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第48話 「イェール盗賊団との戦い」


 イェール盗賊団の団長・ハーゲンは戸惑っていた。思えば今夜は理解の追いつかない事ばかりだ。


 貴族の娘2人と妖精を捕獲できたのは予想外の幸運だった。

 適当な獲物を調べさせる為にアベルを町に潜り込ませて、貴族の娘を誘拐しようと提案された時は少し悩んだ。貴族に手を出せば、捕まった時は間違いなく死罪だろうから。妖精の話などフカシだろうと、信じていなかった。

 だが、アベルは全てを手に入れてきた。


 これには正直、喜びよりも驚きの方が勝っていた。

 妖精の件ももちろんだが、貴族の娘を2人とも誘拐してきたのだ。例え1人だけでも外国の奴隷商に売れば、数年は遊んで暮らせる金が手に入る。それが2人、しかも姉妹だ。どれほどの高値が付くのか、考えただけで夢が広がる。


 アベルがおまけで連れてきたガキは大した価値は無かった。

 だから団員たちに差し出して、自分はさっさと寝る事にした。なのにテントの外が急に騒がしくなる。最初は興奮した部下たちが(さか)っているのだろうと気にしていなかった。だが何かがぶつかるような音や、悲鳴とは違う女の声、そして男の(うめ)き声まで聞こえてはただ事ではない。

 一度横にした体を起こしてテントの外に出て見れば、そこには倒れる部下数名と、どうやってか手足の拘束を解いた貴族の娘の姿があった。


 状況的には貴族の娘がやったように見えるが、にわかには信じ難い。だからハーゲンは会話で事の真相を確かめようと試みた。

 会話に応じた貴族の娘は、あっさりと自分の仕業であると肯定し、事もあろうか「見逃してもいい」などと言ってきた。完全にナメられている。その後にも「盗賊って言っても大したコトないよ」などと言う始末だ。泣き叫ぶまで犯してやっても、まだ許せない程の暴言だ。


 しかし相手は商品……しかも、とんでもない額がつく筈の、だ。犯すのはもちろん、(あと)に残る傷も作れない。出来れば骨折なども避けた方がいいだろう。


 どうやって捕らえようか……、そう考えていた時、部下の1人が貴族の妹を人質に取った。アイツは帝国軍から逃げ出す前から一緒の古株だ。

 妹を人質に取られた貴族の姉は無謀にも駆け引きをしようとするが、妹が殴られると抵抗を止めた。あんな、すぐ治るようなケガで引き下がる程度なら最初から駆け引きなど無理だったのだ。


 やっと事態が収まった……。そう考えていたのに、トラブルは更にやって来た。

 どこからかガキが3人、転がってきたのだ。10代半ば位の男が2人と、10にもならない位の女のガキが……。

 突然現れた3人はハーゲンたちの事を無視して、まるでコントの様なやり取りをしている。……全く意味が分からない。


 呆けるハーゲンを尻目に、貴族の姉妹が何かを叫ぶ。どうやら、どちらかの男の名前のようだ。……「お兄さま」と聞こえた気がしたが、2人の兄貴か?奴隷にするにしても男では、女ほど「貴族」というブランドの価値は無いのだが……。

 殺すか、捕えるか、どうしようかと悩んでいた時、突然部下の悲鳴が聞こえた。男と部下の距離は数m離れている。どんな武器を使ったかは分からないが……、攻撃されたのだ。


 一気に緊張感が増す中で男は部下に近寄り、部下の頭を掴んでドスの効いた声で叫んだ。

 ハーゲンは僅かながら恐怖を感じていた。男の態度に、ではない。あんな若造がどれだけ凄もうと何も感じない。伊達にアウトローなどやっている訳では無いのだ。本当に恐ろしい連中は……、あんな風に怒鳴ったり叫んだりはしない。


 ハーゲンが恐ろしかったのは、男の「見えない攻撃」にだ。

 一瞬、男の手首が光った事から魔法である事は予想出来るが、どんな魔法を使ったのか皆目見当もつかない。


 何も出来ずに見ていたのはハーゲンだけではない。男を除く、その場の全員が動けずにいた。

 誰もが男の行動を見守る中で、男はとうとう刃物を抜き、部下に止めを刺そうとした。……それを止めたのは、何故か貴族の妹だった。


 男と貴族の妹は何かを話し……、その内容はいまいちよく分からなかったが、その結果、男の雰囲気がまた変わった。

 先程までの剣幕はどこへやら、随分(ずいぶん)とスッキリした顔でもう1人の男と呑気な会話をしている。


 だが、ようやくハーゲンも理解が追い付いてきた。

 現れた2人の男は敵だと。そして、この2人はイェール盗賊団とやり合うつもりなのだと。




△▼△▼△▼△▼△




「半殺しだとぉっ? オメェら、たった2人で出来ると思ってんのかぁっ?」


 盗賊たちがユーキとエメロンを取り囲むように広がる。その人数は7人だ。他にはアレクの側に2人、カーラの側にも1人。そして、リーダーと思われる巨漢の男と……、アベルだ。

 しかし2人は全く怯む様子は無い。それどころか、ユーキは(あお)り立ててきた盗賊を無視してミーアに話しかけた。


「ところでよ、アベルはどういう扱いだ? 何か、盗賊の仲間みてぇに見えるんだけどよ」


 ここにきてユーキはようやくアベルに言及(げんきゅう)した。

 さっきから気にはなっていたのだが、アベルの警戒は盗賊ではなくユーキたちに向けられている。盗賊たちもアベルを警戒しているようには見えない。

 シンディの証言からも、アベルが盗賊の仲間である事は予想がつくが……、確認は必要だ。


「……そうです。リゼットとカーラさんも、アベルさんが連れてきました」


「んじゃあ、アレクとミーアを(さら)ったのもアベルが実行犯ってコトか」


 アレクとミーアはアベルと共に姿を消したのだ。アベルが盗賊の仲間だというのなら、2人を直接誘拐したのはアベルだという事は明白だ。

 その会話を聞いていたアベルはあっさりと自白をする。


「そういう事だね。それより、随分(ずいぶん)と余裕を見せてるけど、流石に多勢に無勢じゃないかな? さっきの攻撃……、リストバンドに仕込んだ針を魔法で飛ばしたんだろ?」


「へぇ、1度見ただけでよく分かったな?」


「しかも針の残りはあと4本。全然足りないんじゃない? エメロンが『戦闘魔法』を使う隙だって、与えて貰えるとは思わない方がいいよ?」


 アベルは会話をしつつ、仲間たちにユーキとエメロンの武器や戦法を伝える。

 ユーキの武器は先ほど見た。エメロンが『戦闘魔法』を使う事も、バルトスとの模擬戦で知っている。この2つにさえ気を付ければ、多少場慣れしていようと7人掛かりで敵わない筈が無い。


「お前さ、オッサンとの模擬戦見てただろ? あれ見て、エメロンの実力が分かんねぇのか?」


「……ユーキ。君がそれを言うの……?」


 自信満々に言うユーキに、エメロンが呆れ口調で口を開く。

 この状況でも2人には全く張り詰めた雰囲気が見られない。


「……? 何を言っているんだい? 君たちの実力なら十分見させてもらったよ。ユーキの武器はさっき初めて見たけど、それ以外は少し素早いだけ。エメロンの魔法は確かに脅威だけど、使用まで最短でも十数秒かかる。流石に2対7じゃあ勝ち目は無いよ? ……それと、こちらにはまだ人質がいる事を忘れて貰っちゃ困るな」


 アベルは淡々と「主観的」事実を述べる。そしてついでとばかりに、2人の更に詳細な情報を仲間に伝えるのも忘れない。それに加えて、アレクとカーラを人質として再認識させる。いざとなれば2人の身の安全は保障しないぞ、と。

 だが、ユーキの態度が改まる事は無かった。


「はぁ……、まぁいいや。んで? お前らは、いつになったらかかってくるんだ? こっちが先に仕掛けたら有利すぎっから待ってんだけど?」


 ユーキのこの言葉で盗賊たちの顔色が変わる。

 盗賊たちの殆どは、ユーキたちの倍ほどの年齢だ。自分の半分ほどの歳の若造にこの様な物言いをされれば、誰でもプライドを傷つけられるだろう。それは社会の最下層の犯罪者である盗賊でも例外ではない。


「なっ……めんなぁぁーーっ‼」「クソガキがぁーーっ‼」「死ねよやぁぁぁーーっ‼」


「エメロンっ!」


「……ほんっとに君は」


 激昂(げっこう)した盗賊たちは一斉に2人目掛けて襲い掛かる。だが、ユーキは慌てる事なく親友の名を呼ぶ。エメロンはそんな親友に呆れながら、「練っていた」魔力を杖へと流し込んだ。

 杖に刻まれた魔法陣が光り輝き、その光は杖の先から地面へと広がる。そして地中から無数の小石が(つぶて)となって盗賊たちへと降り注いだ。


 この魔法は、かつてゴブリンが使っていた魔法の改良型だ。

 ゴブリンの魔法は、1度小石を浮かせてから攻撃を開始していた。これは恐らく、武器となる石の選別と攻撃を別のプロセスにする事で魔力の消費を抑える為だろう。さもなければ、威嚇(いかく)が目的だろうか?

 しかしこれでは発動までに時間がかかり過ぎるし、敵に対してもバレバレだ。何より、エメロンの魔力量なら消費を抑える必要性は少ない。


「あがっ⁉」「イギィッ⁉」「うげぇっ⁉」


 広範囲に打ち出された(つぶて)を、突進していた盗賊たちは(かわ)せない。特に突出していた4名は、全身に(つぶて)を浴びて転がるように倒れた。


「なっ、なんでいきなり魔法をっ⁉」


 盗賊がそう思うのも無理はない。彼らがユーキたちに襲い掛かってからまだ5秒も経っていないのだ。

 しかし男はそんな事を言っている場合では無かった。エメロンの魔法が放たれたのと同時にユーキはナイフを抜いて、予期せぬ魔法の襲撃に狼狽(うろた)える男に肉薄していたのだ。


「……ぁづっっ⁉」


 そんな状態でユーキを捕える事は出来ない。盗賊がユーキの接近に気付いた次の瞬間には、その太腿(ふともも)をナイフで切り裂かれていた。


「俺とアベルが喋ってる間に決まってんだろ? あんな挑発に乗るなんて、お前らよりゴブリンのが利口なんじゃねぇか?」


「ど、どこまで……っ‼」


 悠長に話すユーキだが、まだ戦闘は終わっていない。ユーキの背後から盗賊が曲刀で襲い掛かる。


「死ねぇっ!」


”ギィィンッ!”


「おっと危ねぇ」


 横薙ぎで振られた曲刀をナイフで受け流して(かわ)す。その言葉とは裏腹に、身体を向き直し、曲刀を持った盗賊と対峙(たいじ)するユーキの表情には余裕が見られる。

 それを見た盗賊は歯軋(はぎし)りをして、何度も曲刀を叩きつけるように振るった。


”ギィンッ!””ギンッギンッ!””ギィィンッ!”


「死ねっ、死ね死ね、死ねぇっ‼ ……ァギャッ!」


「遅ぇし、軽ぃんだよ」


 盗賊の斬撃を全てナイフで受け流し、先程の盗賊と同様に太腿(ふともも)を一文字に斬る。

 まるでユーキの戦い方は、勝利する為というよりも屈辱を与える事を優先しているようだった。やはりアレクたちに対する仕打ちに、相当腹を立てているのは間違いない。

 だがその様な戦い方で、更にわざわざ相手に致命傷を与えないようにしていては、不意を突かれる事もある。


「……んっ?」


 ユーキは自身の足首に異変を感じた。足元を見てみれば、最初に倒した盗賊がユーキの足首を掴んでいるではないか。


「今だっ!」


「おぉっ! コゾーっ、剣は受けれてもコレは受けれねぇよなぁ⁉」


 7人の盗賊の最後の1人がそう言って振りかぶったのは、木こりが使うような大振りの斧だった。

 確かに斧をナイフで受けるのは無謀だ。まともに受ければナイフが折れるだろうし、受け流すにも斧の重量が重すぎる。本来なら斧の攻撃などに当たるユーキでは無いが、足を掴まれては素早く動けない。振りほどく一瞬が命取りになり得る。

 絶体絶命にも見える光景だが、それでもユーキの態度を崩す事は出来ない。


「受けれなきゃ、どうなるんだ?」


「……っ‼ テメーの頭が割れんだよぉっ‼」


 直前までは「みっともなく命乞いでもすれば助けてやってもいい」などと言おうかと考えていた盗賊だったが、そんな考えは一瞬で飛んでしまった。

 血管が切れそうになるほど頭に血が上った盗賊は容赦する事なくユーキの頭目掛けて斧を振り下ろす。……が、いきなり斧が軽くなった。

 危うくバランスを崩して倒れそうになるのを(こら)えて自身の斧を見てみると、柄から先……、刃の部分が無くなっていた。


”ブゥゥゥゥン”


「……何の、音だぁ?」


「次からは柄も鉄製にしとくんだな。……次があれば、だけどな」


 ユーキのナイフは音を立てて高速で振動を繰り返していた。それを目の当たりにしても盗賊は何が起きているのか理解出来ない。ただし、ハーゲンは見覚えのある武器を前に、目を見開いていた。


「まさか……、あん時のと同じ……⁉」


 4年前、帝国軍を脱走して手頃な村を占領した際に出会った冒険者。……実際は冒険者では無く兵士なのだが、ハーゲンはその事実を知らない。……とにかく、その冒険者が使っていた武器と同じ得物だ。

 その冒険者たった1人を相手に、部下を5人と軍から盗んだ人形兵器を3体も失った。その苦い経験がハーゲンに危機感をもたらす。


 だが、ハーゲンとは若干違う危機感を、部下の盗賊たちも遅れて感じた。

 どういう理屈かは分からないがナイフで斧の柄を斬ったのだ。そして、それを抜きに考えても7人の内の6人がたった2人の若造に倒されたのだ。次の瞬間にも最後の1人がやられかねない。

 そう感じた、アレクの側にいる盗賊の1人が声を張り上げた。


「う、動くんじゃねぇっ! コイツがどう……ぁぎゃっ‼」


「アベルの説明、聞いてなかったのか? 他のヤツも人質を取ろうなんて思わねぇ方がいいぞ?」


 声を上げた盗賊が僅かに動いた瞬間、その右肩にはユーキの飛ばした針が突き刺さっていた。

 続いたユーキのセリフに、アレクとカーラの側に残った盗賊たちは恐怖した。今まさに、自分も同様の行動に移ろうと考えていた所だったのだから。


 その一部始終を見ていたアベルは、ユーキの魔法の発動速度に驚愕(きょうがく)する。

 ユーキのリストバンドに針が仕込まれているのも、それを魔法で飛ばしているのも、見破ったのはアベル本人だ。当然、ユーキの腕の動きには注意を払っていた。


 鉄砲とは違い、リストバンドに描かれた魔法陣は『戦闘魔法』だろう。でなければ攻撃に用いる程の威力は出せない筈だ。鉄砲は、その構造によって『一般魔法』を武器に転用しているのだ。

 しかし『戦闘魔法』の使用には緻密(ちみつ)な魔力制御が必要だ。例え単純な魔法だろうと、例え熟練の術者だろうと、最低でも数秒以上の間、魔力の制御に集中する時間を要する筈だ。なのに、ユーキは一瞬で攻撃をしてみせた。


 ここに至ってアベルは、模擬戦でバルトスがユーキを1番警戒していた理由が理解出来た。

 振動するナイフに、針の攻撃。ユーキの武器は殺傷能力が高すぎる。これでは模擬戦では使えないだろう。

 だからバルトスは、ユーキの攻撃を受けてはいけないものと想定して立ち回っていたのだ。だからユーキは、無暗(むやみ)に突っ込まずに中距離を保つ事でバルトスにプレッシャーを与えていたのだ。


 そんな風にユーキを見ていると、斧を持っていた盗賊が腕を振り上げている事に気付く。

 アレクを人質にしようとした盗賊の方を見ている為、この盗賊に対しては背を向けているのだ。素手とはいえ、無防備の背後から殴られれば只では済まない。……筈だった。


「……ぅごっ⁉」


 だが、その盗賊は腕は振り下ろす事なく、短い悲鳴を上げてその場に倒れた。彼の側頭部に直撃した小石の為だ。

 ユーキの仕業ではない。ユーキは盗賊が倒れてから振り向いたのだ。


「お? サンキュー、エメロンっ」


「今、殴られそうだったの気付いて無かったでしょ?」


「わりぃわりぃ。けどよ、お前がいるから大丈夫だろ?」


「……あのねぇ」


 まるで戦闘は終了だと言わんばかりに緊張感の無い会話を交わすユーキとエメロン。

 だがそれもその筈、取り囲んでいた7人は全滅、アレクの側にいた2人の内の1人も戦闘不能だろう。2本の足で地に立っている盗賊は、アレクとカーラの側に1人ずつと、アベルの3人だけだ。しかもアベル以外の2人は明らかに戦意を喪失している。

 いつの間にかリーダーらしき人物の姿が見えないのが気にかかるが……。


「ん~~……、えいっ。……よしっ、これでボクも戦える……あれ? もしかして終わっちゃった?」


 ”ブチン”という音を鳴らして、間の抜けたセリフを発したのはアレクだった。どうやら手首に巻かれたロープを引き千切る為に、今まで集中して身体強化を行っていたようだ。

 加勢する気満々のアレクだったが、大勢は既に決していたと言える。無造作にユーキたちに歩むアレクを、側に居た盗賊はもはや止めようともしない。


「悪いな、アレク。せっかくの活躍の場を奪っちまってよ」


「む~っ、ホントだよっ。せっかく今から大活躍する予定だったのにさっ」


「はは……。無事そうで何よりだよ」


 自分たちは勝利したのだと……、既に戦闘は終了したのだと、そう信じて疑わないユーキたち。

 だから3人は呑気に会話していた。まさか、この戦況で戦闘を続行するなどとは思わなかったから。確かに傍目(はため)から見ても大勢が決したのは明らかだ。


 とはいえ盗賊たちをこのまま放置して帰還、という訳にはいかない。だからエメロンは、少なからず交流のあったアベルへと声をかけた。


「アベルっ! 一旦、町まで戻ろうっ! 君たちは……」


 盗賊とはいえ、貴族を誘拐したとはいえ、温厚なヘンリーやエリザベスならば大人しく投降すれば減刑もあり得る。僅かな時間とはいえ、友人として接したアベルへの、エメロンなりの気遣いだった。


 だが、話しかけながら振り向いたエメロンの視界から、アベルが消えた。いや、正確には消えた訳ではない。目にも止まらぬ程の高速でエメロンに迫ったのだ。


「……っ⁉」


 咄嗟(とっさ)に身構えたエメロンだったが、アベルの動きはあまりにも速い。自衛用の魔法を使う暇すら無かった。

 アベルは凄まじい速度のまま、エメロンの頭部を狙って蹴りを放ち……、


「ぅわっ⁉」


 (すん)での所でアベルの蹴撃(しゅうげき)(かわ)したエメロンだが、防御に受けた杖を手放してしまう。杖は”カランカラン”と音を立てて地面を転がった。


「へぇ、よく(かわ)せたね?」


「アベルっ⁉ テメェっ、何のつもりだっ⁉」


「それはこちらの台詞だよ? 君たち、もう勝ったつもりかい?」


「……もう残ってるのは君を含めても数人だよ? 君の方こそ、まだやる気なのかい?」


 エメロンは数人と言ったが、他の2人は戸惑った表情で戦線に加わる気配は見られない。実質、アベル1人だ。

 バルトスのような実力者ならともかく、11、2歳のアベルが1対2……アレクも加えれば1対3で戦うのは無謀としか考えられない。


「さっきみたいに、会話で魔法を使う時間稼ぎかい? そうはいかないねっ!」


「くっ……!」


 アベルの指摘は図星だった。エメロンの強力な攻撃魔法の殆どは、落とした杖に描かれている。だが、いくつかの魔法は杖以外にも仕込んではいた。

 だが、必要以上の会話には応じず、再びアベルがエメロンに襲い掛かる。これでは魔法を使う事は出来ない。


 アベルは左右の拳で攻撃をし、エメロンは必死に(かわ)し、防御する。本来なら年上で身体も大きいエメロンの方が肉弾戦は有利……の筈だった。

 次々と繰り出されるアベルの拳撃(けんげき)。それはバルトスのような、無駄のない動きとは違う。だが、あまりにも速い。今までに見た、どんな人間の動きよりも。


 (かわ)しきれない攻撃を腕でガードする。だが、その度に腕がへし折れるのではないかと思う程の痛みが襲う。年下のアベルの拳は、まるで鉄球のようだった。


「……ぐはぁっ‼」


「エメロンっ⁉」


 アベルの放った拳の1つ、それがエメロンの脇腹を(えぐ)るように突き刺さった。エメロンの耳に、自分の肋骨の折れる音が響く。内臓が()し潰されるような痛みが走る。前屈みになり、自身の脇腹を押さえるエメロン。そこにアベルのトドメの追撃が襲った。

 ユーキがエメロンの名を叫ぶが、止めようとしてももう間に合わない。


 ユーキもエメロンも金にはならない。無傷で捕らえる意味は薄い。だから死んでも構わない。むしろ、生かしておいては危険な存在だとすら言える。

 アベルは、エメロンの頭を砕くつもりで拳を放った。鉄球かと見紛(みまが)う程の拳を……。


「……つぅっ」


 しかし、アベルの拳はエメロンには届かなかった。アレクが2人の間に割り込み、アベルの拳を止めたからだ。

 一瞬、アレクとアベルの視線が交差する。そしてアベルは、自分の拳を握るアレクの手を振り払い、距離を取った。


「強化された僕の攻撃を受けるなんて、中々やるじゃないかアレク」


「どういうこったっ⁉ テメェの動き、人間とは思えねぇぞっ?」


 アレクへと話しかけたアベルに対してユーキが問うが、それも仕方の無い事だろう。

 サイラスやバルトスといった、達人たちの動きとは明らかに違う。アベルの動き方は、まるで物理法則を圧倒的な力で強引に無視したかのような不自然な動きだった。それはまるで……、


「気を付けてっ! アベルは多分、アレクと同じ『根源魔法』が使えるわよっ‼」


 そこに突然、リゼットが叫ぶ。

 そうだ、アレクの身体強化とそっくりなのだ。アレクも身体強化を使った際には、その小さな外見からは予測できない程のパワーを発揮する。しかし強化をしたままエメロンに連撃を放っていた所を見ると、『根源魔法』の練度は圧倒的にアベルに軍配が上がるだろう。


「アベルっ、それってホントっ⁉」


随分(ずいぶん)と嬉しそうだね、アレク? 僕もだよ。こんな所で「仲間」に出会えるなんてね……」


「……仲間?」


 アレクの質問に対する回答は不明瞭だ。だが答えは、その直後にアベル自身の行動を持って示された。

 ゆっくりと、自身の右目に指を運ぶ。その指が離れ、再び開けたアベルの瞳は……。黒かった筈のその色は、紅かった――。


「アベルっ⁉ テメェっ、魔族だったのかっ⁉」


 『魔族』――。紅い眼を持ち、『根源魔法』を使う人種。『魔人戦争』でヒト族と戦った種族。

 アベルが魔族であったのなら、『根源魔法』を使う事にも納得だ。瞳の色はコンタクトレンズだろうか?


「……4分の1だよ。祖父が魔族だったらしい。……アレク、君は違うのかい? だから『根源魔法』を使えるんじゃ?」


「……ううん? ボクは違うよ?」


 アベルは、自身と同じく『根源魔法』を使うアレクを、自分と同じく魔族の系譜(けいふ)に連なる者だと考えた。だから、自身が「そう」である事を打ち明けたのだ。


 しかしアレクに魔族の血は流れていない。少なくともアレクは両親からその様な話を聞いた事が無い。『根源魔法』はいつの間にか使えるようになっていたのだ。

 瞳は(あお)いし、コンタクトの(たぐい)もしていない。本気を出すと紅く変色するなどという事も無い。……そうだったらカッコイイのにな、などとアレクは思うのだが。


「……『根源魔法』は魔族にしか使えない筈じゃ?」


「ボクの魔法の先生は「ほとんどいない」って言ってたよ? だから、少しはいるってコトなんじゃないの?」


 エルヴィスは「知りたい事を知る事の出来る能力」を持っていた。だから嘘を()いてでもいない限り、彼の言う事に間違いはない筈だ。人格には少し問題のある先生だったが、嘘を()いた事は1度も無い。

 だから、きっとアベルの方が間違っているのだ。


 アベルはアレクの瞳を見つめる。しかしいくら見つめても、アレクの瞳が紅くなる事は無い。……嘘や誤魔化しを言っている訳でも無い。

 そんなアレクを見たアベルは落胆した。こんなに真っ直ぐな目をした者が「仲間」な訳が無い、と。魔族の血を引いているかどうかは関係ない。「仲間」ならば、もっと(よど)んだ眼をして、もっと暗い感情を秘めている筈だ。

 アレクは……、自分とは違う。


「……残念だよ。……でも、少し楽しみでもあるかな? 同じ『根源魔法』の使い手同士、どっちが強いか……、なんてねっっ‼」


 そう言って、アベルが視界から消える程の速度で動いた。エメロンに襲い掛かった時と同じだ。だが先程と違い、警戒は解いていない。注視していれば見失う程の速度ではない。

 だが見えはするが、速い――っ。アレクの眼前へと現れたアベルを止める事は、負傷したエメロンはもちろん、ユーキにも出来なかった。

 反応できない3人を内心嘲笑(あざわら)いながら、アベルはアレクの腕を引っ掴む。


「ぅわっ⁉」


 アレクの腕を掴んだまま、身体ごと振り回す。本来ならそれは肩が脱臼するほどの勢いだが、アレクは無意識に使った身体強化のおかげで何ともない。自己防衛本能の為せる(わざ)だろう。

 だが、アベルの目的はダメージを狙ったものでは無かった。そのまま1回転半ほど回し、アレクの腕を手放した。当然アレクは吹っ飛ぶ。まるで遠投のボールのように、高く――、遠くへ――。


「アレクっ‼ ……テンメェっ!」


「ユーキ、君たちの相手は後でしてあげるよ。……生きていたら、ね」


 そう言ってアベルは目にも止まらぬ程の速さでユーキの前から姿を消した。向かう先は、アレクの飛ばされた方角だ。


「……何だとっ⁉ おいっ! アベルっ‼」


 アベルを制止しようとユーキが叫んだ次の瞬間、テントの中から”キュルキュル”といった聞き慣れない音が聞こえてくる。


「……何だ、ありゃあ?」


 音に目を向けたユーキの目に映ったのは不細工な鉄製の(たる)が2つ、移動してくる姿だった。

 そして、そのすぐ後ろには先ほど姿を消した盗賊のリーダーが高笑いをしていた。


「がーーっはっはっは。起動に手間取ったが、テメェらもこれでおしまいよぉっ!」


 ユーキはまだ気付いていない。

 この不細工な(たる)が、かつて『ボーグナイン紛争』でクライテリオン帝国が大量に導入した新兵器であり、アレクの父・レクター=バーネットに「厄介」だと言わしめた兵器である事を。


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