第42話 「忍び寄る魔手と壊れた心」
「あれからさ、カーラが俺の料理を食ってくれんだよ。それからシンディも少しずつ話してくれてよ。こないだ「ユーキお兄ちゃん」って呼んでくれたんだぜっ⁉ ただなぁ……、俺とは少しずつ話すようになったんだけど、他のヤツらとは相変わらずでさ。どうすりゃいいと思う?」
「さ、さぁ……。それよりユーキ、そろそろ仕事の時間じゃない? 僕も一緒に行くから、続きは歩きながらでも……」
「お、もうそんな時間か。んじゃ、俺たちは仕事に行ってくるぜ」
ユーキとカーラの和解が成立して2週間。子供たちはいつもの広場でいつものように昼食会を開いていた。ただ、いつもとは違う点が2つほどある。
その1つに子供たちの多くは喜ばしいと思いながらも若干、辟易としていた。
「最近ユーキくん、元気いいわね……」
「ありゃあ、元気がいいってより浮かれてるっつった方がしっくりくるぜ。ずっとあの調子じゃあ、相手すんのが疲れっしよ。ヴィーノは今日は勉強つってたか? アイツ、逃げやがったな……」
「あー……、でも王都の学校の試験勉強が大変だって言ってたわよ?」
「アメェな、クララ。アイツは自分の保身の為なら平気でウソを吐くし、仲間も売る。そういうヤツだ」
ロドニーの友人への評価が酷い。ユーキの相手は疲れると言い、ヴィーノを嘘吐き呼ばわりだ。
ただヴィーノはともかく、ユーキの相手が疲れるというのは紛れもない事実だった。そしてそれには、残念ながらクララも否定の意見を挟まない。ヴィーノに対する発言にもフォローはするものの、強くは否定できない。それほど、今のユーキは面倒臭い相手だった。
「まぁ、ヴィーノさんはどうでもいいとして……、アベルさん、お兄さまは孤児院でもあんな感じなんですか?」
「そうだね、概ねミーアの想像通りじゃないかな? 元気が良くて何よりだよ」
今までとは違う点、そのもう1つがアベルの存在だった。
カーラの謝罪の一件に居合わせたアベルは、その翌日から昼食会に参加をしだしたのだ。何でも本人の弁では「編入したばかりで友達がいないので、自分も仲間に入れて欲しい」との事だった。
これに二つ返事でアレクが了承し、そうなれば他の面々も強く拒否は出来ない。ミーアも、アベルの事をよく知りもしないのに印象が良くないからという理由だけで断る事は出来なかった。
「そういや、アレクとアベルってよく似てるよな。名前とか。あと、男か女かよく分かんねぇトコとか」
「ロドニーさん……、何を言ってるんですか?」
「アレク、アベル……。あー、確かにソックリだねっ。遠くから呼ばれたら聞き間違えちゃうかも」
不意にロドニーがそんな事を言い出す。確かに2人の名前の響きはよく似ている。ただ、もう1点に関しては補足の説明が必要だ。
2人は確かに揃って美形ではあるが、アベルが中性的な顔つきだという意味で性別が分かりにくいのに対して、アレクは完全に少年の顔だ。整ってはいるのだが、アレクの顔だけを見て女だと判断する者は殆ど居ないだろう。
「確かに、たまに僕を女だと思う人はいますけど、アレクは間違われないでしょう?」
「それが間違いなのよねぇ……」
「聞いて驚けよ。コイツ、実は女なんだぜっ!」
「……へぇ、それは驚きました。てっきり男かと……」
アベルの疑問にロドニーがとっておきだと言わんばかりの種明かしをする。だが、アベルの反応はロドニーが期待した程のものではなかった。
口では「驚いた」とは言うものの、アベルは落ち着いた口調で、瞳にも驚きや驚愕といった感情は窺えない。にわかには信じられないであろう事実に対する、疑いの色さえ見えなかった。
「探せばまだ同じトコがあるかもねっ」
「そうですね。何か縁があるのかも知れませんね。そう言えば、あの妖精……リゼットは? 今日は見ていませんけど?」
「リゼット? リゼットなら今日は一緒じゃないよ。たまにフラッといなくなっちゃうんだよね」
アベルの言う通り、リゼットは朝の登校途中に別れたきりだ。とはいえ、この様な事はしょっちゅうあるので心配はしていない。
アレクも人の事は言えないが、リゼットも好奇心旺盛な性格だ。一日中アレクの鞄の中では息も詰まるというものだろう。
「人に見られたら騒ぎになりませんか?」
「心配して下さらなくても大丈夫です。いつも夜には帰ってきますし」
「そうそうっ。姿を消すフードもあるしねっ。ただ最近は虫が多いから、リゼットが家に入れるように窓を開けてると部屋の中に入ってくるんだよねーっ」
そんな雑談をしていると、瞬く間に時間は過ぎて行く。
僅かな変化を受け入れながら、子供たちの昼食会は本日も何事も無く終了した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その日の深夜、カーラはある人物との密会を行う為に孤児院の裏手へと赴いていた。
日々、少しずつ涼しく過ごしやすくなり、日付も変わろうというこの時間ではやや肌寒いくらいになっている。カーラは部屋着の上から上着を羽織り、目的地へと移動した。
裏手へと到着すると、そこには既に件の人物が木箱の上に腰かけて待っていた。
カーラとは違って、薄いシャツ1枚を着て月明りの中で1人、空を見上げている約束の人物……アベルは、数週間前に呼び出した時と寸分の違いも無いように、穏やかな口調で語り掛けてきた。
「やぁ、星がきれいな良い夜だね。……知ってるかい? 今僕らが見ている星の姿は、何万年も何億年も前の光なんだ。ひょっとすると、今見えている星はとっくの昔に消えて無くなっているかも知れないんだよ?」
「……あんた、寒くないの?」
アベルの語る話は意味不明なものから始まった。まるで詩人の様なその語りは、聞く人によっては神秘的に映るのかも知れないし、その美しさも相まって魅了される者もいるだろう。
だが、カーラはそんなものに興味はない。
「やれやれ。僕はただ、君の「復讐心」が消えていないか心配になっただけなんだけどね。彼……ユーキと和解をしてから少し経つし、絆されてはいないかと、ね」
「そんなわけないでしょっ‼ あたしは、あいつに復讐するためにあんな……っ‼」
「それならいいんだ。君の「星」……、「復讐心」が消えてはいない事を証明出来ればそれでいい」
カーラの「復讐心」を「星」に見立てて、見えてはいるが消えている事は無いかと心配していたのだと、アベルはそう言ったのである。
そうならそうとハッキリと言えば良いものを、随分と迂遠な喩えである。
「そんなことを言うためだけに、寒い中を呼びだしたの? なら、あたしはもう帰るわよ?」
「まさか。君のおかげでターゲットにも不自然なく近づけた。彼らの警戒心は僕よりも君に向いているし、この2週間で僕への警戒心も薄れつつある。今日は収穫もあったし、そろそろ計画も実行段階、という訳さ」
「……あたしは何をすればいいの?」
2週間前、カーラがユーキに謝罪をしたのはアベルの指示だった。目的はアベルがユーキたちの中に潜り込むため……、その為の目眩ましとして。
そしてそれは概ね成功していると言える。というよりも、思ったよりも彼らの警戒心が元々高くなかった。妖精なんて、とんでもない爆弾を抱えているくせに危機感が無さ過ぎる。これならカーラは最初から必要無かったかも知れない。
だが、カーラの復讐心は本物だ。アベルにはそれが分かる。それに妖精の存在を知れたのもカーラのおかげだ。
もはやアベルの目的にカーラはさして重要ではない。しかし、自分の目的の妨げにならないのならば、少しくらいは復讐に協力もしてやろう。そのついでに、僅かでも自分の役に立てば良い。
役に立たなければ切り捨てるだけだし、必要なら始末すればいい。
そんな考えで、アベルはカーラに計画を説明する。
最後まで話を聞いたカーラは唖然としてアベルに食って掛かった。
「なにそれ? そんな行き当たりばったりでいいの? それに、それじゃあいつはどうするのよっ⁉」
「落ち着きなよ。……周りからじわじわと追い詰めるんだ。そうでないと、君も溜飲が下がらないだろう? ……お楽しみは、後に取っておくものだよ」
計画に不服のあるカーラを、尤もらしい事を言って説得する。
本当は、アベルはカーラの気持ちも目的もどうでもいい。ただ、こう言えば納得するだろうと思っただけだ。
「……わかったわよ」
「決行する時は知らせるから、それまで勝手に行動しない事。いいね?」
「わかってるわよっ……!」
アベルの念押しに、カーラは苛立ちながらも返事をする。
決して良好な関係とは言えないが、思い通りに動いてくれるならそれで良い。信用も、信頼も一切していないのだから。
後は、都合の良い状況が起きるのを待つだけだ。そう難しい条件ではない。1週間も待つ必要は無いだろう。
そうして銀髪黒眼の少年は、降りそうな程の満天の星空の下で嗤った……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その数日後。
「今日もリゼットはお出かけかい?」
いつもの昼食会に当たり前のように参加するアベル。
彼は姿を見せないリゼットの所在を、それとなく尋ねた。
「うんっ。それから今日は、ユーキとエメロンの3人でシショーに修行をしてもらうから、ボクたちは先にお邪魔するね」
「師匠って、例の冒険者の? ……もしよければ、僕も行っていいかい? 冒険者には少し興味があってね」
「あぁ? アベルが冒険者ぁ? 止めとけ止めとけ。あんなモン、好き好んでなるモンじゃねぇぞ」
アベルの質問に簡潔に答えるアレク。それに続いて、本日は冒険者組はバルトスの修行があるそうだ。
それを聞いたアベルが同行を申し出るが、それに反発するのはユーキだ。決してアベルの同行に異議がある訳では無く、ただ単に冒険者になるのは止めろと言いたいらしい。冒険者となって1年半ほど経つというのに、ユーキの冒険者嫌いは相変わらずであった。
「頼むよ。修行の邪魔はしないからさ」
「ボクは別にいいけど……」
「アレクが良いなら僕も異論はないよ。……ユーキ?」
「リーダーがそう言うなら仕方ねぇな。つっても、面白ぇコトなんかねぇぞ?」
反対意見も特に無さそうで、アベルの同行があっさり決まる。
しかし、そこに待ったをかけた人物が居た。
「待ってくださいっ。私も……、連れて行ってくださいっ」
声を上げたのはミーアだった。
ミーアはアベルへの不信感を完全に払拭してはいない。何か……。言葉にできないが、何か嫌な予感がしたのだ。
「でもミーアまで来ちゃったら、リゼットが帰ってきた時に家に入れないよ?」
「なら、1度家に帰って窓を開けておきますっ」
「なにもそこまで……」
話を聞いていたユーキは呆れを隠せない。
今までミーアがバルトスの修行についてきた事は無かった。それがどういう訳か、突然ついてくるという。それもかなりの意固地になっているように見える。
ただ、こうまで言っているミーアを拒否する程の理由はアレクたちには無かった。
「まぁ、いいんじゃない? 集合の時間まではまだあるし……」
「そういう事なら1度、孤児院へ帰ってもいいかい? 遠出をするなんて思ってなかったから靴を履き替えたいんだ。ミーアも靴を履き替えた方がいいんじゃない?」
なし崩しにミーアの同行も決まり、それに続けてアベルが1度孤児院に帰るという。なるほど、確かに言われて見てみれば2人とも、長距離を歩くのに適した靴とは言えない。
「んじゃ、孤児院に行ってからアレクんチ、それからギルドか……。少し急いだ方がいいかもな」
「いや、先に行ってていいよ。靴を履き替えるだけだからすぐに追いつくさ。僕の為に遠回りをさせるのも忍びないしね」
「ダイジョーブ? 道に迷ったりしない?」
「あはは、大丈夫だよ。もうこの辺の地理はだいたい覚えたしね」
流石に2ヵ所も寄り道をするとなると、バルトスとの約束の時間に間に合うか怪しくなる。そう考えて急ごうと言ったユーキだが、アベルは1人で行くという。アレクが心配の声を上げるが、初めて会った時に道に迷っていたアベルを思い出してのセリフだ。
しかしアベルは自信ありげに「大丈夫だ」と言って、孤児院へと向かって消えて行った。
「ダイジョーブかなぁ……」
「まぁ、仮に迷子になっても大丈夫だろ。その辺の人に聞きゃ、教会や孤児院に辿り着けなくなるってコトはねぇだろ? んなコトより急ごうぜ。グズグズしてたら本当に遅刻しちまうぞ?」
そう言ってユーキたち4人はバーネット邸へと向けて移動を始めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そしてアレクがリゼットの為に自室の窓を少し開け、ミーアが運動用の靴に履き替えていた頃――。
「やぁ、カーラ。……シンディも一緒かい?」
アベルは教会に残っていたカーラを見つけ出し、声をかけていた。カーラの隣にはシンディが居て、それを見たアベルは僅かに眉を顰める。
「あんた……、無暗に話しかけないって言ってなかった?」
カーラの発言にアベルは内心、不快感を強くする。シンディという部外者が隣に居るのに、2人の関係を匂わすようなセリフを言ったからだ。
アベルにとってカーラは「役に立つ捨て石」か「役に立たない捨て石」かのどちらか、という認識だ。正直どちらでも構わない。もし「役立たず」を越えて「邪魔」になるのなら、その時は排除すればいい。
ただカーラから湧き出る「復讐心」、これがある限りはアベルの思い通りに動いてくれる事だろう。
だがシンディは違う。この少女の感情は希薄だ。
アベルの経験上、この手の人間は動かない。動かせない。なのに突然、急に感情が暴走して暴れだす事が稀にある。はっきり言って役に立つ、立たない以前の問題だ。
自分の「力」ではコントロール出来ないこの手の人間をアベルは嫌悪し、忌避していた。
「どうしたのよ? あたしに用があるんじゃないの?」
シンディに2人の関係を隠そうとしないカーラに苛立ちが募る。いっそシンディを始末してしまおうかとも考えるが、そうなればカーラは「邪魔」にしかならないだろう。今ここで2人を始末するのに問題は無い。しかし同時に、それをする意味も無い。
まだカーラは役に立つ可能性があるし、シンディが邪魔になるとも限らない。ならば今は些事には目を瞑り、予定通りに事を進めるのが得策だ。何より今は、時間が無い。
せっかくミーアが同行するなどと言いだしたのだ。アレクだけでも良かったのだが、ミーアが一緒であれば尚更良い。このような好機、次はいつ訪れるかなど分からないのだ。
そう考えたアベルは自分の感情を押し殺して、カーラに用件を手短に伝える事とした。
「……計画の実行は今夜だ」
「……っ! ……わかったわ」
たった一言、そう言っただけでカーラは返事をした。
「僕はあいつらと同行して時間を稼ぐ。君はその間に予定通りに……」
「わかってるわ。20時に森の一番高い木の下、よね?」
また余計な事を……と、アベルはシンディを横目で見ながら、口の中で舌を鳴らした。
カーラを見つめるシンディの瞳を見るが、何を考えているのか分からない。アベルとカーラの会話は、第3者からすれば不穏なものに聞こえたに違いない。なのにシンディの感情にはさざ波すら起こっていない。
この少女の心は壊れている。それがアベルの結論だった。
心の壊れた人間は、何もしようとはしない。欲望も不満も無く、ただ同じ毎日を、同じ行動だけを繰り返して過ごしていく。だからシンディが、アベルの邪魔になる可能性は低い。
ただ同時に、壊れたものは直す事が出来る。アベルはそれを知らなかった。
どんなにコナゴナに打ち砕かれても、消えて無くなった訳では無い。いくら壊れていても、完全に元通りにはならなくても……、心がそこに在る限り、治る可能性は確かにあるのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
大切な人・カーラとの話を終えた銀髪の少年は足早に教会を去って行った。
2人の話はよく分からなかった。ただ、「森の一番高い木」という言葉が強く心に引っ掛かる。その引っ掛かりは、すぐに解けた。
(あぁ、そうだ。昔、木登りしようとしてカーラちゃんと……、誰だっけ? 青い髪の子に怒られたんだ。 …………楽しかったな)
確かにシンディの心は壊れている。もう元通りにはならないのかも知れない。
だがシンディの心は、確かにそこに在った――。




