第50話 「2つの銃声」
型式番号:AS‐11
全長 :1.2m
重量 :103kg(全備重量:129kg)
最高速度:18km/h
備考
本機はライナー=シュレック博士が開発した、汎用自立機動兵器である。
音声認識により柔軟に作戦を理解し行動する事が可能であり、『無限軌道』と呼称される独特の脚部は悪路でも殆ど速度を落とさずに走行を可能とする。
またボディは金属板で覆われており、通常兵器ではその装甲を貫く事は極めて困難であると言える。
攻撃性能に関しては、両腕部に『ライフル』を固定装備する事で高い火力を期待したが、命中精度は低いと言わざるを得ない。こちらは今後改良すべき重要な課題である。
本機の特筆すべき点は、その構造が複雑ではなく量産が容易である点と、『一般魔法』を用いて稼働する為、動力源を『魔石』で賄う事が可能な点だろう。
通称として『人形兵器』と呼ばれる、この『AS‐11』が今後のクライテリオン帝国の戦争史を塗り替えるであろう事は断言できる。
『バスラ―兵器開発工房の報告書』より一部抜粋
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アベルが去った後、ユーキたちの前にはハーゲンの引き連れた2体の鉄製の人形の姿があった。
頭は半球状で大きな眼のようなものが1つ、胴体は円柱でまるで樽のようだ。腕の代わりに長い鉄製の筒がついていて、足は無くて代わりに複数の車輪にベルトを巻き付けたような物で地面を走っている。
そのような高さ1m強の不可思議な物体が2体、ハーゲンの前で停止した。
「1体は攻撃、もう1体はオレ様の護衛だ。標的は男のガキ2人……、間違っても女に当てるんじゃあねぇぞ」
ハーゲンが人形兵器に命令を呟く。それを認識したのかどうかは分からないが、大きな単眼が明滅しながら左右に動く。そして眼の動きが止まったと思えば、人形兵器の1体がユーキたちの方を向いたまま横へと移動を開始した。
その動きは遅い。歩く速度より少し早い程度だ。
それを見たユーキは拍子抜けした。随分と自信満々に登場したが、こんなものが戦力になる筈がない。
スピードとは戦闘において最重要とも言える能力だ。これが最大速度だとは思わないが、重量のありそうなボディにあの足回りでは小回りは利きそうにない。どんなに強力な攻撃だろうと当たらなければ意味は無い。
「おい、コイツが切り札か? アレクが心配だし、さっさと片付けさせて――」
「ユーキっ! 避けてっ‼」
”パァンッ‼”
セリフの途中で割り込むように叫んだエメロンの声に反応して、横に軽く移動した直後に乾いた音が響いた。衝撃と共に、音の余韻が耳鳴りのように響いている。
「ぁがあぁぁぁっ……っ!」
悲痛な声を上げたのはユーキでもエメロンでもない。ユーキの後方に倒れていた盗賊だった。
人形兵器の攻撃は標的のユーキには当たらず、その後ろに居た盗賊の身体に当たったのだった。
「ちっ、相変わらずヘタクソだな、コイツはよっ! ……まあいい。どうせ使いモンにならねぇ部下なんぞいらねぇからな」
ハーゲンの物言いはあんまりだ。だが、今はそのような事に気を取られている場合では無い。
人形兵器の攻撃を受けた盗賊の腹部からは大量の血液が流れている。致命傷ではなさそうだが、軽傷とはとても呼べない。あの攻撃の正体は分からないが、決して喰らう訳にはいかない。
「ユーキっ、気を付けてっ! あれは『鉄砲』だよっ!」
「てっぽう?」
「金属の弾を飛ばす、帝国の武器だよっ! ユーキの針と似たような武器だっ!」
エメロンの説明で、人形兵器の武器が判明する。ユーキは鉄砲の存在を知らなかったが、流石のエメロンだ。その説明も簡潔で分かり易い。
針を風の魔法で飛ばすユーキの武器と同じような構造ならば、その弱点も同様だと考えられる。
1つは、弾数に制限があるという事。
だがこれは期待できるかどうか分からない。あの腕の筒から弾が出たというのなら、弾の大きさはかなり小さい。もし、胴体の中にぎっしりと弾が詰め込まれていたならば数百発あってもおかしくはない。
ならば、もう1つの弱点に期待するべきだろう。
だがこちらも確証を得るまでは迂闊に近寄らない方がいい。だからユーキは一定の距離を保ったまま、人形兵器の攻撃を待った。
”パァンッ‼””パァンッ‼””パァンッ‼”
十数秒の間に3回、人形兵器はユーキに向けて発砲した。銃口に注意していたユーキは、全ての銃弾を回避する事に成功する。いや、3発の内1発は避けるまでも無く明後日の方向へ飛んで行った。命中精度は高くなさそうだ。
そして思った通りユーキの針と同じく、発射後の軌道修正は不可能のようだ。発射後は真っ直ぐに飛ぶしか出来ないのだ。
ならば銃口に気を付けるだけで回避は難しいものではない。
……あとはどう倒すか、だが。
「あんまり期待は出来ねぇけど、一応試してみるか」
そう呟いたユーキは、左腕を人形兵器へ向けて魔力を込める。それとほぼ同時に魔法陣が光り、リストバンドから針が発射される、が……。
”カァンッ”
「やっぱ効かねぇよなぁ……」
ユーキの飛ばした針は見事に人形兵器の胴体に命中するが、思った通り弾かれて効果は無い。ユーキの針に鉄を貫く程の威力は無いのだ。
予想通りとはいえ、若干の落胆を隠せないユーキ。だが、針が効かないのなら他の方法を模索するしかない。
ユーキが人形兵器の武器を観察している最中、全く攻撃が実を結ばない事にハーゲンが苛立ち、人形兵器に罵声をぶつける。
「このポンコツがっ! さっさと当てろっ!」
そして分かった事はまだある。
まず、攻撃まで数秒の間隔が空くという事。そして、先程ハーゲンは「男のガキ」を標的としたが、撃たれたのはユーキだけ。どうやら近い方を優先して狙っているようだ。
「ユーキっ! 攻撃の間隔は6秒っ! あと、ミーアやシンディちゃんが射線にいると撃ってこないみたいだっ!」
「……っ! さすがだっ、エメロンっ!」
エメロンは、ユーキが気付いた事実をより正確に把握し、更に気付く事の出来なかった事実すら暴いて見せた。
とはいえ、ミーアやシンディを盾にする戦法など流石に取れない。だが、6秒もあれば十分だ。
”パァンッ‼”
「ふっ……、いっ……くぜぇっ‼」
息を吐きながら人形兵器の銃撃を躱し、一気に攻め寄る。
鉄製の身体には生半可な攻撃は通用しないだろう。だから、ユーキが取れる攻撃の選択肢はそう多くは無い。炎か、ナイフか……。
炎なら鉄を溶かす事も出来るが、流石に一瞬とはいかない。それに耐火グローブなどの対策は取ってあるが、相打ちしかねない諸刃の剣である事には違いが無い。
だからユーキはナイフを握り、魔力を流した。
”ブゥゥゥゥン”
「喰らい……、やがれぇっ‼」
”ギッイイィィィィン‼”
激しい音と共に、ナイフと人形兵器の接触面から火花が飛び散る。ユーキは暴れるナイフを力づくで抑えつけ、思いっきり振り抜いた。
そして跳ねるように2歩、3歩と後ろに下がり、距離を取る。
「ユーキ、やったの……?」
ユーキの勝利を期待して、エメロンが尋ねる。だが残念ながら、その直後に人形兵器がユーキに照準を合わせようと旋回を始めた。
ナイフの攻撃は、人形兵器の胴体に派手な傷をつけていた。だが、それだけだ。傷は表面のみで、内部までは及んでいない。ユーキの攻撃は、人形兵器に致命的なダメージを与える事は出来なかった。
「は……、はーっ、はっはっ! ど、どうやらムダだったみてぇだなっ⁉ 降参するなら今の内だぜぇっ⁉」
高笑いをするハーゲンだが、そこには焦りが見えた。それは過去に、サイラスが同じ戦法で人形兵器を破壊した記憶があったからだ。
ハーゲンにとって幸いな事は、現在のユーキの実力はサイラスに及ばず、人形兵器の破壊には至らなかった事だろう。
「ちっ、調子に乗ってやがんな。しっかし、硬ぇな。こりゃあ、ナイフじゃ無理そうだ……。やっぱ、火を浴びせてやるしかねぇか……」
「待って、ユーキ。それで何度も火傷してるだろ? ……僕がやるよ」
「……エメロン、大丈夫なのか?」
アベルの攻撃を受けてエメロンは肋骨を骨折している。ユーキはその事実を知らないが、エメロンの顔に浮かぶ脂汗から、そのダメージが深刻なものである事を察する事が出来た。
「ユーキに任せると無茶をするからね」
「……そりゃ、アレクの方だろ?」
「僕に言わせれば、どちらも大差ないよ。……それより、僕は素早く動けそうにない。囮を任せてもいいかい?」
「ちっ、しょうがねぇな。エメロンっ、任せたぜっ!」
そう言って、ユーキは再び前に出る。ただし今度は様子を窺ったり、攻撃に出る為ではない。エメロンの攻撃の時間を稼ぐ為だ。
ユーキを補足した人形兵器はエメロンに目もくれず、再び銃撃を開始する。
エメロンはその隙に杖を手にして立ち上がる。ただそれだけで、折れた骨が内臓に突き刺さったかのような痛みが走った。だが、こんな事でへこたれる訳にはいかない。ユーキが、親友が自分を信じてくれているのだ。
眩暈がしそうな程の痛みを堪え、エメロンは魔力を集中させる。そして、地・水・火・風の4つの魔法陣が刻まれた杖へと魔力を流す。
今回使うのは火の魔法だ。小石を撃ち出す地の魔法や、爆風で吹き飛ばす風の魔法は恐らく効果は無い。大量の放水をする水の魔法も効果的とは思えない。消去法で、最も攻撃的な火の魔法以外の選択肢は無かった。
「ちっ、埒が明かねぇな。……おい、お前も援護に加われ。2体同時なら躱し切れねぇだろうが」
銃撃を躱し続けるユーキに、ハーゲンが業を煮やして自らの護衛としていたもう1体の人形兵器へ攻撃の命令を下した。
これ以上は時間をかけられない。1体相手なら危なげなく攻撃を躱すユーキでも、2体同時となればどうなるか分からない。もしユーキが倒れれば、動けないエメロン1人では勝ち目がない。
「っっはああぁぁぁーーっっ‼」
勝機を逃さない為、エメロンは渾身の力で魔法を放った。杖の先端から魔法陣が浮かび、炎が人形兵器へと目掛けて襲い掛かる。人形兵器は逃げる事も無く、炎の渦に包まれた。
だが、炎を浴びても人形兵器は動きを止めない。当然の事だが、人形兵器に痛みも恐怖も無い。ただ、命令に従って動くようにプログラムされた存在に過ぎないのだ。
「……あああぁぁぁーーーっっ‼」
エメロンは咆哮を上げて魔力を練る。火力よ、もっと上がれと。
エメロンの魔力はユーキよりも遥かに多い。だが、それはより多く、より遠くへ魔法を使う事が出来るという意味で、魔力の操作はユーキの方が上だ。
魔法の密度や熱量を操作する為には、高度な魔力の操作が必要だ。こと、火力「だけ」に限って言えばユーキの魔法の方がエメロンよりも勝っていた。
”ギュリッ……、ガリッ”
エメロンの放った炎で、人形兵器の足となる車輪のベルトは焼け落ちている。……だが、それでも人形兵器の動きは止まってはいなかった。
赤熱しながらも、その身体をガタガタと揺らしながら近づいてくる。
これ以上は魔法を維持できない。……人形兵器を倒す事は出来なかった。
エメロンが諦めかけたその時、ユーキが動いた。
「うぉっらああぁぁぁっっ‼」
ユーキは盗賊が持っていた斧を拾って、人形兵器目掛けて投げた。ユーキのナイフで柄が短く切断されているが、投げるにはむしろ好都合だった。
回転しながら飛ぶ斧は人形兵器の頭部に突き刺さり……、そして人形兵器は動きを、止めた。
「はぁ……はぁ……。結局、ユーキに美味しい所を持っていかれちゃったね……」
「何言ってんだ。エメロンの魔法のおかげだろ」
恐らく、ただ斧を投げただけでは突き刺さる事は無かっただろう。エメロンの魔法で熱されて脆くなっていた為だと思われる。その功績は大きい。
だが、それでもやはり止めを刺したのはユーキであり、エメロン1人では人形兵器を倒す事は出来なかった。その事実はエメロンの胸を熱くする。その感情の正体が、対抗心か憧れか、それとも「嫉妬」なのかはエメロン自身にも分からないが。
「もう1体の方は……、止まっちまったな。何でだ?」
「多分、「援護しろ」って命令されたからじゃないかな? 援護する相手がいなくなったから止まったのかな?」
疑問形で語るエメロンだが、その説には一定の説得力がある。こんな都合の良いタイミングで故障をしたと考えるよりは、よほど現実的だ。
ただ、命令に忠実なのは結構な事だが、あまりにも応用が利かなさすぎるとは思うが。
「バ、バカな……、あんな、ガキどもに……」
一方でその光景を見ていたハーゲンは驚愕に震える。
人形兵器は帝国軍が開発した強力な兵器なのだ。運用面や整備の問題など欠点はいくつもあるが、その防御力は折り紙付きだ。事実、イェール盗賊団の団員はハーゲンも含めて人形兵器を破壊するなど不可能で、傷をつけるのが精々だ。
過去に1度、単独で人形兵器を3体も倒した冒険者がいたが、あれはその冒険者が異常なバケモノだったのだ。決して10代中頃の若造2人にどうこう出来るような代物ではない。
「さて、と……。人形も動かねぇ、盗賊団も全滅。あとはコイツだけか」
「そうだね。出来れば全員捕まえた方が良いんだろうけど、難しいね。アレクも心配だし」
「でも、コイツは盗賊たちのリーダーだろ? コイツだけでも捕まえとくか」
ユーキとエメロンの2人だけで20人近い盗賊団を全員捕縛するのは無理がある。ミーアとリゼット、カーラとシンディもこの場にいるが、彼女たちに見張らせる訳にもいかない。
ならばせめてリーダーだけでもと、ユーキが考えたのは自然な事だった。
「げっ、くっ、来るなっ! ここ、この銃が見えねえのかぁっ⁉」
視線を向けられたハーゲンはあからさまに狼狽する。自分の半分も生きてはいない小僧2人に虚勢を張る姿は見ているだけで哀れだ。
ハーゲンの取り出した銃も、恐怖からか震えて照準が定まっていない。
対して、ユーキはハーゲンを全く脅威に感じていなかった。明らかに戦意を喪失しているし、逃げられたとしても自分の脚の方が速い自信がある。絶対に逃がしはしない。鉄砲を構えてはいるが、あんなにブレていては当たる訳が無い。
ユーキは殆ど無警戒でハーゲンに向かって歩を進めた。
向かって来るユーキに、ハーゲンは恐怖する。
人形兵器との戦いで見せたユーキの戦闘能力はハーゲンを凌駕している。戦って勝てる訳が無い。走って逃げてもすぐに捕まるだろう。手にした銃を向けてはいるが、全く怯む様子も見せていない。人形兵器の銃撃も躱す事が出来るのだ。こんな震えた銃など、当たる気がしない。
捕まれば、きっと死罪は免れないだろう。それだけの事をしてきた……。強盗・強姦・奴隷売買……、人殺しも1人や2人ではない。それに、今回は貴族にすら手を出したのだ。むしろ死罪以外はあり得ないだろう。
何か……、何か助かる方法はないか……。ハーゲンが必死に頭を巡らせている間に、ユーキが目の前までやって来た。
「観念するんだな。大人しくすりゃ……」
「女を、撃てぃっ‼」
ユーキが話しかけている途中でハーゲンは全力で叫んだ。
大人しくすれば、一体どうなるというのだ?優しく捕まえてくれるとでも?捕まれば結局待っているのは「死」だ。生き延びるには、何とかしてこの場を切り抜ける他に手段は無い。
「なっ……⁉」
ハーゲンの「命令」に、ユーキは振り向く。目の前に盗賊のリーダーがいるのも構わずに。
無傷で停止した、もう1体の人形兵器……。それがゆっくりと動き始める。
ユーキの位置からでは間に合わない。遠すぎる。
エメロンも距離がある。なによりエメロンは骨折しているのだ。
スローモーションのように流れる時間の中で、ユーキは4人の少女たちを一瞥した。
ミーア……。アレクの大事な妹……。絶対にケガなんかさせる訳にはいかない。
カーラ……。なぜ彼女がここに居るのかは分からない。それを聞く為にも無事でいて貰わなければ困る。
シンディ……。この子を連れてきたのは自分だ。無事に連れ帰る責任がある。
リゼット。……コイツは『不老不死』だし、撃たれても平気……だよな?
”パパァンッッ‼”
しかしユーキの想いも虚しく、無情にも銃声は容赦なく鳴り響いた……。




