈託(くったく)なく笑う、1人の美しい少女に見えた――。


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