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第43話 「剥がれる化けの皮」


「おい、なんだぁソイツらは?」


「あっ、シショーっ! 遅いよっ、5分の遅刻だよっ!」


 冒険者ギルド内で声を上げるバルトスとアレク。

 ここは、冒険者たちが待ち合わせや休憩などに利用するラウンジで、イスとテーブルが設置されており、有料ではあるが飲み物や軽食も販売しているブースだ。今もアレクたち以外に十数人が利用している。


「「時間をムダにするなっ!」って、いつもシショーが言ってるじゃないかっ」


「うるっせーなぁ、オレにも事情ってモンがあんだよぉ。ンで、ソイツら誰よ?」


「すいません、師匠。僕たちの友達です。修行を見学したいらしくて……」


 食って掛かってくるアレクを軽くあしらい、ミーアとアベルの説明をエメロンから聞いたバルトスは「見学ぅ?」と、眉間にシワを寄せて怪訝(けげん)な表情だ。その表情は怒っているようにも見え、子供が向けられれば泣き出してもおかしくない。……アレクたちは全員子供なのだが。


「初めまして、アベル=ユークリッドといいます。冒険者に興味がありまして」


「冒険者になりてぇってのかぁ?」


「そうですね。それを考える為にも是非、見学の許可を頂ければ、と」


 付き合いの長いアレクたちは元より慣れたものだが、初対面のアベルはバルトスの強面(こわもて)にも全く怯む様子も無く、慇懃(いんぎん)な振る舞いで接する。

 そしてもう1人の初対面の筈のミーアはというと……。


「ンで、そっちの嬢ちゃんは……?」


「初めまして、バルトス先生。ミリアリアと申します。ミーアでも嬢ちゃんでも、お好きなようにお呼び下さい」


「……ったく、最近のガキは変なのばっかだなぁ。それとも、お前らだけが変なのかぁ?」


 こちらも全く物怖(ものお)じせずに自己紹介をする。たとえ相手が強面(こわもて)のバルトスでなくても、初対面の大人に接するというのにこの落ち着きようは普通の子供とはとても思えない。

 思えばアレクもユーキも、バルトスに全く怯えてなかった。……エメロンだけはビビりまくっていたが。


「んで、オッサン。コイツらが一緒でも問題ねぇか?」


「まぁ、別にいいんじゃねーの? ただ、何かあってもオレは責任取らねーぞ?」


 師匠であるバルトスの許可も得たという事で、一行は模擬戦用の武器を借りて町外れに移動する。

 ただ、バルトスとの付き合いの長い3人は知っていた。「責任を取らない」などと言いつつ、実は人の()いバルトスはきっと、子供たちの安全に気をかけてくれるだろうという事を。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「ンじゃ、今日からは1人ずつ相手をしてやる。メンドクセェがなぁ」


「えっ、師匠と1対1……、ですか?」


 いつも模擬戦をしている町外れの草原に到着するなり、バルトスがそう言った。それを聞いたエメロンが戸惑うのも無理はない。

 3対1でも、未だにバルトスには及ばない。2対1ならば、何とか戦いにはなるといった程度だ。1対1では、勝負になる筈が無い。


「何だよ? 前にエメロンと2対1で1本取られたのを根に持ってんのか?」


「ンっ……なわきゃねーだろーがっ! ……テメェらも、そこそこ連携が取れるようになってきたからよぉ。個々の底上げっつーヤツだ」


「ホントかぁ? タイマンでコテンパンにしてやろうってハラじゃねぇのか?」


「ホントにコテンパンにしてやろうかぁ? テメェら、もうすぐ卒業して旅に出んだろーがよぉ。年明けたら実戦訓練にかかるからよぉ、それまでに1人でも何とか出来る応用力っつーのを身に付けとけっ!」


「実戦っっ⁉」


 1対1で模擬戦を行う真意を、自身のプライドを守る為ではないかと邪推(じゃすい)したユーキをバルトスは全力で否定する。説明してもまだ疑うユーキに、バルトスは今後の修行プランを明かす事にした。


 現在は9月。教会学校の卒業は3月だ。もう、3人が旅に出るまで時間が無い。

 3人を弟子にしてから1年半、ひたすら訓練を繰り返してきた。3人のその実力は、すでにヘタな魔物や盗賊などモノにもしないレベルだろう。……実力を存分に発揮できれば、だが。

 その為には実戦経験が必要だ。


 今ならば、自分が一緒についてやれる。バルトスはそう考えていた。自分が一緒にいれば、何かがあっても3人を守ってやれると。

 本当に、バルトスという男は思考と態度、言葉選びが一致しない男であった。


「……反吐(へど)が出る」


 そんなバルトスとユーキたちのやり取りを見ていたアベルはつい、小さく呟いてしまう。

 声に出すつもりなど無かったそれは、紛れもなくアベルの本音だ。あまりに小さな呟きは誰の耳にも届いていない。


「アベルさん……?」


 ただ、ミーアはアベルの表情の変化に気が付いた。

 いつもニコニコとして笑顔を絶やさないアベル。ただミーアはその貼り付けた様な笑顔が嫌いだった。だが、今のアベルの表情は憎い仇を見るような目で、その整った眉と口を歪ませていた。


「は……っくしゅんっ! いや、失礼。中々くしゃみが出なくてね。恥ずかしい所を見られたかな?」


「……いえ」


 ミーアの視線と、自分の表情に気が付いてアベルは咄嗟(とっさ)に誤魔化す。

 もしかしたら不審に思われたかも知れないが、バルトスならともかくミーアならば問題ない。それもせいぜい「様子が変だ」くらいのものだろう。

 あと少し……。数時間もすれば、こんな誤魔化しをする必要もなくなる。


「ンじゃあ、始めっぞ! 最初はバカガキからだっ!」


「うんっ!」


「アレク、ケガには気を付けてね」


 バルトスに指名され、エメロンの声援を受けてアレクが武器を構えて前に出る。その右手にはショートソードサイズの模造刀、そして左腕には丸い形状の盾が装備されていた。

 ラウンドシールドと呼ばれる形状のこの盾は比較的軽いものが多く、重心も安定している為に非常に扱いやすい。1人で突出しやすいアレクの為に、ユーキとエメロンが考えた装備だ。


「いつでもいいぞ、好きなタイミングでかかって来い」


「うんっ。じゃ、いくねっ!」


 元気よく返事をしたかと思えば、間髪置かずにアレクは盾を前に突き出しながら突撃した。あまりのテンポの良さに、初見ならば面食らうであろう。だが当然、バルトスは予想済みだ。

 バルトスは接近するアレクに対して手にした棍で突きを放つ。


「――っ!」


”ガィンッ!”


 バルトスの棍はアレクの盾に阻まれ、弾かれた。

 アレクの前進は止まらない。そのままの勢いで剣の攻撃範囲まで突き進み、右手の模造刀をバルトス目掛けて横薙ぎに振り抜く。


 バルトスは盾を持っていない。棍は盾に弾かれ、アレクの左側後方だ。右から来る斬撃は(かわ)すしかない筈だ。きっと(かわ)されるだろうが、何度でも追撃を……。

 そう考えていたアレクの左側頭部に衝撃が走る。


「ぐぁっ!」


 予期していなかった攻撃など(かわ)せる筈が無い。アレクは自分がどんな攻撃を受けたのかを理解できないまま、その場に膝をついた。


「ちったぁマシになったが、まだまだだなぁ。だけど、盾ってのぁ悪くねぇ。これからそのスタイルで……、聞こえてねーか?」


 バルトスが講釈を始めるが、先程の攻撃でアレクは脳震盪(のうしんとう)を起こしており、耳には届いていなかった。


 しかし実のところ、バルトスは感心していたのだ。盾を持つという判断にではない。アレクの予想以上の「当たり」の強さにだ。

 バルトスは棍の突きにそれなりの力を込めた。もちろんアレクに怪我をさせる気などは毛頭なく、盾に当たるように狙いをつけてだが。だがそれは逆に、盾に当てる事を前提にしている為、遠慮なく突くことが出来たという事だ。それは、踏ん張っていなければ小柄なアレクなど吹き飛んでしまいかねない程の力で。


 結果はアレクを吹き飛ばすどころか、こちらの方が弾かれてしまった。それどころかアレクは足を一切止める事もなく、だ。


「……すごいね。君たちの師匠、バルトスって言ったかな?」


「……まぁな。ったく、接近戦で武器から手を放して殴ってくるなんて、予想できねぇよ」


 アベルの賛辞(さんじ)にユーキが不本意ながらも応える。

 ユーキが言った通り、バルトスは弾かれた棍から手を放して素手でアレクの頭部を殴ったのだ。武器を使うよりも素手の方が素早く反応出来るというのは理解出来る。だが、そんな判断をあの一瞬で咄嗟(とっさ)に出来るものだろうか?


 ユーキは、自分とバルトスの力量差が未だに遠く離れている事を、不本意ながら認めるしかなかった。


 だが、アベルの感想はユーキの抱いたものとは少し違っていた。

 確かにバルトスは強い。想像以上だ。冒険者志望の子供の師匠など、どうせ子供相手に威張り散らかしたいだけの三流冒険者だと思い込んでいた。しかしその洗練された動きは、一流の武術家と呼んで差し支えない。

 だが、真に驚いたのはアレクの動きだ。彼女の動きと力強さは13歳の女の子とはとても思えない。小柄な身体で行われた突進力と、バルトスの突きを弾く力は、まるでなにかの「魔法」でも使っているかのようだ。


(思ったより厄介そうだな……。これは力押しじゃ無理……、やはりプランB……。どちらにせよ、最大の障害はあの冒険者か……)


 せっかくの町の外というシチュエーション。上手くすれば、貴族の娘を2人とも手に入れる事が可能だ。

 しかしバルトスは元より、アレクの実力も想定以上だ。この分では後の2人も、ただの子供とは考えない方がいいだろう。

 彼らを相手に全戦力を投入したとしても、被害が増すだけの可能性が高い。何より正面攻撃ではせっかくの「商品」に傷がつく恐れがある。

 何にしても無用なリスクは避けるべきだ。


「次はクソガキだっ! エメロンも準備しとけよっ!」


「は、はいっ!」


「いよぉーしっ、今日こそ吠え(づら)()かせてやるっ。子供にやられても落ち込むなよオッサンっ!」


「けーっ! テメェこそ、ケガしても泣くんじゃねーぞ、クソガキィっ!」


 お互いに同レベルの悪態を()き合い、ユーキの模擬戦が行われた。ユーキも健闘はしたが、やはりバルトスとの地力の差は(くつがえ)(がた)く、程なくして敗北する。

 最後のエメロンは手にした杖を使って風や水、小石を飛ばす『戦闘魔法』で距離を取りながら戦い、距離を詰められれば杖を棍のように振るって戦うが、やはりバルトスに屈した。

 そんな模擬戦をアレク、ユーキ、エメロンの順で2巡、3巡と繰り返す。




 そして、3巡目のユーキの番。


(バルトスはユーキの相手をしている時が1番緊張の度合いが高いな……。3週目で、流石にバルトスにも疲労の色が見える……。仕掛けるなら今か?)


 交代で戦っているユーキたちとは違い、1人で戦っているバルトスは休憩すらしていない。周囲への警戒の意識が薄くなっているのがアベルにはよく分かる。

 (もっと)もそれは見た目上の変化など無く、アベルでなければ気付けない事であるのだろうが……。


 しかし1つだけ()せない事がある。なぜバルトスは、ユーキを1番警戒しているのか?


 アベルの見立てでは敵として見た時、最も手強いのはエメロンだ。

 数多くの『戦闘魔法』を高速で展開し、威力も精度も申し分ない。しかもそれらを動きながら行うのだ。これほど相手取るのに面倒な相手もそうはいないだろう。


 だが、エメロンに比べてユーキは凡庸(ぼんよう)だ。運動神経は良いようだが、それだけだ。得物はナイフと、メンバーの中で最もリーチが短いのにバルトスに接近戦を挑むでもなく、中途半端に間合いを測っている。棍を相手に中距離で留まるなど愚鈍(ぐどん)としか言いようがない。

 戦闘中に魔法も使えないようだし、何を狙っているのかも不明瞭(ふめいりょう)だ。まぁ、これに関しては近接戦闘の最中に魔法を使える者など、そうはいないのだが。


 疑問は残る。残るが、それだけだ。計画の実行に支障はない。

 仮にユーキが3人の中で最も強かったとしても、バルトスには及ばない。やはり、最も警戒するべきはバルトスだ。

 そのバルトスの警戒が最も薄れるのがユーキを相手している時だというのなら、そこを狙わない選択肢はない。


 そう判断したアベルはミーアに近づき、語り掛ける。

 この位置なら、休憩中のアレクとエメロンからは見えない。後はタイミングだ。


「凄いよね、バルトスさん。もう、ずっと動きっぱなしだよ」


「……そうですね」


 急に語り掛けてきたアベルを、ミーアは怪訝(けげん)な表情を浮かべながらも返事を返す。アベルを疑って警戒しているのがよく分かる。これではアベルで無くても、ミーアの心情を見通せてしまうだろう。


「ユーキも凄いね。バルトスさんに物怖(ものお)じもせずに戦って」


「……えぇ」


 だが問題など、どこにも無い。

 こんな小娘ごときの警戒が一体何になるというのだろうか?


「あっ、ユーキが距離を取ったよ。やっぱり間合いに入るのは難しいんだね。でも……、あれは勝負をかける気かな?」


「……あの、アベルさん」


 ユーキの緊張感が高まっていく。それにつられるようにバルトスも……。


「ん? 何かな?」


 瞳に魔力を集中させターゲット……ミーアを視る。その筋肉も、内臓も、骨格も……、全てが透けているように見える。

 万が一にも傷つける訳にはいかない。そうなれば商品価値は半減だ。


 バルトスとユーキは今にも衝突寸前だ。その緊張も最高潮に達している。今、アベルとミーアに注目している者は誰もいない。

 アベルは、瞳と同様に自身の右腕にも魔力を流す。指先から肩まで覆うように、しっかりと。


「アベルさんは一体、何……を…………」


 狙い通りだ、1ミリの狂いもない。アベルの「強化」された手刀は目にも止まらぬ速さで、話しているミーアの(あご)(かす)めた。……僅かな接触、だがその攻撃は的確にミーアの脳を揺らす。脳震盪(のうしんとう)だ。

 脳震盪(のうしんとう)を起こしたミーアは何が起こったのか、何をされたのかも理解できないまま、地に(ひざ)を着く。まさか、自分がアベルから攻撃をされたなどとは夢にも思っていないだろう。


「ミーアっ⁉ 急にどうしたんだいっ⁉」


 アベルの声に反応してアレクとエメロンが振り返る。バルトスとユーキも戦闘を中断してアベルたちに注目する。当然これは、「突然倒れたミーアを心配する」フリだ。

 アベルは倒れたミーアを気遣うように覗き込み、上半身を支えて起こす。


 天を……いや、アベルを見上げるミーアに驚愕(きょうがく)の心情が映る。ミーアは軽い脳震盪(のうしんとう)を起こしただけだ。意識はあるだろうし、その気になれば声を出す事も出来るだろう。だが、それをさせる訳にはいかない。


 アベルは再び瞳に魔力を乗せ、ミーアを視る。首筋を流れる太い動脈……、それをそっと指先で圧迫する。ほんの数秒、その動脈の流れを止めてやるだけで人は簡単に意識を手放す。それを続ければ簡単に人は死ぬ。

 だが当然、殺す訳にいかない。そんな事をすれば本末転倒だ。大事な「商品」だ。後遺症も許されない。ミーアが意識を手放したのを見計らい、すぐに首に当てた手を放す。


「どうしたっ、ミーアっ! おいっ‼」


「ユーキ、落ち着いてっ。下手に動かさない方がいいかもっ」


「んじゃあっ、どうしろっつーんだよっ‼」


 意外な事に真っ先に取り乱したのは姉であるアレクではなく、ユーキだった。

 まるで絵に描いたような取り乱し方で、冷静に対処を試みるエメロンにも食ってかかる始末だ。


「どうしよ、シショー?」


「……オメェの妹だろーがよぉ? クソガキみてーに騒がねーのかぁ?」


「ユーキが慌てるの見てたら落ち着いちゃった。シショーはどうするのがいいと思う?」


「……呼吸も乱れてねーし、発汗(はっかん)も無し。……脈も正常だな。エメロンの言う通り、無暗(むやみ)に動かすより少し様子を見るか……」


 バルトスはミーアをの状態を軽く診察し、緊急性は低いと判断した。医者ではないので絶対の自信を持って言っている訳では無いが、その判断は(おおむ)ね正しい。

 ただし……。


「……ん? 何だぁ?」


「シショー、どうしたの?」


 バルトスが何かに気付き、町の反対側の小高い丘がある方を見る。その行動に気付いたアレクが同じく視線を向けると、丘の(かげ)から複数の人が現れた。その数は十数人に及ぶ。

 彼らは皆武装をしており、多くの者は弓を持っている。軽装なのも相まって、アレクは「狩人かな?」などと呟いた。……冷静に考えれば、狩人の集団が十数人も集まっている違和感に気付けたものだろうが。


「……っ‼ テメェら、構えろっ‼」


 最初に違和感に気付いたのは、やはりというかバルトスだった。武装集団は次々に弓を構え、その照準をこちらに向けている。

 エメロンは信じられないとばかりに、辺りをキョロキョロと見回すが標的になりそうなものはウサギの1羽すら存在しない。明らかに彼らの狙いは自分たちだ。


 そうこうしている間に、彼らの矢が次々に放たれる。

 ユーキとアレクは、バルトスの指示のおかげで臨戦態勢だ。遠間から放たれる矢など余裕で(かわ)せる。エメロンも反応は遅れたが、十分に回避が可能だ。だが気を失っているミーアと、その(かたわ)らのアベルに迫りくる矢を(かわ)す事は……。


「チィッ!」


 動けない2人に迫る矢を、バルトスは手にした棍で払い落とした。


「……あ、ありがとう……ございます」


 アベルはバルトスに向けて礼を言う。

 突然の出来事に戸惑っているフリをして……、無力な少年のフリをして……、命の危険に怯えているフリをして……。


「何なんだよっ、あいつらっ‼ おい、オッサンっ‼」


「オレに聞かれても知るかっつーのっ! 盗賊か何かだろーよぉっ!」


 言われて集団を見て見れば、バラバラの服装によく見れば武器も不揃いだ。軍隊には見えないし、狩人や冒険者とも思えない。確かに、盗賊と言われればしっくりくる。しっくりくるのだが、ユーキは疑問が消えなかった。


(盗賊だとして狙いは何だ? 金目のモンなんか持ってねぇし、俺たちを襲って何になるってんだ⁉)


 考えるが、考えても分からない。それに、分かったとしても意味がない。今、ユーキたちは既に襲われているのだ。こうしている間にも、次なる矢が放たれている。


「し、師匠っ、どうするんですかっ⁉」


「……迎撃する。ただし、そこの2人は町に戻れ。それから誰か1人、付いててやれ」


 狼狽(ろうばい)するエメロンに、バルトスは簡潔に指示を述べた。

 見た限り、敵の練度は低い。油断をしなければ弟子の3人でも、人数差を考慮したとしても戦えるレベルだ。それに自分が加われば、迎撃を選択しても危険は少ないだろう。何より、少し早いが実戦訓練にちょうど良いとも言える。


 ただ、流石にアベルとミーアを放っておく事は出来ない。ましてやミーアは気を失っている。町へと避難させるのが無難だ。

 町までは少し距離があるが目に見える距離だし、その道中に人影も無ければ隠れる場所も多くはない。1人が護衛につけば十分だろう。


「ならっ、護衛はアレクだっ!」


「えーっ⁉ ボクも残るよっ!」


「僕もユーキに賛成だっ! アレクっ、2人を頼むよっ!」


 ユーキは即座にアレクを指名し、ぐずるアレクに間髪入れず、今度はエメロンがユーキに追従する。

 この時、ユーキとエメロンに計算も戦略も何もなかった。ただ条件反射のように「戦闘から1人だけ抜けるのならそれはアレクだ」と、そう思ったのだ。


「えー、でもさ……」

「グズグズすんなっ! 決まったならさっさと行けっ!」


 それでも(なお)ぐずるアレクにバルトスが背中を押す。戦闘は既に始まっているのだ。こうして話している間にも矢は降り注いでいる。いくら敵が大した事が無いと言っても、言い合いをしている場合では無い。


「うー……、わかったよぉ」


「アレク、よろしく。ミーアは僕が運ぶよ」


「ダイジョーブ? 重くない?」


「はは、僕はこう見えても結構力持ちなんだよ? それにアレクには、いざという時に守って貰わないとね」


 渋々と了承したアレクが、ミーアを背負ったアベルを連れて町へと離れて行く。幸いというべきかアベルも足が(すく)んだりする事も無く、むしろ軽口を叩く余裕さえあるようだ。きっと、ミーアは2人に任せれば安心だろう。

 そう考えたユーキは気持ちを切り替えて、盗賊と思わしき集団に向き直る。


「んで、どうするよオッサン?」


「ヤツらの狙いが分からねぇ。無理に前に出ずに様子見だ。周囲の警戒を怠んなよぉ?」


 ユーキと同じく、バルトスも目的の分からない敵に警戒を覚えていた。

 練度が低い事から訓練に良いなどと考えてはいたが、相手は人間だ。魔物とは違い「目についたから襲った」などという事はあり得ない。

 必ず、何か目的がある筈だ。下手に突っ込むとどんな罠が待っているかも分からない。そういう意味では、アレクを護衛として遠ざけた2人の判断は良かったと言える。


「また来るぞっ! 気ぃ抜いてヘタな矢に当たんじゃねーぞぉっ!」


「はいっ!」

「誰が当たっかよっ!」




 気合を入れて盗賊たちと対峙(たいじ)したものの、それから10分以上大した動きは起こらなかった。

 少し前に出れば敵は後退、あるいは散開して距離を保つ。時折、投石やエメロンの魔法で攻撃を試みるが、距離がある上に矢に(さら)られては一網打尽とはいかない。何人かに多少のダメージを与えるに留まっていた。


「くそっ、何考えてんだあいつら? 退()くでもねぇし、あんな攻撃じゃムダだって分かんねぇのかっ?」


「師匠……、これは……」


「時間稼ぎ……だなぁ……」


 退()くでも攻めるでも無く、ただ断続的に繰り返される攻撃。消耗戦を狙っている訳でも無い。むしろ消耗しているのは相手の方だ。なのに敵の動きに迷いは見られない。時間稼ぎ以外に目的は見当たらなかった。


「時間稼ぎぃ? 何の為に? 俺たちを足止めして何があるってんだ?」


「ンなのは分かんねーけどよぉ。ヤツらの動きはそーとしか考えられねーんだよなぁ」


 ユーキが疑問に思うのは当然だ。盗賊が、バルトスやユーキたちを足止めして一体何があるというのだ?バルトスにだってその答えは分からない。

 ただ、相手の目的が時間稼ぎだというのならこうして膠着(こうちゃく)状態にいるのは、それこそが相手の思うツボだ。


「……師匠。ここは思い切って攻勢に出ませんか?」


 エメロンの提案は一理ある。

 しかしもし、こうして()れさせて突撃させるのが相手の狙いだとしたら?一網打尽にする罠が用意されていたら?……可能性は低いとは思う。しかし万が一、という事もある。

 どうするべきかと、バルトスが思案している最中に戦況は動いてしまった。


「あっ⁉ オッサンっ、あいつら逃げてくぞっ!」


 突然、矢による攻撃が止んで敵は後退を開始した。

 盗賊たちは徒歩でゆっくりと遠ざかって行く。追いつくのは難しくは無いが……。


「……どうします? 追いますか?」


「いや、深追いはしねぇ。テメェらも前に、ゴブリンの件で(こた)えたろ? 逃げる敵に深追いは禁物だ。それより、ギルドへの報告とバカガキどもとの合流が先だ」


 確かにゴブリンの時は、深追いをして待ち伏せに()った。深追いをする事になった原因はアレクなのだが……。そしてギルドへの報告とアレクたちとの合流が先決だという意見にも納得できる。

 ただ目的のハッキリしない盗賊の襲撃に、エメロンは言いようの無い不安感を覚えていた。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「……ここらでいいかな。……アレクっ、止まれっ!」


「どうしたの、アベル? やっぱりミーアはボクが背負おうか?」


 バルトスから離れ、町からもまだ距離のある中間地点。アベルが突如言い放った「命令」に、アレクは呑気に答えた。


「ふ……くくく。君は本当に能天気だね、アレク。そんな君は嫌いじゃあないけど、友達ごっこもここまでさ。ミーアの命が惜しかったら大人しく僕の指示に従うんだ」


 アベルはそう言って、背に乗せたミーアを抱き抱えるような形に持ち替え、その細い首筋にナイフを突き付けた。

 これには流石のアレクも表情が変わり、剣呑(けんのん)な雰囲気を(かも)し出す。


「どういう……、つもりさ?」


「見て分からないかい? ミーアを人質に君を脅しているんだよ」


「なんでそんなコトをするのかって聞いてるんだけど?」


 アレクから立ち昇る疑念、困惑、怒りの感情……。だが、怒りはそれほど大きくはない。まだアベルの事を友達だと、何か理由があるのではと考えているからだ。


「そうだね、口で説明してもいいんだけど……まぁ、百聞は一見に()かずと言うしね」


「……?」


「よぉ、アベル。首尾はどうだ?」


「上々、さ。1人でも十分と思っていたのに、何と姉妹揃っての収穫だよ、ハーゲン父さん」


 アベルとの問答の最中、突然どこからか男が現れた。

 二人の会話の意味が分からない。首尾?一人で十分?何の事だろうか?姉妹、とは自分とミーアの事なのか?そして、ハーゲン「父さん」?アベルは孤児だったハズだ。父親がいるのはおかしい。それに……、ハーゲンという男とアベルは似ても似つかない。とても血の繋がった親子とは信じられない。


 アレクが困惑する中、アベルはミーアをハーゲンに渡してアレクの前へと歩み寄る。ナイフも同時にハーゲンへと渡され、変わらずミーアに突き付けられている。

 これではアレクに抵抗する選択は取れない。


「こういう事なんだよ。悪いね、(だま)す事になっちゃってさ」


「どういうコトなのさ? わけがわからないよ」


「まだ分からないのかい? まったく、君の察しの悪さには呆れるね。さっきの盗賊たち、僕は彼らの仲間なのさ。ミーアを気絶させたのも僕の仕業……。それを合図に襲い掛かる……、そういう段取りだったのさ」


 理解が追い付かないアレクに、アベルが種明かしをする。

 もしバルトスやユーキたち3人の実力が大した事が無ければ、正面からただ襲って奪うだけのプランAもあった。その場合は別の合図も用意してあった。

 しかし結果としてプランBを用意したのは正解だろう。正面から力押しでは全滅の危険すら十分にあった。


「おいアベル、急げ」


「そうだね。アレク、動いちゃ駄目だよ? 分かってるよね?」


「ちょっと待って、何でボクたちを……っ⁉」


「つまらない理由さ。ただのお金目当て、だよ」


 そう言ってアベルはアレクの首に手を掛ける。ミーアを人質に取られているアレクは抵抗できない。

 アベルは先程ミーアにしたように、目に魔力を(まと)わせてアレクの首を走る頸動脈(けいどうみゃく)を抑える。それをされただけで、アレクの意識は急速に遠のいていった。


「な……んで……っ」


「……お休み、アレク」


 力を失い、地に倒れるアレクをアベルが支える。だがその行為も、その言葉も、決してアレクを気遣ったものではない。ただ「商品」を丁寧に扱うだけの、そしてただ勝利の宣言をしただけに過ぎなかった。


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