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第39話 「師匠の愛」


 バルトス=ノヴァクには3人の弟子がいる。

 仕方なしに取った弟子だったが、3人には見所がある。文句を言いながらも地味な体力作りを続け、可愛気は皆無だがこちらの指示も素直に聞く。


 明確な目標は人を強くする。その事をバルトスは知っている。

 ただ漫然(まんぜん)と勉強をしても、人は賢くなれない。漫然(まんぜん)と訓練をしても、人は強くなれない。人は、何かを()すために賢く、強くなれるのだ。


 その点で言えば、学校を卒業後に旅に出るという3人は明確な目的を持っている。恐らくだが、自分にも言っていない旅の目的というのがあるのかも知れない。言動の端々(はしばし)からそのような事が聞いて取れる。ただ幼馴染同士で旅に出ようなんて思い付きだったのなら、あれほど真剣には取り組めない筈だ。


 きっと、3人は強くなる。……いや、現時点でも下手な大人よりよっぽど強いだろう。

 3人とも運動神経が良いし、体力も既に十分だ。おまけに3人とも『戦闘魔法』が使用できる。バルトス自身は、過去の経験から『戦闘魔法』に良い印象を抱いていないが、戦闘におけるその有用性までは否定しない。

 かつて、これほどの素質に出会ったのは自分の弟くらいだろう。


 3人の弟子は強い。中でもエメロンは格別だ。

 『戦闘魔法』を主軸にしている為に目立たないが、運動神経は他の2人に引けを取らない。その『戦闘魔法』も威力、制御、発動時間、射程距離のいずれも高水準で、更に手製のノートで多数の魔法を操る事が出来る。

 頭も良くて理性的であり、その潜在能力においては随一(ずいいち)と言えるだろう。


 しかし、そんなエメロンにも欠点はある。それは彼の性格だ。

 「優しさ」とも「臆病」とも取れる彼の性格は、他者を傷つけたり生命を奪う事を嫌う。


 3人の弟子は強い。中でもアレクは特別だ。

 思い切りのよいその行動力は、戦闘においては先手を取る(かなめ)となるだろう。

 そしてバルトスには秘密にしているようだが、アレクには多数の秘密がある。子爵家の令嬢である事。『戦闘魔法』とは別の魔法を使うことが出来る事。そして、『妖精』と呼ぶ以外に言葉の見当たらないペットを飼っている事。


 そんなアレクは欠点だらけだ。その中でも最も大きな欠点は、彼女の性格だ。

 「勇敢」と「無謀」を()き違えているかのような彼女の性格は、常にパーティを危険に(さら)す。


 3人の弟子は強い。中でもユーキは危険だ。

 運動能力、知性、全てがバランス良く、何でもこなす器用さを持っている。特筆すべきは、近接戦闘で『戦闘魔法』を使いこなしているという事だろう。

 通常、魔法の発動には長い集中の時間を要する。簡単な魔法であっても、それが制御の魔法陣が組み込まれた『一般魔法』でない限り、数十秒以上かかるというのが常識だ。それをユーキは一瞬で行ってしまう。そんな芸当が出来る人間をバルトスは数人しか知らない。……それが出来るというのもやはり、あの『疾風』の息子という事か。


 しかし、そんなユーキにも欠点はある。それは彼の性格だ。

 とはいえ、彼の欠点はエメロンやアレクのように一言で言い表せれるものでは無い。故に1つずつに分けて解説する(ほか)ない。


 1つ、戦闘中に考えすぎる事。

 思考を放棄する事は()の極みではあるが、ユーキのそれは度を超える。その為に決断から行動までの判断が遅くなる。

 2つ、行動がワンパターンになりがちな事。

 成功体験からの過信か、同じ行動、思考を辿(たど)りがちな傾向にある。それを逆手に取られれば、一転してピンチに陥る。

 3つ、短気すぎる事

 ユーキは気が短すぎる。怒りに我を忘れてしまえば、冷静な判断など求めるべくも無い。


 そして4つ目、いざという時に自分の身を(かえり)みない事。

 バルトスの模擬戦の最後、ユーキが突き出した左手には耐火グローブが着けられていた。まず間違いなく、炎の魔法を使おうとしたのだろう。

 あの時のユーキの目線、表情。そこから察するに、恐らく自爆攻撃の(たぐい)だ。たかが模擬戦でそのような行動に出るなど、控えめに言ってイカレている。ある程度の加減をするつもりだったと信じたいが……。実戦であったなら加減など出来ないだろう。


 そもそも、自爆の可能性のある武器を装備するなんて事自体が論外だ。いつ、目的の為に自らの身を犠牲にしだすか分からない。ユーキの事は「危険」だと評価せざるを得なかった。もちろん危険なのは他でもない、ユーキ自身の身だ。


 だが、こんな事を長々と話せる程バルトスは口が上手くないし、ひねくれ者でもある為、素直に話せもしない。それに話した所で、ユーキもバルトスと同じくひねくれ者である。素直に言う事を聞くとは思えなかった。

 そこで考えた対策が「アレクとの模擬戦」だった。


 1つ、猪突猛進なアレクが相手では、戦闘中に思考する余裕は生まれにくい。

 2つ、アレクはあれで戦闘センスは馬鹿に出来ないものがある。同じ戦法は通用しないだろう。

 3つ、親友……、しかも年下の女が相手では、そう簡単にキレる事は無いだろう。

 4つ、同様の理由で自爆攻撃など出来ないだろう。


 アレクが相手ならば、ユーキの欠点を全て突く事が出来る。言うならば、アレクはユーキに対する「特攻能力持ち」とでもいった所か。きっと、ユーキは実力の半分もロクに出せないだろう。

 しかし、それを繰り返せば必ず自分で気付ける筈だ。……そう、バルトスは信じていた。




△▼△▼△▼△▼△




 欠点を克服するための修行を始めて(はや)1ヵ月。


 エメロンは修行開始から3日目でウサギを殺す事を決断し、実行に移す事が出来た。それを為した時は、初めて行った生命を奪う行為に怖れ、手足が震えていた。

 しかし1度出来ただけでは欠点克服の修行は終わらず、それからもほぼ毎日エメロンはウサギや鳥などを処理する事を課せられた。

 当然だが、毎日やっていれば人は慣れる。今となっては、顔色一つ変えずに鳥の頭を落とす事が出来るようになっていた。


「テメェは問題なさそうだなぁ?」


「えぇ、小動物を(さば)くのは問題ありません。……大きな動物や魔物、ましてや人間相手に攻撃できるかは、自信ありませんけど」


「それも慣れりゃあ出来る。出来なきゃ、死ぬ。テメェだけじゃなく、あっちの2人もなぁ。それを(きも)(めい)じとけ」


「は、はい……っ」


 自信なさげに言うエメロンに対し、バルトスは突き放したかのような物言いで言い放つ。だが、これはバルトスなりの励ましなのだ。

 その事を理解するエメロンは、気持ちを引き締める事でバルトスに応えた。


「あっち……ユーキの方は……、あまり上手くいってませんね……」


「あんまりどころじゃねーよ、まったくだ。……ったく、せっかくオレがお膳立てしてやったってーのによぉ」


 そう言って2人はあちら……、模擬戦をしているユーキとアレクの方を見る。

 そこには、今まさにユーキに飛び掛かるアレクの姿があった。


「おらぁっっ‼」


「っぶふぁっ⁉」


 ユーキは掛け声と共に左手を突き出し、その手首に巻かれたリストバンドに魔力を集める。するとリストバンドに描かれた魔法陣が魔力によって浮かび上がり、光と共にユーキの前方……、アレクへ向けて空気の塊が放たれた。

 突然、突風のような衝撃を受けたアレクの身体は後方へ吹き飛ばされる。しかし突風は続かず、アレクが地に足をつける頃には全く影響が無くなっていた。当然、アレクは無傷だ。


「うぬぬ~~っ。……もう1回っ!」


「何度やってもムダだぜっ!」


 アレクは先程の魔法の影響が全く無かったかのように……いや、実際身体に影響は全く無かった。とにかく、ユーキへの再度のアタックを試みる。

 先程と同じように正面から突っ込むアレクに、ユーキは左手をかざす……が、その直後にアレクが方向転換しユーキの側面へと回った。頭が悪いなりに、アレクも少しは学習をしているのか。

 そのまま側面からユーキを攻撃しようと模造刀を振りかぶるが……、回り込むアレクよりも、当然だが向きを変えるだけのユーキの方が速い。


「ぶぁっっ⁉」


 先程と同じように、アレクは後ろに吹っ飛ばされる。


 ユーキが新たに用意した魔法、それは強力な突風を起こすものだった。

 殺傷力はほぼゼロ。対象を傷つける事は殆ど無い。射程は、人間大のものを吹き飛ばすならせいぜい1m弱。魔法で作られたその風は、ユーキの少ない魔力では3m先にはそよ風すら起こす事は出来ない。

 完全に「対アレク用の模擬戦専用魔法」であった。


 その効果は絶大で、アレクはユーキに近寄る事が出来ない。アレクの魔法は時間がかかり過ぎて、近接戦闘では使用できない。

 完全に「詰み」である。


 この光景を目にしたバルトスは頭を抱える。

 アレクをユーキに差し向けたのは、それをする事でユーキの欠点を浮き彫りにする為だったのだ。しかし、これはナンセンスだ。

 ユーキは自身の欠点を全く克服する事無く、アレクを完封してしまったのである。


「ったく、小器用なクソガキがよぉ……。これじゃあ意味ねーっつーの」


「ま、まぁ……、それもユーキの長所ですから……」


「けっ、その長所のせいで短所が見えねーんだろーがよぉ? ……その口ぶりじゃあ、テメェもクソガキの欠点に心当たりがあんだろーが? 教えてやんねーのかぁ?」


「きっと……、言っても受け入れては貰えないでしょうから」


 エメロンの質問に無言で返すバルトス。確かにエメロンの言う通りだ。

 特にバルトスの考えるユーキの4番目の欠点、「自爆攻撃すら()さない性格」は、最も最優先で矯正する必要がある。ハッキリ言って、他の3つはオマケと言っても良い。


 だがこの欠点を口で説明をしても、きっとユーキは納得しない。例え理解をしたとしても、納得は決してしないだろう。

 仮に自爆攻撃を指摘して禁止をしたとしても、「いざ」という時が訪れれば、きっとユーキは躊躇(ちゅうちょ)なく捨て身の攻撃を行うだろう。


 この手の問題を解決する為には自分で問題に気付き、矯正する努力が必要だ。他人に指摘されても効果は薄い。

 問題に自力で気付く1番の機会は、失敗により痛い目を見る事なのだが……。


「多分、ユーキの「アレ」は一生直りませんよ? 師匠に出会う前ですけど、痛い目なら何度も()っていますから。1度は、腕を切断するかどうかって所まで行ったんですけどね」


「イカレてんな……。それで直らねーなら、確かに一生直らねーわな」


「ふふっ。友達もみんな、そう言ってます」


 微笑みながら言うエメロンの話を聞いて、驚くよりも呆れる。腕を失いかけても(なお)、変わる事の無い悪癖(あくへき)。しかも1度だけでは無いという話だ。この話を先に知っていれば、模擬戦などで矯正しようなどとは考えていなかったのだが。

 ユーキの悪癖(あくへき)を矯正する為には、少なくとも腕の喪失(そうしつ)と同等以上のリスクを実感させる必要があるという事だ。もしくは長い時間を掛け、年齢と共に自然とユーキの価値観が変わるのを待つか……。

 どちらにしても、今すぐどうこう出来る問題では無い。


「はっはーーっ! どうしたよっ⁉ 打つ手無しかぁ⁉」


「くぬぬ~~っ」


 2人の心配を他所(よそ)に、呑気に高笑いをするユーキ。それを見てバルトスは深く溜息を()いた後に、……諦めた。


「クソバカどもっ‼ 止めだ止めっ‼ テメェらの模擬戦は終了だっ!」


「え~っ、これじゃあユーキにやられっぱなしじゃないかー!」


「これ以上はやってもムダだってよ。諦めろ」


 諦めたのはアレクにでは無くユーキに対してなのだが、ユーキがその事実に気付く事は無い。アレクを完封したユーキは自分の欠点を探す事すら忘れ、完全に調子に乗っていた。

 確かにこれ以上はやっても無駄だ。ユーキが自分の欠点に気付く事は無いだろう。


「……今日からは、強敵から逃げる訓練をする。強敵役はオレがするから、テメェらは全力で逃げてみせやがれ」


「えっ? 逃げる訓練?」


「おぅ。何を使ってもいいし、何をしてもいい。とにかく3人揃って、オレから逃げ切ってみせろ。言っとくが、手加減を期待すんじゃねーぞ?」


 恐らくはエメロンの言う通り、ユーキの悪癖(あくへき)は一生直らないだろう。少なくとも、バルトスに矯正する事は不可能だ。

 しかしそれでは、いつかユーキは取り返しのつかない大ケガ……、もしくは生命そのものを失ってしまうかも知れない。


 ならば、なるべくそうならないようにしてやるのが師匠の務めというものだ。

 だから次の修行は逃げる訓練だ。強敵と出会った時、一か八かの選択を迫るよりも先に「逃げる」という選択が浮かぶように……。「逃げる」という行動が成功するように。


「気ぃ抜いてっと大ケガじゃ済まねーぞっ! 行くぜっ‼」


「ちょ、ちょっと待てよっ‼ まだ準備が……」


 あまりに口下手な師匠の愛に、ユーキは気付かない。もちろんアレクも察せない。ただエメロンだけは、その意図(いと)に気付いて(ほお)を緩ませるのだった。


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