第46話 「アレクは動かずにはいられない」
「ここで、カーラがアベルに連れてかれたってのか?」
「…………ぅん」
シュアーブ西の森の中、ユーキとエメロンはシンディの案内でカーラが連れ去られたという現場までやって来た。
エメロンはその場にしゃがみ込んで地面を調べる。人がいたというのなら、その痕跡がある筈だ。草が踏まれていたり、足跡が残っていたり……。
「必要な技術は何でも覚えておけ」というバルトスの指導は、確かに正しかった事を証明していた。
「……確かに誰かが居た痕があるね。……シンディちゃん、本当にアベルが?」
「…………」
「シンディ、間違いねぇのか?」
「…………ぅん」
エメロンの問いには沈黙し、ユーキの問いにだけ時間を掛けて静かに答えるシンディ。この様な調子の為、事情を聞くのに随分と手間取ってしまった。
シンディの証言によれば、今から2時間ほど前にこの場所でアベルがカーラを気絶させて連れ去ったというのだ。にわかには信じ難い話である。
アベルは昼過ぎにアレクたちと共に行方不明となっている。アレクと一緒に盗賊に誘拐されていたと考えるのが自然だ。なのにその後、この場で目撃されている。もし、シンディの話が正しいとするならば……。
「アベルは盗賊の仲間……、以外には考えられないよね」
「んなコト……っ! ……あり得んのかよっ⁉ アベルはまだ12の子供だぞっ?」
エメロンの結論は容易には受け入れ難い。短い期間とはいえ、アベルは孤児院で共に過ごした仲間なのだ。放課後の昼食会にも集まり、笑い合った仲間だ。
それが盗賊だなどと……、そんな事があり得るのだろうか?
「ユーキ、落ち着いて。まだ、そうと決まった訳じゃないよ。……ただ、どうであろうと僕はアレクを傷つける存在を許す気は無いけどね」
「エメロン……」
「……行こう。何にしても僕たちに他に手掛かりはないんだから。……足跡を辿れば追いつけるかもしれない」
エメロンの言う通り、アベルの件はここで話していても仕方がない。もしかしたらシンディの見間違いかも知れないし、何か理由があっての事の可能性だってある。元より、他に行動する選択肢はユーキたちには無いのだ。
だが、そうなると1つ問題がある。それはシンディの事だ。
「……よし。俺たちはカーラを探しに行くけど、シンディは1人で孤児院まで帰れるか?」
「…………ぃや。…………ぃっしょに……いく」
このまま追跡していけば、もしかしたら盗賊団とぶつかる事にもなり得る。最悪、戦闘になって人死にが出る可能性だってあるのだ。
そうでなくとも既に時刻は22時を回っている。シンディのような子供を連れ回すような時間では無いだろう。……1人で帰らすのは不安もあるが、盗賊と出会う可能性のある方よりはずっとマシだ。だが、シンディはユーキの指示に従う様子は無かった。
その後いくらユーキが説得しても、シンディは頑として首を縦には振らない。
ユーキには知る由も無いが、シンディにとってカーラは「生きる意味」そのものと言える存在だ。そのカーラを人に任せて自分だけ帰るという選択肢は無い。善悪や義務感などではない。ただ、見届ける必要があるのだ。
そして見届けた結果に対しても頓着は無い。だって、最悪が起きたとしても自分が死ぬ。ただ、それだけの事なのだから。
「ユーキ、説得は無理そうだよ? 1人で帰すのも危ないし、時間も無い。連れて行くしか無いんじゃない?」
「いや、でもよ……。行った先で何が起こるか分からねぇんだぞ?」
「…………わたしは……だいじょぶ」
シンディは大丈夫と言うが、ユーキにはとてもそうは思えない。
戦闘に巻き込まれれば怪我をする可能性もあるし、最悪命に関わる可能性だってあるのだ。
だが、ユーキはシンディの本心を分かっていない。シンディは、ユーキの懸念を理解した上で大丈夫と言っているのだ。
自分が怪我をしても、死んだとしても大丈夫だ、と。例え目の前で誰かが死んでも大丈夫だ。例えそれがカーラであったとしても、その時は自分も死ぬだけだから大丈夫だ。
壊れてしまっているシンディの心を理解するのは、ユーキには不可能だった。
「……はぁーっ、わかったよ。エメロンの言う事にも一理あるしな。……その代わり、俺らの言う事はちゃんと聞けよ?」
「…………ん」
結局、ユーキは折れるしかなかった。タイムリミットが判明していない現状では、なるべく急いだ方がいい。それに、シンディの説得も難しそうだ。ここで時間を費やしてもシンディを説得するのは難しそうだし、置いて行く訳にもいかない。
シンディの説得を諦めて、3人はアベルたちの行方を足跡を頼りに進んでいった。
そして森の中を歩いて約15分……。
「森が切れたか……」
「多分、馬に乗ったね……。蹄の跡が残ってるよ」
「確かに……、土が掘り返されてるな」
森を抜けた先は草原で、エメロンの指摘の通り2頭分の馬の足跡がくっきりと残っている。掘り返されているのを見るに、馬を走らせたのに違いない。
移動に馬を使われたとなれば、その行動半径は当然大きくなる。徒歩で追っていたのでは追いつくのはいつになるか分からない。かと言って、引き返す選択肢など無い。
「エメロン、シンディも一緒に乗せていけるか?」
「ユーキこそ、バランスを取るのは大丈夫? もう落ちるのは勘弁だよ?」
「ありゃ、アレクがいきなり動いたからだよ。シンディ、俺に負ぶされ」
ユーキとエメロンはそんな事を言い合って、手を繋ぐ。そしてユーキがシンディを背負ったのを確認すると、エメロンはユーキと繋いだ左手に嵌めたグローブに魔力を送った。
グローブに描かれた魔法陣が光り輝き、その効果を発揮する。すると、ユーキとエメロンの身体はゆっくりと地面から浮き上がった。時折、ユーキの右手に着けられたリストバンドが魔法陣の光を放つ。
これはユーキとエメロンの2人が開発した「浮遊魔法」だ。もちろん、原案となったのはヴィーノの兄・ブローノから聞かされた、サイラスの魔法だ。
サイラスは爆発するような風の魔法を断続的に使用していたらしいが、それでは姿勢の制御が難しい上に、失敗をすれば高速で地面に叩きつけられる事になる。そんな自殺行為はする気が無い。だから、空を浮遊して移動をするというコンセプトで魔法を作ったのだ。
最初、ユーキはこの魔法を1人で使用するつもりだったのだが、いざ使ってみると魔力が足りない。短時間なら使用も可能だが、それでは移動に使うには問題がある。
そこで目を付けたのが魔力が多く、制御も上手いエメロンだった。……アレクには試させていない。制御を誤って墜落するのがオチだ。だがエメロンでも空中での姿勢の制御は難しく、バランスを崩して何度も失敗を重ねた。
そこで考えたのがエメロンの魔法で2人を浮かせて移動する。そしてユーキの魔法でバランスを取るという方法だ。
この方法は思った以上に上手くいき、2人の「浮遊魔法」は完成に至った。
「……大丈夫そうだね。それじゃ、少し急ぐよっ?」
「おう、多少スピードに乗った方がバランス取るのは楽だからな。……シンディ、ケガしたくなきゃ無暗に動くなよ?」
「…………ぅん」
最初はゆっくりと、しかしエメロンの宣言通りぐんぐんとスピードを増してゆく。その速度は馬よりも遥かに速い。エメロンの魔力も豊富な為、馬よりもよっぽど長く移動できる。
幸い馬の足跡も目立つ為、月明りの中でこの速度でも見失う事も無い。これならば遠からず追いつくだろう。
そう確信して10分ほども飛んでいた時だった。
「……っ! 何だっ⁉」
突如、進路の前方。馬の足跡が続く先にあった森から天に向けて光の柱が昇った。その光は夜の闇を照らし、そして一瞬で消え去った。
あの光には見覚えがある……。いや、見間違う訳が無い。
「あの光は……」
「「アレクの≪消滅の極光≫っ‼」」
ユーキとエメロンの声が重なり、3人は光の柱の発生した森へと全力で飛んでいった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
少し時間は遡り、盗賊たちの野営場でアレクとミーアは脱出の相談をしていた。
2人の為に作られた焚火の周囲には誰もおらず、先程までいたハーゲンと名乗る団長とやらも、保存食を2人に渡した後は仲間の元へと引き返していった。当然、2人の姿は盗賊たちの目の届く範囲ではあるが、小声での会話なら聞こえる心配も無い距離だ。
「でさぁ、どうするミーア? ボクの身体強化ならこんなナワくらい、引きちぎれるよ?」
アレクの提案は単純明快。自身の『根源魔法』の身体強化で拘束を外して逃げるというものだった。拘束を外した後の案も単純なもので、アレクが強化をしたままミーアを担いで逃げる。ただそれだけだ。
アレクの魔法の弱点は細かい制御が効かない事と、それでも最低限の制御を行う為に長い集中が必要な事だ。自身の手枷足枷を破るのに、これらの弱点はさほど問題にならなかった。
ただ、それでも問題点はある。
1つは、ミーアの拘束を外す事は難しいという事。自分の拘束なら腕全体、脚全体に強化を施して引きちぎるだけで済むが、ミーアの拘束を外すとなるとそう簡単にはいかない。ヘタにミーアの手足に力が加われば骨折でもしてしまいかねない。
もう1つは、逃げる際に上手く身体強化の制御が出来るかどうかだ。ミーアの運動神経はお世辞にも良いとは言えない。ましてや今は靴も履いていないのだ。自分の足で盗賊たちから逃げるのは不可能だ。
例え、枷が無かったとしてもアレクがミーアを運ぶ必要がある。だが、ミーアを担いで森の中を盗賊たちから逃げる為には最低限の、そして継続的な魔法の制御が必要だ。果たしてアレクにそれが可能かどうか……。
「……姉さま、しばらくは様子を見ましょう。夜中になれば見張りも少なくなると思いますし、逃げるのならその方が都合がいいです」
ミーアは、かつて誘拐された時の事を思い出す。あの時もユーキは慌てて動いたりせず、見張りの監視が緩くなるのを待っていた。
盗賊たちは10人以上もいるので、あの時のように全員が寝るという事は無いだろうが、それでも今よりは監視が少なくなる筈だ。
「ん、わかったよ。……それにしても夜は冷えるね~。夏とはいえ、こんなカッコじゃ風邪ひいちゃうよ」
「ふふ……、そうですね。……あっ、お兄さまが助けに来てくれたらどうしようっ? こんな格好、お兄さまには見せられませんっ」
素直に妹の提案に従うアレク。その声には緊張感は欠片も感じられない。何とかなると考えているのか、自分の力で何とか出来ると考えているのか、はたまたただの能天気か。
ただ、そんな姉の姿はミーアにも力をくれる。自分の力だけではどうにも出来ないが、姉が……、ユーキがきっと何とかしてくれる。だから、ミーアも余計な緊張をせず能天気に構える事が出来るのだった。
そんな話をして数時間。時計が無い上に気絶させられていたので正確な時間はサッパリだが、おそらく夜中に差し掛かろうという時刻ではないかと思う。盗賊の野営地に人が入ってくる気配がした。
盗賊たちに緊張が走る。ミーアも助けが来たのではと、一瞬期待を寄せる。だが近づく気配と共に現れたのはアベルと2人の盗賊だった。どうやら「約束」とやらの用事が済んだらしい。
ミーアの落胆とは逆に、盗賊たちの緊張は一気に和らいだ。
盗賊の仲間たちに近づくアベルは、何かカゴの様な物を手に持っている。焚火の炎で揺らめくカゴの中には……。
「リゼットっ⁉」
カゴに捕えられたリゼットの姿を確認したアレクは、縛られた足のまま跳ねて駆け寄る。それに続いてミーアも立ち上がるが、1歩踏みしめただけで小石を踏んだ足の裏に痛みが走る。……やはり裸足では逃げるのは不可能だ。
「アベルっ、何でリゼットがここにいるのさっ⁉」
「アレクっ⁉ それはこっちのセリフよっ! なんでアンタがここにいるのっ⁉」
「2人とも落ち着きなよ。僕が盗賊だってもう知ってるだろ? 貴族の娘は売ればお金になる。妖精も同じか、それ以上のお金になる。だから僕が攫った。それだけだろう?」
大声で互いに同じ事を言い合う2人に、アベルが端的に説明をする。あまりにも単純な説明に納得するしかない。どうやって捕らえたかは分からないが、何故捕らえたかはこの上なく分かり易い。
「アレクっ、アンタなんて格好してるのよっ! アベルっ! アンタ、アレクにヘンな事してないでしょうねっ⁉」
「ヘンなコト?」
「お金が目当てだって言ったろ? 商品の価値が下がるような事はしないよ。もちろん、ミーアにもね」
「……ミーア、アンタまで」
アベルの言葉でリゼットはミーアの姿を確認し、アレクと同様に囚われの身である事を理解する。
少しずつ……、手足を縛られながら、足の痛みを避けるようにゆっくりと歩んできたミーアの口から出た言葉は、リゼットの安否でも、アベルへの非難でも無かった。
「アベルさん、その方……、カーラさんをどうした……いいえ、どうするつもりですか?」
そう言われてアレクはようやく、アベルの後ろの男が女の子……カーラを担いでいる事に気付く。
そのセリフでアベルも、まるで思い出したかのように言葉を放った。ただし、ミーアではなくハーゲンに。
「そうだった、話の途中だったね。それでハーゲン父さん、妖精はこの通り捕えたけど、この子はどうする?」
話の途中……。どうやらアベルとハーゲンが話している最中にアレクが割り込んだようだ。
ミーアを無視して話すアベルだったが、ハーゲンと話す内容は奇しくもミーアの質問の内容そのものだ。
「そのガキも貴族なのかぁ?」
「いいや? 平民……、どころか孤児だよ。若くて健康そうだし、売ればそれなりの値段にはなるんじゃない?」
ハーゲンの質問の意図は単純だ。ただ金になるか、ならないか。それだけだ。だからアベルの答えも必要な情報を単純に並べただけのものとなる。
アベルの評するカーラの価値を聞いたハーゲンは思案気に唸り、アレクとミーア、そしてリゼットを一瞥する。
数十秒、うんうんと唸った後、顔を上げてハーゲンは盗賊の仲間全員に聞こえるように大声で宣言した。
「よしっ、貴族の娘2人に妖精も手に入った。明日の朝イチで出発するから、その時にこのガキは始末しようっ。使いてぇヤツは、それまで好きに使っていいぞっ!」
「…………え?」
「使う?」
ハーゲンの言った言葉を理解しながらも理解したくないミーアは、信じられないという気持ちで声を漏らした。
言葉の意味を正確に理解できなかったアレクは、単純に疑問の声を漏らした。
そして……。
「「「うおおおぉぉぉぉっっっ‼」」」
盗賊たちからは歓声の声が上がった。全員……では無いが、数名がいきり立ったように興奮している。
ハーゲンは己の判断を合理的だと解釈した。
貴族の娘を売るにはエストレーラ王国内では危険すぎる。だから国境を越える必要がある。長旅になるのだから余計な荷物は減らしたい。その荷物に価値があるのなら考え物だが、たかが子供の奴隷1人。その価値など、貴族の娘2人や妖精と比べれば霞んで見える。
そんな程度のものを苦労して運ぶより、団員たちにプレゼントした方が自分への忠誠心も上がるだろう。……自分はあんなガキには興味が無いが、そういう趣好の者もいるし、女であればなんでもいいという奴もいる。
我ながら良い判断だと、そう考えていた。
「オレはもう寝るからよ、あんまうるさくすんじゃあねぇぞ? あと、その3人の見張りも忘れんなよ?」
そう言ってハーゲンは、1つだけあったテントの中へと入って行こうとする。
カーラの処遇が決まって、ハーゲンとの会話を終えたアベルはミーアに向き直り……。
「残念だったね。まぁ、そういう事もあるさ」
「アベルさん……っ! あなたって人は……っ!」
ミーアは怒りに身体を震わせるが、アベルには全く堪えない。どれほど怒りが激しかろうと、手足を縛られた12の子供など恐れるに足らない。
「僕に言われても困るな。決めたのは団長であるハーゲン父さんだし」
「あなたが……っ‼ カーラさんを連れてきたんでしょうっ‼」
「そりゃあ、あんなのでも売ればお金になると思ったからね。そうはならなかったけど……。もう言っても遅いさ、ホラ」
アベルが目配せをした先には、気絶したまま地面に寝かされたカーラに群がる盗賊たちがいた。
彼らの息は荒く、皆が皆、力づくでカーラの衣服を引っ張り、千切れる。
「お……女っ! 久しぶりの女だっ!」「おいっ、退けよっ!」「オレにも触らせろっ!」「オレが先だっ!」「……ん? なっ⁉ なによ、あんたたちっ⁉」「お、目ぇ覚ましたぜ?」「はは、ガキの力で逃げられるモンかよっ」「突っ込みゃ、そのウチ大人しくなんだろっ?」「や、やめっ⁉ 誰かっ、助けてっ‼」
男たちに衣服が破れる程の力で引っ張られれば、流石に目も覚める。だが、目の覚めたカーラの目の前は地獄だった。
見知らぬ汚い男たちが自分の身体をまさぐっている。何が起きているのか、何をされるのか、混乱するカーラには分からない。ただ恐怖だけが心を支配して、助けを呼ばずにはいられなかった。
「ったく、あんなガキ相手によくやるぜ」
「はは、まぁそういうのがイイってのもいるからな。オレは最後にさせてもらうぜ。ヤリ過ぎて意識がトンでるヤツを……、ってのが最高なんだよなぁ~」
「……変態度合いじゃ、ヤツらもお前にゃ負けるぜ」
カーラに群がる盗賊たちを尻目に、別の盗賊たちは遠巻きに見ている。誰も、カーラの助けの声には応じない。誰もが、そう思っていたその時だった――。
”ブチィッ!”
その時、どこからか何かが千切れる音が聞こえた。カーラの衣服ではない。別の場所からだ。
その場の全員が音の発生源を探して周囲を探る。視線の先には、毛布を脱ぎ捨ててボロ布1枚を身に着けた少女・アレクがいた。
アレクは手足を広げ、仁王立ちのように立っている。……その手足を縛っている筈のロープは、無い。
「カーラから離れろっ! でないと……」
アレクには、盗賊たちが何故カーラに襲い掛かっているのかは分かっていない。だが、それが良くない事だという事くらいは分かっている。何より、カーラが助けを求めている。
だからそれを止める為に、身体強化を使ってロープを引き千切った。そして警告をする。カーラから離れろ、と。
「んだぁ? ロープが腐ってでもいたのかぁ?」
「逃げられちゃあメンドウだしよぉ、少し痛い目に合わせるくらいはいいよなぁ?」
だが、アレクの警告は盗賊たちにさほどの効果は及ぼさなかった。まさか誰も、アレクが力づくでロープを引き千切ったなどとは思ってもみなかったのだ。たまたま腐ったロープでも使用していたのだろうと、そう考えていた。
だから気にしているのはアレクによる攻撃などではなく、この場から逃げられる事だ。拘束が外れたと言っても12、3の小娘……、しかも武器の類は何も身に付けていない。攻撃を恐れないのは、油断ではなく当然の判断だった。
だがアレクの方は、当然ながら違う考えだ。アレクには『根源魔法』という戦う力がある。
ミーアとリゼットはもちろん、カーラの事も置いて逃げるなど微塵も考えていない。カーラへの暴行という悪事を前に、アレクはすっかり戦う気であった。
アレクにとって都合の良い事に盗賊たちの動きは慎重で、いきなり飛び掛かってくる様子は無い。アレクを逃がさないように取り囲むように広がってゆっくりと追い詰めるつもりだ。だから、その間にアレクは魔力を練る時間が出来た。
身体の魔力を手の平に集中して増幅する。反動を受け止めれるように肩・腹・脚にも……。
盗賊たちは「悪」だ。手加減をする必要は無い。距離もたかが数メートル、外す心配も無かった。
「いっくぞぉーーっ!」
アレクは高らかに宣言して、魔力を集中した右手の平を前方の盗賊に向ける。盗賊の方はポカンとして呆けていた。まさか魔法陣を持たないアレクが、今から魔法を使うなどとは夢にも思っていなかったのだ。
だがアレクが魔法を放つのだと、そう予測した人物がただ1人だけ盗賊たちの中にいた。
「まさか……」
そう呟いたアベルは土を蹴り、アレクに迫る――。
「≪消滅の極光≫ーーーっ‼」
アレクの咆哮とほぼ同時に辿り着いたアベルは、アレクの突き出した右腕を掴んで上方へと跳ね上げた。その際のアレクの腕は重く、強く、硬い。とても13歳の女の子の細腕とは思えなかった。
そして、それと同時に閃光が奔る。焚火などより、魔法灯などよりも遥かに強い光が辺りを照らす。目も眩むような光はすぐに収まり、周囲は再び闇に包まれた。急激な明度の変化に、殆どの者の目は役に立たない。だから――。
「ぐほっ……⁉」
「ゴメンね、アベル」
アレクの右腕を掴んだままのアベルは、自身の腹を襲った衝撃に呻き声を上げて、その手を放す。
アベルの拘束を振り払ったアレクは、一言だけ謝罪をして地を蹴った。
「ぅがっ⁉」「んげっ⁉」「ぶがぁっ⁉」
眩んだ目と、痛みにより朦朧とするアベルの視界は真っ暗だ。だが、次々に聞こえる悲鳴が何を意味しているのかは理解が出来た。アレクが盗賊たちを攻撃しているのだ。
アベルと同様に殆どの盗賊の目は眩んでいる。そんな状態で攻撃を受ければ、まともに防御も回避も出来はしない。そして、アレクの攻撃は想像以上に重く、鋭かった。舐めてかかれば、アベルでも一撃で昏倒してしまいかねない程に。
「何の騒ぎだぁっ⁉ テメェ……ら……」
その時、つい先程テントへと入って行ったハーゲンが顔を出す。
カーラを盗賊たちへの慰み者として差し出した以上、多少騒がしくなるのは覚悟していたが、先程からの騒ぎは想定を超えている。流石に耐えかねたハーゲンがテントを出て見たものは信じられない光景だった。
15人程いた仲間の内の5人……、1/3程が地に伏して動かない。アベルも自身の腹を押さえて蹲っている。
倒れている仲間たちの近くには、怯えた顔で震える半裸の少女・カーラと、そのカーラを守るように立つ少女・アレクの姿があった。




